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第二部 第三章
文昌千住院~二仙山紫虚観(三)
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それから遅れること3日。ふもとの黄崖関村に、黒猴軍の4人が到着した。長逗留はしていられないので、早速二仙山に潜入し、燕青という男の所在を確かめようとなったが、なぜか陶凱が難しい顔をしている。
「なにか言いたげだな陶凱? 」
曹琢が尋ねた。
「へえ、実はこの二仙山には厄介な道士が2人居るんでさ」
「羅真人とやらのことは聞いている」
「いえ、もうひとり。元梁山泊の一員で、入雲龍公孫勝ってのも居て、こいつも面倒でしてね」
公孫勝は羅真人から伝授された道教仙術の秘奥義「五雷天罡正法」の使い手で、いざ戦いとなると雷を落としてくるという。
そればかりか、燕青暗殺を命じた禁軍大尉高俅の従弟である高廉や、田虎軍の喬道清など、名だたる妖術使いをことごとく打ち破った手練れなのだ。
「おぬしが戦ったら勝てそうかぇ?」
蘇峻華が尋ねるが、陶凱は悔しげにかぶりを振った。
「五雷天罡正法はもともと大軍相手の術だが、それを抜きにしても真正面から戦っては厳しかろうな」
陶凱とて、龍虎山にいた時は教主張継先に次ぐ、と言われた実力者である。仙術で殺した人数は両手でも足りないぐらいだが、そうであっても高廉や喬道清のような腕利きと戦ったことはない。圧倒的に経験不足だと、冷徹に勝算を分析しているのだ。
だが、こういう慎重な彼我の戦力の見極めができることこそが、これまでの暗殺を全て成功させ、生き残ってきた理由なのである。
「あいつらのことですから、恐らく山の周辺に結界なり侵入者向けの仕掛けなりがあると思われます。夜になって隠密裏に近づいて発見されるより、まずは普通の参拝者を装って偵察をしてはいかがかと」
陶凱の意見により、蘇峻華が金持ちの夫人、その従者の体で陶凱が付き添うことになった。道々結界や仕掛けの有無を確認するためにも、元道士の陶凱が居た方が都合が良いし、万一頭領の曹琢の顔を覚えられてはまずい。
馬征と陶凱の組み合わせも考えたが、一見重病人のような風貌の馬征では二仙山の道士に心配され、これも顔を覚えられてしまいそうだ。
蘇峻華と陶凱も、まあ印象に残る風貌だが、それでもこの中では特徴の少ない方だろう。
「一応聞くが、おぬしが龍虎山に居たころ、その羅真人とやらとは面識がないのだな? 」
「へぇ、羅真人にも公孫勝にもあったことはありませんぜ」
「ならばよし。我々は先に宿を探しておく。頼むぞ」
「御意」
蘇峻華は、変装用の地味だが高級そうに見える衣をまとい、笠を被り口元を薄紗で覆った。父親の病気快癒を祈りに来た、裕福な商家の若女将、という設定である。
ふもとから紫虚観までは、男の足で半刻(1時間)ほどかかる。
もちろん、蘇峻華にしても陶凱にしても、その気になればその半分以下の時間で登ることは可能だが、深窓の御婦人と、運動不足の小太りの使用人を演じるべく、休み休み一刻弱かけて紫虚観まで石段を登ってきた。
陶凱は道々周辺の様子に気を配っていたが、やはり石段にも周辺の森林にも、目立たぬように結界が張られているのを感じた。
(やはり偵察に来て良かった。夜陰に紛れて潜入しようとしたら怪しまれていただろうな)
陶凱は気取られぬよう、自分の気を極力抑えることにした。
二仙山紫虚観は薊州有数の、由緒ある道観である。彼ら以外にもかなりの人数の参拝者が登って行く。
