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第一部 『白籠町のアンタッチャブル (決して触れられないもの達)』

第九話 刈谷阿里耶と竜堂寺清太郎

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竜堂寺清太郎と刈谷阿里耶との会談が行われたのは、竜堂寺清太郎が白籠駅に到着した二日後のことだった。
二人の会合が開かれたのは、白籠市内に存在する高級料亭『麻村殿』であった。
麻村殿はまさに20世紀に登場した料亭そのものであり、入り口に至るまでの道は今時珍しい石の道路であるし、その周りには20世紀初頭の日本家屋に見られるような木々が生い茂り。入り口の前には鹿威しまで置かれている。
刈谷阿里耶はこんな畏まった店は苦手だった。嫌悪感を感じると言っても良い。
だが、関西最大のいや、日本最大のヤクザの親分がこちらに出向いてくれた以上は、こちらも出向いて話さなければ失礼にあたる。
そう秘書の彩香に言われ、刈谷阿里耶は重い足を引きずりながら、料亭へと足を運ぶ。
「チッ、あの野郎め、二日後覚えておきやがれ、オレをこんな所に呼び出しやがって」
阿里耶がそう愚痴とも清太郎への不満とも言える言葉を呟いた瞬間に、彩香が咄嗟に阿里耶に何やら耳打ちする。
「分かった。分かった。全てはあと二日でカタがつくんだよな?」
「ええ、二日後の白籠駅で……だから、それまでは我慢なさってくだざいな」
彩香の言葉に刈谷阿里耶は不機嫌そうな顔を仕舞い、いつもの明るく陽気な街の名物の顔へと戻る。
そして、阿里耶は料亭の中のまるで巨大な日本の家のような、だがどことなく普通の家とは違う特別なもので満たされた廊下を歩き、清太郎がいる部屋へと足を踏み入れると。
「待っていたよ、刈谷……阿里耶くんだったね」
阿里耶は料亭の個室の中で二人しかいない護衛の中笑顔で握手のための手を差し伸べる清太郎を見つめ、一瞬呆気に取られそうになったのだが、すぐに陽気な人懐っこい笑顔を浮かべ、清太郎の握手に応じた。
「刈谷阿里耶です。この街のヤクザの親分を務めておりまして……」
「ふふ、あなた方の……刈谷組の評判はネットニュースでもさぞかし評判ですからね」
「そいつは光栄だ」
阿里耶は歯を見せて満面の笑みを浮かべていたが、清太郎はそれとは正反対に顔をしかめていた。
「まぁ、お座りなさい」
清太郎は阿里耶と彩香に席を勧め、自らも黒檀製の机の下に置かれている柔らかくて居心地の良い座椅子に座る。
清太郎は阿里耶と彩香が席に座ったのを合図に口を開く。
「阿里耶くん……すまないが、キミはヤクザの中でも過激なタイプだね」
「良く言われますよ」
阿里耶は机の上に置かれていた緑茶を啜りながら和やかな笑顔で言った。
「だがね、私を始め他の地域のヤクザの親分たちはキミらを良く思っていないんだよ、特に政府に綿密に隠れ、タバコを捌いている人間からすればね……」
「つまり、オレのせいで、あんたらがタバコを売れないと?」
清太郎は目の前の明るく陽気な美男子は、あながち馬鹿ではないと悟った。高校しか出ていない癖にと。
清太郎は阿里耶と会うまでは、そう思っていたのだが、実は地頭の方はかなり良いらしい。
そんな、分析を悟られまいと清太郎は穏やかな微笑を浮かべながら、話を続ける。
「察しが早くて助かるよ、キミらがあまり警察とトラブルを起こしてくれると、政府はキミの組織のみならず、今度は我々の方にも牙を向けてくるに違いないんだ。それだけではない、刈谷くんキミのやり方は強引過ぎる。周りのペースにも合わせることも肝心だ。ただでさえ、今はチャイニーズ・マフィアの台頭に、ロシアン・マフィアの列島進出。お次はイタリアン・マフィアの進出ときたもんだ! 我々としてはここらで政府や外国の勢力に対抗するために、手を結ぶべきだと思うんだがね」
清太郎の言葉に阿里耶はしばらく考え込んでいたのか、しばらくの間は無言だったが、彩香の耳打ちでようやく口を開く。
「失礼。考え込んでおりましてな、確かに我々としてはここらで手を打つべきですな、そうだ。いい例をお話ししましょうか」
阿里耶は懐から金色の龍が描かれた黒色の大きな端末を取り出し、検索サイトで何やら調べている。
調べ終えると、阿里耶は口元を緩めながら、清太郎にあるホームページを見せびらかす。
「ほう、独ソ不可侵条約かね」
独ソ不可侵条約ーーーかつて1940年代の前半にソビエト連邦とナチス・ドイツが結んだ条約であった。
「ナチスはこの同盟を結んだからこそ、イギリスを除くヨーロッパのほぼ全てを手に入れられたんですよ」
満足そうに笑う阿里耶に清太郎はある指摘をしてみる。
「だかね、阿里耶くん……独ソ不可侵条約は破られたのではなかったかな?他ならぬナチスが攻め入ったことにより……」
阿里耶は意図せずか、それとも意図してこの例を出したのかは知らないが、押し黙っている。相変わらず人の良い笑顔を浮かべたまま。
「我々としましては、他ならぬ政府と外国の勢力という二大勢力と戦うための対等な同盟を結ばせていただくという話ですわ」
組長の阿里耶の代わりに口を開いたのは、副組長のいや、実質的な阿里耶の秘書の久方彩香。
「2000年代の後半に起きた。自由主義崩壊運動アンチ・デモクラシーにより、世界の殆どが帝政主義か、共産主義の国家になってしまった以上、たった一カ国残った民主主義国家である日本に外国のマフィアが流れてくるのは当然の流れとも言えますわ、あの自由の象徴と言われたアメリカ合衆国ですら、帝国になってしまったのです。政府の取り締まりが強い他の国から流れてくるのは当然と言えません?」
「何が言いたいんだ。簡潔に纏めてくれんかね?」
彩香の長ったらしい演説に飽き飽きしたのか、清太郎は座椅子の背にもたれ、緑茶を啜りながら尋ねる。
「我々が裏切るメリットはどこにもないと仰っているのです。海外勢力という共通の敵がいる以上ね……」
ここで、それまで沈黙していた阿里耶がようやく口を開く。
「人は共通の敵を見つけることにより、団結する生き物なのです。ヤクザとて例外ではございませぬ。つまり、その共通の敵がいる以上とだけ言っておきますよ」
阿里耶の言葉に清太郎は一瞬寒気を感じた。間違いなく彼は悪魔だ。そう実感せずにはいられない。
と、ここで襖が開く。
中居が畳に手の指をつけ、頭を下げてから、横に置いてあった盆を持ち阿里耶と彩香と清太郎が座っていた机の上に盆の上に載せていた料理を置く。
「ふふ、詳しいことは食べながらゆっくりと話しましょうや」
阿里耶は木製の割り箸を割ると、目の前の懐石料理に舌を打っていた。
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