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第七章
青州観山寺(六)
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「というか、妾はもう既に燕青どのの眷属じゃ。妾が寺を離れれば、絵は若干生気を失った感じになるじゃろうが、まぁ見分けはつくまいて」
「眷属ってい、いったいどういうこと青兄!」
柳眉を逆立てた四娘は胸ぐらを捕まえんばかりである。
「お、おれは知らんぞ!何もしとらん!誤解を招くようなことをいうな!」
「おや、あれほど妾の体を弄んでおいて、今さら知らぬ存ぜぬを決め込むとは、なんと薄情な」
よよよ、と泣く振りまでしてみせる己五尾。
「も、弄ぶって何ぃ!」
怒髪天を衝く四娘。鬼の形相で燕青に飛びかかろうとしている。慌てて後ろから羽交い締めにする常廉、という混乱がやっと収まったところで、己五尾が居住まいを正し、冷静に説明を始めた。
四娘の「東王父」によって五本の尾のうち二本を残して切られ、妖力が衰えた己五尾は、これはまずいと四娘を経堂の外に放り出した。そして失われた妖力を回復するため、四娘の結界が消え「淫気」で我を失った燕青の「精気」を取り込もうとした。
ところが、明らかに「淫気」で我を失っているはずの燕青を、狐の精の手練手管、妲己から受け継いだ房中術の全てを使っても、一向に思うままにならず、それどころか逆に、今まで得たことのない快楽を与えられ、図らずも己五尾の方が忘我の境地をさまようことになり、ついには完全に為す術を失っててしまったというのである。
「妾は負けを認め、降参した。我ら魔物は、一度負けを認めた相手には絶対服従せねばばならぬ。なんとしても燕青どのの精を得て魔力を回復したかったのじゃが、『接して漏らさず』にすっかり翻弄されてしまった。いろんな意味で参ってしまったのじゃ。全く罪なおかたでおじゃる。燕青どのは」
ふうっとため息をつき、ちらりと流し目までしてみせた。それを見て四娘はますますおかんむりである。
「配下として、と言われても、なぁ?」
「知らないっ!この色事師がっ!」
燕青は困って四娘の顔を伺うが、もうふくれっ面でそっぽを向いている。
「己五尾よ、俺はこの先も四娘の鏢師として、あちらこちら旅をするのだ。悪いがそんな目立つ女連れで旅などできん」
「なぁに、こうすればよかろう」
己五尾はひょいと立ち上がり、なにやらぶつぶつ唱えたかと思うと、その場でとんぼをきった。すると己五尾は、尻尾が二股に分かれた子狐に変化したのである。
「妾とて妲己様の遠い眷属。そっちのちび道士に三本も尻尾を切られてしまったが、いずれ時がくればまた生えてきよる。そうなれば先ほど見たとおり、かなりの戦力になるぞえ。味方にしておいて損はないと思うがの?」
子狐の姿で、つぶらな瞳で小首をかしげて見上げられると、むかっ腹をたて頭から湯気を噴いていた四娘でもつい
(かわいい)
となってしまいそうになる。根っからの人たらしなのである。
「あんたを連れてったら、また青兄の精気を吸い取ろうとするんじゃないの、そんな危ない奴一緒につれて歩けるわけないじゃない!」
「いやいや、あれほどキツく折伏された以上、主どのに危害を及ぼすなど思いも寄らぬわ。精気は……そうさのぉ、夜にでも近隣の男どもからいただいてくればよかろう。一夜もらうだけなら何ということはない、夢精したと思う程度の話よ。それに、の」
子狐が四娘のそばにすすっと寄ってきて、小声で耳打ちした。
(おぬしも実は主どのを憎からず想っておろう?大人の女の手練手管など、妾が色々と教えてやれることも多いぞえ?)
(それは……ううん)
四娘はまだまだ精神的には子供である。男性を籠絡する術どころか、恋心なのかどうかすらあやふやである。とはいえ姉弟子から話だけは聞き込んでいるのですっかり「耳年増」である。特に性欲が強いわけではないが、興味関心は人並みにある。知らずしらず顔が紅潮していた。
(やはり子供じゃ、チョロいのぉ)
とほくそ笑む己五尾、不審に思った燕青が
「どうした、小融?」
「な、なんでもないわよ、このお堂ったら風通し悪くて蒸し暑いのよまったく!」
手で顔を扇いでいるが、その袖がずたずたに裂けささらのようになっている。今更ながらに己五尾との戦いの激しさがうかがえる。
「ううむ、燕青どの、厚かましい話は重々承知じゃが、どうじゃろう?この者を連れていってもらうというのは」
常廉が実に申し訳なさそうな顔で燕青を見る。
「んー、一応聞くが小融の力で絵に封印することはできないのか?」
「ごめん。こいつは誰かが絵に封じたものじゃなくて、何百年もの間熟成して、つい先日この世に出現したものだから、退治するならともかく、絵に限定して封印する方法はちょっとわからない」
退治してしまえば絵が消えてしまう。かといって寺においておけば漏れ出る淫気で僧侶の煩悩が膨れ上がり修行にならない。共に旅をするにはいろいろ面倒なことになりそうだが、それでも連れて歩くしかないのか?
