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風太郎の旅立ち編

斑目綺蝶との一年

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風太郎は回顧する。三年間の修行は辛かった、と。
まず、最初は剣を振るうという修行から始まり、それに三ヶ月を費やす。
勿論、今まで剣を使った事など無かった風太郎は木刀を自由に振るうのまでにそれ程の時間を必要としたのだ。
綺蝶の修行は辛いものであり、まさに父とも言えるほどの厳しいものであったが、日が傾いた後には彼女は厳しい父から優しい母へと変わった。
彼女は疲れた風太郎に対してお茶を手渡したり、風呂を用意したりしてその労を労い、優しい言葉を掛け彼を助けていた。
また、彼女は味噌汁をよそおいながら、一言、アドバイスをするのを忘れない。
「獅子王院さん、今のあなたの動きはとても硬いです。もう少し、肩の力を抜いてみてはどうでしょうか?肩の力を抜くのはですねーー」
などという様にさりげなく言うのだ。彼はその時のアドバイスと訓練の際の厳しい言葉を同時に受け入れ克服する事に成功した。
次は実物を用いての鍛錬。刀を持つ事が型になった日の朝、綺蝶から初日に見た太刀を渡されて、
「そろそろ、あなたも初めて見ましょうか?大丈夫です!私も同じ様な武器を用いますから!」
彼女はそう言うと、手に持っていた刀を見せる。あの老人を殺した時に使用した刀。自分の妹と弟を殺した老人を討ち、仇を取った刀。
風太郎が感極まっていると、彼女は顔を覗き込んで、
「大丈夫ですか?獅子王院さん?」
「あぁ、大丈夫。けどさ、あんたの刀を見ていると、あいつらの事を思い出してさ……」
悲しい顔をする風太郎。彼の目は何処か遠くを見ている様な、戻らない景色を見ているかの様に感じられる。
そんな少年を少女は優しく抱き締めていく。少年は悲観的な顔を引っ込め、代わりに両頬を林檎のように赤く染めていく。
それは綺蝶の豊満な両胸が顔に当たっているからだろうか、はたまた彼女に死んだ母の姿を思い出しているからだろうか。
理由は分からない。だが、彼が頬を染めたのだけは確かな事実。
少女はそんな純情な少年の手を握って、
「行きましょう。庭の方で私が剣の修行をしてあげましょう」
風太郎は少女の手を取り、階段を降りていく。
三ヶ月の時間を経た後に行う実際の太刀を振るう修行は最初の修行と同じか、それ以上に辛いものがあった。
まず、太刀は木刀よりも重く風太郎の両腕が自然と下へと落ちていく。
ズシリという感触が全体から伝わってくると表現した方が正しいかもしれない。
だが、彼の師であり、父であり、母であり、友である少女は彼の太刀と同じくらいに重い刀を容易に振り回していたのだ。
しかも、太刀を振るえない少年を煽っていく。彼はその言葉に煽られて懸命に太刀を振るうものの、結局は腕が僅かに上がるだけで満足に振るえない。
それを彼女は笑って、
「ほらほら、ちゃんと振ってください。そんなんじゃ、いつまで経っても一人前の『怨霊殺し』対魔師にはなれませんよ」
笑顔で彼女は言う。だが、その口調は前の修行の時と同様に厳しい。
結局、太刀を自由自在に操れる様になるまで二ヶ月。二ヶ月の間、懸命に腕を振るって彼はようやく太刀を扱える様になった。
彼女は風太郎が太刀を自分の手足の様に自由自在に振るう姿を見て、人差し指を立てて、
「ようやく太刀を扱える事が出来る様になりましたね。それでは次の段階へと行きましょうか」
セーラー服姿の美少女は腰に下げていた刀を抜いて、
「これで練習といきましょう。心配は入りません。万が一の事も考えて、峰を使用しますから」
あくまでも笑顔。それが尚更、青年の恐怖心をそそっていく。
彼は峰に打たれたくなくて、何とか汚を避けようとしたが、流石は組織内の幹部を自称するだけあって彼は最初の一撃で仕留められてしまう。
そして、目覚めるのは二階に与えられた自室。差し込む光から風太郎は多くの時間を睡眠に費やしていた事を自覚して思わず叫んでしまう。
その日々が半年ほど続き、気が付けば年を跨いでいた。
変化は正月になり一度訪れた。元旦の三日目。風太郎が連れて来られたのと同じ様な車が家の前に止まり、綺蝶を連れて行くのだ。
帰蝶は済ました顔で車へと乗り込み、何処かへと向かっていく。
その際には風太郎は一人での稽古を言い付けられる。勿論、風太郎だってたまにはサボりたくなる時もある。
彼はその年の正月からちょくちょく始まる家を開ける期間を利用し、これまでの人生ではのんびりと読めなかった小説などを読んでいく。
娯楽向けの大衆雑誌や小説を綺蝶は何故か多く揃えており、風太郎は時にはそれらの書物に一日中、目を輝かせていた。
一見すればこれは無駄な事に思われるかもしれないが、予想外の効果を発揮していく。
彼は小説などを読む事により、頭を転換させたり、別の視点に立って物事を考えられる様になり、柔軟な発想ができる様になったのだ。知らず知らずのうちに身に付けた成果を帰って来た綺蝶に披露し、驚かれる日々が続いたその年の夏。
とうとう、彼女を峰打ちで倒す事に成功したのだ。気絶した少女を少年は丁重に彼女の部屋に運び、その日は彼女のために見様見真似の味噌汁を作り、危うく火事を起こしかけつつも出来た風呂で彼女に自分をアピールしていく。
綺蝶は風呂の件は静かに怒ったものの、少年の成長を褒め、円座の上で人差し指を掲げて、
「では、明日からはあの忌々しい妖怪どもを追い払う対策法を教えましょう」
満面の笑みの少女は刀の鞘を掴んで、
「人間の死体に取り憑き、時にその死体を凶悪な動く死骸へと変え、時にその死体を妖へと変える忌々しい妖怪どもを祓うために必要なのが我々が使う事になる破魔式と呼ばれる術式です。この術式を纏わせた刀を死体にぶつける事により、妖怪どもは消え去り、物言わぬ死体となっていきます」
どうやら、一年前にあの老人を滅した技はその破魔式とやららしい。
これを覚える事が出来れば……。風太郎は拳を強く握り締めて、
「明日からまた頼むぜ!オレは絶対にこの世から、妖怪どもを殲滅させてやりたいんだッ!」
その声を聞いて少女は優しく笑って、
「勿論です。あなたは時間を掛けて強くなっていけばいい。私が苦労して母の味噌汁を覚えた様に……」
そう言った少女の顔が深い悲しみへと沈む。その片鱗が彼には感じ取れた。
不味い味噌汁に顔を顰める少女の肩を強く掴んで、
「オレ達でやってやろうぜ!綺蝶!」
「あなたって人は……ええ、明日からもよろしくお願いしますね」
彼女はもう一度ニコリと微笑む。そうやって笑う今の彼女には先程、感じ取られた様な悲しげな表情は見えない。
それを見て風太郎は安心していた。やはり、この少女には笑っていてほしいのだ。
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