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秋の章 魔物退治と収穫祭

第29話 むらびと無双

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 広場から村の外まで、一定の間隔かんかくを置いてカボチャが地面に並んでいる。
 それは、魔の森まで続いているはずだ。

 中に詰まっているのが動物の死骸であることを忘れれば、ちょっと滑稽な眺めで、何かの祭りごとのようにも見えた。

「ほんとにこんなもので魔物がおびき寄せられるのですか、領主どの?」
狡猾こうかつな魔物がこんな単純な手に引っかかるとも思えないが……」

 広場の中央で、難しい顔をしてわたしに話しかけてきたのは、二人の兵士だった。
 州都から村に派遣されてきた者たちだ。
 もっとも、彼らは魔物退治の目付役で、実際に戦いに参加してくれる気はないようだ。

「うまくいかなかったときは、別の手を考える。あなたたちにはご足労をかけるがな」

 カボチャの頭で腐竜がほんとにやってくるのかは、実はわたしにも自信がなかった。
 そもそも、この方法を知ったのが、宮廷騎士団で勉強したことだったのか、誰かからたまたま聞き知ったことか、小説で読んだ内容だったのかも、はっきり覚えていない。どこかで聞いたのはたしかなんだけど……。

 一生懸命準備してくれた村のみんなには、とても言えない。
 カレンにも、こればかりは秘密だ。

 そんな内心を悟られないよう、わたしは腕を組んで、仁王立ちしていた。
 頭の中に、威風堂々敵を待ちかまえる、小説の中の英雄騎士を思い浮かべながら。

 ふだんは平和な村の広場には、対腐竜用の仕掛けがものものしくそびえ、それぞれの役目を負った村人たちが配置についている。

「おーい、くるぞくるぞ、やっこさん、すげえ勢いでこっち向かってやがるぜ!」
「……みんな、準備を頼む」

 そう知らせながら走ってきたのは、斥候の役目を担ってくれた狩人の兄弟、ジェフとジェイミーだ。
 広場に緊張が走る。

 そして、彼らが全速力で駆け戻ってきた直後。
 大地が揺れた。
 低い地響きの音とともに、足元がグラつく。

「……来たか」

 わたしは腰の剣を抜いた。
 想定外の事態が起こったときすぐに動けるよう、身がまえる。

 遠くに腐竜の姿が見えた。
 地鳴りが強まり、黒い点のように見えたものが、猛烈な速度で大きくなる。

 瘴気しょうきのかたまりみたいな魔物だった。
 死そのものの象徴としか言えない姿に、ゾッと背筋に寒気が走る。

 腐った竜の名の通り、全体のフォルムは、たしかにドラゴンを思わせるものだ。
 爬虫類のような頭部に、大きな二本の角、巨大な四肢、長い尾。

 だが、はたしてそれが、ドラゴンの眷族けんぞくなのかどうかは分からない。
 特性としては、不死者の魔物に近かった。

 その翼は難破船の帆みたいにボロボロで、飛行能力は持たない。
 眼窩《がんか》に瞳はなく、ただ黒い空洞がのぞくばかりだ。

 本家のドラゴンのような鱗は存在せず、肉体のほとんどは腐食して黒ずんでいる。
 四肢の半ば以上、黄ばんだ骨が剥き出しだった。

 長い首を地に這わせ、アギトをこすりつけて走っている。
 あごの骨が地面にこすれる、イヤな音が遠くからでも聞こえてくる。
 そして、地面に落ちたカボチャを飲み込みながら前進していた。

 カボチャを飲み込むときも、進行速度は下がらない。
 見たところ、硬い皮に牙は立てず、丸呑みしているようだ。

 それだけでもゾッとするような、不自然きわまりない姿だ。
 一般の生物と同じ、捕食という行為なのかどうかも怪しい。
 その異様な光景には、村の者は悲鳴を上げるのも忘れて、顔を青ざめさせていた。

 ただ、狙いどおり、カボチャを置いた直線上に突き進んでくれている。

「来るぞ! 予定通りに迎撃準備してくれ!」

 わたしは村の者に呼びかけ、最後のカボチャを置いた、すぐ後方に立つ。
 いよいよ村の柵を越え、腐竜が目の前に迫ってきた。 

 トロールが小人に思えてしまうほどの巨体だった。
 ちょっとした小山のようだ。

 こんな巨大な魔物と、まともにやり合うつもりはさらさらなかった。
 可能なかぎり、一方的な“狩り“を仕掛ける。

 腐竜が最後のカボチャに首を伸ばしたとき、ずごぉぉ、という轟音とともに、その姿がかき消えた。
 巨大な落とし穴にハマったのだ。

 ……よし!

