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シニョリーナ・エスコート・トラベル編

女豹の使い魔ーその④

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トミー・モルテは興奮状態であった。とにかく、今の目標は中村孝太郎の抹殺。その一点のみであった。
トミーは今度は武器保存ワーペン・セーブから、大型のジャックナイフを取り出し、ナイフの刃を向けながら、孝太郎へと向かっていく。
孝太郎はトミーが自分を刺そうとナイフの刃先を振り上げた時を好機と睨み、トミーの腹を思いっきり蹴り上げた。
トミーは腹を抑えながら、よろめく。
孝太郎はその隙を逃さずに、トミーの腹を今度は力を込めた右手の拳で殴り、再起不能にさせた。
トミーは腹の空気を全て出し切ったかのように悶絶し、その場に倒れこむ。
「これで終わりか……」
孝太郎は携帯端末を操作し、姉にこの公園に来る事と、応援の警察官を呼ぶことを頼んだ。電話の向こうでは了解の旨が伝えられた。
「良かったわ、これで追っ手も終了ね……」
コニーは先ほどの恐怖のためか、孝太郎に勢いよく抱きつく。
「おっと、さてと……これで終わりですよ、お姫様……」
コニーはその言葉を聞くなり、これまでの五日間の事を思い返す、思えば彼女は夫であるサルが死んでから、あれ程までに満ち足りた日を過ごした事はなかっただろう。
コニーが再度抱きつこうとした時だ。
「へぇ、やっぱりあんたはクズね、旦那が死んでから、僅か二ヶ月でこの男に乗り換えるなんて……」
聞き覚えのない声が聞こえた。いや、正確に言うと、孝太郎には聞き覚えのない声かもしれないが、コニーには聞いたことがある声だったのだろう。体がガクガクと震えている事が、それを証明していた。
「ねぇ、コニー……あたしの言葉に聞き覚えがあるでしょ?」
コニーは声のする方向を震える手で指差す。
「あっ、あなた……ジェスなの?」
「そうよ」
その言葉はどこから聞こえてくるのだろう。孝太郎が周囲を探ったところ、何と先ほど倒したはずのトミーの姿が見当たらない。
孝太郎は思わずハッと息を飲む。
「驚いたまさかトミー・モルテが二重人格者だとはな……」
その言葉にトミーは、いや、ジェス・モルテは笑ってみせる。
「ねぇ、コニー、あなたはあたしの事を魔女呼ばわりしたわよね?あながち間違いではないと言う事を伝えておくわよ、あたしは実際に魔女と契約し、素晴らしい力を得たのよ! 」
そう言うと、ジェスは足元に落ちてあった小石を自分の手のひらで浮かしてみせた。
「これが、あたしの魔法よ、魔法というのはヤン・ウィリアムズの研究よりも前に存在していたのよ、そして世界のごく一部に魔法を極めた人がいたわ、それを中世では魔女と言われて、実際に魔法をまだ認識していなかった中世の人が、恐怖のために魔女狩りを始めたの」
「あんたの魔法はそれだけかい?」
孝太郎はトミーに取り憑いたジェス・モルテに自分の右腕を見せながら尋ねた。
「他にも見せてあげたいのは山々だけど、あなたのとなりにいるコニーが怯えてしまうわ、あたしは曲がりにも友人を怖がらせるような真似はしないのよ」
「でっ、でも……あなたは焼き殺した筈よ! トミーの体を乗っ取る前はどうしていたの!?」
「空中を浮いていたのよ、魔女は肉体なんてがなくても、動けるもの、兄さんが来るのをジッと待っていたのよ、それで兄さんがママを殺した時に、あたしも入らせてもらったわけ」
「だが、トミーの奴は宇宙究明学会を盲信していた筈だ」
「兄さんの意思は意思であるのよ、あたしは完全に一つの体を操れているわけじゃあないし、それに兄さんは薬で騙されているだけよ、何が会長よ、あんなのただのエッチな親父だわ! 」
この国最大の新興宗教団体の教祖を、呼ばわりとは……。
孝太郎は苦笑せずにはいられない。
「そう断言する証拠はあるのかい?」