(まぁこれならあたしらも、それほど目立つってことはないね)
それを見て蘇峻華は薄紗の下で薄く笑った。
入口の大きな門の左右に、六尺棒を持った道士の少年が1人立っていた。これなん張嶺である。
仁王像よろしく、参拝者を見るともなく観察しているのだが、握った六尺棒を僅かに浮かし、軽く膝を曲げて立っていた。顔が僅かに紅潮し、下半身が僅かにぷるぷる震えているのだ。
蘇峻華の後に続いた陶凱は、通り過ぎる時に軽く張嶺に頭を下げながら、横目で素早くその様子を見取って首をひねった。
(はて、道士のくせになぜ站椿など? )
言うまでもなく、張嶺は立番をしながら功を錬っているのである。
門を潜ってみると、道観内はなかなかの賑わいである。中心の「三清殿」の横では、お祈りで使う線香や金銀の紙銭を売っていて、人々が入れ替わり立ち替わり購入しては御堂の中に消えていく。
売店では、孫紅苑と秦玉林、さらに王扇が、愛想を振りまきながら拝観者の相手をしている。
また別の場所では、拝観者向けの饅頭を蒸す蒸籠がしゅうしゅう音を立てていて、横でにこやかに呼び込みをしているのは林姉妹と祝四娘、加えて変化《へんげ》した己五尾までもが、拝観者のおもてなしに性を出している。
蘇峻華と陶凱は、素知らぬ顔で線香と紙銭を買いこみ、三清殿でもっともらしく線香を前に掲げ、跪いて上体を上げ下げし、祈りを捧げる振りで、堂内をちらちらと偵察した。
堂内には数人の男の道士が、参拝者の世話を焼いているが、いずれも中年以上で、探し求める燕青らしき姿はない。
三清殿を出て相談し、他の拝観者に紛れ、あちらこちら散策しつつ道観内の建物の造りなどを偵察することにした。
きれいに掃かれた道を進み、四つめの御堂を覗こうとした時、建物裏の林から、背負子に薪を満載した、道士とは明らかに違う装いの、色白の小柄な男が現れた。
(あれは! )
笠の下で蘇峻華の目が光った。
男は、紛れもなく燕青であった。
「なにか言いたげだな陶凱? 」
曹琢が尋ねた。
「へえ、実はこの二仙山には厄介な道士が2人居るんでさ」
「羅真人とやらのことは聞いている」
「いえ、もうひとり。元梁山泊の一員で、入雲龍公孫勝ってのも居て、こいつも面倒でしてね」
公孫勝は羅真人から伝授された道教仙術の秘奥義「五雷天罡正法」の使い手で、いざ戦いとなると雷を落としてくるという。
そればかりか、燕青暗殺を命じた禁軍大尉高俅の従弟である高廉や、田虎軍の喬道清など、名だたる妖術使いをことごとく打ち破った手練れなのだ。
「おぬしが戦ったら勝てそうかぇ?」
蘇峻華が尋ねるが、陶凱は悔しげにかぶりを振った。
「五雷天罡正法はもともと大軍相手の術だが、それを抜きにしても真正面から戦っては厳しかろうな」
陶凱とて、龍虎山にいた時は教主張継先に次ぐ、と言われた実力者である。仙術で殺した人数は両手でも足りないぐらいだが、そうであっても高廉や喬道清のような腕利きと戦ったことはない。圧倒的に経験不足だと、冷徹に勝算を分析しているのだ。
だが、こういう慎重な彼我の戦力の見極めができることこそが、これまでの暗殺を全て成功させ、生き残ってきた理由なのである。
「あいつらのことですから、恐らく山の周辺に結界なり侵入者向けの仕掛けなりがあると思われます。夜になって隠密裏に近づいて発見されるより、まずは普通の参拝者を装って偵察をしてはいかがかと」
陶凱の意見により、蘇峻華が金持ちの夫人、その従者の体で陶凱が付き添うことになった。道々結界や仕掛けの有無を確認するためにも、元道士の陶凱が居た方が都合が良いし、万一頭領の曹琢の顔を覚えられてはまずい。
