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第三部『終焉と破滅と』
神通恭介の場合ーその14
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恭介は自宅に帰ってからというものの、美憂に対する思いが未だに消えなかったのである。懸想の念は未だに消えずというところだろうか。彼の心境は『ロミオとジュリエット』におけるロミオの心境であった。希空によって引き裂かれた愛する二人、というロマンス小説の主人公という思いが彼を突き動かしていたのである。確かに希空は恐ろしいがそれ以上に美憂を慕う気持ちが強かった。
恭介が眠れぬ夜を悶々と過ごしていると、不意に彼の携帯電話にメールの音が鳴り響いていく。
恭介がメールを確認すると、そこには『真行寺美咲』の文字が見えた。
恭介がメールを開くと、そこには恐るべき文面が記されていた。
『地獄への入り口がまたしても開こうとしている』
メールにはその一言しかなかったが、恭介を戦慄させるのには十分であった。
『地獄への入り口』というのは最近になって国時館大学にて悪魔学を専攻する長晟剛教授によって発見された地獄と人間界とを繋ぐ入り口であるとされている。真行寺美咲からそれを知らされた際には耳を疑った程である。
美咲はかつて最上真紀子に実父を殺害された少女であり、同時に彼女は13人目のサタンの息子でもあった。
彼女がサタンの息子となったのは昨年の10月頃からであるとされ、そこからは戦いに参加する事も、悪魔の力を用いる事もなく、ただひたすらに長晟教授の協力者としてその身を支えてきてくれたのだという。
彼女によれば長晟教授と彼女の父親は学生時代からの親友であったとされ、性格は間反対であっだものの、不思議とウマが合い、ずっと友人を続けてきたのだという。
最上真紀子の手によって父親が死んだ後は長晟教授が寄り添ってくれ、母親と自分とを支えてくれたのだという。
彼女がサタンの息子となり、その研究に励むのも彼女からの恩返しであったとされる。
誰とも連絡を取らず、他のサタンの息子たちとも接触をせずに彼女は一人で父親の親友のために実験に協力し続けてきたのである。
なんと健気な少女であろうか。恭介はそれを初めて、彼女の指定の場所で二人と会ってその事を知って以来感心させられていたのである。
だから、彼女からのメールは志恩や美憂と共に届けば嬉しいメールとなっていたのである。
恭介はメールを返し、翌日に前と同じ場所、すなわち長晟教授の研究室に行く事を約束したのである。
「あなた、昨晩もゲームに参加しましたね?」
オールバックにノーネクタイのスーツに四角い黒縁の眼鏡といういかにも学者と言わんばかりの姿をした長晟教授は恭介を出迎えるなりそう言った。
「ど、どうしてその事を知ってるんですか?」
「彼女から聞きました」
長晟教授の言葉に対して真行寺綾乃が首を縦に動かす。
「成る程、それは彼女の悪魔の力によるものですよね?」
「ええ、美咲くんが契約した悪魔ベルフェゴールの力によるものですよ」
「ベルフェゴールといいますと?」
長晟教授は恭介の瞳を見つめながら冷静な口調で語っていく。曰くベルフェゴールは地獄の公爵であり、サタンにその功績を認められ、フランスの大使に任じられた程の大物であるという。
長晟教授は人差し指を立てながら語っていく。
「これは悪魔学者から見ての推察なのですが、彼こそが1790年代の最後に発生したフランス革命の立役者ロベスピエールに憑依したのではないのかと考えております。召喚が容易ですし、学者肌なところなどが共通しておりますからね。ウマが合っていたとしても不思議ではありません」
最近になって発表された長晟教授の最新作である『悪魔たちの世界史』からの引用だと恭介は理解した。
長晟剛教授が発表したこの本は去年の夏頃に出版され、ベストセラーとなった本である。この本は多くの人々を虜にしたが、反面学界にて論争を引き起こしたとされている。
とりわけ、歴史学者からは『子供向けのライトノベル』と評され、その内容を鋭く非難した。
最終的に『悪魔たちの世界史』は史実とは異なるフィクションである断定され、歴史学会からは爪弾きにされた。
長晟教授はこれに関しては不服としている様で、未だに論争を続けるつもりではあるらしい。
恭介は彼の座る机の上に置いてある本を眺めながらこれから彼に降りかかるであろう困難を予想し、同情していた時だ。
「……神通、昨日最上真紀子とも戦ったよね?そして二人ともいつもとは異なる武装を展開してたよね?あれはどういう事?」
「あ、あれは……」
恭介の声が口籠っていく。どう答えたらいいのかわからずにしどろもどろになっていると、長晟教授が助け舟を出す。
「恐らく悪魔の力の向上でしょう。いや、この場合は契約者の進化と評した方が適切かもしれませんね」
「契約者の進化?」
