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聖杯争奪戦編

テロリストと新興宗教教祖の陰謀

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鬼島龍が逮捕されてから、三日後のことであった。
ロマノフ帝国では、約6人の男女が小さな山小屋で話をしていた。
「この兵力で、これ以上ロマノフと戦うのは無理よ」
メガネをかけた長い金髪をした、先ほど咲いた花のように美しい女性が、フゥと小さなため息を吐いてから、残念そうに額を抑えながら、呟く。
「ちくしょう! オレらの計画はこんなところで、終わってしまうのか……」
日本の平家物語に出てくるような武蔵坊弁慶のような屈強な体格の男が、苦々しく吐き捨てた。
「だがな、オレらには意思があるのだッ!そう、20世紀の偉大なる指導者レーニンの崇高な意思がッ!何故、中国は共産主義国家となっているのに、肝心の同志レーニンがお生まれになった、我々の国は共産主義国家となっていないのだッ!おかしいではないかッ!」
武蔵坊弁慶は忌々しそうに右腕を背後に振り上げ、山小屋の壁に叩きつけた。
「だがな、我々の人数でこれ以上戦い続けるのは不可能なのは変わらない事実なんだぜ、確かに我々には信念があるのだが、人数が足りないのは、仕方がない、テロ行為を起こしたとしても、革命が成功する保証なんて一つもないッ!」
と、反論をしたのはこのグループの参謀役たるイワン・トロツキーであった。イワンは先ほどの女性と同様にメガネをかけたハンサムな男で、いかにもエリートという言葉の似合うような男であった。
「では、どうすればいいのだ?」
武蔵坊弁慶のような男は額に人差し指と中指を額に当てながら、濡れた目でエリートを見つめながら、尋ねた。
「時間だ……」
「時間?」
「ああ、我々の新たなる計画はこうだ、時間を遡り、ロマノフ帝国の初代皇帝を暗殺するのさ……」
そのイワンの言葉を聞くなり、山小屋に居た全員が一斉に笑い出す。それはそうだろう。誰だって笑うだろう。ロマノフ帝国でも一二を争うイワン雷帝記念大学を首席で卒業したエリートが、いきなり滑稽無糖な事を言い出したら、誰でも。
「とうとう、頭がおかしくなってしまったのか?お前がそんな事を言うとは……お前のようなエリートでもそうなってしまうんだな、どうやら、お前はオレらの革命には、もう向かないらしい、今すぐオレらの前から消えろ……」
と、凄む目で見つめたのは、イワン同様に美男子と呼ばれている男で、目鼻立ちのキリッした美しい顔をしている男だった。男の名前はフェリックス・ドラコ。このグループの金庫番を務める男であり、ニコライ2世記念大学を首席で卒業したエリートであった。反面、彼は冷酷で容赦のない人物であり、グループ内では恐怖政治を敷いており、この6人以外のグループの構成員からはまるで、イワン雷帝のように恐れられていたのだったが、彼はその事を気にした事はなかった。
「ククク、お前は何も知らないらしいな、時間を自由自在に操れる聖杯の事を……」
その言葉に全員の視線がイワンに集中する。
「知らないのか?日本には時を自由自在に操れる聖杯があるのさ、過去に行くのも未来に行くのも、本人の気分次第だよ、だからオレたちはそれを利用し、世界各国の皇帝や国王の先祖どもを殺害し、世界を共産主義国家にしてやるのさ……」
その言葉に小屋に居た全員の体が一斉に震えた。まさか、自分たちがそんな神のような事をできるなんて。神の存在などとっくに捨てたはずなのに、彼らはそう表現してしまうほど、驚いていた。
「で、その聖杯とやらはどこにあるんだ?」
「安心しろ、その情報は日本に潜入している、別の同志が連絡を入れてくれるはずだぜ」
そう言った時だった。イワンの携帯端末が鳴り響く。イワンは場所が分かったのだと、急いで、通話アプリを開いたのだが、電話口の向こうから聞こえてきたのは、彼が望んでいた答えとは正反対の答えであった。
「いっ、イワンか……助けてくれよ! 」
その思いがけない言葉にイワンは眉をひそめる。
「どうしたのだ?」
「聖杯の場所は確かに掴んだんだ……どうやら、日本各地の主要な城の地下にあるらしい、だけれど……」
と、ここで携帯端末が切られる音がした。
「何があっんたんだ……」
イワンは彼がどのような目にあったのか、誰にそんな目にあわされているのか。それだけが気掛かりだった。彼らが自分たちにとって、ロシア政府とは別の新たなる脅威になり得る可能性すらあったのだから。



