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第三部『終焉と破滅と』

神通恭介の場合ーその13

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美憂が鎖によって囚われている姿をたまたま見たというのは運が良かったからであろうか。それともやはり裏では物事がうまく運ぶ様に悪魔たちが糸を引いているのだろうか。
どれが要因であったかはわからないが、この時に塾帰りの神通恭介がたまたま近くを通り掛かったのである。

「真行寺ッ!」

恭介は美憂の姿を見つけるなり、勢いを付けて走りながらそのまま自身にサタンの息子としての武装を施していく。
そして、双剣を構えて美咲へと飛び掛かっていくのである。美咲は鎖の代わりに鎌を用いて真上から飛び掛かろうとする恭介を防いだ。
鎌で双剣を防いだものの、やはり武器と武器とを重ね合わせてのぶつかり合いには慣れていないのか、足を下がらせていき、しまいには膝を突いてしまう。
恭介はそのまま双剣を用いて攻撃を繰り出し、そのまま美咲の鎧を破壊したのである。
美咲の鎧から大きな火花が生じ、地面の上へと倒れ込む。
恭介はそれから鎖を解き、美憂を解放したのである。助けられた美憂は小さな声で告げた。

「…‥すまんな。助かった。礼を言わせてもらうぞ」

「なぁに、気するなよ、オレはお前の騎士だからな」

「そんな事を言っていいのか?希空の奴に殺されるんじゃあないのか?」

「その希空はお前と最上が叩きのめすだろ?」

「……違いない」

美憂は兜の下で皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
美憂はそのまま恭介の手を取って立ち上がり、そのまま二人で美咲に向かって剣先を突き付けていく。

「さてと、ここから先はゲームを進めたい人間によって進めさせてもらうぞ」

「……ダメ、よくない。みんなで共闘してーー」

「なぁ、本当に共闘なんてできるとでも思ってるのか?」

「それはどういうーー」

「みんなこんなして我欲のために戦っているのに、そんな大義名分なんかに釣れられるとでも思っているのか?」

「そんな事はない。きっとみんなで戦ってーー」

「今でさえ、参加者たちがバラバラになってるのに?そんな事が可能だと思うの?」

美憂の問い掛けに美咲は言葉に詰まって閉まっていた。
それを見た美憂は得意気な調子で言い放つ。

「ほら、答えられないだろ?結局はそんなもんなんだよ。誰だってそんなあやふやなものでは戦わないんだ」

美憂の言葉は正論だったのか、美咲は押し黙ってしまう。
その後に武器を構え直したので、それが彼女の回答であるととるべきなのだろう。
だが、恭介と美憂とのコンビに美咲が勝てるわけがない。二人がたかを括っていた時だ。その間に雷が生じていき、同時に空間が裂けていく。すると、そこから双手槍を構えた天堂福音の姿が見えた。

「そんな事はありません。ぼくはその考えは素晴らしいと思いますよ」

福音はそれから真行寺美咲を守る様に立ち塞がる。

「これで二対ニ。公平な勝負だ」

「クソッタレ、どこが公平だよ。お前とオレたちとじゃあな随分と差がある様に感じられるんだがな」

恭介は双剣を構えながら圧倒的な力を持つ相手に向かって吐き捨てながら言った。

「随分と差があるとは失礼な言い草だねぇ、恭介くん。キミはつい先程まで自分たちよりも圧倒的な実力差のある少女を痛め付けていたじゃあないか」

福音の言葉は的を得ていた。こうなっては言い返す事もできない。恭介は両手に剣を構えて福音の元へと向かっていく。
まず、曲刀が福音を襲うが、福音はそれを槍の穂先で交わし、そのまま恭介の剣を弾き、恭介に尻餅をつかせるのである。
恭介は悲鳴を上げるものの、福音は容赦しない。強力な力を持つサタンの息子はそのまま恭介の腹を貫こうとしたのだが、その前に美憂がレイピアの刃を差し出した事によって彼の命は繋がれる事になった。

