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東京追跡編

山守正三の乱心とそれに纏わる東京の動き

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風太郎は自分を助ける代わりに窮地に陥った日向を助ける策を練っていく。
運良く日向が白虎にでも変身出来ればこの場の形勢を逆転できるのだが、日向が白虎に変身するのは本当に稀だ。
ならば、遠距離から彼を応援する他にない。
風太郎は第三の破魔式を唱え、一本の鋭い氷柱を正三へと飛ばす。
氷柱は正三を鞘とし、彼の体の中に収まったのだが、正三は倒れる様子も見せない。
続いて、彼は第二の破魔式を唱え、氷の下僕たちを正三へと遣わしたのだが、中年の男は自分の周りに纏わりつこうとした氷の下僕たちを粉々に砕いていく。
彼の奥義ともいうべき氷の牢を風太郎は作り上げようとしたが、それは断念する事となった。
今、『氷結牢』を作ったとしてもそれは意味をなさない。何故ならば、彼が氷の牢獄にあの男を繋げるよりも、あの男が日向を始末する方が遥かに早いからだ。
上と下の歯の間に湧いた苦虫を風太郎が懸命にすり潰している所でもう綺蝶は我慢ができなくなったのだろう。
「やめなさい!その男を攻撃する事は私が許しません!あの男よりも私の方が討滅寮の中では上の地位にあります!私の首を差し出せば、きっとあなたもあの女から見込まれますよ!」
その言葉を聞くなり、男の動きが止まる。
男は日向の方に向くのをやめて、顔の表情を和らげて猫撫で声で尋ねる。
「そりゃあ、本当かい?あんたの首を取れば、あのお方は喜んでくれるかぇ?」
綺蝶は黙って首肯する。同時に顔に激しい失望の色を浮かべていた。
彼女は先程まで人間であった男がこうも簡単に妖鬼へと変貌するものかという感情があったのだ。
だが、そんな彼女の心境などは山守正三の知った事ではない。
彼は綺蝶の元へと歩みを進めていき、彼女の首を素早く跳ね飛ばすためなのか、手に持っていた斧を乱暴に振って彼女の元へと向かう。
勿論、綺蝶としても安安と殺されるわけにはいかないのでこっそりと刀を構える。
だが、あの男と今、戦えば綺蝶も死ぬだろう。
風太郎にはそんな確証があった。最も、物的証拠があった訳ではない。第六感、虫の知らせという奴だ。
だが、また叫べば今度こそあの男は自分の頭を斧で叩き割るに違いない。
そうなれば……。その想像は彼の全身を震わせるのには十分過ぎた。
本音を言えばこのまま黙って見ているのが一番正しい道なのだろう。
だが、妖鬼の片棒を担いで少女を見捨てる事が討滅寮に所属する対魔師のやる事なのだろうか。
そう考えた時に風太郎の頭に幼い妹と弟の最後の姿が思い浮かぶ。
あの時も自分が怯えずに動いていたのなら、二人は死なずに済んだ。
風太郎は歯を食い縛り、自らの体を奮い立たせて手に持っていた太刀で空を切る。
風を切る小刻みの良い音が風太郎の耳に届く。
そして大きな声を上げて綺蝶の方へと向かう山守正三の背中を捉える。
山守は背後を取られた事に驚きを感じていたらしいが、それだけだ。
彼は直ぐに背後を振り向いて風太郎の脇腹に蹴りを喰らわせる。
滝の中を流れていく小さな枝の様に細い筈の山守の足がこの時は丸太の様に重く感じられた。
風太郎は衝撃のために太刀を落としてしまいそうになったが、彼は両手でしっかりと太刀を握り締め、そのまま斜めに構えてから、当の山守の頭に向かって太刀を振っていく。
しかも、その刀には風太郎を守護する式神の冷気が纏わり付いている。
このまま山守の頭はかち割られる筈であったが、何故か刀は山守に命中してもびくりともしない。
