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ロスト・ヘブン編

若社長への聞き込み

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「あの、例の事件について、お聞きする前に、一つ尋ねても良いでしょうか?」
「何でしょう?私に喋れる事ならば、どんな事でも話しますが……」
若社長は弱々しい笑顔で答える。彼女が亡くなったことが余程ショックだったのだろう。表情の端に暗いものが見える。
「あなたは彼女の死についてどう思いますか?彼女はあなたを愛していたんですよね! あなたはその愛に応えようとしましたか!?」
夏美の質問はおおよそ、この事件とは関係のない質問である。恐らく、夏美はこの聞き込みの間に認識を改めて(そもそも、強盗の線もあると主張したのは、絵里子への対抗心のみだったかもしれないが)この若社長が、何らかの動機で彼女を殺したのだと判断したのだろう。夏美の顔に迷いはない。
「一体何を仰りたいのでしょう……」
若社長は口調こそ穏やかであったものの、明らかに夏美への不信感を見せていた。
「あなたは仮に彼女が何らかの……例えば、結婚を迫ったとして……それが原因で、彼女を鬱陶しいと思いましたか?」
「し、柴田さん……」
滝川は夏美の言葉を遮ろうとしたが、夏美は無視して質問を続ける。
「あなたは仮に彼女が自分に何らかの不利な事実を知ったと思いましたか?例えば、会社の秘密だとか、あなた方の会社の秘密の他に、あなたの個人的な……」
「いい加減にしなさい! 」
ここで、夏美のあからさまな決めつけに怒りの声を上げたのは、若社長ではない。現在の夏美の直属の上司である折原絵里子であった。
「この人はこんなに苦しんでいるのよ! 会社まで休んで……それなのに……」
絵里子は手を上げる寸前だったに違いない。だって、懸命に右手の拳をずっとプルプルと震わせていたから。
「い、いえ……私ももう大丈夫ですよ! 全く気にしていません……警察が色々な線から捜査するのは仕方がありませんからね」
寛大な笑顔を四人に向けていた。
「わたしの部下が本当にすいません……このお詫びは後日に……」
懸命に頭を下げる絵里子の姿を見て、夏美も謝らないといけないと感じ取ったのだろう。ペコリと頭を下げる。
「も、もういいですよ……こちらも無礼な態度を取ってしまって、申し訳ありません……」
若社長は両手を振って、自分の態度を詫びていた。
絵里子は今日の所は帰る旨を伝え、再び夏美の無礼を詫びて、後日に訪ねることを約束する。
屋敷を後にして、日織亜署に向かう車の中で、絵里子は夏美をたしなめる。
「やり過ぎよ! あなたの推理は少しばかり、思い込みが過ぎているんじゃあなくて!?」
「……」
「推理をするのも大事よ! だけれども、思い込みが過ぎるのはいけないわ! 」
絵里子の言っていることは最もだ。夏美の先程の質問は全て、若社長が犯人だと言わせるための誘導尋問である。
下手をすれば、マスコミが警察の横暴だと騒ぎ立てるかもしれない。
それくらいの危険性があったのだ。
「ともかく、もう少し周辺を洗ってみましょう?」
絵里子は手帳の被害者の交友関係が書かれたページを開く。
「ならば、彼女の学生時代の友人にも聞いてみますか?この街に住んでいる筈ですし、他にもあの同僚の女が怪しいと私は踏んでいるんです。彼女が何らかの理由で、被害者を殺したのではないかとね……」
滝川の意見に絵里子は黙って首を縦に振る。後者の方はともかくとして、前者の方は可能性があると判断したのだろう。連邦捜査官主導のもとに事件を刑事たちの車は若社長の家から立ち去っていく。
その様子を一人壁に隠れながら、見ていたのは、被害者の同僚で、仲の良かった筈の例のポニテールの女性であった。
「あいつらにこの件を暴かれてたまるものですか、にお願いしないと……」
ポニテールのよく似合う眼鏡の女性は日織亜市の郊外にある有名な教会へと向かう。




