魔法刑事たちの事件簿

アンジェロ岩井

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ロスト・ヘブン編

牧師の闇

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デビィット・ホラウェイ牧師は教会を片付けるなり、白籠市へと向かう。車の運転を副牧師に任せ、自らは刈谷組の事務所へと電話を掛けていた。
車の中で、デビィットはひたすら電話で何やら話し込んでいた。
電話を切り終えると、副牧師に料亭『麻村殿』に向かうように指示を出す。
少しばかりの間、デビィットが車に揺られていると、立派な料亭が見えた。
『麻村殿』だ。ここに刈谷阿里耶がいる筈なのだが。
デビィットは『麻村殿』に入室し、女将に刈谷阿里耶の名前で予約を入れてある部屋を尋ねる。
和服の似合う中年の女将は松の間という部屋に刈谷阿里耶の名前が入っている旨を告げる。
デビィットは礼を述べてから、松の間に向かう。
立派な松の木が描かれた襖を開けると、そこにいたのは、胸元に青色のコサージュのバラを付けた、華麗な女性であった。
女性は料亭に用意された思われる緑茶を啜り終え、デビィットの方に向き直ると、
「お久しぶりです。デビィット・ホラウェイ様、組長があなた様によろしくと」
古来からの日本の奥ゆかしい女性のような言葉で、こちらに向き直る。
「私は刈谷阿里耶氏を指名した筈なんだがな……」
デビィットは不満そうに唇をつまむ。
「そう、ご不満に思わないでくださないな、副組長のわたしを寄越しただけでも、まだマシな待遇だと思いますわ」
自分はこれ以上ない冷遇を受けていると思うのだが、これよりも酷い待遇を受けている者がいるのだろうか。
と、そんなデビィットの心境を見透かしたかのように副組長の女がクスリと笑う。
「もっと、酷い人なら、単なる組員が交渉役や使者として派遣されますの、だから、ホラウェイ牧師様への待遇はまだまだ良い方ですよ」
女のニコリと笑う顔にデビィットはたらし込まれてしまったようだ。これ以上、刈谷阿里耶本人を出せと騒ぐことはなかった。
用意されていた座椅子に座り、話を切り出す。
「早速だが、キミらに頼み事があってね、我々の方の地下組織を使ってもいいんだが、足が付くとマズイだろ?だから、キミたちの……」
「組織を借りたい、そういう事ですよね?」
言葉を先取りされた、デビィットはイライラと鼻を鳴らす。
「そういう事だよ、キミらの組員を少しばかり貸して欲しい……見返りは必ずするさ、そいつを始末してくれた後にな……」
デビィットは睨みつけるように女を見つめるが、その脅しは効果がないようで、
「どのような見返りをして下さるのかしら?」
意味深な微笑を浮かべながら尋ねるだけであった。
「ムムム……」
デビィットが言葉を失ってしまう。何故なら、今、自分に刈谷組にしてやれる見返りなど考えが付かないから。
デビィットの困惑を他所に女は小型の鞄から、一枚の書類をデビィットに差し出す。
「これは?」
書類を一通り眺めた後に、目をパチクリさせながら、尋ねるデビィットに対し、秘書の女は、
「あなたが仲間内に引き込んである政治家やら官僚やら判事やらの名前よ、彼らに少しばかり目を瞑るようにお願いできないかしら?そうすれば、わたし達もあなたの敵を始末わ」
ストライキで、会社の上司に抗議するような冷静な口調で言い放つ。
デビィットは堪らずに歯をギシギシと鳴らす。上から目線の態度に腹が立ったが、それ以前に刈谷阿里耶のの言い方だった。
何のつもりなのだ。映画『ゴッドファーザー』の悪役ターク・ソロッツオでも気取っているのだろうか。
流石のデビィット・ホラウェイも堪忍袋の尾を切らしてもいいかもしれない。
デビィットは拳を握り締めながら、
「このような条件はとても呑めませんな! 我々にヤクザの仲間入りをしろと!?確かに、あなたの組長からもらった寄付には十分に満足しておりますし、今後の件も我々の方から頼んだ事です! ですが、物には限度というものがありますよ! 我々に犯罪の片棒を担がせるなんて……そんなのは間違っているッ!」
刈谷組副組長久方彩香はデビィット・ホラウェイという男への軽蔑感を拭いとれなかった。今でこそ、何とか笑顔の仮面を付けて、堪えてはいるが、もう許容範囲を超えている。助けを求めにやってきたのに彼が吐くのは唾ばかり。ホラを吹くのもいい加減にしろと叫んでやりたい。
だけれど、折角の組長が得た貴重なキリスト教会とのコネを潰すわけにもいくまいと、彩香は必死に心を押し殺す。
「ならば、あなたご自身でやりなさいな、地下組織を持っているのなら、それをお使いなさい、わたし達が感知するところではありません」
彩香が部屋を退出しようとすると、
「待ってくれ! いや、待ってください! あなた方の力が必要なんだッ!お願いします! 」
と、デビィット・ホラウェイが頭を下げていた。
「……分かりました。あなた方の要請に応えましょう、その代わり見返りも……」
「分かっているとも! 」
デビィットは頭を下げながら叫ぶ。
どうやら、交渉は無事に結ばれたようだった。




