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伯爵家の魔術使い
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「伯爵閣下、よくぞおいで下さいました!」
地方の貴族である男性は母と、一応はメイドという体勢を取らせている魔獣討伐師の母娘を横に置いて、屋敷の玄関の前で深々と頭を下げた。
だが伯爵は、男の誠意ある態度など当然といわんばかりに尊大な態度で振る舞っている。
彼は自身の自慢ともいえる口元の黒い髭を手で弄りながら、メイドとしての業務に携わっているカンタベルト母娘に様々な要求を行った。
酷い時には靴を脱ぐ時にわざと足を振り、アイリーンを転ばせるなどの事を行っていた。
だが、彼女は伯爵の嫌がらせに文句を言うどころか、睨みつける事もせずに黙々とメイドとしての仕事を続けていたのである。
伯爵は応接間の来客用の椅子に腰を掛けながら尊大かつ無礼な態度を続け、爵位と客人という身分を利用してメイドのアイリーンへと嫌がらせを続けていく。
マッサージと称し、自身の足をさすらせる。茶や食事を顔にかけるなどの無礼な行為は日常であった。
だが続く嫌がらせに嫌悪を感じさせる素振りさえ見せずに彼女は仕事を続けていた。
領主はそんなアイリーンを健気だと思う反面、嫌がらせのたびに彼女がとるある動作に気が付いていた。
それはアイリーンがしきりに伯爵の手の甲を眺め、首を縦に振るというものである。
彼女のその意味深な動作が何を示すのかはしらないがアイリーンの雇い主は自身であり、どうして自身のメイドの事を客人でしかない横暴な伯爵に報告しなければいけないのだ、という反骨心が報告を妨げていた。
そんな領主の潜在的な敵ともいえる伯爵の滞在予定は五日。
その五日間、領主にとってもその母にとっても、なにより母がいびられ続ける姿を見なければならないシャルロッテにとっても心苦しい日々が続いたが、領主は、時折、見せるアイリーンのあの意味深な動作だけを頼りに胸が悪くなるような伯爵のいびりに耐える事ができた。
五日目の夜。伯爵が帰る日に行われた贅を尽くした夕食会にて、それまでの不遇が報われる日がやってきた。
いつものように伯爵がアイリーンが作った料理に難癖をつけ、彼女にそれを投げた時だ。
伯爵は主賓席から立ち上がり、そのまま平手で彼女の頬を張り倒したのだ。
領主の母はそれを見てとうとう堪忍袋の尾が切れたらしい。
用意された席から立ち上がり、伯爵に抗議の声を浴びせたのだ。
だが伯爵は眉を顰めるどころか、不敵に口の端を吊り上げるばかりである。
彼は不敵な笑みを浮かべたまま、領主の元へと近寄り、いつも通りの尊大な口調で男に向かって尋ねた。
「おい、こいつはお前の母か?」
「は、はい。そうでございますが」
「こいつが伯爵である私に対し、いきなり怒鳴りおったのだ。不愉快極まる。即刻、手打ちにいたせ」
「て、手打ちですと!?」
「できぬと申すのかッ!」
伯爵はそれまでの笑みを引っ込め、頬を紅潮させ、机を大きく叩いてから男の元へと迫っていく。
伯爵の顔が近付き、その膨れ上がった鼻の穴から生じた息が掛かるのと同時に、彼の頭の中では二つの考えが交錯していく。
家を取るか、母の命を取るかという考えである。
一般的な貴族であるのならば、この時前者を取るだろう。
彼が選択したのは後者よりも前者の方であった。
すなわち、母への思いよりも家を守る事を優先したのである。
心中で母への懺悔の思いを抱きながら、先祖伝来の剣を腰から抜こうとした時だ。
「お待ちくださいませ」
アイリーンが領主の男の手を握り、剣を抜こうとするのを寸前のところで阻止する。
「だ、だが、母上を斬らねば我が家はーー」
「それが伯爵閣下の謀でございます。あなた様に母君を斬らせた後に、母殺しの罪で処するつもりでしょう。そうする事で、家の断絶をはかり、この地を伯爵家の領地として接収する。それが、伯爵閣下の企みでございます故に」
「ぶ、無礼な!メイドの分際で!わしがさような謀りを企んだと申すか!?」
