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東京追跡編

バーでの一幕

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獅子王院風太郎は綺蝶と日向の二人と共にバーに入り、店主にコーヒーを注文する。
勿論、お酒を飲んでも良かったのだが、それは店に入る前の綺蝶の手によって取りやめになったのだった。
酒を頼まなかった事が疑問であったのか、店主が訝しげな様子で三人を眺めたが、三人は気にする事なく用意されたコーヒーを啜っていく。
コーヒーを三分の一くらいまで飲み進めた所で風太郎は一息を吐いて店主に向かって尋ねた。
「すいませんが、我々は東京のある場所から来たものでして……つい先日にこの『ホームズ』で起きた時間の事について伺いたいんです」
風太郎の言葉を聞くなり、店主の顔が変わる。明らかに動揺した様子。額から冷や汗が垂れているのを風太郎は見逃さなかった。
彼は好きを逃さない様に一気に畳みかけていく。
「その反応ですと、知ってますね。『ホームズ』の事件についてお伺いしたいんです。我々はこの惨劇を起こした張本人をーー」
「黙れッ!」
店主は声を震わせたばかりか、バーカウンターの上に拳を叩き付けて風太郎の質問を遮った。そればかりではない。彼は風太郎や他の二人が何かを言う前に激しく首を横に振って明確な否定の意思を示す。
「しっ、知らん!事件は全部妖怪が起こしたんだッ!事件は全てオレの預かり知らない事なんだッ!」
両目を瞑り、闇雲に手を振っている様子から彼は“答えたくない”という意思を全身で体現していた。
だが、風太郎はそれを見ても譲歩するつもりはない。
彼はバーカウンターを飛び越えて店主、山守正三の元に詰め寄っていく。
「頼むッ!教えてくれ!あんたが目撃した事件の犯人は確実にこの国に巣食う妖を取っ払う手掛かりになる筈なんだッ!」
「そ、そんな事をオレに言われても……」
山守正三は言葉を濁して顔を背けてその議論から逃げ出そうとしたが、風太郎はそれを許さない。
彼の胸ぐらをもう一度掴み上げて自分の方に向き直していく。
「いいから言えッ!オレはその事件の犯人のせいで幼い妹と弟を亡くしているんだッ!妹と弟の仇を取るためにも、あんたの力が要るんだッ!」
『妹と弟の仇』という言葉を聞いて彼の脳裏にかつての記憶。そう、心の奥底に封じ込めていた記憶が蘇っていく。
それは、10年以上前の話。彼がまだバーを経営する前の話。
あの地獄の中で失った最愛の家族の顔。
絶対に家族の無念を果たしてやろうという決意が今、彼の心の内でもう一度、燃え広がっていく。
山守正三は無意識下の元で目の前の青年をかつての自分と重ね合わせていた。
正三は風太郎の両手を強く握り締めて、先程までの怯えた表情を心の内に仕舞い込んで強い瞳で彼を見つめる。
それから、彼が目撃した事件のあらまし、例の女が指を鳴らすなり、突然、胸を押さえて倒れたまま息の戻らなかったバーの客の事を。
風太郎は山守の態度を褒め、彼を強く称賛した。
だが、山守はそれを聞くなり、風太郎の両手を乱暴に離して強く首を横に振っていく。
「やめてくれ!私はそんな称賛に値する様な人間じゃあない!私は臆病者なんだッ!あの地獄で妻と子供を救えなかった最低の男……それが、私なんだよ」
そう言って風太郎を見上げた山守の顔は神に慈悲を乞う罪人の様だった。
風太郎はそれを見て居た堪れずに彼から視線を逸らしてしまう。
風太郎は謝罪をしてバーカウンターから出ようとしたが、その際に山守の動作がおかしい事に気が付く。
初めは些細な動きだった。だが、その動作は不信感を増していき、最終的には自らが用意した酒棚を自らの手で破壊していく。
風太郎は予想外の動きに気が付き、青年を止めようとしたのだが、その前に彼の師である綺蝶に襟首を掴まれてバーカウンターの向こう側へと引っ張られてしまう。
地面に両手をついた風太郎はすぐ様、乱暴な真似をした師に抗議の言葉を述べようとしたが、彼女の目がいつになく真剣に目の前を睨んでいる事に気が付く。
加えて、いつの間にか彼女が隠し持っていた筈の刀を握っている事に気が付く。
横に控えていた日向の動きも見てみるが、彼も同じく刀を抜いていた。
最後に風太郎は目の前の光景を見つめる。
すると、そこには体を妖鬼に乗っ取られたかつてのバーのマスター、山守正三の姿が見えた。
山守正三はバーカウンターの下に隠し持っていたと思われる護身用か、はたまた火災用かの赤く塗られた斧を取り出して、乱暴にそれを振り回しながら、綺蝶の元へと向かう。
風太郎は太刀で正三へと斬り掛かろうとしたが、その前に正三は動きを変えて何故か日向へと斬りかかっていく。
このまま日向は斧によって頭を割られるかと誰もが危惧したのだが、それは他ならぬ風太郎の師の手により止められた。
綺蝶は斧を刀で受け止め、狂った顔で斧を振るう正三を睨む。
が、正三はそんな綺蝶の睨みなど無視してやたら滅多に斧を彼女の刀の上に振っていく。
刀は斧に比べれば細い。ああ何度も斧を振られてはもたないのではないか。
風太郎がそれを危惧して彼女の元に駆けようとした時だ。
その前に日向が正三の元へと突っ込み、彼の体へと突進する。
両手で日向の体を強く抱き締めて彼を元のバーカウンターの元に突っ込ませていく。
だが、彼の活躍もそこまであった。正三は何事もない様子でバーカウンターから起き上がると、突進してきた日向の体を掴んでバーカウンターの外へと放り投げる。
そのまま倒れた日向の頭に向かって斧で頭を割ろうとしたが、それは風太郎が許さなかった。
風太郎は太刀で正三の右腕を斬ったが、効果はない。
彼はいやらしい笑顔を浮かべて、今度は風太郎の方へと斧を振るう。
風太郎は右斜め下から刀を振ってその斧を受け止め、そのまま正三の顔を斬りつけようとしたが、正三が顔を逸らした事により、彼の目論みは頓挫してしまう。
いや、それどころか、刀を外したという隙が出来てしまったためか、彼は窮地に陥ってしまっていた。
正三は右手で風太郎の首を跳ね飛ばそうとしたが、それは日向の手により阻止されてしまう。
日向はバーカウンターから起き上がるなり、正三が斧で風太郎を殺そうとしている場面を目撃していたのだ。
だからこそ、日向は手に持っていた刀を正三へと投げたのだ。
刀そのものは正三の体を貫かなかったものの、彼の注意を惹きつける事には成功した。
自身のすぐそばの壁に突き刺さった刀を見た正三は斧を引っ込め、風太郎が地面に落ちた隙も見逃し、日向へと向かっていく。
日向はそれを固唾を飲み込んで身構えていた。
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