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妖鬼対策研究会編

正妖大学に巣食う魔物

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正妖大学は東京の一等地に建てられた由緒正しい歴史の流れを汲む大学である。その歴史は古く明治の時代にまで遡り、戦前には何人もの卒業生を帝国議会に送り出した名門校であった。
その権威は戦後も衰えず、現在も多くの学者や政治家を輩出している。
斑目綺蝶は学校案内の書類から目を離し、もう一度目の前に聳え立つ大学を眺める。
正妖大学の建物は多くの歴史を含んでいるだけあって何処か重厚感があった。三階建ての茶塗りの煉瓦の建物は聳え立つ巨人の様だと彼女は感じた。
「ここが、今日から俺たちが通う学校か……」
口に出すのは彼女の弟子であり、今や相棒となりつつある獅子王院風太郎。
彼は慣れない大学という学問の最高学府を見て緊張していた。いや、風太郎だけではない。自分もか。
綺蝶は昨日に緊張して中々眠れなかった事を思い出す。
彼女は苦笑しながら、黒い詰襟の制服に身を包んだ二人を連れて大学の中へと入っていく。
入った三人が最初に圧倒されたのは大学の構内に存在する庭の広さだった。
庭は公園の様に広く、あちこちから生えた木の近くには芝生が備え付けられており、学生の何人かがおにぎりやらバンやらを口にしていた。
それを見て日向は思わず涎を垂らす。綺蝶は彼の母親の様に涎をハンカチで拭ってやると、注意の言葉を浴びせて大学の中を進む。
庭を真っ直ぐに進むと、そこには正妖大学の本校が聳え立っている。入り口からも見えたが、やはり大きい。
だが、気落ちしてはなるまい。綺蝶は生唾を飲み込んで正面の建物に入り、入り口近くの簡素な木製の机の上で懸命に筆を動かしている青色の丸渕の眼鏡をかけた女性に声を掛けた。
「あのぅ~私、聴講生の斑目綺蝶と申します。募集の記事に応募して昨日、大学から合格の書類が届いたから、ここを訪れたんですが……もしもし~聞こえてますかぁ~?」
綺蝶はわざと煽る様な口調で女性を現在、取り掛かっている仕事から引き離す。
女性は不服そうな顔をしながらも、綺蝶の持ってきた許可証に印鑑を押す。
それを見届けた綺蝶は彼女の前から退き、代わって背後の二人の相手をさせていく。
女性は渋々印鑑を押し、最後の茶色がかった髪の青年に印鑑の押された書類を返そうとした時だ。
「待ってください。おれたち三人よりも少し歳下の人が来ませんでした?月島っていう人なんですけど……」
「あぁ、その人なら、つい一時間前に来て、近くの喫茶店で時間を潰してる筈ですよ。今日の史学部の講義が始まるのは午後からですから」
受付の女性は無愛想な声で答えたが、例の茶色がかった髪の青年はそんな彼女の声や態度にも嫌な気持ち一つ見せる事なく、大きな声でお礼の言葉を述べていく。
そして、去っていく三人を見送ると、彼女はまた事務作業に戻っていく。
風太郎は大学の建物の外に出て大きく深呼吸をしていく。
確かに、大学は緊張する場所ではあったが、同時に何処からか息苦しさも感じていたから、風太郎は外の空気が心地が良かったのだ。
とは言っても、また午後には大学に戻らなければなるまい。自分たちの任務はこの大学における討滅寮の協力者たちを玉藻紅葉の魔の手から護衛する事なのだから。
と、そんな事を考えていると、突然、日向が風太郎の肩に自分の腕を絡ませてきて言った。
「なぁ、風太郎!オレ達も喫茶店に行こうぜ!オレ、あのフランスからきたっていうぷりんあらもーどってのが食いたくってさぁ~」
「いいですね。午後の講義まではまだ時間がありますから、その間に食べましょうか?丁度、近くの喫茶店に月島さんが居る事ですし」
綺蝶は楽しそうに鼻歌を歌いながら、大学を出て右に存在する小洒落た喫茶店へと向かう。
奇しくも、その喫茶店は三人が初めて敗北を味わったあの男と出会う前に、長谷川零と妖鬼の総大将と話を交わした場所と同じ構造の場所だ。
確か、最新式のスタイルで、洒落たショーウィンドウから道路や道行く人々を一瞥できる一階建ての店。
三人が揚々と店の扉を開けると、何故かそこには右隣に存在する正妖大学の学生と思われる黒い詰襟の制服を身に纏った三人の男女が奥の席に座ってコーヒーを啜っている月島に絡んでいる場面が広がっていた。
「おい、聴講生、誰に断ってこの席に座ってるんだよ?」
「あぁ、この椅子に座っていいのはちゃんと受験に合格した正式な学生だけなんだよ。分かったら、どきなどきな」
「そうよ。あんた、ちょっと可愛い顔してるからって何様のつもり?」
その後も三人の学生は抗議の声を上げていたが、彼は澄ました顔でコーヒーを啜り、彼らの非難を左から右へと流していく。
コーヒーを十分に楽しんでから、月島順はようやく口を開いて反撃を開始した。
「ねぇ、キミたちって学生なんだよね?それの何が偉いの?」
「何がって、オレたちはちゃんと受験に受かってーー」
「うん、それは分かったよ。けれど、それとこの席を譲る事と何が関係あるの?ぼくは午後の授業が始まるまでの時間をコーヒーを飲んで楽しく過ごしたいだけだし、放っておいてくれないかな?」
「それが生意気だって言うのよ!」
三人の学生のうちの長い黒髪に三つ編みの少女が月島の席にあった冷や水を手に取り、彼の顔に向かってかける。
それを見て笑う三人の学生たち。風太郎は怒りに突き動かされて、その場から動き出そうとしたのだが、綺蝶が彼の右手を持って静止させる。
風太郎は抗議の声を上げようとしたが、彼女が口元を弛緩させている事に気が付いて、まだ見守っておく事を決めた。
頭から水を被った月島は黙って椅子の上から立ち上がると、水をかけた女学生の頬を思いっきり叩く。
あまりにも突然の事だったので、誰も止められず、また平手打ちを喰らった女学生自身も最初は何が起こったのか分からずに呆然としていたが、直ぐに自分の身に起きた事を理解して泣き出す。
それを見た残りの二人は拳を振り上げて月島を殴ろうとしたが、月島は二人の拳を受け止めると、そのまま二人に彼女が浴びたのと同様の攻撃を喰らわせる。
その後はただ痛みのために呆然としている二人の頭を優しく撫でていく。
「これで分かったでしょ?もう人をあんな風に煽ったら、駄目だし、座席はみんなの席だから、誰が座ってもいいって事を」
月島はそのまま三人の頭を撫でようとしたが、一人はその手を払い除けて喫茶店を後にしていく。
三人組が喫茶店を出て行くのと入れ違いになる形で風太郎たち三人は喫茶店へと入っていく。
風太郎の顔を見つけると、彼は黙って手を振って自分の近くの椅子を指差す。
三人は月島の指定する椅子に座ろうとしたが、彼がまだ水に濡れている事に気が付く。
そのため、風太郎は慌てて店主の元にいき、紙のナプキンをもらって彼の体と濡れた場所とを拭いていく。
月島はそれが終わると、真っ赤な林檎の様に頬を染めて、礼の言葉を述べた。
「い、いいや、どう致しまして……」
風太郎は目の前の月島という少年が弟の様に思え、同時に母親の様にも思えて仕方がない。
だが、たった一つ導かれる結論といえばこの少年がとっても可愛らしくて素敵な少年だという事である。
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