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前編

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 自分のたどることになる、悲惨な最期を唐突に悟った。
 ゴミのように扱われ、無惨に焼け死ぬ自分の姿が、頭にくっきりと浮かぶ。

「はっ?」

 鏡の前で、あたし――いや、俺は間の抜けた声をあげる。
 これまで自分がやらかしてきた数々の所業、そしてこれから繰り広げるだろう数多の失敗が、走馬灯のように駆けめぐる。

 未来視、予言のたぐいじゃない。
 むしろ、逆。

 これははるか過去、前世の記憶だ。
 鏡に映っているこいつの名前はカスージョ。
 魔王軍の軍団長、六魔将軍のひとりにして、悪の女幹部だ。

 ……ということを、前世の俺はたしかに知っていた。
 なぜなら、このカスージョというのは、俺が生前全巻ボロボロになるまで読みこんだコミック『勇者ディアンの冒険』の登場人物だからだ。

 ベタなくらい直球で王道なタイトルからも分かるだろうけど、『勇者ディアンの冒険』は、友情、努力、勝利を絵に描いたような王道ファンタジー作品だ。
 勇者ディアンとその仲間たちは、人類の平和のために傷つき、何度も倒れながらも立ち上がり、成長していく、まさに勇者と呼ぶにふさわしい愛と正義の使徒たちだ。

 そして、このマンガの偉大なのは、勇者たちと敵対する魔王軍の登場人物たちもそれぞれ、めちゃくちゃカッコイイところだ。
 魔王軍の面々にもそれぞれの信念があり、主人公サイドに負けず劣らず人気が高い。

 ただ一人。
 悪の女幹部、カスージョを除いては。
 こいつだけは、ほんとにいいとこがどこにもない。

 魔力の才能だけならたしかで、六魔将軍のひとりになれたのもそのおかげだ。
 けれど、その恵まれた魔力を活かすこともなく、常に自分ひとりのことだけしか考えられず、他人を利用することばかり頭をめぐらせ、コソコソと陰で策謀をたくらんでいる。

 なら、知恵が回るのかと言ったらそんなこともない。
 カスージョ本人は、自分を悪魔の頭脳の持ち主とか言ってたりするけど、それが発揮される機会は作中一度もない。

 戦局を正しく判断できず、常に人を見下し、余裕ぶって舐めプばかりするものだから、何度も足元をすくわれる。
 その上、その失敗をヒトのせいにして、成長することも反省することもない。

 挙句の果てには、魔王陛下さえも裏切ろうとし、叛逆しかけたところを勇者パーティーに発見され、あっさりと殺される。
 なんにもいいとこ無しだ。

 勇者たちからは嫌われ、味方であるはずの魔王軍からも軽べつされる。
 そんな存在だった。

 なんで、よりによってカスージョだよ!?
 せっかく、生前大好きだったコミックの世界に転生したというのに、あんまりだ。

 これは、何かの呪いか罰なんだろうか?
 生前の俺、何かやらかしたのか?

 すでにカスージョとしての人生をかなり生きたせいか、生前の記憶はかなりあいまいでぼんやりとしている。

 けど、男だったことだけはたしかだ。
 それがなんでよりもよって、ゲスの女幹部に……。

 露出度の高いボンテージファッションに、黒いマント。ハイヒールのブーツ。
 スタイルだけは無駄にいいが、ザコ感丸出しの目尻の尖った三白眼が台無しにしている。
 それがいまの俺の姿だった。

