魔法刑事たちの事件簿

アンジェロ岩井

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聖杯争奪戦編

名古屋城の戦い 残照

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「昌原道明を殺す?どういうつもりなんだ?」
いつの間に追いついたのだろうか、孝太郎が荒い息を吐きながら、尋ねた。トニーはそんな孝太郎を見かねたのだろうか、孝太郎の問いに丁寧に答えやる事にした。
「簡単だ、あの男は聖杯を奪うだけは事足りずに、大規模なテロを計画し、多くの人間を殺すつもりなんだよ、無論、どこでそのテロが起こるのかは、分からないがね」
「だから、先に昌原を殺す必要があるって事なのか?」
「その通りだね」
トニーは一ミリもためらう事なく言ってのける。
「昌原は法の裁きを受けさせるべきさ、それが、日本共和国民に課せられた義務であるし、警察官である以上、お前の犯罪を見逃す訳にもいかない」
その言葉を聞くと、トニーは黙って、武器保存ワーペン・セーブから、M16を取り出す。
「ここで、やり合うつもりなのか?」
「そうしても、構わんよ」
トニーの言葉は嘘ではない。彼の銃は揺れさえも起こさずに、孝太郎の頭を狙っていた。
「やる気らしいな……」
「キミ次第だね、この場に昌原道明がいれば、間違い無く、私はこの引き金を引くからね」
二人は黙って、睨み合っていた。無論、孝太郎はこの時に拳銃を持っていなかったために、睨み合いの末に戦いが起こったのなら、どちらが勝つのかはこの場に居る全員が結末を予想できたと思うが。
「どうする……キミが銃を出すまで、待ってあげてもいいが……」
トニーの言葉に孝太郎は下唇をギュッと噛み締める。
「武士の情けという奴か?」
「いいや、騎士道精神に基づいているだけだよ、武器も持っていない相手を撃ち殺すのは、流石の私でも躊躇ってしまうからね……」
トニーの言葉を聞くなり、孝太郎はこの場で銃を抜いて、対抗するべきなのかと考えた。だが、ここで戦う理由もないと考え、そのままの状態を保つ事にする。さて、トニーがどう出るのか。
「良いだろう、この場だけは銃を収めてやる……」
孝太郎の思案が伝わったようだ。トニーはM16を引っ込めた。
「昌原道明はどこにいるのか、その場に捕らえられている信者の男に聞こうと思ったのだがね、キミが武器を出さなかったという事に免じて、今回は保留という事にしてやろう」
そう言って、トニーは立ち去ろうとしたのだが、突然クルリと振り返って、孝太郎に忠告の言葉を浴びせた。
「そうだ……キミの携帯端末か、もしくは……無線機で連絡したまえ、この私に手を出すな……とな、私を敵に回して、助かった組織がないのは、知っているだろ?どの連中も私を殺せなかった……」
その言葉に孝太郎はこれまでのトニー・クレメンテの輝かしい殺し屋ヒットマンとしての功績を思い返す。
敵に回して、助かった組織がいないという彼の言葉を表す例としては、昨年に発生したユニオン帝国の皇帝デビッド・ロックポンド二世の暗殺事件であろう。彼はトニー・クレメンテを帝国専属の殺し屋にしようと目論んだのだが、彼は首を縦に振らなかったので、家臣に命令して、トニーを殺すように特殊部隊をけしかけたのだが、彼はその特殊部隊を全滅させただけではなく、城内の厳重な警備を潜り抜けて、ロックポンド二世を殺害したという事件だった。
彼は自分に対する報復というそれだけの理由で、世界でも名だたる皇帝をあっさりと殺害したのだ。そのせいで、今の世界では、誰もトニー・クレメンテを独占しようと考える人間は居なくなった。
そして、彼を敵に回そうと考える組織も……。
「そうだよな、あんたなら、例えどんな組織でも、壊滅できる筈だぜ」
「逆に言えば、あんな程度の組織を潰せない、日本の警察に苛立ちを隠せないね」
「そりゃあ、あんたは一人だからね、日本の警察というのは色々と手続きがあるし、証拠が無ければ、動けない」
トニーは孝太郎の言い分を聞くと、口元を歪めて、その場を跡にする。
孝太郎は彼が去っていくのを見計らい、携帯端末を使用し、他の警察官たちに手を出さないように言った。
用件だけ言い終えると、孝太郎は心底心配していたという表情を浮かべながら、二人の元へと駆け寄る。
「良かったよ、二人が無事で……」
「いいえ、聡子のお陰よ、聡子が木部と戦ってくれなかったら、あたしは詰んでいたし……」
そう言って、絵里子は聡子に笑いかけたのだが、聡子は照れ臭かったのか、頰を紅潮させて、顔を背けた。
「あっ、あたし達は仲間だろ?なら、助けるのは当然じゃん! あたしは当然の事をしただけだよ……」
顔を背ける聡子を孝太郎は黙って頭を撫でてやる。
「ありがとな、お前のお陰で、姉貴が殺されずに済んだよ」
聡子は相変わらず、顔を背けたままだったが、小さく「どういたしまして」と呟いたのを孝太郎は聞き漏らさない。だけれど、聡子に言いもしない。だから、孝太郎は微笑を浮かべる羽目になったのだ。
「さてと、じゃあ戻るとするか……木部さんに聞きたい事もあるしな」
そう言って、孝太郎が顔を向けると、木部は顔をしかめた。