四娘の方を見ると、ふくれっ面かつ仏頂面である。とはいえ面と向かって非難するわけでもない。賢い娘なので、八方塞がりで燕青も困っているのは理解しているのだろう。
ついには長いため息をついて
「仕方ないわね、あんたみたいのが一緒にいるといつ青兄が妙な気を起こすかわかったもんじゃないからすごく嫌なんだけど、好きにしなさいよ。ただ覚えときなよ。今度妙な気を起こしたら、その残った二本の尻尾、絶対に切ってやるからね!」
「ふふっ、妾はそなたに服従したわけではないが、まぁ主どの同様、そなたに危害を加えることはないと誓うでおじゃる。よろしく頼むぞえ」
子狐の貌でちょこんと座り、上目づかいで見てくる漆黒でくりくりの目の威力には抗い難いものがある。それでいて話す中身がまるで年増の遊女のようで、ちくはぐなことこのうえない。
その場にいる三人とも、先ほどまで死闘を繰り広げた相手ということをすっかり忘れてしまっている。ひょっとしたら己五尾には相手を魅了する魔力があるのかもしれない。
常廉が両手をつき
「燕青どの、四娘どの。遠くからおいでいただいたうえに、その日のうちに一応の決着をつけてもらったこと、またこの妖をひきとっていただいたこと、この常廉なんとお礼を言ってよいやら。もちろん祓いの報酬ははずませていただきますが、よろしければしばらくこの寺で逗留されてはいかがでしょうか?」
四娘に尋ねると、この観山寺にも古刹らしく龍脈は通っていて、二仙山までは「縮地法」で帰ることができるとのこと。
思いのほか早く解決できたので、帰りはそれほど急ぐ必要もない。だが、少々山が恋しくなってきているし、今回の首尾も早く伝えたいので、できるだけ早く帰りたいという。
四娘の希望をいれ、常廉の申し出は有り難くも、翌日帰ることになった。
子狐姿の己五尾は、それを聞いてちょっとふもとの村へ出かけると言いだした。深夜独身の男の家に忍び込み、害にならない程度に精をもらってくるというのだ。
四娘は興味津々であるが、燕青が慌てて追い立てたので、子狐はにやっと笑ってから、草むらにひょいと姿を消した。
「眷属ってい、いったいどういうこと青兄!」
柳眉を逆立てた四娘は胸ぐらを捕まえんばかりである。
「お、おれは知らんぞ!何もしとらん!誤解を招くようなことをいうな!」
「おや、あれほど妾の体を弄んでおいて、今さら知らぬ存ぜぬを決め込むとは、なんと薄情な」
よよよ、と泣く振りまでしてみせる己五尾。
「も、弄ぶって何ぃ!」
怒髪天を衝く四娘。鬼の形相で燕青に飛びかかろうとしている。慌てて後ろから羽交い締めにする常廉、という混乱がやっと収まったところで、己五尾が居住まいを正し、冷静に説明を始めた。
四娘の「東王父」によって五本の尾のうち二本を残して切られ、妖力が衰えた己五尾は、これはまずいと四娘を経堂の外に放り出した。そして失われた妖力を回復するため、四娘の結界が消え「淫気」で我を失った燕青の「精気」を取り込もうとした。
ところが、明らかに「淫気」で我を失っているはずの燕青を、狐の精の手練手管、妲己から受け継いだ房中術の全てを使っても、一向に思うままにならず、それどころか逆に、今まで得たことのない快楽を与えられ、図らずも己五尾の方が忘我の境地をさまようことになり、ついには完全に為す術を失っててしまったというのである。
「妾は負けを認め、降参した。我ら魔物は、一度負けを認めた相手には絶対服従せねばばならぬ。なんとしても燕青どのの精を得て魔力を回復したかったのじゃが、『接して漏らさず』にすっかり翻弄されてしまった。いろんな意味で参ってしまったのじゃ。全く罪なおかたでおじゃる。燕青どのは」
ふうっとため息をつき、ちらりと流し目までしてみせた。それを見て四娘はますますおかんむりである。
「配下として、と言われても、なぁ?」
「知らないっ!この色事師がっ!」
燕青は困って四娘の顔を伺うが、もうふくれっ面でそっぽを向いている。
「己五尾よ、俺はこの先も四娘の鏢師として、あちらこちら旅をするのだ。悪いがそんな目立つ女連れで旅などできん」
「なぁに、こうすればよかろう」
己五尾はひょいと立ち上がり、なにやらぶつぶつ唱えたかと思うと、その場でとんぼをきった。すると己五尾は、尻尾が二股に分かれた子狐に変化したのである。
「妾とて妲己様の遠い眷属。そっちのちび道士に三本も尻尾を切られてしまったが、いずれ時がくればまた生えてきよる。そうなれば先ほど見たとおり、かなりの戦力になるぞえ。味方にしておいて損はないと思うがの?」
子狐の姿で、つぶらな瞳で小首をかしげて見上げられると、むかっ腹をたて頭から湯気を噴いていた四娘でもつい
(かわいい)
となってしまいそうになる。根っからの人たらしなのである。
「あんたを連れてったら、また青兄の精気を吸い取ろうとするんじゃないの、そんな危ない奴一緒につれて歩けるわけないじゃない!」
「いやいや、あれほどキツく折伏された以上、主どのに危害を及ぼすなど思いも寄らぬわ。精気は……そうさのぉ、夜にでも近隣の男どもからいただいてくればよかろう。一夜もらうだけなら何ということはない、夢精したと思う程度の話よ。それに、の」
子狐が四娘のそばにすすっと寄ってきて、小声で耳打ちした。
(おぬしも実は主どのを憎からず想っておろう?大人の女の手練手管など、妾が色々と教えてやれることも多いぞえ?)