馬征と陶凱の組み合わせも考えたが、一見重病人のような風貌の馬征では二仙山の道士に心配され、これも顔を覚えられてしまいそうだ。
蘇峻華と陶凱も、まあ印象に残る風貌だが、それでもこの中では特徴の少ない方だろう。
「一応聞くが、おぬしが龍虎山に居たころ、その羅真人とやらとは面識がないのだな? 」
「へぇ、羅真人にも公孫勝にもあったことはありませんぜ」
「ならばよし。我々は先に宿を探しておく。頼むぞ」
「御意」
蘇峻華は、変装用の地味だが高級そうに見える衣をまとい、笠を被り口元を薄紗で覆った。父親の病気快癒を祈りに来た、裕福な商家の若女将、という設定である。
ふもとから紫虚観までは、男の足で半刻(1時間)ほどかかる。
もちろん、蘇峻華にしても陶凱にしても、その気になればその半分以下の時間で登ることは可能だが、深窓の御婦人と、運動不足の小太りの使用人を演じるべく、休み休み一刻弱かけて紫虚観まで石段を登ってきた。
陶凱は道々周辺の様子に気を配っていたが、やはり石段にも周辺の森林にも、目立たぬように結界が張られているのを感じた。
(やはり偵察に来て良かった。夜陰に紛れて潜入しようとしたら怪しまれていただろうな)
陶凱は気取られぬよう、自分の気を極力抑えることにした。
二仙山紫虚観は薊州有数の、由緒ある道観である。彼ら以外にもかなりの人数の参拝者が登って行く。
(まぁこれならあたしらも、それほど目立つってことはないね)
それを見て蘇峻華は薄紗の下で薄く笑った。
入口の大きな門の左右に、六尺棒を持った道士の少年が1人立っていた。これなん張嶺である。
仁王像よろしく、参拝者を見るともなく観察しているのだが、握った六尺棒を僅かに浮かし、軽く膝を曲げて立っていた。顔が僅かに紅潮し、下半身が僅かにぷるぷる震えているのだ。
蘇峻華の後に続いた陶凱は、通り過ぎる時に軽く張嶺に頭を下げながら、横目で素早くその様子を見取って首をひねった。
(はて、道士のくせになぜ站椿など? )
言うまでもなく、張嶺は立番をしながら功を錬っているのである。
門を潜ってみると、道観内はなかなかの賑わいである。中心の「三清殿」の横では、お祈りで使う線香や金銀の紙銭を売っていて、人々が入れ替わり立ち替わり購入しては御堂の中に消えていく。
売店では、孫紅苑と秦玉林、さらに王扇が、愛想を振りまきながら拝観者の相手をしている。
また別の場所では、拝観者向けの饅頭を蒸す蒸籠がしゅうしゅう音を立てていて、横でにこやかに呼び込みをしているのは林姉妹と祝四娘、加えて変化《へんげ》した己五尾までもが、拝観者のおもてなしに性を出している。
蘇峻華と陶凱は、素知らぬ顔で線香と紙銭を買いこみ、三清殿でもっともらしく線香を前に掲げ、跪いて上体を上げ下げし、祈りを捧げる振りで、堂内をちらちらと偵察した。
堂内には数人の男の道士が、参拝者の世話を焼いているが、いずれも中年以上で、探し求める燕青らしき姿はない。
三清殿を出て相談し、他の拝観者に紛れ、あちらこちら散策しつつ道観内の建物の造りなどを偵察することにした。
きれいに掃かれた道を進み、四つめの御堂を覗こうとした時、建物裏の林から、背負子に薪を満載した、道士とは明らかに違う装いの、色白の小柄な男が現れた。
(あれは! )
笠の下で蘇峻華の目が光った。
男は、紛れもなく燕青であった。
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