場面が変わり、ビッグ・トーキョー。そこに存在する宇宙究明学会の屋敷。ならびに昌原道明の自宅では、現在殺人が行われようとしていた。
「たっ、頼む……助けてくれよォォォォォォ~!!! 」
そう叫んでいたのは、一人のロシア人の男であった。ロシア人の男は白色のシンプルなこの宗教団体では、出家信者が着ていたと思われる服を着ていることから、信者だと思われるのだが、幹部たちから言わせれば、それは全くもってお笑い種でしかないという。彼はロシアのテログループのスパイだったのだから。
「お前はワシを裏切り、ワシが得られるはずの王の印を奪おうとした、聖なる我が主イエス・キリストは怒っておられる。そして、宇宙に返せとワシに仰っておられるのだ」
『宇宙に返す』それは学会では殺人を意味する言葉だった。ロシア人の男は抵抗しようかと考えたのだが、それは不可能だろう。昌原の周囲を四方八方の男女が囲んでいたからだ。
一か八か、ロシア人の男は命乞いをしてみる事にした。
「会長! 私は入信時に日本円にして、300万円の布施を納めております! また、私の口添えがあれば、ロシアにいる仲間たちも、私を助けてくれるでしょう! どうか、宇宙に返すのだけは……」
ロシア人の男はかすれる声で叫んだのだが、昌原は不気味な微笑を浮かべているばかりだ。
「お前は真理を邪魔し、ワシを侮辱した……その罰は受けともらわんとな……」
昌原が指をパチンと鳴らすと、ハゲ頭の男と、もう一人昌原からは村西と呼ばれた男が、ロシア人の男を押さえつけた。
それを見届けると、昌原は冷静な調子で、二人に言った。
「そいつを宇宙に返した後に、お前らはワシの部屋に来い、大事な話があるでな、ロープを使って、一気に絞めあげて、宇宙に返せよ」
それだけ命令すると、ハゲ頭の男がロシア人の首にしっかりとした麻縄をかけた。
昌原はそれを見届けてから、更に奥の部屋に先ほどの男女たちを招集した。
奥の部屋は広々とした部屋で、周囲にはキリストの張り付け像や、十字架などが描かれた絵が額縁に飾られており、タイル張りの床の上には中央に昌原専用のソファー。そしてその周囲を囲むように幹部たちが座る椅子が用意されていた。
昌原はソファーに座ると、幹部たちに座る許可を出す。教祖からの命令に従い、全員が一斉に椅子に座る。
「お前たちに聞く、強制捜査はあるだろうな?」
昌原は不安そうに呟く。
「ええ、強制捜査はあるでしょうね、鬼島が逮捕されてから、白籠市のアンタッチャブルは我々を敵視しており、既に逮捕状を上の方に請求しているそうですね、全く、警察の横暴もいいところですよ」
苦々しく呟いたのは、昌原のお気に入りの幹部で、教団の顧問弁護士も務める赤川友信であった。
「その通りだ、だから、ワシはビッグ・トーキョーで大きな事件を引き起こす……警察の目をそちらに向けさせるためにな、爆弾なんて、どうだ?首都を吹き飛ばせるくらいの巨大な爆弾がいいんだがな……」
「いいですね! 国会に仕掛けて、アイツらを殺しましょう! 」
昌原の言動に赤川が便乗した。村西も二人に続く。
「お前は、どうなんだ、石川?」
と、昌原に指を指されたのは、教団内で爆弾作りを担当している石川葵であった。石川は一度彼女を見た男は惚れずにはいられないほどの美女であり、化学技術による教団への奉仕と昌原への個人的な奉仕の二つの功績により、教団内においては、並ぶほどもない実力者となっていた。
「条件さえ整えば、作れると思います」
その言葉に昌原は安堵したようで、ソファーの背もたれに背中を預けた。
「そうか、条件が整ったと仮定して、首都を丸ごと破壊できるような爆弾の製造までの過程は、どのくらいかかる?」
「さぁ、少なくとも強制捜査までには、間に合わないかと……」
「強制捜査は一ヶ月後です、会長……ここは、作れるかもしれない爆弾に望みを託すよりは、例のものに望みを託しては?」
「例の聖杯か……?」
「ええ、折角情報を集めたのですから、全国の信徒を動員し、捜索に当たらせようと思います」
人を殺したばかりだというのに、冷静に意見を述べ続ける村西に昌原はそれでこそ我が弟子だと褒めてやりたくなり、そして、昌原は先ほどの村西の言葉を思い出し、笑い続けた。もうじき、来る強制捜査を逃れらるのだ、こんなに嬉しいことはないだろう。

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