(それは……ううん)
四娘はまだまだ精神的には子供である。男性を籠絡する術どころか、恋心なのかどうかすらあやふやである。とはいえ姉弟子から話だけは聞き込んでいるのですっかり「耳年増」である。特に性欲が強いわけではないが、興味関心は人並みにある。知らずしらず顔が紅潮していた。
(やはり子供じゃ、チョロいのぉ)
とほくそ笑む己五尾、不審に思った燕青が
「どうした、小融?」
「な、なんでもないわよ、このお堂ったら風通し悪くて蒸し暑いのよまったく!」
手で顔を扇いでいるが、その袖がずたずたに裂けささらのようになっている。今更ながらに己五尾との戦いの激しさがうかがえる。
「ううむ、燕青どの、厚かましい話は重々承知じゃが、どうじゃろう?この者を連れていってもらうというのは」
常廉が実に申し訳なさそうな顔で燕青を見る。
「んー、一応聞くが小融の力で絵に封印することはできないのか?」
「ごめん。こいつは誰かが絵に封じたものじゃなくて、何百年もの間熟成して、つい先日この世に出現したものだから、退治するならともかく、絵に限定して封印する方法はちょっとわからない」
退治してしまえば絵が消えてしまう。かといって寺においておけば漏れ出る淫気で僧侶の煩悩が膨れ上がり修行にならない。共に旅をするにはいろいろ面倒なことになりそうだが、それでも連れて歩くしかないのか?
四娘の方を見ると、ふくれっ面かつ仏頂面である。とはいえ面と向かって非難するわけでもない。賢い娘なので、八方塞がりで燕青も困っているのは理解しているのだろう。
ついには長いため息をついて
「仕方ないわね、あんたみたいのが一緒にいるといつ青兄が妙な気を起こすかわかったもんじゃないからすごく嫌なんだけど、好きにしなさいよ。ただ覚えときなよ。今度妙な気を起こしたら、その残った二本の尻尾、絶対に切ってやるからね!」
「ふふっ、妾はそなたに服従したわけではないが、まぁ主どの同様、そなたに危害を加えることはないと誓うでおじゃる。よろしく頼むぞえ」
子狐の貌でちょこんと座り、上目づかいで見てくる漆黒でくりくりの目の威力には抗い難いものがある。それでいて話す中身がまるで年増の遊女のようで、ちくはぐなことこのうえない。
その場にいる三人とも、先ほどまで死闘を繰り広げた相手ということをすっかり忘れてしまっている。ひょっとしたら己五尾には相手を魅了する魔力があるのかもしれない。
常廉が両手をつき
「燕青どの、四娘どの。遠くからおいでいただいたうえに、その日のうちに一応の決着をつけてもらったこと、またこの妖をひきとっていただいたこと、この常廉なんとお礼を言ってよいやら。もちろん祓いの報酬ははずませていただきますが、よろしければしばらくこの寺で逗留されてはいかがでしょうか?」
四娘に尋ねると、この観山寺にも古刹らしく龍脈は通っていて、二仙山までは「縮地法」で帰ることができるとのこと。
思いのほか早く解決できたので、帰りはそれほど急ぐ必要もない。だが、少々山が恋しくなってきているし、今回の首尾も早く伝えたいので、できるだけ早く帰りたいという。
四娘の希望をいれ、常廉の申し出は有り難くも、翌日帰ることになった。
子狐姿の己五尾は、それを聞いてちょっとふもとの村へ出かけると言いだした。深夜独身の男の家に忍び込み、害にならない程度に精をもらってくるというのだ。
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