「カスージョ様、お加減がすぐれないのですか?」

 頭を抱える俺に、声をかけるものがいた。
 横を向くと、カスージョの副官である魔族の男、アクラが俺を見ていた。

「ああ、いや……。少しぼーっとしただけよ」

 ごまかしにもなってないごまかしの言葉だけど、副官アクラは特に不審に思っている様子はない。

「それより、戦況はどうなってるのかしら?」

 俺はいま、突如現れた前世の記憶が意識に混在して、かなり混乱している。
 カスージョの意識のおかげか、女言葉は抵抗なく出てくるけど、直前の記憶が欠落していた。

 いま覚えていることのひとつひとつが、コミックで読んだ内容だったのか、転生してから体験したことだったのか、判断できない。
 
 アクラはやはり、表情ひとつ変えず報告してくる。

「現在勇者パーティー一行は、シェルクの塔を攻略しています。おそらく、すでに蒼穹のオーブを手に入れているか、と……」

 ああ、そのヘンか、と内心でつぶやく。
 ちょうど原作マンガでは、中盤の盛りあがりどころのあたりだ。

 ついでに、自分の状況も思い出す。
 たしか、カスージョは「シェルクの塔編」の冒頭、その前の激闘で弱っている勇者パーティーに不意打ちをしかける。

 本編の合間の前座みたいな戦いだから、俺みたいなコアな読者でなければ、忘れてしまっている読者も少なくないだろう。

 もちろん、不意打ちはうまくいかない。
 手柄を独り占めしようと焦っての奇襲だった。

 けれど、それは結局、勇者パーティーのヒロインである魔法使いに、新たな光の力に目覚めさせるだけの結果に終わった。
 命令にない、余計なことをして魔王軍の足を引っ張っただけだ。

 それでカスージョはあやうく魔法使いに滅ぼされかけるけど、魔導技術を駆使した蘇生術でなんとか一命を留めた。

 それがいまの俺、か……。
 なるほど、その蘇生術の副作用みたいなもので、前世の記憶までよみがえったのかもしれない。
 蘇生直後なら、カスージョが多少混乱していても、アクラが疑問に思わないのも納得だ。

 ちなみに、このアクラ。
 表情には一切出さないが、本心ではカスージョのことを相当嫌っていて、蘇生術も失敗すれば良かったのに、と内心思っていたりする。
 この上司にしてこの部下あり、だ。

 けど、マズいぞ……。
 前世の記憶が戻ったのが、遅すぎる。
 こっからどうやって破滅フラグを回避できる?

 なにせ、ここからのカスージョの描かれ方はほんとにひどい。
 物語の序盤はまだ強キャラ感を匂わせる場面もあったけど、ここまでくると、小物ムーブをかましまくり、やることなすことすべて裏目に出て、ひたすらほかの魔王軍幹部や勇者パーティーの引き立て役にしかならない。
 そして最後には、悲惨な死にざまをむかえる運命だ。

 どうする……。いったいどうすればいい?

「分かったわ。ともかく、魔王陛下に今回の失態について、あたしの口から報告しましょう」
「……はっ?」

 いままで眉ひとつ動かさなかったアクラがはじめて、信じられないという顔で聞き返してくる。

「結果として、あたしの先走った行動が勇者パーティーをシェルクの塔に向かわせてしまったのよ。報告のうえ、責任を取るべきでしょう?」
「はぁ……」
「それに、あの魔法使いの小娘が新たな力に目覚めたことも、魔王陛下の耳に入れておくべきよ」
「それは……まったくもってそのとおりでしょうが……」

 アクラがきょとんとしているのも、無理はない。
 なにせ、原作マンガでは、カスージョはここで、自分の失敗をごまかそうとして、勇者パーティーと接触したことをひた隠すのだ。
 それがのちに発覚してかえって墓穴を掘り、魔王軍の中でも、どんどん居場所が無くなっていく。

 ひとまずは、その展開を避ける。
 破滅フラグ回避の方策はまだ具体的に立ってはないけど、とりあえず報告・連絡・相談が第一だ。
 魔王陛下やほかの幹部たちと話し合ううちに、いい方法も見つかるかもしれない。

「せっかく拾ったこの命よ。無駄にするつもりはないわ」

 こっからの展開を変えて、破滅フラグを絶対阻止してやる。
 そんな決意を込めて、俺は宣言したのだけど……。

「ほう」

 何をどう受け取ったのか、アクラは感心したような声を漏らす。

「これは……蘇生術が精神に、思わぬ作用を与えたのかもしれませんな」
「ん? 何か言ったかしら?」
「……いえ。魔王陛下の寛大なる処置をお祈りしたまでのことです。カスージョ様」

 アクラは俺に向けて深々と腰を折り、頭を下げてきた。

 その姿には、なんとなく、最初に声をかけてきたときと違い、ホンモノの忠誠心と敬意が感じられる気がした。
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