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ロスト・ヘブン編

夜の闇の惨劇

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柴田夏美は安堵していた。宇宙究明学会による未曾有のテロを防げた事を。
「お疲れ様です。柴田刑事! そうそう、どうして、四国の警察に連絡して、四国道場に強制捜査をさせたんですか?」
声をかけたのは、相棒の滝川であった。滝川はしっかりとシーツを着こなした、いかにも「優等生」という風貌の男性ではあったが、性格がどちらかといえば、軽い方に分類されるために、初対面の人からは驚かれる人であった。
夏美は滝川がもう少し大人しい性格だったなと思いつつも、質問には答えてやる事にした。
「絵里子からの連絡……彼女が宇宙究明学会は四国道場いわゆる四国道場に教団が何かを隠している事を告げたから」
滝川はふーんと唸る。納得したらしい。
「彼女はやはり頭が良いですね……今回の事件も彼女がいたから、無事に解決できたかもしれないと思います」
「頭が悪ければ、連邦捜査官にはなれなかったと思うよ、あの一族は昔から頭が回るんだ、絵里子の先祖が農民から、天下人に上がったようにな」
滝川と丹羽はお互いに顔を見合わせて、頷く。夏美の言葉は的を射ていたからだ。
「取り敢えず、帰りましょうか……我らの都市に! 」
滝川が拳を握り締めながら、贔屓の野球チームを応援するような元気な声で言うのを聞くと、夏美は思わず笑ってしまう。
「そうね、帰りましょう! わたし達の都市に! でも、その前に何か食べましょうよ! 」
リーダーの有り難いお言葉に3人は拳を空中に掲げる。そして、レストランへと向かう車の中で、ミーチェと名乗るロシア人の女性が強制捜査に際に逮捕された旨を3人は聞いたが、今の3人にはどうでも良かった。
とにかく、今はどこかで腰を落ち着けたかったのだ。



近くのファミリーレストランで、食事を済ませ、夏美は食後のコーヒーを啜りながら、閑静な住宅街を眺める。
こんな日にどうして、思い出すのだろうか。あの事件の事を……。
それは、2年前。まだ、柴田夏美が刑事になってから、一年目の新人の頃の出来事であった。