柴田夏美は翌日になっても、あまり進展しない捜査に苛立ちを隠せない。
それに増して夏美が苛立ちを覚えたのは、丹羽と滝川の両名があの忌々しい連邦捜査官なんかに付き従っている事だった。
あの二人は何を考えているのだろうか。お陰で、自分の帰宅はこんなにも遅くなってしまった。
夏美が自宅のマンションに帰宅しようとしている時だった。
突然、目の前から黒塗りのセンチュリーが停まり、自分の前に3名ほどの男が降りてくる。
男はヤクザと思われた。一人のスキンヘッドにサングラス姿の男が、夏美の前に現れ、
「おいテメェかッ!例の事件の担当刑事っていうのはッ! 」
「そうだけれど、どうかしたのか?」
夏美はヤクザの恫喝を聞き流すように言ってのける。
「どうかした……だと!?あの件を嗅ぎ回られるとよぉ~とあるお方に迷惑がかかるんだよ! 分かってんのか! ゴルァ! 」
安っぽい脅し文句。この言葉以上に今の彼に似合う言葉はないだろう。
夏美は依然として、汚物を見るかのような目でヤクザの男を見続けている。
「その、とあるお方というのは誰なんだ?そいつの存在が分からなけりゃあ、怖くも何ともないよ! 」
夏美の安っぽい挑発に後方に控えていた、若い男が誰なのかを喋ろうとしたが……。
「おい、黙れ、テメェの寿命を縮めたいのか?」
若い男はスキンヘッドの男の剣幕に震え上がり、それ以上は口を紡ぐ事を選んだようだ。
「とにかく、おれたちに逆らわない事だな、明日になっても、まだ事件の事を嗅ぎ回っている様子なら、マジで殺すからな」
言いたい事だけ言うと、スキンヘッドにサングラス姿の男は背後に控えていた若い男たちを従え、黒のセンチュリーに乗り込み、その場を跡にする。
夏美はこの件だけでも、この事件には背後関係がある事を容易に察した。
問題は、誰が背後に控えているのか……。



翌日。柴田夏美は昨日の遭遇を事件捜査メンバーに話していた。
滝川と丹羽とそして、襲われかけた柴田夏美もこの事件の黒幕は刈谷組の仕業だと判断したのだが。
「待って、この事件をそれだけで、刈谷阿里耶の犯行だと判断するのは、短絡的過ぎないかしら?」
「どう言う事なんです?」
丹羽の質問は的を射ていたと言えるだろう。事実、この件の黒幕は現時点では刈谷阿里耶と刈谷組しか思い浮かばないのだから。
絵里子はそんなメンバーに自分の仮説を教えてやる事にした。
「そもそも、ヤクザだからと言っても、常に自分の意思だけで、行動するわけじゃあないわ、ヤクザを操る更なる黒幕がいるかもしれないのに……」
絵里子の意味深な発言に、18の瞳が絵里子の次の発言を待ち構える。絵里子はその緊張に怯える事なく、仮説の続きを述べていく。
「つまりね、刈谷組と裏取引をしている人物又は団体がいるかもしれないって事よ、刈谷組は従来のヤクザ組織とは異なり、金のためなら、何でもやるような凶悪な連中よ、誰かに雇われて、組員を貸し出している可能性は大いにあるわ」
「じゃあ、聞くよ、その黒幕とやらは誰なんだい?」
夏美は絵里子の次の言葉が到底信じられなかった。何故なら、その人物はこの事件には全く浮上していない上に被害者と面識もないからだ。
「まさか、そいつが……?」
「間違い無いわ、正確には別の人物に依頼されての事なんでしょうけれど……」
思わぬ推理に3人は驚きの色を隠しきれない様子だった。
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