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第4部 皇帝の帰還

ロシアン・マフィアの報復ーその③

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絵里子は自分を招き寄せようとするレフを腕を組みながら、見下し続けている。出荷される牛を眺める酪農家のように冷めた目で、見られ続けるのはレフにとっても苦痛であったに違いない。
それにレフは中々動こうとはしない、絵里子に苛立ってもいた。何故、彼女は動き出そうとしないのだろうと。
痺れを切らしたのだろう。レフは剣先を絵里子に向けて突き刺す。
それまで絵里子の頭があった空間を素早く刺した剣は引き続き、絵里子を狙ったのだろう。絵里子が頭を下げる前の空間を突き刺す。風を切る音がしゃがんでいるのにも関わらずに絵里子には聞こえてくる。
「ちょっと、あなた反省したんじゃあないの?」
絵里子の嫌味がかった声にもレフは動じる様子を見せない。
「やれやれね、本当に厄介な相手だわ! もしかしたら、本当に昌原よりも性質タチが悪いんじゃあないかしらッ!いや、昌原以下かもしれないわ、昌原は騙し討ちしようとしたりしなかったもの……」
絵里子の挑発するような言葉にも、レフは冷静な態度を保ち続けている。
「そいつが何をしたのかは知らんが、オレ以下の存在だったんだな?お前のような女に負けちまうとはな……情けない奴だ」
「お生憎様ね、そいつはクソ野郎だったけど、少なくともあんたのように騙し討ちをしようとはしなかったわ! 」
この時に絵里子の胸の内にしまっていた、人質は取っていて、責任を他人になすり付けようとしていたという言葉を知れなかったのは、大きな事だったに違いない。
レフは売られた喧嘩は買うようなノリで、絵里子に罵声を浴びせ続ける。
「そうかね! だがね、キミだっていい年としてパパと乳揉みあっている女の手下なんだからな、キミも愚かな女だよ」
「手下になったんじゃあないわ! 元の世界に帰る前まで同盟を結んでいるだけよ! 彼女の見返りに応えるのは当然なんじゃあなくて?それに、あんたのようなゲス野郎を見ていると、虫唾が走るの……だから、警察に引き渡そうという算段なのよ」
「取らぬ狸の皮算用にならんように祈っているよ」
レフが日本の諺を引用したのは、絵里子に一つの驚きを与えたが、それが隙を生むまでに繋がるとは思ってもみなかっただろう。
レフが絵里子目掛けて、剣を突き刺そうとする。絵里子は避けられたものの、腕にかすり傷を負ってしまう。
「危なかったね、ミス……でも避けたキミが悪いのさ、本来ならば、即死できたかも知れんのにな……」
絵里子は中々銃を使っての戦闘が難しい事だという事を悟り、創造神クリエティブ・ゴッドを使い、日本刀を創り出す。
絵里子は拳銃を捨て、日本刀に待ち構えて、レフと対峙する。
「やれやれね、あたしが刀を使って戦わなくちゃあならないなんて……」
絵里子は正直に言えば、刀を使って戦闘を行うのは初めであった。
明美も不安そうに見つめているのが分かる。無理もないだろう、彼女自身絵里子の弟であり、参謀役の孝太郎やチームきっての武闘派である聡子などは刀を使って戦うのを見た事はあるだろうが、自分が戦って見せるのは初めてなのだ。
「で、でも……折原さんならば、絶対にこの事態を乗り切ってくれると信じています! 」
「ありがとう、聡子……ここで退いちゃあ、孝ちゃんに合わせる顔がないもんね」
絵里子は刀の剣先をレフに向ける。レフは余裕のある笑みを浮かべて、絵里子が斬りかかってくるのを待っているようだ。
3分ほどの時間が流れた時だろうか。絵里子がようやく攻撃に打って出る。
二つの剣先がぶつかり合う。しばらくお互いの刃先と刃先を重ね合わせていると、レフは痺れを切らしてしまったのだろう。剣と一緒に大きく背後に下がり、再び剣を振り上げて斬りかかる。
