5 / 75
第一章
薊州顕星観~二仙山(五)
しおりを挟む 零の身体は、弱ってくると何段階かのサインが出る。
まずは倦怠感、微熱。それが強くなって、次は、嘔吐だ。
内蔵まで出てしまうんじゃないかというほど、食べた物をすべて吐く。
さらに病状が進めば、鼻や口など粘膜部分からの出血が始まる。
午前中から嘔吐がしばらく続きエイトは焦ったみたいだ。
ずっとトイレの扉の前に立ち、
「大丈夫か?なあ?」
と声をかけてくる。
ヒモをやっていただけあって、この男は甲斐甲斐しい。
掃除洗濯、食事作り。ゴミ出し。
零が気がつくと、ほとんどのことが終わっている。
風呂だって適温で、上がると手や頭皮を軽くマッサージまでしてくれる。
もちろん遠慮するけれど、大きな男の手でぐいぐい揉まれるのは気持ちがいい。安心する。
昨日、風俗嬢がやってきた話はあれ以降全く話題に出してこない。
余命わずかな青年に童貞喪失という機会を与えてやったと満足したのかもしれない。
見当違いもいいところだ。
「こんにちはー」とやってきた彼女は、鼻をそむけたくなる安臭い香水を身にまとっていた。
「どちらさまですか?」
と聞くと、「あれえ。この部屋で間違いないよね」と敬語もなく気安い。
断りもなく知り合いを呼んだのかと軽く怒りを覚えていると、手を突き出された。
「忘れないように先にお代。四万五千円」
とのたまう。
そこで、ようやく意味が分かった。
こたつの上に広げられていたお金の意味が。
失礼だとは思ったが十分で帰ってもらった。
もちろんこれが日常の場であれば常識的な対応をする。
でも、性的な物が絡んでくると全然駄目で、抱きしめられてもグネグネした脂肪をまとった身体に、こっちの身体は硬い岩みたいに強張ってしまい、ろくな受け答えもできなかった。
トイレを出てベットに突っ伏す。
エイトが薬袋から昼に飲む薬を取り出し、こたつの上に並べていた。教えていないのに覚えてしまったようだ。水の入ったコップも用意されている。
どれぐらい彼をここにいさせてあげられるだろう。
入院している間だって大家にことづけておけばもしかしたら。
いや、一切合切持って、いなくなってしまうか。
「何、笑ってんだ。機嫌を直してくれたのか?」
「別に。機嫌も直ってないよ」
「じゃあ、何で意味もなく笑う?」
「エイトは意味があっても笑わないよね」
相変わらずエイトは喜怒哀楽が分かりづらい。
生い立ちが関係しているのかもしれない。
デリヘルボーイに、ヒモ。並行して特殊詐欺。極めつけが刑務所。
きっと零に見せていない顔がまだたくさんある。
どうしようもなく冷酷で極悪な面もあるかもしれない。
けれど、汚部屋の清掃を一日で終わるはずと楽観視したり、童貞の零に風俗嬢をプレゼントしたら喜ぶはずだと短絡的なところがあったり。
老人みたいに人生を達観したところがあると思えば、ひどく子供な面もある。
「俺は感情がぶっ壊れているらしいから」
「感情は壊れないと思うよ。封印されてだけで。児童心理学だったかな。そう習った」
「大学でか?」
「うん。そう。あ、思い出した。退学届も出さなきゃ」
「勿体ねえな。病気だからって理由話して一旦ストップ出来ねえのか?」
「休学のこと?できるよ。でもさ、そういうの意味無さそうだし」
「そんなの解んねえじゃねえか」という表情をエイトはした。
「分かるよ。自分の身体のことだし」
まずは倦怠感、微熱。それが強くなって、次は、嘔吐だ。
内蔵まで出てしまうんじゃないかというほど、食べた物をすべて吐く。
さらに病状が進めば、鼻や口など粘膜部分からの出血が始まる。
午前中から嘔吐がしばらく続きエイトは焦ったみたいだ。
ずっとトイレの扉の前に立ち、
「大丈夫か?なあ?」
と声をかけてくる。
ヒモをやっていただけあって、この男は甲斐甲斐しい。
掃除洗濯、食事作り。ゴミ出し。
零が気がつくと、ほとんどのことが終わっている。
風呂だって適温で、上がると手や頭皮を軽くマッサージまでしてくれる。
もちろん遠慮するけれど、大きな男の手でぐいぐい揉まれるのは気持ちがいい。安心する。
昨日、風俗嬢がやってきた話はあれ以降全く話題に出してこない。
余命わずかな青年に童貞喪失という機会を与えてやったと満足したのかもしれない。
見当違いもいいところだ。
「こんにちはー」とやってきた彼女は、鼻をそむけたくなる安臭い香水を身にまとっていた。
「どちらさまですか?」
と聞くと、「あれえ。この部屋で間違いないよね」と敬語もなく気安い。
断りもなく知り合いを呼んだのかと軽く怒りを覚えていると、手を突き出された。
「忘れないように先にお代。四万五千円」
とのたまう。
そこで、ようやく意味が分かった。
こたつの上に広げられていたお金の意味が。
失礼だとは思ったが十分で帰ってもらった。
もちろんこれが日常の場であれば常識的な対応をする。
でも、性的な物が絡んでくると全然駄目で、抱きしめられてもグネグネした脂肪をまとった身体に、こっちの身体は硬い岩みたいに強張ってしまい、ろくな受け答えもできなかった。
トイレを出てベットに突っ伏す。
エイトが薬袋から昼に飲む薬を取り出し、こたつの上に並べていた。教えていないのに覚えてしまったようだ。水の入ったコップも用意されている。
どれぐらい彼をここにいさせてあげられるだろう。
入院している間だって大家にことづけておけばもしかしたら。
いや、一切合切持って、いなくなってしまうか。
「何、笑ってんだ。機嫌を直してくれたのか?」
「別に。機嫌も直ってないよ」
「じゃあ、何で意味もなく笑う?」
「エイトは意味があっても笑わないよね」
相変わらずエイトは喜怒哀楽が分かりづらい。
生い立ちが関係しているのかもしれない。
デリヘルボーイに、ヒモ。並行して特殊詐欺。極めつけが刑務所。
きっと零に見せていない顔がまだたくさんある。
どうしようもなく冷酷で極悪な面もあるかもしれない。
けれど、汚部屋の清掃を一日で終わるはずと楽観視したり、童貞の零に風俗嬢をプレゼントしたら喜ぶはずだと短絡的なところがあったり。
老人みたいに人生を達観したところがあると思えば、ひどく子供な面もある。
「俺は感情がぶっ壊れているらしいから」
「感情は壊れないと思うよ。封印されてだけで。児童心理学だったかな。そう習った」
「大学でか?」
「うん。そう。あ、思い出した。退学届も出さなきゃ」
「勿体ねえな。病気だからって理由話して一旦ストップ出来ねえのか?」
「休学のこと?できるよ。でもさ、そういうの意味無さそうだし」
「そんなの解んねえじゃねえか」という表情をエイトはした。
「分かるよ。自分の身体のことだし」
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。
旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー
ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。
軍人になる為に、学校に入学した
主人公の田中昴。
厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。
そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。
※この作品は、残酷な描写があります。
※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。
※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。
だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。
その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる