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第三章

二仙山~文昌千住院(四)

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  道々歩きながら、落ち込みから回復したらしい四娘は、宋国やその周辺国、その他色々なことを教えてほしいと言い出した。
 
  燕青は梁山泊にいた時に、機密担当軍師だった「智多星ちたせい呉用ごようから、様々な情報を教えてもらっていたし、また、梁山泊の「星持ち」たち、「五虎将」と呼ばれた「大刀だいとう関勝かんしょう、「豹子頭ひょうしとう林冲りんちゅう、「霹靂火へきれきか泰明しんめい、「双鞭そうべん呼延灼こえんしゃく、「双槍将そうそうしょう」|董とうへいを初めとして、それ以外にも例えば元禁軍(近衛軍)金槍班教頭きんそうはんきょうとうの「金槍手《きんそうしゅ》」徐寧じょねいなど、元は官軍内で将軍や重職を勤めた者が数多くいた。

 そのためおよそ普通ならば知りえないような、宋国内の裏情報や周辺国との外交関係などについて、一般人よりも詳しく知ることができていたのである。

「おっほん、それではこれからお子ちゃまの祝小融しゅくしょうゆうさんに、少しづつ世の中のことを教えてしんぜよう」
「……ナニソレ、おっさんくさい、気持ち悪い」
「……おれが悪かった、もうしないからそういう目で見るのヤめてもらえるかな」
「まぁおっさんだから仕方ないけどさ」
「お兄さんと言え!」(元気を取り戻すと、途端に毒舌になるんだなまったく)

 ヤレヤレ、といった風情で首を振りながら、燕青がおおまかな情勢を説明した。
「二仙山がある燕雲えんうん十六州あたりは、かなり前にしんという国との契約でりょうに譲られた。それをついこの前、宋と手を組んだ金が攻め込んで取り返したんだ。ところが」

 この好機に宋国は金国との契約で、燕京えんけい(現在の北京)に攻め込むことになっていたが、田虎でんこ王慶おうけい方臘ほうろうと立て続けに反乱がおき、北方に兵を送ることが難しくなった。本来は宋国軍が燕京を攻める契約になっていて、金国軍も宋国軍が来るのを待っていたのだが、待てど暮らせど来ないので、金国軍が燕京を攻め落とした。

「金国が攻め落としてから、全軍の責任者である枢密使すうみつし長官の『童貫どうかん』って悪党が、さも自分が活躍した顔で燕京に軍を進めたのだが、みみっちいことに約束した金国への協力金を払わずにとぼけてるんだよ」
「なにそれ、恥知らずだわね」

「宋の朝廷は恥知らずばかりさ。特に枢密使長官の童貫、殿帥府太尉でんすいふたいい高俅こうきゅう宰相さいしょう蔡京さいけいと、まあこいつらがとにかく腐ってやがる。楊戩ようせんってのもいたが、こないだ死んでくれた。そもそも、田虎や王慶や方臘などの反乱を鎮圧したのも、主に俺たち梁山泊軍だったしね」
「そんなに悪い奴が偉そうにしてるのって、腹が立つね」

「高俅が梁山泊に攻めてきたとき、生け捕りにして相撲で投げとばしてやったことがあるんだが、今にして思えば殺しておきゃよかった。恨んでるだろうなあいつ」

 燕青の推測通り、深い恨みを持った高俅が、このあと梁山泊の生き残り、特に燕青を目の敵にして、亡き者にしようとたくらむのだが、それもまた別の話である 

「そんなことがあったなんて全然知らなかった。そういえば二仙山のあたりって、昔は普通に遼の人も宋の人もうろうろしていたよ」
「むしろ遼の中で漢人が暮らしていた、と言うべきかな。遼のものになってからかなり経つし、なんたって土地が続いているから往来は止められない」

「じゃあ、仲良かったの?」
「昔攻め込んできたときの、遼の略奪や虐殺はひどいもんだったそうだ。当時『打草穀だこくそう』、(『麦刈り』)といって、東京とうけい(現在の河南省開封市)も西京せいけい(現在の河南省洛陽市)も、近辺数百里の財蓄を一切合切いっさいがっさい略奪され、男は抵抗すれば殺される、女子供は奴隷として連れ去られる、赤ん坊は空中に放り投げられ、落ちてきたところを剣で串刺しにされたとか」

「むごい、人間のやることじゃないわ!」
「違うな、人間しかやらないことだ。むしろ動物はこんなことをしない。そしてそんなことをするのは遼の奴らだけじゃない。宋だって、金だって、戦いの場では平気でそんなことをするものなんだよ」

 聞いて四娘は深々とため息をついた。
「そんなんだもの、どこへ行っても無惨に殺された人のが、恨みがましくうろうろしてるわけだわ。あたしたちがはらってもしずめても、きりがないはずよね。ほら、そこにも、あそこにも」

  四娘はそう言って、近くの草むらや木陰を次々に指さした。どうやら日も高いというのに、彼女の目には数多くのがはっきり見えているようだ。指さされても燕青には「なんとなく嫌な感じがする」程度でしかない。それでも常人から見ればかなり鋭い方なのである。

「遼って結局強いの?弱いの?」
「強かった。だが近頃は金の方が強い。以前は遼の手下みたいに扱われていたのに、今は逆に金が攻め込んでいて、遼はかなり弱っているから、そのうち滅亡するかもしれない」

「ころころと状況が変わるんだね」
「宋だっていつ滅ぶかわからないぞ……おっと、あの山の中腹の建物、あれがきっと今日泊めてもらえと言われた千住院せんじゅういんに違いない。日も傾いてきたことだし、少し急ごうか。難しい話はまた今度」
「分かった」

 道観に着く頃には、すでに夕暮れ時になっていた。
 取次の道士に羅真人らしんじんからの紹介状を見せると、二人はすぐに院内の客間に通された。小太りで血色の良い院主いんずが出てきたので挨拶をすると、院主は羅真人とは懇意こんいらしく、下にも置かぬもてなしをしてくれた。

 もちろん、泊めてもらうお礼にと、出発の時に渡された路銀(例の袁兄弟が奪った金を路銀としてもらったもの)から、普通の旅館の一泊分の倍ほどの金額を「寄進」と称して渡したおかげでもあるのだろう。

 割り当てられた客舎の、質素な卓の前に座った二人に、精進しょうじん料理が並べられた。

 とはいえ、そこは護衛の本分を忘れない燕青である。空腹でグーグー腹の虫を大合唱させている四娘に因果を含めてから、料理を少しだけ口に含み、まずは噛まずに舌の上にしばらく置いておく。

 しびれたり苦味を感じたりしないのを確認した上で、慎重に少しづつ飲み込んでみる。

 さらに少し時間をおいて、全ての料理に異常がないことを確認したうえで、四娘にうなづいて見せた。とたんにお預けを解かれた犬のように、料理にむしゃぶりつく四娘。

 四娘が食べ終わる頃になってはじめて、燕青はゆっくりと食事を口に運び始めた。一応毒味はしたものの、遅効性ちこうせいの毒物の可能性もある。二人が同時に毒にあてられたりしたら対応のしようがない。

 羅真人が懇意にしている道観で、毒を盛られる理由もないし、可能性も極めて低いのだが、これから先の旅での予行演習として、四娘に知らしめる意味も含めての行動なのだ。

 食後の茶も、同じようにしっかりと時間をかけて確認したあと、やっと一息ついて旅装を解こうとしたとき、はたと気づいた。部屋に寝台が一つしかなかったのである。|
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