風太郎は山守がどうして攻撃を受け付けないのかを確認する。そして、その事実を知った瞬間に風太郎は思わず両目を大きく開く。
何故ならば、叩き斬った筈の山守の頭は何事もなかったかの様に戻っていたのだから。
言葉を失う風太郎。が、山守はそんな風太郎の事情な知らないとばかりに彼の顎の下に強烈な拳での一撃を喰らわせる。
そして、横になった風太郎に向かって斧を振り下ろそうとしたが、風太郎は太刀を盾の代わりに使用し、山守の攻撃を防ぐ。
と、言っても最早持ちそうにはない。山守は何度も何度も風太郎を守る太刀に向かって斧を振っていく。
万事休すかと思われたその時だ。突然、背後でガシャンという激しい音が鳴り響く。
すると、そこには夢中になって酒瓶を地面に落とす斑目綺蝶の姿。
風太郎も動けずにいる日向も言葉を失っていたが、それ以上に衝撃を受けたのは山守であった。
彼は風太郎を殺すための折角の好機も放棄して斑目綺蝶の元へと向かう。
「オレの店の商品に何をするッ!今すぐ、オレの酒からその薄汚い手を退けろ!小娘!」
彼の目は充血していた。いや、そればかりではない。眉間の皺が真ん中に寄り、顔全体からは青筋を立て、まるで般若の様であった。
が、綺蝶は気丈な女対魔師は動じない。
それどころか、ケタケタと笑いながら、
「嫌です。あなたの商品をこうやって粉々に砕いてやっているんです。むしろ、感謝してほしいですね」
綺蝶はそれから、男に見せる様にバーカウンターの端に置いてあったバーの看板を記したマッチを手に取り、一つを地面の上に落として靴で踏み躙っていく。
それを見た山守は大きな声で叫ぶ。
「悪魔めッ!」
「私を煽ってくださって結構ですよ。何なら、最低の女と蔑んでくれても構いません。最後に勝つのは私なんですからッ!」
綺蝶はそう言うと男の元をすり抜ける。途中、彼女は見事な剣技で男の斧を交わし、風太郎と日向の二人の元へと現れて、日向を連れてバーの外へと向かう。
三人でバーの外へと出るのと同時に、彼女はマッチを擦り、それをバーの中へと投げ込む。
すると、みるみるうちに山守のバーは燃え広がり、中から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえた。
そう、地獄の亡者が地獄の獄卒に引っ立てられて業火に焼かれるかの様な悲鳴が。
炎に巻かれた哀れな妖鬼はやけになってか、半ば泣きながら斧を振り回して外に現れたが、それを綺蝶は光る刀でかつて、風太郎の家に現れた老人を殺した時と同様の手口で叩き斬っていく。
そのまま山守正三の姿は消滅し、やがてこの世から消えて無くなってしまう。
男が消え去るのと同時に綺蝶は大きな声で周囲の家に向かって叫ぶ。
「みなさん火事です!直ぐに逃げてください!いいですか、皆さん火事です!直ぐに逃げてください!」
その言葉を聞くなり、バーの周辺にあった店はごった返しになり、慌てて広場へと逃げ出す。
綺蝶は風太郎に指示を出し、人々の逃走の支援を行っていく。
二人の迅速な避難誘導や浅草という開かれた土地であった事から、直ぐに消防車が駆け付けた事などが重なり、死傷者は一人も出ず、また幸いにもこの日の火事は山守の経営していたバー『ホームズ』が燃えただけで済んだ事から、公にはバーの店主、山守正三追い詰められて自棄になりながら、酒を飲み、酔った末にバーを燃やし、そのまま火に焼かれて焼死体となったと記された。
だが、一部の者は山守正三の死が火事に巻かれたものではない事を知っていた。
そう、現場に居合わせた綺蝶の弟子二人と討滅寮の面々と妖鬼の総大将たちである。
危機を感じた妖鬼の総大将は山守を倒した斑目綺蝶を警戒し、東京に居る三人に追手を差し向けたのだった。
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