魔法刑事たちの事件簿

アンジェロ岩井

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ロスト・ヘブン編

新米連邦捜査官

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柴田夏美は署の前で、今日派遣される連邦捜査官を出迎えるための準備をしていた。
連邦捜査官と言えば、日本共和国における警察組織の中でも、優秀な部類だ。派遣時には、その署の警部と同等の権限が与えられ、仮にその人が警察組織に転向する事を上に申し出たとしても、正式に警部の地位が渡されるだけなのだ。
叩き上げの人からすれば、不愉快極まりない事に違いない。
だけれど、それは優秀な印だから、そうなるのであり、決して官僚贔屓の類に類するものではない。それに仮に警部になったとしても、部下は自由に任命はできない。
つまり、その人が前までに率いていた部下がそのまま部下になるので、部下が元捜査官に値する人物を嫌いならば、その人から離れても良い権利が与えられている。
と、まあこの国における連邦捜査官の事を思い出しているうちに、今回の事件を担当する連邦捜査官の姿が見えてきた。
少しばかり遠い、署の正面玄関の前にある大通りを挟んだ側に立っているので、夏美もよくは分からないが、髪が後ろに伸びている事と、タイトスカートを履いている事から、男性ではなく、女性の連邦捜査官が派遣された事が理解できた。
まもなく、信号が赤から青に変わる。こちらに向かって、歩みを進める。
彼女との距離が近付くにつれて、夏美は彼女の顔を容易に確認できる事ができた。
中々の美人だ。
黒いオパールのような瞳。
高過ぎず、低過ぎないちょうどいい形に整った鼻。
おちょぼ口という言葉がピッタリと似合う、小さな可愛らしい唇。
顔は美しい卵型。それに赤銅色の肌だから、赤い卵のよう。
アパッチ族の血を引いているのだろう。
そして、一流モデルのように引き締まったウェスト。日本古来の貴族を思わせるような美しい黒色の髪。
100人中100人が美人と答える顔だろう。
美人は信号を渡り終え、こちらに笑顔で握手を求める。
「初めまして、この事件を担当する事になった、連邦捜査官の折原絵里子です。よろしく、お願い致しますね」
夏美も勿論と握手に応じる。
彼女の部下である、滝川と丹羽もそれに続く。
「初めまして、滝川と言います。柴田刑事の下で、働いております」
「同じく、刑事の丹羽です。柴田刑事の下で、働いております! 」
絵里子は笑顔で二人に応じる。
「ええ、よろしく! そうだわ、悪いけれど、早速証拠品を見せてもらえないかしら?本当に早速で悪いんだけどね」
懇願するように、右手を添える。
「いいですよ! あなたはそのために来たんですから! 」
滝川は絵里子の肩を叩く。
「悪いわね、本当に早速だけれど」
と、街ですれ違えば、100人中50人は振り向くであろう、絵里子の笑みを見せられれば、男性陣は誰でも快く応じるだろう。まさにこのまま甘い気持ちにとろけてしまいたい気分になるに違いない。
滝川は絵里子の笑顔を眺めながら、そう考えていた。



捜査資料の載った丹羽の手帳を穴の開くまで、見つめた後に絵里子は夏美に目を合わせ、
「そう言えば、被害者の交友関係は改まって調べたの?」
「まだだけれど……」
「なら、調べましょう! 強盗の線が薄いのなら、怨恨の線もあるもの! むしろ、怨恨を動機にした犯人が、強盗の仕業に見せかけるためにワザと被害者から財布を盗み取った可能性すらあるのよ! 」
言われてみれば、その通りだ。だけれどもと、滝川は強盗の線を捨てきれない可能性を絵里子に提示する。
「そうね、両方の線で捜査を進めていきましょうか、被害者は殺されるような大きなトラブルがあったのか! 」
絵里子の言葉に滝川と丹羽は同意したようだ。コートを着ようとしている事から、絵里子の意見に異議はないようだ。
ただ、一人夏美を除いて……。
「ちょっと待ってよ、あんたに何処まで指図されなきりゃあ……そもそも、この事件は強盗の可能性が強いんでしょ!?なら、強盗の線で進めるべきじゃん! おかしいよ、こんな風に簡単に……」
「待ってくださいよ、柴田さん……この事件には複数の可能性があると最初に言ったのは、柴田さんでしょ?あなたが自分の意見を否定なされると、我々もやり辛くてたまりませんよ」
丹羽の苦笑に、夏美は口元をアヒルの形に変化させる。
「まあ、拗ねてないで、行きましょうよ! 捜査の基本は足ですから! 」
滝本の満面の笑みに夏美は観念したように大きな溜息を吐き出し、聞き込みに同行する事にする。