同日、名古屋市内ホテル。
イワン・トロツキーは名古屋に着くなり、携帯端末のニュースで、二人の同士の失敗を知った。そして、自分たちの仲間はもう半分しかいない事を悟った。
「どうする、未だに我々の手に聖杯は渡っていないんだぜ」
その言葉にミーチェは言葉を詰まらせた。聖杯を奪おうと、二つの敵組織に攻撃を仕掛けたうちの一人は死亡。あとの二人は警察に逮捕されてしまっているのだ。後は自分たち三名だけ。
「どうすればいいのかしら?」
ミーチェはホテルに用意されていたコーヒーサーバーで、コーヒーを作りながら言った。こうでもしないと、彼女は落ち着いてはいられない。
「無理に聖杯を自分たちの手で集める事はないんじゃあ無いのか?我々の手で、集めるよりも、人が集めるのを待ったほうがいい」
「そんな、ハイエナみたいなこと……」
ミーチェは抗議しようとしたが、その途中で言葉を詰まらせた。反論の言葉が思い付かないからだ。そんなミーチェを見て、イワンはフンと鼻を鳴らす。
「言葉に詰まったか……まぁ、当然だろうよ、他に選択肢がないからね」
イワンがソファーに座っていると、ミーチェが別の案をイワンに提案する。
「そうだわ! 宇宙究明学会と同盟を結べば良いのよ! わたし達の同志の一人が、学会に潜入している筈だし、容易に手を……」
「無理だな」
イワンはミーチェの言葉を遮った。
「アイツとはあの日以来、連絡が取れない……恐らく、教団の連中に殺されたんだろう」
イワンは腕を組みながら、自分の意見は至極正論だとばかりのオーラを出しながら、ミーチェを見つめていた。
「でも、宗教団体でしょ!?人を救うための宗教……」
「その宗教団体のせいで、起こった事件をお前も知っているだろ?例を挙げれば、キリがないが、敢えて挙げるとするのなら、1955年に発生した世界審判教事件。1978年に発生した人民寺院の集団自殺に、2001年に発生した911テロ事件……だから、オレ達は宗教を信じられなくなって、宗教にすがるのを辞めた……忘れた訳じゃあないだろ?」
その言葉にミーチェは首を縦に振る。
「その通りだけれど……」
「なら、あいつの事は忘れろ、オレらの目的は聖杯だけだ。あれを使って、ロシア皇帝を殺害し、理想の国家を建設するんだ! 」
イワンの言うことに逆らう事もなく、ミーチェは黙って、首を縦に振るばかりだった。
そうして、もう一人の同志が部屋に帰ってくるのを待つ事にした。

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