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最強の怪物
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『クラーケン』と呼称される怪物は従来、人が飼えるものではないとされており、今でも海を行き交う人々を始めとした多くの人々はクラーケンという怪物に頭を悩まされているとされている。
通常であるのならクラーケンは絶対に人には屈する事はないその筈だった。
しかし、その不可能ともされる偉業を果たした人物がいる。それは三世代よりも前に遡り、怪物王と称された王であった。
背丈はその高さを見た人々に古の世に伝わる巨人を連想させたとされる程に高く、体格も王というよりはドワーフの鍛治職人を彷彿とさせるような立派な体格であったとされる。
前王のヘンリーはもとより現国王であるルシアなどは到底及びもつかない偉丈夫であった。
加えて、その人物は豪快でいて、気紛れな性格であったとされ、クラーケンを飼うという突拍子もない事を考案したのも気紛れであったからだとされている。
王は不意に従者たちに宮殿に地下水道を作らせたかと思うと、そのまま気紛れに巨大な王室専用の遊覧船で海に向かったかと思うと、素手で小型のクラーケンを生捕りにしたのだ。
小型といっても、通常の人間の身長と比較すれば、その三倍はあるのだ。怪物王と称される王の剛腕さ並びにそれに相応しい体格であったかがわかるだろう。
クラーケンを捕縛したという事実に呆然とする家臣たちを他所に、王は海の中で豪快な笑い声を上げたかと思うと、意識を失った小型のクラーケンを船の中へと投げ込む。
それから家臣たちから投げ出された縄を使って船の中に戻り、船上でピクピクと体を動かすクラーケンを人差し指で指して言った。
「今からこやつを我が宮殿で飼うぞ!」
「お、恐れながら、陛下、クラーケンをですか?」
「うむ」
困惑する家臣たちとは対照的に、王は得意そうな表情を浮かべて胸を張っていたという。
この時の家臣たちにとって幸運であったのはクラーケンという怪物は海でしか生きられないような姿をしているものの、陸路にも対応できるような体になっているという事であった。
クラーケンの体が奇跡のような造りをしていなければ王の不興を買っていたのは確実であったのであろうから。
胸を撫で下ろす家臣たちを他所に王は船の上で自身の手で生捕りにしたクラーケンの足を掴み、クラーケンを宙吊りにしながら楽しげな顔を浮かべていたという。
一応は陸の上でも適応できるクラーケンであったが、それでも好むのは陸よりも海らしく、王は宮殿に着いた時には既に弱々しい息を吐くだけどなっていた自身のペットのために地下に僅かに広がっていた水路をクラーケンのために巨大な水路を作り替えたのだという。
その事を恩に感じたのか、クラーケンは稀に水路を訪れる王の前で、水路の上を足で歩いたかと思うと、今度は水路の中へと飛び込み、水の中を自由自在に動き回り、訪れた王の気をよくしたという。
だが、囚われてから数十年の歳月が経ってから怪物王が病で没すると、その跡継ぎとなった王は父とは異なり、気弱な性格であっとされ、クラーケンを恐れて水路には近付こうともしなかったという。
以来、このクラーケンや地下水路の事は現在のルシア王の世に至るまで、噂として囁かれるだけであったとされている。
この葬られていた筈の水路を暴いたのが、ルシア王の妃にして現在王国の民から『王国の聖女様』と称されて敬愛されているエリス・フローレンスである。
噂によると、彼女は自身が有しているとされる光の魔法を用いてクラーケンを連れてきたという。
無論、聖女としての評判が高い彼女はクラーケンを用いての非人道的とされる処刑には反対していたと王都のゴシップ誌には記載されている。それでも、クラーケンを利用しての処刑を了承したのは夫の懐の広さであったが要因とされている。
というのも、彼女によれば、アイリーンは王都に攻め入るより前は魔物狩人もしくは魔獣討伐師として一応は人々のために魔物を狩る仕事を行なっていたというので、最後くらいは誇り高い魔獣討伐師として魔物と対峙させる形で死なせてやろうという夫の配慮に胸を打たれたのだとゴシップ誌では語っている。