被害者の職場では、彼女についての暗い噂など聞く事もなかった。彼女はよく気が利く上に真面目で優秀な社員で、後輩への面倒見も良くて、先輩や上司を敬い、おまけに美人。まさに「天使」のような人間だったらしい。
「ありがとうございます。それでは、我々は失礼させていただきます……」
絵里子が被害者の同僚のメガネをかけたポニテールの髪型をした少しばかり地味な女性に黒革のソファーとローテーブルしかない応接室で頭を下げた時だ。
「待ってください! 」
と、退出を止められた。
「何かあるんですか?」
四人の中で真っ先に眉をひそめたのは、丹羽だった。彼は再び手帳を取り出し、彼女の話を聞こうとする。
「はい、あの人の事なんですが……」
彼女が話すには、最近男性とのトラブルがあったらしい。トラブルの元の男性と言うのが……。
「この会社の社長さんですね?」
「ええ、あの人はよく社長室に呼び出されていまして……恐らく、仕事の用だけではなく、私用で行っていた事もあるみたい……」
成る程。関係があったらしい。絵里子はその社長に事件の事を聞いてみるために、社長室に向かおうとしたが……。
「待ってください! 社長はあの人が死んでから、ずっと会社を休んでいるんです……彼女の死がショックだったのかな?」
そのポニーテルの似合う同僚の言葉を信じ、絵里子たちは社長宅へと向かう。



流石は社長の家というべきだろうか。日織亜市の郊外に位置するこの大邸宅は、武家屋敷と言っても差し支えのない大きな塀に、旧来の大名屋敷を思わせるような門。
だが、絵里子は緊張する事なく、インタホーンを鳴らす。
インターホンの主に絵里子は警察関係者である事を伝えると、インターホンの主は渋りながらも、何とか門を開けてくれた。
門をくぐっても、絵里子たちは石道を歩きながら、側の日本庭園風の飾り付けを見て回る。鹿威し。大きな桜の木。小さな枯山水。どこをどう見ても、立派過ぎる庭だったが、本命は絵里子たちの前に寝そべる巨人のように立ち塞がる屋敷の裏にあるのだろう。絵里子は下手をすれば、一つの公園よりも広がっている日本庭園の風景を想像した。そして、もう一つ私的な妄想を。そんな所に別れた弟と老後を過ごせたら、どれ程いいだろうという妄想を。
そんな事を考えていると、屋敷の正面玄関が見えた。
絵里子は意を決して、大きな引き戸を開く。若い男が入るよ許可を出す。恐らく、例の社長だろう。
絵里子は靴を並べて、その社長にどの部屋に行けばいいのかを尋ねる。
部屋は多くあるので、どこに行けば会えるのか分からないのだ。
社長と思われる若い男の声は、玄関の正面の木製の階段を上がるように指示を出す。
絵里子たちは社長の指示に従い、階段を登る。階段を登り終え、絵里子は再び指示を仰ぐ。
すると、階段近くの鶴の絵が描かれた襖を開けるように指示を出す。
絵里子が四人を代表して、襖を開ける。
襖を開けた先に、パジャマ姿の若い男がいた。
「刑事さんですよね?」
「ええ、日織亜市の柴田です」
若社長の質問に答えたのは、絵里子ではなく、夏美であった。
夏美は絵里子にバトンを渡す事なく、質問を続ける。
「あの、例の殺人事件の件でお話があります! 」
その声は凛として、部屋全体に響き渡りそうないい声であった。
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