子連れの元悪役令嬢ですが、自分を捨てた王太子への復讐のために魔獣討伐師を目指します!

アンジェロ岩井

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冥府魔道の道を行く者

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アイリーンは最後の時間を有意義に過ごすために、お茶でも淹れようかと考えたのだが、ふと頭の中に浮かんだのは怒りの念である。
もはや、カンタベルト家は断絶したも同然である。恐らく一族の中で、生き残っているのは自分とシャルロッテの二人だけであるからだ。
なぜ、自分は夫を取られた上に両親や一族を殺されなくてはならないのだろう。

それに加えて、事実無根のレッテルを貼られてどうして、おめおめと死ねようか。
気が付けば、アイリーンは自らの長かった髪を切り落としていた。
鮮やかで美しかった金髪はばっさりと切り落とされ、床の上に散らばっていく。

アイリーンは自らの手が先祖伝来の銀の剣を握っている事に気が付く。
カンタベルト家は大陸戦争以前は魔獣討伐師という職業につき、人々のために魔物や魔獣を狩り、守る事を生業としていたという。
彼女は自らもその技術や魔獣討伐師の所以たる光の魔法の使い方やその応用術も父から受け継いでいた事を思い出す。

ならば、ここを抜け出し、魔獣討伐師として生計を立て、その過程で復讐の資金を得ながら過ごすのも悪くはないではないだろうか。
自分や両親をちり紙でも捨てるかの様にあっさりと捨てたこの王国に復讐をしてやろうではないか。

だが、この時に気掛かりとなるのはシャルロッテである。我が娘ではあるものの、通常の少女であるのならば、過酷な旅や復讐には耐えきれないだろう。
自分はまだ大人だから耐えられるが、幼いシャルロッテには耐えきれないだろう。
だが、彼女が自分と同じく魔獣討伐師としての力を持っており、修羅の道へと落ちる事を理解しているのならば、共に連れて行こうではないか。

これを試すための試験として、アイリーンは幼い頃に自身が握って離さなかった、少女を模した人形と今、自身が握っている剣をシャルロッテの前に置いた。

「シャルロッテ。あなたも私も今や処刑を待つ身です。ですが、私は王国のかような処置には納得がいかぬ故に、修羅の道へと入る覚悟をしました。そこで、あなたに問います。あなたが人形を取るのであるのならば、あなたの身を死者の国にいる祖父母の元に送りましょう。ですが、あなたが剣を取るのならば、私と共に修羅の道へと落ちるのだと思って、あなたを復讐の旅へと連れて行きましょう」

純粋で汚れなど見たこともない愛娘は興味津々に人形と剣とを交互に見遣っていた。
だが、アイリーンはどちらを選べば良いなどとは言わない。
ただ、一言、厳かな声で「選ぶのです」と告げるのみである。

まだ二本の足で立つ事さえおぼつかないシャルロッテはハイハイをしながら、手を迷わせていた。
暫くの時間を置いた後にシャルロッテは剣を手に取った。
アイリーンは顔に喜びの微笑を浮かべながら、修羅の道を自ら選んだ我が子を無言で抱き上げると、銀の剣を腰に下げて庭の裏へと向かった。
全ての準備を整えるために。

「もうここら辺でよかろう!殿下は、即刻、打首にせよと仰られた!はよう、出て参れ!」

大勢の兵士たちが槍やら剣やらを携えて土足でカンタベルト家の中へと踏み込む。
だが、そこにいたのはドレスではなく緑色のシャツに同じ色の長ズボン。腰には剣士のための茶色い腰布を纏い、黒色のブーツを履いた男装の剣士。その横で手を握っているのは小さなフリルの付いたドレスを着た少女の姿である。
男装の剣士の方に向かって兵士は吼えた。

