上 下
56 / 135
妖鬼対策研究会編

闇の破魔式は人を飲むか否か

しおりを挟む
いつからだったのだろう。自分が刀を振るって妖鬼と戦い始めたのは。
斑目綺蝶は刀を振るいながら、自らのそう遠くない幼少期の記憶にまで遡っていく。
最初に妖鬼を狩っていたのは彼女の母だった。綺蝶に似て美しい顔を持っていた彼女の母は父を戦争時にアッツ島で亡くし、女手一つという辛い状況でありながらも、懸命に彼女を育てながら、妖鬼に襲われる人々を守っていた。
元々、優れた対魔師であった父の相棒でもあったという事があり、母は紋章を扱う事ができる様になり、征魔大将軍いわゆる上様の信任を勝ち得る事に成功した。
そして、彼女はそんな母の背中を見て育ち、小学生の頃に対魔師となる事を志願したのだが、母は首を強く横に振ってそれを拒む。
だが、ある時に綺蝶が家の近くの空き地で遊んでいた時にそれまでの事態は一変してしまう。
そう、それまで我が娘が対魔師となるのを承認するまでの事態へと。
切っ掛けは空き地で当時の彼女の友達が遊んでいた時にたまたま対魔師から逃れるために、隠れていた妖鬼を発見した時だった。
その妖鬼はもう隠れられないと判断したのか、その場に居た綺蝶の友人を皆殺しにし、あわゆかばもう少しで綺蝶も同じ運命を辿る所だったのだ。
綺蝶がもう少しで蝶の形をした妖鬼の毒牙に掛けられそうになった時だ。
突然、彼女の頭の中に見知らぬ声が聞こえ、次に彼女を守る様に黒い形をした竜が蝶の形をした妖鬼を襲う。
その後、綺蝶は事件の詳細を尋ねるために、警察署へと連れて行かれたのだが、何故か最重要参考人である筈の彼女はあっさりと保釈されてしまう。
それは、彼女の母が所属している討滅寮の力であった。
事件の詳細を母が聞くと、彼女は顔色を変えた後に、それまでの態度を一変させ、対魔師になる事を承認し、娘に自分の対魔師としての技術を教えていく。
だが、後に綺蝶が風太郎に付きっきりで田舎の自宅で教えたのは対照的に、綺蝶の母は娘を学校に行かせながら、その放課後に全ての技術を教えた。
これも後に分かった事であったが、学校に行かせていたのは万が一、対魔師がなくなる時があった時のための綺蝶への親心であったという。
こうして、綺蝶は小学校の間に対魔師の基礎過程を終わらせ、中学の一年生の時に光の破魔式を手に入れる事に成功した。
こうして、彼女は中学生にして光と闇の破魔式を使う上位の対魔師となったのだ。
彼女は暫くの間は母と背中を合わせて戦う日々を送っていたのだが、そんな日々も終わを告げてしまう。
それは、中学二年生の冬。寒い夜の田舎道の事であった。
「お母さんしっかりして!」
斑目綺蝶は唐突に母を失った。彼女は自分を黒い派手なドレス姿の小柄な女性から庇って深傷を負ったのだ。
助かる道は皆無と言っても良いだろう。と、言うのも綺蝶の母の体には槍斧で大きく抉られた痕があったからだ。そこから流れる血は取り止めもなく流れており、それを綺蝶は懸命に自分のスカートさえも破いてそれを止めようとしたのだが、それも焼け石に見ずに過ぎない。
自らの死を悟った斑目蝶子は瞳から涙を溢す綺蝶を呼び寄せて、残った僅かな力を使って娘の頭を撫でていく。
「……綺蝶。よく聞きなさい。私はもう長くありません。だから、最後に聞いてくださいね」
「な、何を言ってるの!助かるよ!きっと、今から助けが来るから!」
綺蝶の懸命の呼び掛けにも、彼女は応じる事なく残念そうな表情で首を横に振って彼女の手を取る。
「いいですか、綺蝶……あなたの中には光と闇の二つがあります。その内の光は大いに頼りなさい。ですが、闇の力にはあまり頼らない様に……深い闇を持つ者はどれだけ、周りが眩しくても闇に溺れてしまいますから」
「分かった!分かったよ!お母さん!だから、だから……」
綺蝶は言葉が出なかった。何故ならば、この先に何を言っても母の死を認める言葉しか出ないからだ。
そんな娘に向かって蝶子は優しく頭を撫でて、
「綺蝶。人を教え、守りなさい。あなたはそれだけの事が出来る人間ですから」
蝶子はそれを最後に手を止め、先程まで出ていたか細い息を止めた後に両目を閉じて地面の上に倒れていく。
綺蝶は泣き叫ぶ。恥も外聞もなく。母親の死体を抱き抱えて日が暮れるまで泣いていた。
綺蝶は目の前の相手と対峙する姑獲鳥と斬り結ぶ内にそれらの出来事が思い返されていく。
母は自分に闇の破魔式に頼るなと言っていたが、頼らなければやってはいられない事に妖鬼と戦い続ける内に分かった。
妖鬼は強く悪どい。その中には闇の破魔式を用いなければ勝てない相手もいる。
それに、怒りに理性が駆逐されてしまえば、闇の破魔式を使用する事に躊躇いがなくなってしまう。
だが、それでも四年前の出来事を振り返り、以降は自主的に封印していた。
けれども、仇を目にしてはそんな制約も意味をなさなくなっていく。
彼女は第四の闇の破魔式を使用して姑獲鳥の体を突こうと試みる。
第四の破魔式、『闇の箱の中』は閉じ込めた相手を闇の力で砕いていくというものであるが、彼女はその箱を易々と打ち破ってしまう。
そこで、彼女は慶応の頃から悪事を続けていた強力な妖鬼を仕留めたという第五の破魔式は全てのものを闇に飲み込む力を有しているという『晦冥の夜』を使用しようと刀を縦に構えた。
その時だ。巨大な岩石が彼女の脇腹を突いて彼女を地面の上に転がしていく。
「綺蝶ッ!」
風太郎は綺蝶の元に駆け寄ろうとしたが、その前に玉藻姑獲鳥が立ち塞がり、彼の顎を持ち上げて、彼の肌を舐めていく。
両肩を強ばらせて後退りをしようとした時だ。彼女は小さな声で彼の耳元で囁く。
「あの時は帳面を見せてくれてありがとぉう。お兄さん」
その声には聞き覚えがあった。間違いない。あの妙に大人びた聴講生の声。
彼が太刀を振り上げようとした時だ。彼女は風太郎の腕を捕まえて、
「ダメよぉ、ちゃんと人の言うことは聞かないとぉ、折角、お兄さんに良い事を教えてあげようと思っているのにぃ」
彼女はその言葉通りに、風太郎に妖鬼が正妖大学から手を引く事を告げ、自分もここに来ない事を告げた。
彼女はその言葉を聞いて胸を撫で下ろしている風太郎の腹に拳を喰らわせて、悶絶する姿を嘲笑ってから、天井へと登っていく。
風太郎は両手でお腹を抑えながら、いずれ倒すべき相手を睨んでいた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...