絵里子は自分の持っている刀を横にすることによって防ぐ。
再び剣と剣が重なり合った。今度の斬り合いには火花まで発生している。
絵里子が慣れない剣の戦いのために、思わず下唇を噛みしめているのとは対照的にレフにはどこか余裕がある表情を見せていた。
やがて、勝負にも決着が付く。絵里子の刀がレフの剣によって跳ね飛ばされる。
「さてと、小娘……オレをその刀とやらで斬り殺そうとした罪は重いぞ、お前の死で償ってもらおうか」
「殺す?何を誤解しているのかしら?あたしはあなたを逮捕するだけよ。警察に引き渡そうと思っていたのよ、でもあなたが抵抗したせいで、あなたは死ぬ羽目になった……そういう可能性も出てきたんじゃあないかしら?」
ルーシーには絵里子の言っている事が理解できたような気がする。今、現在この部屋にはレフ・ココーシンの味方は一人もいないのだ。強いて味方という存在を上げるのならば、脚やら肩やらを撃ち抜かれて、うずくまっているロシア人の男たちくらいだろうか。
何を言いたいのかと言えば、現在レフを殺す隙は十分すぎるほどあると言えるのだ。
自分が床に落とした、ベレッタ拳銃さえあれば。
ルーシーが慌てて、ベレッタを拾おうとした瞬間だった。再び、レフの空中の雷の剣の剣先がルーシーに向く。
恐らく、あの空中に浮いている小型の雷の剣は無意識のうちに動いていたのだろう。
ルーシーは気付いても後の祭りだとばかりに目を瞑る。
その時だった。パァンという乾いた音が部屋に鳴り響く。銃を撃った男はあの気弱な顧問弁護士。ジョセフ・"ジョー"・マークスだった。
「じ、ジョー」
ジョーはルーシーが声を掛けた瞬間に持っていた拳銃を地面に落としてしまう。
次の瞬間に何が起きたのか信じられないという風に腰を抜かし、地面に崩れ落ちる。
「あ、あ、ああああああ……」
ジョーは何が起こったのかを悟ったのだろう。悲鳴を上げて失神してしまう。
色を失ったジョーをルーシーは慌てて駆け寄り、優しく抱き締めてあげた。
「ありがとう、ジョー。あたしを助けるために……」
ルーシーは自分を守ってくれた騎士に礼を述べた。
今、ルーシーを守るために尽くしてくれたジョーはルーシーの腕に抱かれている。
その様子は女王のために忠誠を誓った騎士を慰める王妃のようであった。
「これで、良かったんですかね?」
明美は絵里子に両眉を上げながら尋ねる。
「良かったはずよ、これでココーシン・ファミリーとはもう揉めずに済むんだから……それにしても、恐ろしい力だったわ、あたしの魔法じゃあなければ負けていたわね、勝てたのはきっと運が良かったからだわ」
絵里子が腹を撃たれて、うごめているレフを見下ろしながら喋っていた時だ、
「な、何が!?」
急に絵里子はバランスを崩して、転倒してしまう。そして、絵里子は崩れた瞬間に何故自分の態勢が崩れてしまったのかを理解した。その原因は他でもないレフ・ココーシンだったから。
「勘違いしてあるようだからな、教えておくぞ、私の役割はここまでだ……だがな、お前らには更なる大きな困難が待ち構えている事を予言てしておいてやろうな、そして、カリーナ・"ルーシー"・カヴァリエーレ! ヴィト・プロテッツオーネ! お前たち二人は必ず、貴様らの犯した罪に相応しい最期を遂げるだろう……娘と一緒にお前らの末路を見てやるわッ!」
明美は咄嗟にレフに拳銃を向けたが、絵里子は下ろすように指示を出す。
「もう死んだわ、凄まじい執念だったわ、余程あたし達に伝えたい事があったのね」
絵里子はレフに十字を切ってやる。敵であっても死ねば仏という考えなのだろう。
「とにかく、一件落着という所かしら?レフの大きな困難という言葉が引っかかるけど……」
ルーシーは目を見開きながら言った。
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