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第二部『箱舟』

姫川美憂の場合ーその⑤

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「邪魔するなぁ、ちょうど最高にイライラしてたところなんだ。おいッ!ジョージとか言ったな!?志恩をどこに隠した!?言いやがれッ!」

真紀子は機関銃の銃口を構えながら町長に向かって叫んだ。

「し、知らなーー」

「どこに隠してやがるッ!言えッ!」

「……オレの家だ。オレの家で家内が見張ってる」

「テメェの家はどこだ!?言いやがれッ!」

銃口を構えて叫ぶ真紀子の前に思わず腰を抜かす町長。その後も怯え続けて何も言わない町長に対して怒りを覚えたのは真紀子だけではなかったらしい。
真紀子に蹴飛ばされて地面の上を転がっていたはずの秀明がいつの間にか、這い寄って町長の前にまで現れたのである。
町長の前にサーベルを突き付けながら言った。

「あんたの家はどこにあるんだ。言え、いや、言ってもらおうか」

「お、オレの家はこの町の中心にあるんだ。大きな屋敷だよ」

「成る程、幹部だけは特別というわけか、まるで20年ちょっと前のカルト教団みたいだな」

友紀の皮肉に町長の拳が震わせていく。反論できないのが悔しくて仕方がないのだろう。だが、真紀子はそんな町長を無視して胸ぐらを掴み上げて顔を近付けて叫ぶ。

「この野郎ッ!さっさと案内しやがれッ!」

「わ、わかったよ」

真紀子に乱暴に放り投げられ、そのまま地面の上を擦られていっているが、誰もそれを見て同情の声を上げるものはいない。その場に居合わせたサタンの息子全員が冷ややかな視線を向けている。

「この野郎、さっさと案内しやがれ!」

「わ、わかりました!」

町長の声は震えていた。真紀子に機関銃を突き付けられて街を歩いていた時だ。
急に町長が胸を抑えてその場に倒れ込む。慌てて四人が町長の元に駆け寄ると、彼の胸元には鋭利な鍛刀が突き刺さっていた。真っ直ぐに短刀は突き刺さり、彼の息の根を止めていた。
四人が慌てて振り返ると、そこには拳銃を構えた黒服の男がいた。
彼が着用していたのはヴィンテージのスーツではなく、最新のスーツである。
恐らく彼こそがジョージの言っていたヴィンセントなる人物だろう。
慌てて四人が身構える。

「……あんたらだな?他のサタンの息子たちは」

真紀子は思わず顔を顰める。というのも、目の前にいる男は自分と弟とを誘拐した張本人であったのだ。

「そういうテメェこそ何者だ?アルベルトって名前は本名じゃあねーだろ」

真紀子が機関銃を構えながら言った。

「オレの名前はアルベルト。コクスンのために闇を祓う人間……コクスンのための脅威はここで排除させてもらうッ!」

アルベルトはそう叫ぶと、懐から拳銃を取り出して四人に向かって発砲していく。
四人とすれば武装をしていない状況で生身の弾丸を喰らうのは危うい。真紀子は慌てて機関銃を操り、アルベルトを射殺しようと試みたが、彼はそれを回避してそのまま拳銃を構えていく。

「……死ねッ!」

「……ッ、クソッタレ!」

真紀子は負けじと今度は即席で拳銃を作り出し、アルベルトに向かって放つ。
瞬間二人の動きが止まった。二人は拳銃を構えたまま暫くの間立っていたのだが、やがてアルベルトが膝を突いて地面の上に倒れ込む。
一方で真紀子は荒い息を吐きながらも地面の上に立ったのである。