 最初の仕掛けがまずうまくいったことに、拳を握る。
 腐竜が落ちるほどの巨大な穴だ。
 万一、村の誰かが落ちないよう、人が乗ったくらいでは作動しない造りをしていた。
 腐竜が乗っても落とし穴が動かないようなら、四方の杭を引き抜くことで、網の上に載せた土が落ちる仕組みにしていた。

 そのための合図も決めてあった。
 けど、どうやら無事、自重で穴が抜けてくれたようだ。

 穴の底には油紙がびっしりと敷かれ、そのうえに聖水を注いでいた。
 ちょっとした泉みたいな規模だ。

 腐竜の全身が聖水に浸かり、身悶えているのが見えた。

 鳴き声を上げない代わりに、骨をギシギシときしませる。
 耳を覆いたくなるような、不快な音だった。
 どのていどか分からないけど、効いているのはたしかだ。

「投網を放ってくれ!」
「おうっ!」

 わたしの合図を受けて、穴の四方で網の端を持っていた男たちが、それを穴に放る。
 港町の漁師から買い取った大きな網だ。
 聖水で弱体化した腐竜は、その網をすぐに食い破ることができなかった。
 動きを鈍らせたところで、すかさず次の手を打つ。

「油を」

 大量の菜種油とアルコールで作った固形燃料を混ぜ込んだものを投入する。
 数人がかりで落とし穴の近くに設置した、大きな鍋から注ぎ入れた。
 そして、火をつけた松明を次々と穴の中に放りなげた。

 油はすぐには着火しない。
 だが、根気よく松明を放り続けるうち――。

 ごおぉぉぉ、と爆ぜながら、腐竜の全身を炎が舐めた。
 全身をこすりあわせ、骨のきしみが、さらに激しいものとなる。

「よしっ、次は土だ!」

 その火が消えないうちに、さらに次の手に移る。
 落とし穴を掘った土は、麻の袋に詰め込んでいた。
 大のおとな二人がかりで、やっと持てるようなものだ。
 それをあるいは抱え、あるいは蹴落とし、どんどん穴の中に放っていく。

「よっ、ほっ、はっ」
「どんどん回せ、こいっ」
「よいしょっ、こらしょっ、どっこいしょっ、っと」

 災害時の水桶リレーのように、かけ声を上げながら土袋を受け渡し、放っていく。
 その数は十や二十じゃきかない。
 土の雨――いや、嵐と形容できる光景だった。

 たかが土嚢《どのう》といえど、この高さから落とせば十分凶器になる。
 相手がトロールていどの魔物であれば、とっくに絶命していただろう。
 流石の腐竜からも、骨がひしゃげる音が聞こえてくる。

