受付嬢レベッカは落ちこぼれ冒険者を成り上がらせたい

倉名まさ

文字の大きさ
上 下
13 / 15

第十三話 斧使いゼルフ②

しおりを挟む
 恵まれた体格を活かして斧使いの戦士《ウォリアー》クラスとして活躍し、冒険者パーティー“火蜥蜴の尾”のリーダーの役を担うゼルフ。
 しかし、彼が冒険者となったのはほんの成り行きだった。

 生まれつき頑丈な身体を持った彼は、故郷の村ではガキ大将で通っていた。
 喧嘩で負けたことはなく、力を誇示すれば必ず付いてくる者がいた。

 退屈な畑仕事を嫌い故郷から飛び出した後も、およそ苦労とは無縁だった。
 村の財物庫からくすねた路銀も尽きかけてはいたが、冒険者ギルドを覗いてみたのも冷やかし程度のつもりで、本気で冒険者になろうと決意していたわけじゃない。

 だが、彼の心を奪う存在がそこにはいた。
 ギルドで出会った受付嬢は、野暮ったい故郷の村娘達とは次元の異なる美女だった。
 エルフの血が混じっているというその女性は、可憐《かれん》にして艶《あで》やか。おまけに、豊満なバストの持ち主だった。
 ほとんど一目惚れだったと言っていい。
(ちなみにそのギルドにはもう一人、ガキみたいなちんまい受付嬢がいることを後に知るが、彼の意識にのぼることはほとんどなかった)
 
 戦士職《ウォリアー》と鑑定された時も、初期ステータスとは思えないほど恵まれた数値だと受付嬢からは絶賛された。
 おだてられるままに冒険者となり、受付嬢ほどではないものの、容姿も悪くない、年若い魔法使いソーサラークラスと回復魔法《ヒーラー》クラスの仲間もできた。
 クエストも成功続きで、とんとん拍子にBランクまで昇りつめた。
 
 まったく戦闘に参加しようとしない盗賊職《シーフ》の若造をパーティーに入れたことだけは失敗と言えば失敗だった。
 村の悪童《あくどう》だった頃、舎弟にしていた近所のガキとなんとなく似ていて、こき使ってみるのも面白いかなどと考えてしまったのが間違いだった。
 とはいえ、それもパーティーから追放してしまえば大した問題ではなかった。

 あとは、目障りなSランク冒険者、勇者パーティーを抜き去り、受付嬢の心さえ我が物としてしまえば、望みは全て叶ったも同然だった。

 だが、受付嬢から気軽に請け負ったクエストで、彼は人生において初めての大きな挫折を味わうこととなる。
 彼にとっての不幸は、その初めてが自らの生死に関わるほどの深刻な失敗だったことだ。

「くそがっ」

 自身の半生が次々と頭に浮かび、ゼルフは毒づいた。
 走馬灯のようで縁起でもない。
 こんなところで命尽きるようなら、くだらない人生だったと思えてならなかった。

「ねえ、ゼルフ。早くなんとかして」
「そうよ。あたし、こんなところで死ぬなんてまっぴらだわ」

 パーティーの二人の声が、やけに甲高く耳障りに聞こえる。
 くだらないと言えばこいつらもそうだ、とゼルフは声に意識を向けた。
 黒魔術士のエイミと回復術士のリーザ。
 エイミは年齢以上に思考が子どもっぽく、甘えがち。
 リーザは高飛車でわがまま。

 共に、何をするにもゼルフに頼りっきりで、主体性というものが感じられなかった。
 生まれついてのガキ大将気質のゼルフが、自分に依存するよう仕向けていた結果でもあるのだが、彼自身にその自覚はない。

「うるせえ。こういう時に知恵絞るのが魔術士の役目だろうが。てめえらで考えろ!」

 ゼルフは感情のままに、二人の声がした方に向けて怒鳴り散らした。
 貴重な体力をこんなことで減らすのは、いかにも愚かしい。
 普段は彼に言いなりのエイミとリーザだが、この時は不満げに言い返した。

「だって、この部屋魔力が封印されてるんだもん」
「元はと言えば、ゼルフがつまんないトラップに引っかかったせいでしょ!」

 罠にはまり閉じ込められてから、幾度も交わしたやりとりだった。
 建設的な意見は出てこない。

 ゼルフをリーダーとする冒険者パーティー”火蜥蜴の尾”はギルド史上最難題とされるクエスト、ナイトメア・レルムの探索に挑んでいた。
 浅い階層では神聖術による結界の影響があり、噂に聞くほどの強力なモンスターに出会うこともなかった。
 それが油断を誘った。

 第七層まで降りた時だった。
 彼らにとって、致命的な罠にかかったのは。
 
 アビスモ・ピット。
 小部屋に足を踏みいれた瞬間床が抜け落ち、その下には魔力を打ち消す暗闇の牢が待ち構えていた。闇それ自体が質量を持つような特殊な空間で、松明の灯もつかず、あらゆる魔術も発動する前に打ち消されてしまう。
 周囲は鉄柵に囲まれ、ゼルフがどれだけ攻撃を加えてもびくともしなかった。
 何も見えない空間が、彼らの思考力を奪う。