「ど、どうだ!ざまぁみろ!このカスがッ!」

真紀子はそのまま立ち上がると、地面の上に倒れ込んでいるアルベルトの体を勢いよく蹴り付けていく。

「おい、そんなところで道草なんぞ食ってないで、さっさと志恩をーー」

秀明が真紀子を諭して町長の元へと連れ出そうとした時だ。不意に四人の前にサタンの息子が現れた。
彼からは今まで感じた事もない程の威圧感のようなものを感じた。
外見は異質であった。そのサタンの息子の背中には蝙蝠のような翼が生えていた。一見するとタキシードを思わせるような鎧であったが、その装甲の部分には悲鳴を上げて助けを乞う人々の姿が見えた。
見る人全員に不気味な印象を与える鎧であり、全員の中に絶望の文字が思い浮かんでいく。
そのサタンの息子が手に持っていたのはカトラスである。
古い形をした剣であり、そんなものが今更有効だと思えないが、サタンの息子の持つ武器に例外はない。
それは地面の上を飛び上がると、そのまま一直線に全員に向かって襲い掛かっていく。準備が間に合わないかと思ったのだが、元々真紀子は武器を構えていたためか、その場に居合わせた他の誰よりも早く拳銃を捨てて、機関銃を構えて防ぐ事ができたのだ。

「テメェ、なにもんだ?正体を明かしやがれ」

だが、返ってきたのは沈黙である。それどころか怪物は真紀子に向かって突進を行なって真紀子を自分の側から弾き飛ばす。
真紀子は地面の上を転がり、砂の噴煙を撒き散らしていく。
「野郎ッ!」
同じく既に武器を出して構えていた秀明がサーベルを振り上げて立ち向かっていく。
だが、そのサタンの息子は秀明の剣を慌てる様子も見せずに交わし、あろう事か彼の脇腹に回し蹴りを叩き込んだのである。秀明も真紀子と同様に悲鳴を上げて地面の上を転がり砂塵を撒き散らしていく。

「き、貴様ァァァァァ~!!」

友紀も剣を構えて立ち向かっていくが、結果は同じであった。
思わぬ強敵の出現に最後に残った美憂が身構えていた時だ。

「待てッ!ウォルターッ!」

と、近くの家から三叉の槍を持った羽毛の鎧を着た男が姿を表したのである。
美憂は羽毛の鎧の男と三叉の槍との男が繰り広げる戦いを黙って見つめていたのだが、訳がわからずに呆然としているだけであった。
目の前の男は確かに言った「ウォルター」と。という事ならば、あの男は東京にいるはずの教祖ウォルター・ビーデカーという事になる。
どうして教祖の彼がわざわざ支部にいるのかが理解できなかったし、そもそもあの男は何者だというのだ。
なぜこんなところに居たのだ。美憂の中の疑念は残るばかりであったのだ。
それにもう一つ残るのは仮にウォルターが教祖であるというのならば、これまでに招集が掛かった時にどうして現れなかったのかという疑念である。
この招集には例外はない。どんな作業でも放棄して戦いの場に赴かねばならなくてはならなかったのか。
いや、そもそも招集がかかれば必ず行かなければならないというのも自分たちの勘違いであったのかもしれない。
自分たちは思い違いをしていたのではないのか。
美憂は改めてゲームのルールを確認する必要があると思われたのだが、そんな暇はなさそうだ。なにせ三叉の槍を持つ男が押されてしまっているのだから……。
事情はなんであれ、あの男が負けてしまうのは美憂としては不味いのだ。
美憂は慌ててレイピアを構えて男の助成に向かう。
男の三叉の槍と上手く立ち回るウォルターであったが、それ故に背後がガラ空きになっているのだ。
おまけに戦いに夢中になるあまり、背後の事や美憂が無事であった事を忘れてしまっているらしい。
今なら殺せる。美憂がレイピアを突き刺そうとした時だ。急にウォルターの体が弧を描き、彼と相対する事になってしまったのである。
ウォルターは美憂の腹に強烈な一撃を喰らわせると、そのまま彼女を地面の上に転ばせていく。

(ば、バカな!?なんと強い敵なんだ……か、敵わない!)

美憂がたまらなくなりその場から逃げ出そうとしたのだが、ウォルターはそれを許さない。地面の上に倒れる美憂の前にカトラスを突き刺し、逃げ道を防いだ事をアピールしたのである。

(だ、ダメだ。ここで脱落か!?ちくしょう!)

美憂が内心毒づいた時、奇跡は起きた。そう先程の三叉の槍の男がウォルターの背後からその肩に強烈な一撃を喰らわせたのである。
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