伯爵は怒りの感情に囚われ自ら剣を抜いてアイリーンへと向かっていったが、アイリーンはその剣を領主の男から取った剣を用いて、弾いていく。
この時、窮地に陥ったのは、剣を弾かれた上にその衝撃によりバランスを崩され地面の上に転んだ伯爵である。
地面から立ち上がろうとする伯爵にアイリーンは剣先を突き付けながら尋ねる。
「あなたこそ下手なお芝居はおやめくださいませ。伯爵家の当主でありながら優れた霊幻士でございましょう?遠く離れた土地からでも子飼いの悪霊を遣わし、自らが現れる時に悪霊に騒動を起こさせ、それを口実に家を取り潰し、ご自身の領地に取り入れる。それがこれまでお使いになられた手口でありましょう?」
伯爵の顔が青くなったのは、剣先を首元に突き付けられていたからというわけではない。
計画を暴いた目の前のメイドに恐怖心を覚えたからだろう。
だがアイリーンは構う事なく話を続けていく。
「けれども今回は玄関での領主様の母君に対する態度を見て、私をわざといじめる事により母君を激昂させ、それを手打ちにした後に難癖をつけて領主様を処刑するという方法を用いようとしたのでありましょう?そのため、今回は悪霊を用いなかった違いますか?」
伯爵は自分の考えが見透かされた事により薄気味の悪さを抱える事になった。
ここまで見抜かれていてはもはや言い逃れする事もできまい。
伯爵はそれまでの怯えた表情を引っ込め、声を荒げた。
「おのれ!メイドッ!貴様、何やつじゃ!!!」
「これは失礼、アイリーン・カンタベルトでございます」
「元公爵令嬢の?」
「ええ、その通りです。ですがあなた様もこの悪行が知られる事になれば、私と同じ元のつく貴族になられましょう」
アイリーンの澄ました顔が伯爵の気に障ったのか、はたまた事実を突き付けられて慌てたのか、伯爵は自身の足を大きく蹴り上げたかと思うと剣を両手から弾き、その隙を利用して彼女の下から抜け出す。
そして懐に隠していた小さな杖を取り出し、この家に遣わした悪霊を自身の元へと集めていく。
更に悪霊に自身の周りを固めさせ、アイリーンと領主の親子とを牽制していく。
この時伯爵の手の甲が黒く輝いた。手の甲には意味深な紋章が記されている。
これこそが悪霊を使役する霊幻士の確固たる証拠であった。
逆をいうとこの手の甲に存在する紋章がなければ、悪霊を使役する事は不可能となる。
アイリーンは領主の剣を拾い上げると、それをそのまま男の手の甲へと突き刺し、後方へと退避していく。
手の甲から夥しい量の血を流しながら、伯爵は出血した手を押さえて悶絶した。
そして紋章が刻まれた手の甲が傷付くのと同時にそれまでは彼に従っていたはずの悪霊が彼襲い掛かっていく。
「た、助けてくれ!頼む!わ、私はまだ死にたくない!頼む!」
伯爵の命乞いをする声が部屋の中に響いたのだが、誰も耳を貸す事なく静観していた。
悪霊が伯爵を襲う姿はあまりにも悍ましく、誰も手を出せなかったという事も影響しているのかもしれないが、一つ間違えれば自分たちが破滅させられていたという思いが作用していたのだろう。
悪霊たちは伯爵を蹂躙し哀れな肉塊へと変貌させた後、領主たちへと襲い掛かってきた。
だがアイリーンは眉一つ動かさずに、光の魔法を利用し悪霊たちを一体一体確実に消失させていく。
彼女の握る剣が眩いばかりの光で包まれ、それが悪霊たちを消していく姿は男とその母親の両方に幻想的な光景を見せていく。
アイリーンは最後の悪霊を斬った後、剣の刃を両手で持ち、国王や皇帝に渡すように恭しく膝を突いて領主の男へと渡す。
顔で自身の剣を受け取る男性に対し、アイリーンはシャルロッテの手を引いて部屋へと向かっていく。
部屋から姿を表したかと思うと、二人はそれまでのメイドの衣装からこの屋敷に来た時の服に着替えており、シャルロッテを抱き抱えながら部屋の前に置いてあった乳母車を押して去っていくのだった。
夜の闇の中を進む母娘の背中を二人
は呆然としながら見守っていた。
やがてその姿が完全に消えるのと同時に、息子は母に向かって尋ねた。
「やっぱり、母さん夢だったかな?」