「被害者は! 」
柴田夏美はその日は帰宅途中だったのだが、突然の殺人事件。つまり、団地近くの小さな公園に急に呼び出されたのだった。
「あっ、柴田刑事! 到着なされましたか!?」
鑑識の男が、夏美の到着を確認する言葉を告げる。すると、集まっていた全員の視線が夏美へと向く。
「遅れてしまって申し訳ありません……しかし、帰宅途中だったもので……」
「言い訳はいい! 」
と、怒鳴ったのは、殺人課の課長である明智権五郎警部。
明智はボサボサの髪にヨレヨレの茶色のスーツが目印ではあったが、それでも事件解決への執念は人一倍あった。
そんな、明智を怒らせたのだ、夏美は実績を覚悟していたが、まずは状況確認が先だと判断したのだろう。明智は現場に入るように命令した。
被害者の山中智子は近くに住むごく普通の会社員で、この日も自宅へと帰る途中だったらしい。ただし、普段と違うのは……。
「彼女、病院に寄っていたらしいですな、どうも太ももに傷があります、これの治療に行ったのでしょう」
太ももに?彼女の薬指に結婚指輪が無いことから、暴力を振るったのは、夫ではないだろう。つまり、付き合っている恋人から受けたのだろうか。
だが、夏美の考えは鑑識の男から、完全に否定された。
「いいえ、彼女の携帯端末を調べてみたのですが、それらしき男性の電話番号は確認できませんでした」
鑑識の言葉から推定するに、男女間のもつれではないらしい。という事は、単純な金目当ての犯行だろう。
どうやら、周りの刑事たちも夏美と同じ結論を出したらしい。夏美のネコのように可愛らしい耳にこの事件は強盗事件だと判断する声が聞こえてきた。
だが、この中で一人納得していないらしく、怪訝そうな顔で被害者の顔を眺めていた人物がいた。いかにも、「優等生」という顔の滝川龍弥だった。
「待ってください! 皆さん、この事件は単なる強盗事件じゃあありませんよ! 」
滝川の言葉に全員が一斉に振り向く。そして、滝川の説明を求めるかのように24の瞳を向けていた。
普通の人なら、ピアノの発表会で緊張して、最初の出だしを間違えるような少年のような気持ちに襲われるだろうが、滝川は違う。怯む事なく、この事件を恋愛によるもつれによる事件だと主張し続ける。
確かに、言い分はそれなりに筋が通っている。まず、一般の女性がこんな暗い場所に会社帰りに訪れるというのはおかしいし、世間一般では、給料日前と呼ばれる比較的所持金の少ない時期に当たる。仮に自分が強盗ならば、給料が入る頃を襲うだろうと。
だが、明智警部は納得していないらしく、うーんと首を捻っている。
「だがな、この時期だからこそ、預金を下ろした人物を狙った可能性もあるんだぞ、その可能性はどうだ?」
「街の銀行から2キロも離れているところですよ、しかも、路上で襲える可能性もあるのに、銀行のATMから、ワザワザ一人の女性を追い回して、金を取るんですか?非効率ですよ! 私が犯人なら、そんな危険を冒しませんよ! 」
滝川の言葉に明智は思わず黙ってしまう。更に丹羽の援護射撃もそこに加わっては、明智の勝ち目はゼロと言っても過言ではないだろう。
「とにかく、この件は明日の捜査会議で、どのような方針で、犯人を追うのかを決めるッ!いいなッ!」
震える手で、他の刑事たちを指を差し、明智は部下にパトカーを開けさせ、日織亜署へと帰還する。
それを見届けると、「嫌われ者」である明智権五郎への悪口大会が開始された。
「全く、あの野郎、本当に全身だけは明智小五郎に近いくせに、自分は犯人に怯えて、捜査を部下に丸投げだぜ! あんな奴にこの事件を任せたくないよな! 」
滝川の言葉に全員が一同に首を振る。
「その通り! あんな奴が指揮をするなんて、おかしいよ! なんなら、この事件だけは、連邦捜査官が担当してほしいよ! 役立たずの地元の警部なんかよりさぁ~」
夏美の意見に全員が賛同したらしい。各々が連邦捜査官を待望する言葉を口に出す。
「とにかく、明日の会議で何もかも分かるのよ、明日まで待とうよ」
夏美の言葉は全員の意見を代弁していた。後は現場での証拠品の招集をしてから、柴田たちは署へと戻る。
「明日の会議で、誰がこの事件を担当するのかが決まるのかな」
と、夏美。
「その通り、だがね、明智の奴とだけは組みたくないッスよ、おれは」
滝川は話に夢中になるあまりに、思わずハンドルを握る力を強くする。
「明日にならないと分からない……おれとしては、明智の指示のもとに動くのは嫌だが……」
丹羽も手帳に収めた、証拠品を眺めながら、吐き捨てるように言った。
「ふぅ、死んだあの人が浮かばれるような、捜査ができる人だといいんだけれど」
夏美は万が一にもあり得ない可能性を口にしながら、助手席の背もたれにもたれかかった。



捜査会議は事件翌日に行われ、午前の時間を丸々潰して、行われた結果。
「えー、この事件の担当警部は明智警部から、連邦捜査官の担当へと変わった。担当の連邦捜査官は今夜に到着する予定だ。心して、迎えるように」
と、重苦しそうな様子を全身から漂わせるような風貌で、出てきた署長が言ったので、この事件を連邦捜査官が担当するのは明らかだろう。一年前に迷宮入りが確定した、連続殺人事件見えない怪物イル・モストロ事件のように未解決になる可能性が低くなる。夏美はホッと胸をなで下ろす。
「どんな人が来るんでしょうね?」
デスクに座り、証拠品の整理をしていた滝川の言葉に、夏美は連邦捜査官と言うには、旧アメリカ合衆国にて、アル・カポネの検挙に貢献した、エリオット・ネスのように逞しい人物が来るのだろうと予想した。後に夏美が、この想像が本当にただの想像でしかない事を知るのは、これから2時間後の事。つまり、午後の3時になってからの事だった。
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