水滸拾遺伝~飛燕の脚 青龍の眼~

天 蒸籠

文字の大きさ
上 下
62 / 75
第二部 第三章

文昌千住院~二仙山紫虚観(三)

しおりを挟む
 それから遅れること3日。ふもとの黄崖関こうがいかん村に、黒猴軍の4人が到着した。長逗留はしていられないので、早速二仙山に潜入し、燕青という男の所在を確かめようとなったが、なぜか陶凱が難しい顔をしている。

「なにか言いたげだな陶凱? 」
 曹琢が尋ねた。
「へえ、実はこの二仙山には厄介な道士が2人居るんでさ」
「羅真人とやらのことは聞いている」
「いえ、もうひとり。元梁山泊の一員で、入雲龍公孫勝ってのも居て、こいつも面倒でしてね」

 公孫勝は羅真人から伝授された道教仙術の秘奥義「五雷天罡正法ごらいてんこうせいほう」の使い手で、いざ戦いとなると雷を落としてくるという。

 そればかりか、燕青暗殺を命じた禁軍大尉高俅の従弟いとこである高廉こうれんや、田虎軍の喬道清きょうどうせいなど、名だたる妖術使いをことごとく打ち破った手練れなのだ。

「おぬしが戦ったら勝てそうかぇ?」
 蘇峻華が尋ねるが、陶凱は悔しげにかぶりを振った。
「五雷天罡正法はもともと大軍相手の術だが、それを抜きにしても真正面から戦っては厳しかろうな」

 陶凱とて、龍虎山にいた時は教主張継先に次ぐ、と言われた実力者である。仙術で殺した人数は両手でも足りないぐらいだが、そうであっても高廉や喬道清のような腕利きと戦ったことはない。圧倒的に経験不足だと、冷徹に勝算を分析しているのだ。

 だが、こういう慎重な彼我ひがの戦力の見極めができることこそが、これまでの暗殺を全て成功させ、生き残ってきた理由なのである。

「あいつらのことですから、恐らく山の周辺に結界なり侵入者向けの仕掛けなりがあると思われます。夜になって隠密裏に近づいて発見されるより、まずは普通の参拝者を装って偵察をしてはいかがかと」

 陶凱の意見により、蘇峻華が金持ちの夫人、その従者のていで陶凱が付き添うことになった。道々結界や仕掛けの有無を確認するためにも、元道士の陶凱が居た方が都合が良いし、万一頭領の曹琢の顔を覚えられてはまずい。

 馬征と陶凱の組み合わせも考えたが、一見重病人のような風貌の馬征では二仙山の道士に心配され、これも顔を覚えられてしまいそうだ。

 蘇峻華と陶凱も、まあ印象に残る風貌だが、それでもこの中では特徴の少ない方だろう。

「一応聞くが、おぬしが龍虎山に居たころ、その羅真人とやらとは面識がないのだな? 」
「へぇ、羅真人にも公孫勝にもあったことはありませんぜ」
「ならばよし。我々は先に宿を探しておく。頼むぞ」
「御意」
 
 蘇峻華は、変装用の地味だが高級そうに見える衣をまとい、笠を被り口元を薄紗で覆った。父親の病気快癒を祈りに来た、裕福な商家の若女将わかおかみ、という設定である。 

 ふもとから紫虚観までは、男の足で半刻(1時間)ほどかかる。
 もちろん、蘇峻華にしても陶凱にしても、その気になればその半分以下の時間で登ることは可能だが、深窓の御婦人と、運動不足の小太りの使用人を演じるべく、休み休み一刻弱かけて紫虚観まで石段を登ってきた。

 陶凱は道々周辺の様子に気を配っていたが、やはり石段にも周辺の森林にも、目立たぬように結界が張られているのを感じた。
(やはり偵察に来て良かった。夜陰に紛れて潜入しようとしたら怪しまれていただろうな)
 陶凱は気取られぬよう、自分の気を極力抑えることにした。

 二仙山紫虚観は薊州有数の、由緒ある道観である。彼ら以外にもかなりの人数の参拝者が登って行く。
(まぁこれならあたしらも、それほど目立つってことはないね)
 それを見て蘇峻華は薄紗の下で薄く笑った。

 入口の大きな門の左右に、六尺棒を持った道士の少年が1人立っていた。これなん張嶺である。
 仁王像よろしく、参拝者を見るともなく観察しているのだが、握った六尺棒を僅かに浮かし、軽く膝を曲げて立っていた。顔が僅かに紅潮し、下半身が僅かにぷるぷる震えているのだ。

 蘇峻華の後に続いた陶凱は、通り過ぎる時に軽く張嶺に頭を下げながら、横目で素早くその様子を見取って首をひねった。
(はて、道士のくせになぜ站椿たんとうなど? )
 言うまでもなく、張嶺は立番をしながら功を錬っているのである。

 門を潜ってみると、道観内はなかなかの賑わいである。中心の「三清殿さんせいでん」の横では、お祈りで使う線香や金銀の紙銭を売っていて、人々が入れ替わり立ち替わり購入しては御堂おどうの中に消えていく。

 売店では、孫紅苑と秦玉林、さらに王扇が、愛想を振りまきながら拝観者の相手をしている。
 また別の場所では、拝観者向けの饅頭を蒸す蒸籠がしゅうしゅう音を立てていて、横でにこやかに呼び込みをしているのは林姉妹と祝四娘、加えて変化《へんげ》した己五尾までもが、拝観者のおもてなしに性を出している。 

 蘇峻華と陶凱は、素知らぬ顔で線香と紙銭を買いこみ、三清殿でもっともらしく線香を前に掲げ、跪いて上体を上げ下げし、祈りを捧げる振りで、堂内をちらちらと偵察した。

 堂内には数人の男の道士が、参拝者の世話を焼いているが、いずれも中年以上で、探し求める燕青らしき姿はない。

 三清殿を出て相談し、他の拝観者に紛れ、あちらこちら散策しつつ道観内の建物の造りなどを偵察することにした。

 きれいに掃かれた道を進み、四つめの御堂を覗こうとした時、建物裏の林から、背負子しょいこに薪を満載した、道士とは明らかに違う装いの、色白の小柄な男が現れた。

(あれは!  )
 笠の下で蘇峻華の目が光った。
 男は、紛れもなく燕青であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...