「いいや、現実よ。幾ら頬をつねったって、この事実は変わらない。私たちはあの母娘に命だけではなく、我が家の名誉も救われたのよ」
母のその一言に息子は黙って首を縦に動かす事しかできなかった。
子連れの魔獣討伐師の二つ名は、この先、自身の領土で永遠に語り継ごう。
男はそう決めたのだった。
地方の貴族である男性は母と、一応はメイドという体勢を取らせている魔獣討伐師の母娘を横に置いて、屋敷の玄関の前で深々と頭を下げた。
だが伯爵は、男の誠意ある態度など当然といわんばかりに尊大な態度で振る舞っている。
彼は自身の自慢ともいえる口元の黒い髭を手で弄りながら、メイドとしての業務に携わっているカンタベルト母娘に様々な要求を行った。
酷い時には靴を脱ぐ時にわざと足を振り、アイリーンを転ばせるなどの事を行っていた。
だが、彼女は伯爵の嫌がらせに文句を言うどころか、睨みつける事もせずに黙々とメイドとしての仕事を続けていたのである。
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領主はそんなアイリーンを健気だと思う反面、嫌がらせのたびに彼女がとるある動作に気が付いていた。
それはアイリーンがしきりに伯爵の手の甲を眺め、首を縦に振るというものである。
彼女のその意味深な動作が何を示すのかはしらないがアイリーンの雇い主は自身であり、どうして自身のメイドの事を客人でしかない横暴な伯爵に報告しなければいけないのだ、という反骨心が報告を妨げていた。
そんな領主の潜在的な敵ともいえる伯爵の滞在予定は五日。
その五日間、領主にとってもその母にとっても、なにより母がいびられ続ける姿を見なければならないシャルロッテにとっても心苦しい日々が続いたが、領主は、時折、見せるアイリーンのあの意味深な動作だけを頼りに胸が悪くなるような伯爵のいびりに耐える事ができた。
五日目の夜。伯爵が帰る日に行われた贅を尽くした夕食会にて、それまでの不遇が報われる日がやってきた。
いつものように伯爵がアイリーンが作った料理に難癖をつけ、彼女にそれを投げた時だ。
伯爵は主賓席から立ち上がり、そのまま平手で彼女の頬を張り倒したのだ。
領主の母はそれを見てとうとう堪忍袋の尾が切れたらしい。
用意された席から立ち上がり、伯爵に抗議の声を浴びせたのだ。
だが伯爵は眉を顰めるどころか、不敵に口の端を吊り上げるばかりである。
彼は不敵な笑みを浮かべたまま、領主の元へと近寄り、いつも通りの尊大な口調で男に向かって尋ねた。
「おい、こいつはお前の母か?」
「は、はい。そうでございますが」
「こいつが伯爵である私に対し、いきなり怒鳴りおったのだ。不愉快極まる。即刻、手打ちにいたせ」
「て、手打ちですと!?」
「できぬと申すのかッ!」
伯爵はそれまでの笑みを引っ込め、頬を紅潮させ、机を大きく叩いてから男の元へと迫っていく。
伯爵の顔が近付き、その膨れ上がった鼻の穴から生じた息が掛かるのと同時に、彼の頭の中では二つの考えが交錯していく。
家を取るか、母の命を取るかという考えである。
一般的な貴族であるのならば、この時前者を取るだろう。
彼が選択したのは後者よりも前者の方であった。
すなわち、母への思いよりも家を守る事を優先したのである。
心中で母への懺悔の思いを抱きながら、先祖伝来の剣を腰から抜こうとした時だ。
「お待ちくださいませ」
アイリーンが領主の男の手を握り、剣を抜こうとするのを寸前のところで阻止する。
「だ、だが、母上を斬らねば我が家はーー」
「それが伯爵閣下の謀でございます。あなた様に母君を斬らせた後に、母殺しの罪で処するつもりでしょう。そうする事で、家の断絶をはかり、この地を伯爵家の領地として接収する。それが、伯爵閣下の企みでございます故に」
「ぶ、無礼な!メイドの分際で!わしがさような謀りを企んだと申すか!?」
伯爵は怒りの感情に囚われ自ら剣を抜いてアイリーンへと向かっていったが、アイリーンはその剣を領主の男から取った剣を用いて、弾いていく。
この時、窮地に陥ったのは、剣を弾かれた上にその衝撃によりバランスを崩され地面の上に転んだ伯爵である。
