子連れの元悪役令嬢ですが、自分を捨てた王太子への復讐のために魔獣討伐師を目指します!

アンジェロ岩井

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復讐の時は来たり

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「おのれ、まさか、あそこであの二人に出会うとはな」

ミカエルは自身の腕の傷を抑えながら、木にもたれかかりながら言った。その事が思い出すたびに腹が立つのか、歯を軋ませながら心底から忌々しそうに自身の隣に立っているライアンに向かって、自らの身に起きた予期せぬ出来事を吐き出していく。

「あぁ、我らが車輪の痕を発見したまではよかった。だが、後からやってきたあの二人の手に掛かってしまったわッ!クソッ!」

ライアンは地面の上に散らばっている落ち葉を思いっきり蹴り飛ばし、ミカエルはぶり返した傷の痛みを無理矢理手で抑えつける。
この時の二人の頭の中に思い起こされていくのは先程の光景である。
二人はオークの軍団を率いて、乳母車の車輪の痕を追い、カンタベルト母娘を追っていたのだが、背後から同じくアイリーンを追っていたカンタベルト兄妹に奇襲を仕掛けられ、軍団そのものが手痛い損害を受けてしまったのだ。

「奴らのために我らは壊滅に近い……おのれッ!」

ライアンが拳を握り締めながら夜空を見上げると忌々しげに吐き捨てる。

「よそう、それよりも我らが行うのべきは負傷兵の手当てであろう?」

副官の指摘を受けてライアンはハッとし、怒りで囚われていた頭を冷やして負傷兵の元へと駆け付けた。
自分達の背後には既に体力を大幅に消耗したり、傷を負わされたりでその場から動けずにいる兵士たちが倒れており、その状態が異常である事は火を見るよりも明らかであった。
多くの部下たちが倒れている要因としては先程の戦闘においてダメージを受けている事や追跡による疲労が溜まっている事が理由であるとライアンは判断した。

ライアンはそんな長年の戦友たちを一人一人、助け起しながら夜の闇に向かって呟く。

「おのれ、アイリーンめ。おれがこの先にどうなるのかはわからぬ。だが、仮におれが貴様の手によって死ぬ事になろうとも、悪霊となり貴様の枕元に現れてこの剣を持って貴様の寝首を掻っ切ってくれようぞ」

「ヒッヒッ、その一言は本当かい?」

ライアンが慌てて背後を振り向くと、そこには亀の頭と上半身に人間の下半身という不気味な体に亀の甲羅を背負った小男が立っていた。

「き、貴様、な、なに奴!?」

ライアンは咄嗟に腰に下げていた剣を抜いて、応対するのだが、亀の怪物は長くて赤い舌で口の周りを舐め回しながらライアンへと近付いていく。

「あんた、その女に復讐がしたいのかい?」

「黙れッ!そんな事よりもオレの質問に答えろッ!貴様は何者だ!?」

「フフッ、そんな事はどうでもいいじゃろて。重要なのはあんたがその女に復讐がしたいかどうかだ」

亀の怪物はいやらしい笑顔を浮かべながらライアンへと近付いていく。
いやらしく舌で口の周りを舐め回しながらの笑顔はなんとも言えずに不気味であったが、数々の失態を繰り広げ多くの仲間を失いアイリーン並びにカンタベルト一族への憤怒の念に燃えているライアンは藁にでも縋り付きたい一心だったのだろう。
怪物の問い掛けに対して首を縦に動かす。すると、怪物はそれを見ると満足そうに首を縦に動かして言った。

「なら、わしを使え。わしならば、そこらに倒れておるオークどもの三倍の働きはしてくれようぞ」

ライアンは無言だった。それでいて、無表情を貫き、亀の怪物を見つめていた。
しばらくの間、彼は無心で怪物を見つめていたが、暫くの後に告げた言葉は震えていた。

「わかった。あんたの協力を仰ぐ事にしよう。それであんたの条件は?」

「フフフ、エヒヒヒッ、そうだねぇ~」

怪物は暫くの間考えるフリをして顎の下を撫でていた。やがて先程ライアンに迫って時と同様のいやらしい笑顔を浮かべながら言った。

「この先に向かったところにある怪物の絵を飾った宿や、そこに住んでる魔獣討伐師を一人殺してくるだけでいい。いや、手足を奪うだけでいい。奴は弟の……わしの最愛の弟の命を奪ったのじゃ。そりゃもう八つ裂きにしても飽き足らん男よ。あの憎らしい目玉をくり抜いてくれようか、それともあの生意気な口を引っこ抜いてくれようか……どのような処分を下すのか楽しみでしょうがないわ」

かつてのライアンであるのならばこの得体の知れない怪物に助っ人を頼む事など絶対になかっただろう。
だが、彼の部隊がここまでの痛手を追い、近々王太子の方で国の威信をかけてカンタベルト母娘を捕らえるという計画が実施されると聞く。
そんな事になれば自分たちの追跡が無駄になってしまい、これまでに討ち取られてしまった部下たちに申し訳が立たない。