 作戦の実行役に選んだものたちは、ここまでまごつくことなく、練習どおりの動きをしてくれていた。 

「最後だ。頼むぞ、スペルディア!」

 わたしは愛馬のスペルディアに駆け寄り、その腹を叩いた。
 合図にこたえ、彼はくつわに結んだ綱を引きながら、精いっぱい走る。

 村には農耕用の馬も牛もいたが、魔物の姿に怯えず、わたしの命令を忠実に実行してくれるのはスペルディアしかいない。
 彼の馬力に頼ることにした。

 落とし穴を掘ってできた土砂の残りに岩石を混ぜ、積み上げていた。
 それを、穴のすぐ横に組み上げた、巨大な板で堰き止めている。

 スペルディアが引っ張ることで、板を止めていたかんぬきが外れる仕組みだ。
 大工のヘインズの力作だった。

 どしゃああぁぁ、という凄まじい轟音《ごうおん》とともに、土と岩が落とし穴を埋め立てる。

 腐竜の巨体と、岩を混ぜることで生まれた体積分、土はこんもりと盛り上がった。 
 見ようによっては、巨大な墓地のようでもあった。
  
 腐竜の姿は、完全に生き埋めになって見えなくなった。
 あの魔物に、“生き“埋めという表現が正しいのかどうかはわかんないけど……。

「なんとまあ」
「ここまでするか……」

 お目付役の兵士のつぶやきは、感嘆よりもあきれを感じさせる。

 騎士道精神にもとる戦い方かも知れないけど、そんなことより領民の命と平和を守るほうが、いまのわたしにはずっと大事だ。

 段取りどおり、完璧と言っていいほど、全部の罠がうまくいった。
 今度こそ、喝采かっさいをあげたくなる。

 けど、わたしはまだ厳しい目で盛り上がった土を見つめる。
 腐竜の恐ろしさは、なんといってもその耐久力と再生能力だ。
 間違いなく弱体化は果たせたけれど、これで留めをさせたとは思わないほうがいい。

 わたしの思考を裏づけるように、盛り土が、もごもごとうごめいた。

「来るぞ!」

 もう罠は出し尽くした。
 ここからは、わたしが体を張る番だった。 
 
 土と岩を押し除け、腐竜の巨大な前脚があらわれた。
 その前部を、すかさず斬り落とす。
 地面に落ちた骨は、後方にひかえている男たちのほうに蹴り飛ばした。

「頼んだぞ!」
「おう!」

 わたしの呼びかけに答え、男たちは金槌をかかげた。
 そして、ぐしゃりと骨を砕く、乾いた音が聞こえてくる。

 腐竜の体は、砕かないかぎり何度でも再生する。
 だから、わたしが斬り飛ばすハシから、ハンマーで叩きつぶしてもらう必要があった。

 腐竜はもがきながら、少しずつ這い出てくる。
 自由に動き回るまえに、カタをつける!

 地上に露出した部分から順に、わたしは斬りつけ続けた。 
 骨を、肉を切り飛ばし、男たちがそれを叩きつぶす。

 それにも関わらず、腐竜は動き続けた。
 なんとかわたしに一矢報いようと、土砂と岩を跳ね除ける。
 思考能力があるのかも疑わしい魔物だけど、わたしたちに向けた憎悪《ぞうお》の念はたしかに感じられた。

 けど、わたしはそれ以上、動くスキを与えない。 
 あれほど巨大だった腐竜の姿が、どんどん欠けていき、小さくなる。

 そしてついには形を保つことができず、崩れ落ちた。
 残る骨と肉は、原型をとどめきれず灰になった。
 どうやら、これがこの魔物の最後らしい。

 念のため、灰は集めて入念に燃やし、村の外に捨てよう。
 教会からまた聖水をもらって、広場に撒いておいたほうがいいかもしれない。

「やった……のか?」

 終わってみれば、一方的な戦いだった。
 いや、戦いではなく、獲物を仕留める狩りだった。
 圧勝だったといっていい。 

 でも、それはみなの知恵と力があったからこそ、実現したことだ。
 わたし一人で挑んでいたら、絶対に敵う相手ではなかった。

 相手が本来の力を発揮する前にたたみかけたから、押し切れた。
 何か一つでも食い違いが生じていたら、結果は違っていたかもしれない。

 あまりにも一方的に倒したぶん、誰もまだ勝利を実感できないようだった。

 わたしも、剣を握る手がこわばっているのを感じる。
 不意に、誰かがそっとわたしの肩を叩いた。

「お疲れさまです。レイリア様」

 カレンだった。
 彼女の顔を見て、はじめて全身から力が抜ける。

「さあ、みなさんに呼びかけてください」
「ああ、そうだな」

 わたしはようやく、剣を腰の鞘におさめた。
 広場に集まったみなを振り返り、拳をふりかざす。

「見ろ、腐竜は滅びた! わたしたち全員の勝利だ!!」

 わたしの言葉に呼応して、「おお!」という声が返ってくる。
 すぐにそれは、怒涛どとうのような歓声に変わった。

 緊張がはじけ、笑顔と歓声が沸きあがる。
 一瞬後、村のみなが押し寄せ、わたしはもみくちゃにされた。
 誰もが、近くの誰かと抱き合っていた。

 みなで勝利の喜びを分かち合う。
 魔物襲撃の事件は、やっと幕を閉じた。
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