地面から立ち上がろうとする伯爵にアイリーンは剣先を突き付けながら尋ねる。
「あなたこそ下手なお芝居はおやめくださいませ。伯爵家の当主でありながら優れた霊幻士でございましょう?遠く離れた土地からでも子飼いの悪霊を遣わし、自らが現れる時に悪霊に騒動を起こさせ、それを口実に家を取り潰し、ご自身の領地に取り入れる。それがこれまでお使いになられた手口でありましょう?」
伯爵の顔が青くなったのは、剣先を首元に突き付けられていたからというわけではない。
計画を暴いた目の前のメイドに恐怖心を覚えたからだろう。
だがアイリーンは構う事なく話を続けていく。
「けれども今回は玄関での領主様の母君に対する態度を見て、私をわざといじめる事により母君を激昂させ、それを手打ちにした後に難癖をつけて領主様を処刑するという方法を用いようとしたのでありましょう?そのため、今回は悪霊を用いなかった違いますか?」
伯爵は自分の考えが見透かされた事により薄気味の悪さを抱える事になった。
ここまで見抜かれていてはもはや言い逃れする事もできまい。
伯爵はそれまでの怯えた表情を引っ込め、声を荒げた。
「おのれ!メイドッ!貴様、何やつじゃ!!!」
「これは失礼、アイリーン・カンタベルトでございます」
「元公爵令嬢の?」
「ええ、その通りです。ですがあなた様もこの悪行が知られる事になれば、私と同じ元のつく貴族になられましょう」
アイリーンの澄ました顔が伯爵の気に障ったのか、はたまた事実を突き付けられて慌てたのか、伯爵は自身の足を大きく蹴り上げたかと思うと剣を両手から弾き、その隙を利用して彼女の下から抜け出す。
そして懐に隠していた小さな杖を取り出し、この家に遣わした悪霊を自身の元へと集めていく。
更に悪霊に自身の周りを固めさせ、アイリーンと領主の親子とを牽制していく。
この時伯爵の手の甲が黒く輝いた。手の甲には意味深な紋章が記されている。
これこそが悪霊を使役する霊幻士の確固たる証拠であった。
逆をいうとこの手の甲に存在する紋章がなければ、悪霊を使役する事は不可能となる。
アイリーンは領主の剣を拾い上げると、それをそのまま男の手の甲へと突き刺し、後方へと退避していく。
手の甲から夥しい量の血を流しながら、伯爵は出血した手を押さえて悶絶した。
そして紋章が刻まれた手の甲が傷付くのと同時にそれまでは彼に従っていたはずの悪霊が彼襲い掛かっていく。
「た、助けてくれ!頼む!わ、私はまだ死にたくない!頼む!」
伯爵の命乞いをする声が部屋の中に響いたのだが、誰も耳を貸す事なく静観していた。
悪霊が伯爵を襲う姿はあまりにも悍ましく、誰も手を出せなかったという事も影響しているのかもしれないが、一つ間違えれば自分たちが破滅させられていたという思いが作用していたのだろう。
悪霊たちは伯爵を蹂躙し哀れな肉塊へと変貌させた後、領主たちへと襲い掛かってきた。
だがアイリーンは眉一つ動かさずに、光の魔法を利用し悪霊たちを一体一体確実に消失させていく。
彼女の握る剣が眩いばかりの光で包まれ、それが悪霊たちを消していく姿は男とその母親の両方に幻想的な光景を見せていく。
アイリーンは最後の悪霊を斬った後、剣の刃を両手で持ち、国王や皇帝に渡すように恭しく膝を突いて領主の男へと渡す。
顔で自身の剣を受け取る男性に対し、アイリーンはシャルロッテの手を引いて部屋へと向かっていく。
部屋から姿を表したかと思うと、二人はそれまでのメイドの衣装からこの屋敷に来た時の服に着替えており、シャルロッテを抱き抱えながら部屋の前に置いてあった乳母車を押して去っていくのだった。
夜の闇の中を進む母娘の背中を二人
は呆然としながら見守っていた。
やがてその姿が完全に消えるのと同時に、息子は母に向かって尋ねた。
「やっぱり、母さん夢だったかな?」
「いいや、現実よ。幾ら頬をつねったって、この事実は変わらない。私たちはあの母娘に命だけではなく、我が家の名誉も救われたのよ」
母のその一言に息子は黙って首を縦に動かす事しかできなかった。
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