「えぇ、悪魔学の文献を紐解いていくと、過去にあなた方が行なっているゲームと思われるものが世界各地で見られているんです。そこにも契約者とされる人々の武装が進化している姿を発見したんです。ちなみに最近の記録だと今行われているゲームを除けば1920年代前半のベルリンにて行われたゲームが最も最近の例になるでしょう」
「1920年代って、ほんの90年近く前じゃあないですか!?」
「恭介くん、キミは計算が早くて助かりますね。加えて、ここから世界史のおさらいです。1920年代前半のベルリンといえば何が現れた年なのかはわかりますよね?」
恭介の脳裏に浮かんだのは世界一有名な独裁者とその政党である。
愕然とする恭介に対し、長晟教授は淡々とした口調で話を続けていく。
「悪魔たちは昔からそうです。暇潰しに人間の世界に現れ、人間と契約し、戦いを行わせる。そして、最後には勝者の残りの願いのうちの七割を叶えさせるものの、最終的には勝者を破滅させる……。戦争に負けて20世紀最悪の独裁者となったあの男の末路がその最たる例でしょう」
恭介は言葉が出なかった。そんな恭介に追い打ちをかけるように長晟教授が懐から一枚の写真を取り出す。
「これは?」
「メールでお伝えした地獄への入り口の今の状態です。ご覧の通りその扉は開きつつあります」
長晟教授の視線が自身の机の横にある望遠鏡にいく。この望遠鏡は死後の望遠鏡と呼ばれるもので、彼が忠実な被験者である真行寺美咲を通じて手に入れたのだという。
「開いたらやはり、大量の悪魔たちが……」
「えぇ、大量の悪魔たちが世に放たれるでしょうね。ルシファーはそれを行おうとしています」
恭介はそれを聞いて思わず両目を見開いてしまう。それから慌てて背後にいるルシファーにその状況を尋ねる。
「る、ルシファー!?これって!?」
(そこにいる長晟教授の言う通りだよ。もうすぐ地獄への入り口は開かれる。階級を問わない大量の悪魔たちが人間の世界を襲っていくだろうね。故に人類社会の誕生と共に続いてきたこのゲームもこれが打ち止めになるだろうね)
「ふ、ふざけやがって!」
恭介が拳を握り締めて虚空に向かって叫んだものの、それは虚しい行動に過ぎない事を思い出し、彼は慌てて周囲を見渡していく。
そこには神妙な顔を浮かべる長晟教授と真行寺美咲の姿。恭介が気まずそうに視線を逸らすと、彼は厳かな声を出して言った。
「……私の推測はあっていましたか?恭介くん」
「えぇ、ルシファーの野郎、やっぱりあいつは悪魔だッ!信用なんてしちゃあいけなかったんだッ!」
恭介がそのまま罪のない壁に当たりそうになるのを真行寺が押し止める。
「……じゃあ一緒に防ぐ方法を考えよう。このゲームを防いで、あたしたちが生き残る方法を、さ」
美咲は精一杯に笑いかけながら言った。美咲は顔もスタイルも平均的であるが、そこが愛おしかったのだ。
恭介が眠れぬ夜を悶々と過ごしていると、不意に彼の携帯電話にメールの音が鳴り響いていく。
恭介がメールを確認すると、そこには『真行寺美咲』の文字が見えた。
恭介がメールを開くと、そこには恐るべき文面が記されていた。
『地獄への入り口がまたしても開こうとしている』
メールにはその一言しかなかったが、恭介を戦慄させるのには十分であった。
『地獄への入り口』というのは最近になって国時館大学にて悪魔学を専攻する長晟剛教授によって発見された地獄と人間界とを繋ぐ入り口であるとされている。真行寺美咲からそれを知らされた際には耳を疑った程である。
美咲はかつて最上真紀子に実父を殺害された少女であり、同時に彼女は13人目のサタンの息子でもあった。
彼女がサタンの息子となったのは昨年の10月頃からであるとされ、そこからは戦いに参加する事も、悪魔の力を用いる事もなく、ただひたすらに長晟教授の協力者としてその身を支えてきてくれたのだという。
彼女によれば長晟教授と彼女の父親は学生時代からの親友であったとされ、性格は間反対であっだものの、不思議とウマが合い、ずっと友人を続けてきたのだという。
最上真紀子の手によって父親が死んだ後は長晟教授が寄り添ってくれ、母親と自分とを支えてくれたのだという。
彼女がサタンの息子となり、その研究に励むのも彼女からの恩返しであったとされる。
誰とも連絡を取らず、他のサタンの息子たちとも接触をせずに彼女は一人で父親の親友のために実験に協力し続けてきたのである。
なんと健気な少女であろうか。恭介はそれを初めて、彼女の指定の場所で二人と会ってその事を知って以来感心させられていたのである。
だから、彼女からのメールは志恩や美憂と共に届けば嬉しいメールとなっていたのである。
恭介はメールを返し、翌日に前と同じ場所、すなわち長晟教授の研究室に行く事を約束したのである。
「あなた、昨晩もゲームに参加しましたね?」
オールバックにノーネクタイのスーツに四角い黒縁の眼鏡といういかにも学者と言わんばかりの姿をした長晟教授は恭介を出迎えるなりそう言った。
「ど、どうしてその事を知ってるんですか?」
「彼女から聞きました」