孝太郎の言葉にジェスは首を縦に振った。
「一度兄さんの体を抜け出してね、昌原の様子を見たことがあるのよ、そうしたら、美人の信者を呼んでね……」
ジェスはここでワザと自分の両手で口元を覆う。
「おっと、これ以上は喋れないわ! その女性の信者の人のプライバシーにも関わることだもの」
悪戯っぽく笑うジェスの姿を見て、孝太郎は不覚にも可愛いと言う感情に襲われてしまう。
ジェスの眼が覚めるような美人な様子には驚いた。撫でらかな肩に、マニキン人形のように均整のとれた手足。姉の絵里子にも負けず劣らずのスイカのように大きな胸に黒檀のように美しい黒色の長い髪。
そして、兄の体を借りているのもあり、女性の体に男性のスーツを着ていて、男装しているような姿も、どれも孝太郎を強く惹きつけた。
「ウフフ、気に入ったかしら?男性の姿をしてみるというのも悪くはないわね」
と、このジェスの発言で孝太郎はようやく正気に返る。
「うっ、確かに今のあんたの姿が魅力的だと思ったのは本当さ、だけれど、あんたがこれ以上コニーを狙うのなら、オレも容赦は……」
「ねぇ」
と、孝太郎が喋っている中で、ジェスは口を挟む。
「どうして、あなたは任務だから、仕事だからという理由で、その女を庇うの?その女は村の村長である父親を利用して、あたしや兄さんやママを苦しめたのよッ!サルがあたしに好意を向けた瞬間に、まるで手の平を返したかのように……」
そう喋っているジェスの手は震えながら、ズボンの裾を握っている。
「そうか、あんたも辛いことはあったんだろう……だけれど、これは仕事さ……コニーを必ず守り切るのがオレの仕事なんだッ!」
孝太郎はジェスの目の前に立ち塞がり、コニーを守る素振りを見せ、ジェスに逆らってみる。
「いいわ、あたしを舐めない方がいいわよ」
そう言うと、ジェスは何処からか、コインを取り出し、それを孝太郎にいや、コニーに向かって放り投げた。
孝太郎は自分の身を守るだけなら、すぐに交わせたのだろうが、自分の背後にはコニーがいた。自分が避ければ、コインはコニーに直撃してしまう。孝太郎はその考えに囚われ、ジェスの放ったコインを右肩に当てる事にした。
「うっ……ううううう~~!!! 」
孝太郎は右肩を押さえて、その場にうずくまる。
「どう余裕は無くなったかしら?少なくとも、コニーを庇える余裕は無くなっていそうだけど」
「いいや、お前に負けるわけにはいかないッ!なぁ、ジェスさん! 魔女に心を売り飛ばして、あんたは正真正銘の魔女になってしまったようだなッ!オレがお前も救ってやるよ! 」
孝太郎は魔女を成仏させる方法を考えた。確か、魔女を成仏させるのにはその魔女が以前に人間の肉体を持っていた時に着ていた服の心臓部に鋭いものを突き刺せばいいらしいのだが。
(ないッ!ないッ!いいや、ある筈がないんだッ!彼女が以前に着ていた服なんてある訳がないんだッ!)
そう考えていると、ジェスは新たにまたコインを取り出し、一枚を孝太郎目掛けて放り投げる。
孝太郎は何とか、自分の魔法で飛んでくる弾丸のようなコインを破壊し、窮地を凌ぐ。
だが、右腕には負担がかかってしまったようで、孝太郎の右腕を激しい激痛が襲う。
「あっァァァァァァァ~~!!! 」
「効いたようね?さてとお次は武器保存ワーペン・セーブでトドメを刺させてもらうわ」
と、ジェスは一本の大きな斧を取り出す。
「よく斬れる斧なのよ、だって、これは父さんが野良仕事をしていた時に使っていた斧なのよ、兄さんは村を燃やす前にこの斧を持ち出してくれたわけね、感謝するしかないわ」
孝太郎は左手で懐に締まってあったレーザーガンを持とうとするが、利き腕ではないのが影響し、レーザーガンは孝太郎の手から滑り落ちてしまう。
「終わりね」
孝太郎は本気で自分の生命はここに終わるのだと覚悟し、目を瞑る。
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