国の威信をかけての逮捕劇が繰り広げられる前にカンタベルト母娘を拿捕、もしくは討ち取らなければならない。
その思いが彼を焦らせていた。
加えて、目の前の怪物は見たところによれば復讐鬼という伝説の怪物である。
そうなればこれまでに組んだどの怪物よりも強力であるに違いない。

この二つの思いが彼の頭から正気というものを奪い取っていた。
ライアンからすれば、後から王太子や王太子妃に咎められようとも、そんなものなど青年期に勝手にできる、頬の端に付着したニキビ程度のものでしかない。
それよりもようやく自分たちの手で忌々しい母と娘を始末できるという事実が彼の感情を何処までも昂らせていた。











「娘の面倒まで見ていただいて本当にかたじけのうございます」

「いいから行きな。昨日の夜は孫のいい顔が見れて幸せだったからおあいこ様だよ」

若い祖母はしっしっと手を振ってそのまま母娘を追い出そうとした時だ。
自分の視界に宿屋の周りを武装したオークの軍団が飛び込む。
アイリーンもその姿を確認すると娘ごと若い祖母と自身の娘を見送りにやってきた孫を共に宿屋の中へと待機させるのだった。

アイリーンが三人を宿屋の中に押し込むのと同時に入れ替わる形でカンタベルト兄妹が姿を現す。
シャルロッテを除く、カンタベルト家の面々が揃ったところでオークの隊長であるライアンがオーク用の大剣を携えながら三人の前に現れた。

「フッフッフフフ、よく姿を見せた逆賊どもよ!我らはこれまでに貴様らに煮湯を飲まされ続けてきたが、今日こそが貴様らの最後よ!観念して冥界の門をくぐってもらおうか!」

「断ると申したらどうするつもりか?」

オスカーの問い掛けに対しライアンは口元を歪ませると得意げな調子で言った。

「無理にでも、くぐらせるまでの事よ」

ライアンはその剣先を三人に向かって突き付けると、そのまま背後に控えていた十五名ばかりの兵たちを一斉に向かわせていく。
だが、三人は動じる様子を見せずに各々の剣技や魔法によって、呆気なく部下は全滅させられてしまう。

だが部下が倒されたというのにライアンはいつものように移動魔法ポーションを利用して駆使して逃亡しようとはしない。
それどころか懐からポーションを取り出したかと思うと、それを地面の上に投げ付けたかと思うとそのまま勢いよく地面の上で蹴り付けていく。
改めて大剣を握りアイリーンに向かって叫ぶ。

「いざ、尋常に勝負せよ!」

その一言と共に彼はアイリーンと共に激しい剣舞を舞う事になる。
剣と剣とが打ち合う音が聞こえ、どちらも一歩も引かない真剣勝負が繰り広げられた。
これまでに見たどの試合よりも美しく激しい戦いが繰り広げられていたので兄妹は思わず目を見張っていた。

だがアイリーンは不意に勝負を放棄して息を切らしながら宿屋の中へと飛び込む。
慌てた兄妹が宿屋の中を見つめるとそこには亀の怪物が三人を人質に取って剣を突き付けて笑っている姿が見られた。
一応、他の宿屋の宿泊客も居るには居るが、このどうしようもない状況になにもできずにいるらしい。
誰もが唖然とした顔でその光景を眺めていた。

「……上手くお考えになられたようで、大方、あなた方は囮というわけですね?わざと大軍勢で押し寄せて、腕利きの剣士たちを外に集結させ、その隙を利用して宿屋のシャルロッテを狙う算段であったのでしょう?」

アイリーンは不気味な亀の姿をした怪物に自身の剣の剣先を突き付けながら尋ねた。
それに対し、亀の怪物は怯むどころかむしろその状況を楽しんでいると言わんばかりに口元を孤の型に歪めながら答えた。

「フフ、左様……だが、アイリーンとやら、気が付くのが少しばかり遅かったようじゃな。この三名は今よりわしらの人質として使わせてもらうぞ」

「左様な事を私が許すとお思いで?」

アイリーンが剣を構えるのと同時に亀の怪物も一時的に剣先を人質からアイリーンへと変えた。
両者の剣を突き付けあっての睨み合いは暫くの間続いたが、やがて亀の怪物によって、髪を引っ張られた際にアリアが小さく泣いた事により、アイリーンの表情が微かに動揺したのが転機となり亀の姿をした怪物が外へと出て行き、この場は怪物が勝利を収める事となった。
亀の怪物は泣き叫ぶアリアの髪を掴んだまま人質を無理矢理に引っ張り、外へと出て行く。

「小娘、貴様、確かアイリーンとか言ったな。わしは逃げも隠れませんから、近くの山にまで来い。少し前までゴブリンどもの隠れ家があった山だぞ」

怪物はそれだけを告げると、そのゴブリンが棲んでいた山へと向かって走り去っていく。

「……ゴブリンの棲んでいた山か」

アイリーンは怪物が走り去った方向を睨みながら言った。
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