二人にとってアイリーンを都合よく敗北させて殺すための魔物としてクラーケンはうってつけであっただろう。
だが、こんな所で死ぬつもりのないアイリーンからすれば迷惑極まりない話である。よくこんな相手を見つけてきたものだ。
アイリーンは内心で毒付きながらも、クラーケンを両目で睨み、そして両手で剣を強く握りしめながら剣を構える。
クラーケンの触手が飛ぶ。アイリーンは一本、一本飛ばされる触手を受け止めたのだが、剣の剣身の上にねっとりした重いものがのしかかり、彼女の足を後方へと下がらせてしまう。
それでも防ぎ切れているのは奇跡というべきだろう。というのも、普通の魔獣討伐師であるのならば八本の足が別々に襲ってきた場合、一つだけならば防げるであろうが、複数で襲い掛かってこられたのならば防ぎようもないからだ。
この途方もない強さを誇る敵に彼女は挑み続けた。全ては自らの内に宿した一念のために。
かつての夫への復讐心は未だに削がれてはいない。
怪物の攻撃を避けつつ、その体の一部に一撃を当てていく。
怪物が短い悲鳴を上げる。そして、そのまま触手の一部に深手を負わせてもう一度後方へと下がっていく。
その様子を見て、闘技場に集まった人々は彼女の味方となる人々が座る後方の席を除いて、アイリーンが不利になるになる度に野次を飛ばしていくのである。
後方に座る人々のうち、冒険者フィリップがその下劣な野次に反感を覚え、密かに剣の鍔に手を掛けた時、その彼よりも前に行動した男が彼に剣を抜かさせるのを無言のうちで静止させた。
そうさせたのは彼女の異母弟、オスカー・カンタベルト。
姉が持っていた乳母車を引いて闘技場へと現れた彼が見たのは腹違いの姉が異様な怪物に襲われて半ば痛ぶりに近い状態で苦しめられている光景と自らの正義に酔った人々が耳にするのも穢らわしい程の罵声を浴びせる姿である。
オスカーはこの光景に果てしのない怒りを覚えて腹の底に感じた感情を闘技場の中で吐き出したのであった。
「おのれッ!怪物の分際でッ!これでも喰らうがよいッ!」
オスカーは感情の赴くがままに押していた乳母車の取っ手を外し、闘技場の中心部。すなわち両名が対峙している場所に向かって短剣を放り投げていく。
短剣は怪物の眉間へと直撃し、怪物は大きな悲鳴をあげたかと思うと欲望のままに暴れ回り、処刑場を破壊し、力が尽きたのかその場へと倒れ込む。
ピクピクと微かに動いていた事から怪物はまだ生きているのだろう。
集まった人々は改めて、怪物の強さを思い知る事となった。
彼ら彼女らは怪物が倒れたのを見計らうと、そのまま一気に視線を短剣を投げた男のいる方向へと向けていく。
「これ以上この怪物を暴れさせるのはやめてもらおうか!このようなモノ、一方的なリンチではないかッ!」
「黙れッ!貴様、なんの権限があって、処刑を中断させたッ!」
盾となった兵士の下から這い出したルシアの問い掛けに対し、オスカーはそのルシアよりも大きな声で叫び返す。
「納得がいかぬからだッ!それだけの理由があれば十分であろうッ!」
オスカーは片方の取っ手も外し、更にもう一撃を喰らわせた。彼が放った短剣はクラーケンの体に命中したらしい。前足を抑えながら大きな悲鳴を上げている。
アイリーンはこの隙を逃さな買ったを慌てて、怪物の元へと駆け寄ったか思うと、光魔法を用いて怪物を浄化させ、完全にこの世から消滅させる事に成功したのだった。
この事により、完全に自由の身となったアイリーンを抑える為に近衛兵たちが導入される羽目になったのだが、幾度も激戦をくぐり抜けてきた魔獣討伐師と一介の兵士たちでは相手にもならないらしい。
剣を両手で構えて自分たちを待ち構えるアイリーンを見て、彼らは感じとった。
彼女の体全体から感じる殺気を。そして一瞬で自分たちが敵わないと感じ取るような気迫を。
加えて、彼らにとって不運であったのは去り際にシャルロッテを自身の腕の中に抱え込んでいた事にある。
シャルロッテは剣を構えた母が自身の元へと近付いてくるのを確認し、真っ直ぐにその体の中へと飛び込む。
彼女が片方の手に剣を握っているのにも 関わらずに母を信頼して飛び付く姿は多くの人々を驚愕させたに違いない。
そして、全身から放たられる敵意と殺意とを持って入り口へと向かい、異母弟や仲間たちの元へと合流し、異母弟が引いていた乳母車の中にシャルロッテを乗せると、そのまま全速力で闘技場を去っていく。