「な、錯乱なされたか!?」

「錯乱?錯乱なされたのはそちらの方ではありませぬか?妻にあらぬ罪を着せ、自らは新しく作った婚約者と婚約する殿下の方が錯乱なされておられるとしか思えませぬ!」

「おのれッ!下郎が!逆らうつもりか!?斬れェ!斬れェ!」

魔物討伐師というのは当然、人より恐ろしい魔物を狩る職業である。
そのためには幼い頃から激しい修行を積んでいた。
アイリーンは幼い頃は公爵家の令嬢ではなく、次代の魔物討伐師として育てられていたために、必然、その強さは人よりも強くなる。

加えて、父からは既に太鼓判を押されていたアイリーンである。
そのような怪物にどうして、ただの人間が耐えられようか。
彼女は片手に子供の手を握っているというハンデを見事に切り抜け、逆に屋敷の周りを固めていた兵士たちを畏怖させる事になった。

アイリーンたちが屋敷から出てきてすぐは槍を構えるなど身構えていた兵士たちであったが、彼女一人のために腕から血を流す同僚の姿を見るに、戦意を喪失してしまったらしい。
とどめの一撃として、彼女は剣を突き付けながら言った。

「我ら、母娘は一蓮托生、共に修羅の道を歩む者。それ故に道を塞ぐ者にはご容赦できませぬ。お引き取りを」

この言葉が最後の一押しとなり、アイリーンは意気揚々と屋敷を出る事ができたのだった。
道中で乳母車を作り上げ、必要な荷物を購入すると、その日はもう夜であった。
道端で火を起こし、シャルロッテが乳母車の中で寝入ったのを確認すると、彼女も眠る事に決めたのだった。










「おのれ!アイリーン!あの女め!」

報告を聞いたルシア王太子は自室の机に拳を激しく打ち付けていた。
納得がいかないのは彼だけではないらしい。新たに婚約者となった平民出身の心優しい少女、エリス・フローレンスであった。
心優しくてか弱い彼女は全身を震わせ、大袈裟に怖がりながら言った。

「まぁ、恐ろしい。あのお方は捕まらないのですか?」

「心配しなくてもいいよ、エリス。あんな恐ろしい女は必ず国の威信にかけて捕まえてみせるよ」

ルシアがエリスを引き寄せ、その頬に口付けをしようとした時だ。
扉が開き、ルシアの父でありこの国の全てを担う国王であるヘンリーが入ってきた。

「いいや、国の警備隊を使うには及ばん。既にカンタベルト家は滅びたのも同然よ。今更、あの小娘一人で何ができる?」

「ですが、父上、エリスが怖がっております!」

「愚か者がッ!」

ヘンリーはルシアの元に近付くと、その頬を思いっきり叩いた。叩かれた衝撃でルシアは机の上でよろける事になった。
慌てて抱き起こしに向かうエリスごと彼は険しい口調で嗜めた。

「正直に言えば、お主ら二人に国の行く末を任せるのは不安でたまらぬ。特にルシア。お前はエリスの言いなりすぎる。このままではお主は人形となってしまうぞ」

「人形!?いくら父上でも言っていい事と悪い事がございますぞ!今すぐにエリスに謝ってくださいませ!」

「黙らぬか!小童がッ!ここで断言しておくぞ!よいか、ワシが生きている間はお主らの好きなようなはさせんぞ!分かったのならば、さっさと公務に戻っておれ!」

ヘンリーが扉が閉めると、ルシアは慌ててエリスを抱き寄せて、弱々しい声で弁明の言葉を述べた。

「ごめんよ。エリス……父を止められないのは僕の弱さだ」

「謝る事はありませんわ。悪いのは陛下ですもの」

エリスは弱さをみせるルシアの頭を優しく撫でていく。
二人の愛は誰にも覆せない。二人は強く抱きしめ合う事でそれを深く確かめあった。
愛を確かめ合っている筈のエリスが先程、国王が出ていったばかりの扉を睨んでいるとも知らずに。
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