福音は露骨な舌打ちをした後に今度は一旦は双手槍を構え直し、その中央を掴んで槍を回していく。
美憂は慌てそれを防ぎ、福音による攻撃をひとまずは防いだものの、扇風機の様な勢いをつけて大きく旋回していく福音の槍の前には流石の美憂もたじろいでいく。
それを見た恭介は足を払おうとしたが、逆に兜を足蹴にされて頭を押さえ込む。

「邪魔をしないでくれるかな?ぼくは家族に害をなそうとする失礼な猫さんをお仕置きしている最中なんだから」

「……猫さん?」

「うん、ぼくらに害をなそうとするとってもとっても悪い猫さん。妹は当初はもっと別の凶悪な外敵から守るための門番として飼ったはずなのに、怠慢でぼくらの 父を死なせてしまったからね。それで平等な罰を与えたらあろう事か飼い主に手をーー」

「飼い主に手?あたしはお前たち天堂グループの飼い猫になったつもりはないぞ?」

美憂は今にも押し出されそうになっている己の状況も忘れて、福音に向かって皮肉の言葉を放ったか、福音はその皮肉の言葉が不愉快であったのだろう。途端に美憂へと込める力を先程よりも強め、美憂にその刃を当てるべく必死になっていく。

「黙れ、じゃあこっちの言い方の方がよかったかな?最上真紀子の飼い犬」

「言葉に気を付けろ。あんたのその冗談は愉快でもなんでもないぞ」

「ぼくは冗談を言ったつもりはないんだけどなぁ!」

福音はそう叫ぶと、そのまま槍を一直線に振り下ろし、美憂のレイピアに空振りを起こさせた上に隙を作らせた美憂の体に向かって真っ逆さまに刃を下ろしていく。
美憂は悲鳴を上げて地面の上に倒れていく。倒れた美憂を見下ろしながら福音は言った。

「どうだい?これで思い知ったかい?ぼくやぼくの家族に手を出そうとするのならば容赦しないぞ」

「……お断りだ。あんたは家族思いのつもりなのかは知らないが、あたしだって家族を大事に思ってたんだッ!なのにその家族を訳のわからない理由で殺されて……臨終を告げられた後に直接伝えられた人の気持ちがお前にわかるか!?」

美憂はレイピアを突き付けながら相手に向かって叫ぶ。
美憂の中にある思いは父親への思いである。大好きな父への愛。それからそんな父を訳のわからない理由で奪い取った希空への怒り。それが彼女を突き動かした。
レイピアを突き付けて走っていく美憂であったのだが、突然彼女の体が大きく震えていき、その体を黒色の雲が覆い隠す。
黒色の雲が取り払われたかと思うと、雲から白色の装甲に覆われた手が出てきた。それも単に出てきたわけではない。その手には立派な剣身の剣が出てきたではないか。
しかも単なる剣というわけではない。その剣身はジグザグの形状となっており、傍目から見れば蛇が這って移動しているかの様であった。

続いて全身を覆っていた黒色の雲が取り払われ、中から妙な格好の鎧を身に纏った姫川美憂の姿が見えた。
兜は全面だけであるのならば蛇の頭というよりは古代の戦争に用いられた単純なものであり、目の前に金属製の牙が生えている事以外は至って特性がない。
だが、問題は側頭部と後頭部である。側頭部には黄色の蟹と思われるものが記されており、後頭部はその蟹を頬張って離さないかの様な奇抜なデザインとなっている。
鎧も随分と変化していた。蛇の鱗を思わせるような灰色の鎧が美憂の上半身を覆っていた。下半身は黒タイツといういつになく動きやすい形となっている。
真行寺美咲のデザインと大きく異なるのはこのタイツの上にスカートのようなものが巻かれていない事にあるだろう。

「お、おい、ルシファー。こいつはどうして“進化”を遂げたんだ?」

(恐らく彼女の中にある“怒り”の感情だろうね。その感情が機動力となり、サタンの息子としての力を向上させたんだろうね)

ルシファーの解説は的を射ていた。実際に美憂は憎悪の力を用いて、今の力を手に入れたのである。
だが、怒りのために我を忘れていた美憂は自身の変化にすら気が付かずに福音に向かって殴り掛かっていくのであった。
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