残されたルシアを信奉する王都の人々は先程の襲撃で無事であった者たちは慌ててその後を追っていく。
だが、一方で面目を潰されたのは残されたルシアである。
彼は一人、王の座る席の上で忌々しげに吐き捨てたのであった。
「おのれッ!まさか、あのような方法で逃げるとは……しかも、人の手助けを借りるなど、貴族の風上にも置けぬ卑怯な奴らだ」
「へ、陛下!まだ……まだ、機会がありますわ!今でこそ、この王都には近衛兵団しかおりませぬが、もう少し、後もう少しだけ待っていたのならば、解体した元軍の捜索隊が姿を見せましょう!その時こそ、あの女の最後ですわ!」
エリスは悔しさのために身を震わせる夫を懸命に励まそうとしたのだが、今の彼の元には届いていなかったらしい。
彼はただ一人、怨念に見舞われた亡霊のようなおぞましい表情を浮かべながら一人言を吐いていく。
「おのれ、おのれ……」
国王は暫くの間、怨嗟に溢れた独り言を口に出してはいたが、その事をしばらくの時間を経た後にようやくなんの意味もない事を理解したらしい。
そして、暫くの間はどこか一点を眺めて呆然としていたのだが、すぐに正気を取り戻したかと思えば、改めて大きな声で部下たちに向かって指示を飛ばす。
「総員に告ぐ!早急に王都の扉を閉めよ!扉を閉め、鼠一匹、外に出すなッ!」
その場に残っていた近衛兵団の兵たちは慌てて門を閉めに向かう。
だが、結果は後一歩というものに収まった。
寸前のところで、アイリーン・カンタベルトとその一味には逃げられて、彼女は再び国王ルシアに煮え湯を飲まさせたのだった。
絶望に打ちひしがれるルシアに更に追い討ちをかける出来事が耳に入ったのだ。
「た、大変でございます!ぜ、前国王……ヘンリー様が牢を破られました!」
『葬儀の際に火事が起きたという』喩えが国内には広く用いられているが、その喩えはこういった場合に使うのが適格なのだろう。
ルシアはそんなくだらない事を考えてなんとか誤魔化そうとしたものの、頭に突然、これまでに感じた事もない痛みを感じ、それに耐えられずに広場の中の机の上へと座り込んだのだった。
大変申し訳ございませんでした。本日の更新は17時30分ではなく、18時20分となります。私のミスのせいです。大変、申し訳ありませんでした!
通常であるのならクラーケンは絶対に人には屈する事はないその筈だった。
しかし、その不可能ともされる偉業を果たした人物がいる。それは三世代よりも前に遡り、怪物王と称された王であった。
背丈はその高さを見た人々に古の世に伝わる巨人を連想させたとされる程に高く、体格も王というよりはドワーフの鍛治職人を彷彿とさせるような立派な体格であったとされる。
前王のヘンリーはもとより現国王であるルシアなどは到底及びもつかない偉丈夫であった。
加えて、その人物は豪快でいて、気紛れな性格であったとされ、クラーケンを飼うという突拍子もない事を考案したのも気紛れであったからだとされている。
王は不意に従者たちに宮殿に地下水道を作らせたかと思うと、そのまま気紛れに巨大な王室専用の遊覧船で海に向かったかと思うと、素手で小型のクラーケンを生捕りにしたのだ。
小型といっても、通常の人間の身長と比較すれば、その三倍はあるのだ。怪物王と称される王の剛腕さ並びにそれに相応しい体格であったかがわかるだろう。
クラーケンを捕縛したという事実に呆然とする家臣たちを他所に、王は海の中で豪快な笑い声を上げたかと思うと、意識を失った小型のクラーケンを船の中へと投げ込む。
それから家臣たちから投げ出された縄を使って船の中に戻り、船上でピクピクと体を動かすクラーケンを人差し指で指して言った。
「今からこやつを我が宮殿で飼うぞ!」
「お、恐れながら、陛下、クラーケンをですか?」
「うむ」
困惑する家臣たちとは対照的に、王は得意そうな表情を浮かべて胸を張っていたという。
この時の家臣たちにとって幸運であったのはクラーケンという怪物は海でしか生きられないような姿をしているものの、陸路にも対応できるような体になっているという事であった。
クラーケンの体が奇跡のような造りをしていなければ王の不興を買っていたのは確実であったのであろうから。