長晟教授の言葉に対して真行寺綾乃が首を縦に動かす。
「成る程、それは彼女の悪魔の力によるものですよね?」
「ええ、美咲くんが契約した悪魔ベルフェゴールの力によるものですよ」
「ベルフェゴールといいますと?」
長晟教授は恭介の瞳を見つめながら冷静な口調で語っていく。曰くベルフェゴールは地獄の公爵であり、サタンにその功績を認められ、フランスの大使に任じられた程の大物であるという。
長晟教授は人差し指を立てながら語っていく。
「これは悪魔学者から見ての推察なのですが、彼こそが1790年代の最後に発生したフランス革命の立役者ロベスピエールに憑依したのではないのかと考えております。召喚が容易ですし、学者肌なところなどが共通しておりますからね。ウマが合っていたとしても不思議ではありません」
最近になって発表された長晟教授の最新作である『悪魔たちの世界史』からの引用だと恭介は理解した。
長晟剛教授が発表したこの本は去年の夏頃に出版され、ベストセラーとなった本である。この本は多くの人々を虜にしたが、反面学界にて論争を引き起こしたとされている。
とりわけ、歴史学者からは『子供向けのライトノベル』と評され、その内容を鋭く非難した。
最終的に『悪魔たちの世界史』は史実とは異なるフィクションである断定され、歴史学会からは爪弾きにされた。
長晟教授はこれに関しては不服としている様で、未だに論争を続けるつもりではあるらしい。
恭介は彼の座る机の上に置いてある本を眺めながらこれから彼に降りかかるであろう困難を予想し、同情していた時だ。
「……神通、昨日最上真紀子とも戦ったよね?そして二人ともいつもとは異なる武装を展開してたよね?あれはどういう事?」
「あ、あれは……」
恭介の声が口籠っていく。どう答えたらいいのかわからずにしどろもどろになっていると、長晟教授が助け舟を出す。
「恐らく悪魔の力の向上でしょう。いや、この場合は契約者の進化と評した方が適切かもしれませんね」
「契約者の進化?」
「えぇ、悪魔学の文献を紐解いていくと、過去にあなた方が行なっているゲームと思われるものが世界各地で見られているんです。そこにも契約者とされる人々の武装が進化している姿を発見したんです。ちなみに最近の記録だと今行われているゲームを除けば1920年代前半のベルリンにて行われたゲームが最も最近の例になるでしょう」
「1920年代って、ほんの90年近く前じゃあないですか!?」
「恭介くん、キミは計算が早くて助かりますね。加えて、ここから世界史のおさらいです。1920年代前半のベルリンといえば何が現れた年なのかはわかりますよね?」
恭介の脳裏に浮かんだのは世界一有名な独裁者とその政党である。
愕然とする恭介に対し、長晟教授は淡々とした口調で話を続けていく。
「悪魔たちは昔からそうです。暇潰しに人間の世界に現れ、人間と契約し、戦いを行わせる。そして、最後には勝者の残りの願いのうちの七割を叶えさせるものの、最終的には勝者を破滅させる……。戦争に負けて20世紀最悪の独裁者となったあの男の末路がその最たる例でしょう」
恭介は言葉が出なかった。そんな恭介に追い打ちをかけるように長晟教授が懐から一枚の写真を取り出す。
「これは?」
「メールでお伝えした地獄への入り口の今の状態です。ご覧の通りその扉は開きつつあります」
長晟教授の視線が自身の机の横にある望遠鏡にいく。この望遠鏡は死後の望遠鏡と呼ばれるもので、彼が忠実な被験者である真行寺美咲を通じて手に入れたのだという。
「開いたらやはり、大量の悪魔たちが……」
「えぇ、大量の悪魔たちが世に放たれるでしょうね。ルシファーはそれを行おうとしています」
恭介はそれを聞いて思わず両目を見開いてしまう。それから慌てて背後にいるルシファーにその状況を尋ねる。
「る、ルシファー!?これって!?」
(そこにいる長晟教授の言う通りだよ。もうすぐ地獄への入り口は開かれる。階級を問わない大量の悪魔たちが人間の世界を襲っていくだろうね。故に人類社会の誕生と共に続いてきたこのゲームもこれが打ち止めになるだろうね)
「ふ、ふざけやがって!」
恭介が拳を握り締めて虚空に向かって叫んだものの、それは虚しい行動に過ぎない事を思い出し、彼は慌てて周囲を見渡していく。
そこには神妙な顔を浮かべる長晟教授と真行寺美咲の姿。恭介が気まずそうに視線を逸らすと、彼は厳かな声を出して言った。
「……私の推測はあっていましたか?恭介くん」
「えぇ、ルシファーの野郎、やっぱりあいつは悪魔だッ!信用なんてしちゃあいけなかったんだッ!」
恭介がそのまま罪のない壁に当たりそうになるのを真行寺が押し止める。
「……じゃあ一緒に防ぐ方法を考えよう。このゲームを防いで、あたしたちが生き残る方法を、さ」
美咲は精一杯に笑いかけながら言った。美咲は顔もスタイルも平均的であるが、そこが愛おしかったのだ。
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