「昌原さん、私はあなたと同じ意見ですよ、やはり神の啓示する世界最終戦争ハルマゲドンは近付いておるのです! これを機会に神の力を日本の人々に知らしめねば……」
宇宙究明学会の会長昌原道明に向き合って、そんな物騒とも呼べる発言を口にしたのは、この教会の牧師デビィット・ホラウェイであった。眼鏡のよく似合う短い黒髪の中年男性がキリスト教会から認められていないと会談をしたのは理由がある。
それは、昌原から多額の寄付金を募ったお陰である。
デビィットは金こそが、人を天国へと導けるものであると信じていたし。逆に金を持っていない人々こそ、免罪符を買えずに地獄に堕ちる人間だろうと確信していた。
「あなたのような素晴らしいプロテスタントの牧師と知り合えて光栄でしたよ」
昌原は教団専属のカメラマンである木部義秀に写真を撮らせる指示を目配せで出している。
大方、自分と握手をして、自分はプロテスタントの牧師に認められた、教祖とでも言いたいのだろうとデビィットは考えていた。
だが、彼が自分の教会に多額の布施をしたのも事実。その場合は、どこの教団でもお礼はするし、多少のリップサービスをする事だってあるだろう。
そのせいで、他の人々が昌原に騙されようとも、デビィットには何の痛みもない。
会った事もない知らない人間なのだから。
二人の握手の写真を撮り終え、ホラウェイは半ば自分の個人的な秘書として使用している短い茶色の髪をした副牧師のローランド・ダービーの方を向き直り、
「今日は他に何かあったのか?」
冷たい冷徹な視線にもたじろぐ事はなく、ローランドは今日は他には何の予定もない事を告げる。
「よろしい、ならば明日の予定は?」
「明日の予定は、兼ねてから予定しておりました、自由三つ葉葵党の有力議員本多太郎氏との面会がある他に、この日織亜市の有力議員を招いての聖書の教授があります」
「分かった、今日はもう教会を閉めるから、キミは帰っていいよ」
ローランドが頭を下げて、教会を跡にしようとした時だ。
教会の扉が勢いよく開かれる。デビィットは侵入者にキツく注意をしようとしたのだが、その相手が分かるなり、顔を変える。
「驚いた、あなたがどうしてここに?」
「牧師様! わたし追い詰められて……」
ポニテールの地味な女性。彼女は父親が自由三つ葉葵党所属の代議士で、デビィットが手厚い庇護を受けているスポンサーの娘であったので、デビィットとしても放り投げるわけにはいかない。
「どうしたんだね、言ってみなさい」
デビィットは泣きじゃくる彼女を保育園で泣き止まない子供を宥めるかのように優しく頭を撫でながら、理由を尋ねると、
「神父様! 神父様に例の件を頼んで、問題は全て解決したと思ったんです!! ですが、今度は新たな問題が発生して……」
「何だね、言ってみなさい」
「まず、あの女がいなくなったのに、彼はあたしに見向きもしないんです! それどころか、軽蔑の視線を向けるばかりで……他にも、警察の連中があたしに目を向けるかも……」
警察の連中?デビィットは思わず片眉を上げる。明智警部と親密にしている事から、この事件は3年前の見えない怪物イル・モストロ事件と同様に未解決事件になるものとばかり思っていたから。
「落ち着きたまえ、前者の方はキミの努力次第だがね、後者の問題ならば、私にもらいたい」
「本当ですか……」
「ああ、私は白籠市に有名な友人がいてね、この教会にも多額の布施をしてくれた人物なんだよ、キミも雑誌で知っていると思うんだが……」
彼女はその言葉で牧師が頼りにしている人物が誰なのかを理解した。
「まさか……」
「そのまさかさ、白籠市の実質的な市長刈谷阿里耶さんだよ、彼がキミを嗅ぎ回っているドブネズミを消してくれる筈さ」
助けを求める女性に向けたデビィットの笑顔は牧師とは思えない邪悪なものであった。
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