胸を撫で下ろす家臣たちを他所に王は船の上で自身の手で生捕りにしたクラーケンの足を掴み、クラーケンを宙吊りにしながら楽しげな顔を浮かべていたという。
一応は陸の上でも適応できるクラーケンであったが、それでも好むのは陸よりも海らしく、王は宮殿に着いた時には既に弱々しい息を吐くだけどなっていた自身のペットのために地下に僅かに広がっていた水路をクラーケンのために巨大な水路を作り替えたのだという。
その事を恩に感じたのか、クラーケンは稀に水路を訪れる王の前で、水路の上を足で歩いたかと思うと、今度は水路の中へと飛び込み、水の中を自由自在に動き回り、訪れた王の気をよくしたという。
だが、囚われてから数十年の歳月が経ってから怪物王が病で没すると、その跡継ぎとなった王は父とは異なり、気弱な性格であっとされ、クラーケンを恐れて水路には近付こうともしなかったという。
以来、このクラーケンや地下水路の事は現在のルシア王の世に至るまで、噂として囁かれるだけであったとされている。
この葬られていた筈の水路を暴いたのが、ルシア王の妃にして現在王国の民から『王国の聖女様』と称されて敬愛されているエリス・フローレンスである。
噂によると、彼女は自身が有しているとされる光の魔法を用いてクラーケンを連れてきたという。
無論、聖女としての評判が高い彼女はクラーケンを用いての非人道的とされる処刑には反対していたと王都のゴシップ誌には記載されている。それでも、クラーケンを利用しての処刑を了承したのは夫の懐の広さであったが要因とされている。
というのも、彼女によれば、アイリーンは王都に攻め入るより前は魔物狩人もしくは魔獣討伐師として一応は人々のために魔物を狩る仕事を行なっていたというので、最後くらいは誇り高い魔獣討伐師として魔物と対峙させる形で死なせてやろうという夫の配慮に胸を打たれたのだとゴシップ誌では語っている。
二人にとってアイリーンを都合よく敗北させて殺すための魔物としてクラーケンはうってつけであっただろう。
だが、こんな所で死ぬつもりのないアイリーンからすれば迷惑極まりない話である。よくこんな相手を見つけてきたものだ。
アイリーンは内心で毒付きながらも、クラーケンを両目で睨み、そして両手で剣を強く握りしめながら剣を構える。
クラーケンの触手が飛ぶ。アイリーンは一本、一本飛ばされる触手を受け止めたのだが、剣の剣身の上にねっとりした重いものがのしかかり、彼女の足を後方へと下がらせてしまう。
それでも防ぎ切れているのは奇跡というべきだろう。というのも、普通の魔獣討伐師であるのならば八本の足が別々に襲ってきた場合、一つだけならば防げるであろうが、複数で襲い掛かってこられたのならば防ぎようもないからだ。
この途方もない強さを誇る敵に彼女は挑み続けた。全ては自らの内に宿した一念のために。
かつての夫への復讐心は未だに削がれてはいない。
怪物の攻撃を避けつつ、その体の一部に一撃を当てていく。
怪物が短い悲鳴を上げる。そして、そのまま触手の一部に深手を負わせてもう一度後方へと下がっていく。
その様子を見て、闘技場に集まった人々は彼女の味方となる人々が座る後方の席を除いて、アイリーンが不利になるになる度に野次を飛ばしていくのである。
後方に座る人々のうち、冒険者フィリップがその下劣な野次に反感を覚え、密かに剣の鍔に手を掛けた時、その彼よりも前に行動した男が彼に剣を抜かさせるのを無言のうちで静止させた。
そうさせたのは彼女の異母弟、オスカー・カンタベルト。
姉が持っていた乳母車を引いて闘技場へと現れた彼が見たのは腹違いの姉が異様な怪物に襲われて半ば痛ぶりに近い状態で苦しめられている光景と自らの正義に酔った人々が耳にするのも穢らわしい程の罵声を浴びせる姿である。
オスカーはこの光景に果てしのない怒りを覚えて腹の底に感じた感情を闘技場の中で吐き出したのであった。
「おのれッ!怪物の分際でッ!これでも喰らうがよいッ!」
オスカーは感情の赴くがままに押していた乳母車の取っ手を外し、闘技場の中心部。すなわち両名が対峙している場所に向かって短剣を放り投げていく。
短剣は怪物の眉間へと直撃し、怪物は大きな悲鳴をあげたかと思うと欲望のままに暴れ回り、処刑場を破壊し、力が尽きたのかその場へと倒れ込む。
ピクピクと微かに動いていた事から怪物はまだ生きているのだろう。
集まった人々は改めて、怪物の強さを思い知る事となった。
彼ら彼女らは怪物が倒れたのを見計らうと、そのまま一気に視線を短剣を投げた男のいる方向へと向けていく。
「これ以上この怪物を暴れさせるのはやめてもらおうか!このようなモノ、一方的なリンチではないかッ!」
「黙れッ!貴様、なんの権限があって、処刑を中断させたッ!」
盾となった兵士の下から這い出したルシアの問い掛けに対し、オスカーはそのルシアよりも大きな声で叫び返す。
「納得がいかぬからだッ!それだけの理由があれば十分であろうッ!」
オスカーは片方の取っ手も外し、更にもう一撃を喰らわせた。彼が放った短剣はクラーケンの体に命中したらしい。前足を抑えながら大きな悲鳴を上げている。
アイリーンはこの隙を逃さな買ったを慌てて、怪物の元へと駆け寄ったか思うと、光魔法を用いて怪物を浄化させ、完全にこの世から消滅させる事に成功したのだった。
この事により、完全に自由の身となったアイリーンを抑える為に近衛兵たちが導入される羽目になったのだが、幾度も激戦をくぐり抜けてきた魔獣討伐師と一介の兵士たちでは相手にもならないらしい。
剣を両手で構えて自分たちを待ち構えるアイリーンを見て、彼らは感じとった。
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加えて、彼らにとって不運であったのは去り際にシャルロッテを自身の腕の中に抱え込んでいた事にある。
シャルロッテは剣を構えた母が自身の元へと近付いてくるのを確認し、真っ直ぐにその体の中へと飛び込む。
彼女が片方の手に剣を握っているのにも 関わらずに母を信頼して飛び付く姿は多くの人々を驚愕させたに違いない。
そして、全身から放たられる敵意と殺意とを持って入り口へと向かい、異母弟や仲間たちの元へと合流し、異母弟が引いていた乳母車の中にシャルロッテを乗せると、そのまま全速力で闘技場を去っていく。
残されたルシアを信奉する王都の人々は先程の襲撃で無事であった者たちは慌ててその後を追っていく。
だが、一方で面目を潰されたのは残されたルシアである。
彼は一人、王の座る席の上で忌々しげに吐き捨てたのであった。
「おのれッ!まさか、あのような方法で逃げるとは……しかも、人の手助けを借りるなど、貴族の風上にも置けぬ卑怯な奴らだ」
「へ、陛下!まだ……まだ、機会がありますわ!今でこそ、この王都には近衛兵団しかおりませぬが、もう少し、後もう少しだけ待っていたのならば、解体した元軍の捜索隊が姿を見せましょう!その時こそ、あの女の最後ですわ!」
エリスは悔しさのために身を震わせる夫を懸命に励まそうとしたのだが、今の彼の元には届いていなかったらしい。
彼はただ一人、怨念に見舞われた亡霊のようなおぞましい表情を浮かべながら一人言を吐いていく。
「おのれ、おのれ……」
国王は暫くの間、怨嗟に溢れた独り言を口に出してはいたが、その事をしばらくの時間を経た後にようやくなんの意味もない事を理解したらしい。
そして、暫くの間はどこか一点を眺めて呆然としていたのだが、すぐに正気を取り戻したかと思えば、改めて大きな声で部下たちに向かって指示を飛ばす。
「総員に告ぐ!早急に王都の扉を閉めよ!扉を閉め、鼠一匹、外に出すなッ!」
その場に残っていた近衛兵団の兵たちは慌てて門を閉めに向かう。
だが、結果は後一歩というものに収まった。
寸前のところで、アイリーン・カンタベルトとその一味には逃げられて、彼女は再び国王ルシアに煮え湯を飲まさせたのだった。
絶望に打ちひしがれるルシアに更に追い討ちをかける出来事が耳に入ったのだ。
「た、大変でございます!ぜ、前国王……ヘンリー様が牢を破られました!」
『葬儀の際に火事が起きたという』喩えが国内には広く用いられているが、その喩えはこういった場合に使うのが適格なのだろう。
ルシアはそんなくだらない事を考えてなんとか誤魔化そうとしたものの、頭に突然、これまでに感じた事もない痛みを感じ、それに耐えられずに広場の中の机の上へと座り込んだのだった。
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