 幸いにして三人とも致命傷を負うことはなかったが、脱出の目途はまったく立たなかった。
 昼夜の別がないダンジョン内では時間の感覚も失せてくるが、もう数日は少なくとも経っているだろう。

 回復薬も使い果たし、食料も尽きかけてきた。
 本来、何が起こるか分からないダンジョンの探索には、非常食もアイテムも余裕を持って多めに持っていくのが冒険者の鉄則だが、エイミもリーザもあまり重い荷を持つのを嫌がったのだ。
 
「おい、もう一度全員で体当たりするぞ。手ぇ貸せ」
「やだ。どうせ疲れるだけじゃん」
「肉体労働はゼルフの担当でしょう? 一人でやりなさいよ」
「アホか、てめえらは。俺たちはこのままじゃ、このクソ陰気な場所でそろってあの世行きなんだぞ!?」
「もっといい方法考えてよ。パーティーリーダーでしょ」
「こんなところであなた達と一緒に死ぬなんて、こっちこそまっぴらだわ」

 ましてや、言い争いに終始するなどもっての他だった。
 ダンジョン内で遭難した際、極力体力・気力の消耗を抑え救助を待つのが冒険者の基本だ。なんらかの手段で、自分達の居場所を伝える痕跡を周囲に残せればなおいい。
 だが、いままで己《おの》が力のみを頼ってクエストをこなしていた“火蜥蜴の尾”の三人は、救援がやってくるという発想自体が希薄だった。

「やめだやめ。くだらねえ。てめえらの好きにしてろ」

 さすがにゼルフ達も空腹と寝不足で気力が萎えかけていた。
 言い争う気力ももったいない、と遅まきながら気づく。

 ふてくされたように、ゼルフは冷たい床に横になった。
 暗闇の中ではあったが、その気配は他の二人にも伝わったようだ。
 気まずい沈黙が闇の中に満ちる。
 
 最初にそれを破ったのは、エイミ達の方だった。

「……ごめん、言い過ぎた」
「あたしもごめんなさい。ほんとにこれが最後なら、喧嘩で終わりたくないわ」

 急にしおらしくなってしまった二人の声に、ゼルフは苦笑を返した。

「いまさらかよ」

 彼の中からも怒りが失せていく。
 投げやりな気分ではあったが、心のどこかでこんなものかもしれないな、という思いも湧いた。
 少なくとも、やりたいようには生きてきた。
 その最後が、女二人とダンジョン内でくたばるというのも、さほど悪くはないような気もしてくる。

「だってゼルフ、いつもダリアさんのことばっかりなんだもん」
「あ? なんだそりゃ?」
「エイミの言う通りよ。もっとあたし達のことも見なさいよ」

 不思議なことを言い出す仲間二人に、ゼルフは投げやりに返す。

「真っ暗で何も見えねえよ」
「じゃあ、これでどう?」

 不意に、ゼルフの投げ出した両手に温もりが感じられた。
 エイミとリーザの二人が、それぞれ包みこむようにして自分の手を握ったのだと気づく。

「わたし達がいるの、分かる?」
「……ああ」
「もっと、近くにいってもいい?」
「……ああ」

 なんだこれは? とゼルフの頭が混乱する。
 が、すぐに考えることを放棄した。
 二人の肌の温もりがぴったりとくっつく。
 心臓の鼓動が、息遣いが、暗闇の中ではっきりと感じられる。
 
 ――こんな最後も悪くねえな。

 本気でそう思い始めた。
 その時――、

 不意に、光が差し込んだ。

「いた! 皆さん、いましたよ! やっぱりここで間違いなかった」

 ついで、誰かの声。
 エイミとリーザの二人は、光の速さでずざざっとゼルフから飛びのいた。
 暗闇のおかげで、赤くなった頬を見られないことにほっとする。

「……なんだ?」

 ゼルフは身を起こし、光の方を見やった。
 それは、精霊遣いミーシャが作った、光の精霊ウィル・オー・ウィスプの明かりだった。
 どうやら檻《おり》の外では、魔力を打ち消す闇の力は作用していないようだ。
 暗闇に慣れたゼルフの目にはまばゆく映った。
 それでも目を細めて見ると、明かりの下には見知った人影があった。

「ゼルフさん、エイミさん、リーザさん。無事だったみたいですね。いま罠を解除します」
「「レヴィン?」」

 “火蜥蜴の尾”の三人は異口同音に彼の名を呼んだ。
 彼らの目の前に立っているのは、自分達がパーティーから追放した盗賊職《シーフ》のレヴィンだった。
 彼だけではなかった。

「や~や~、ほんとにいた~。この生体を感知する指輪って便利ね~」
「思ったよか浅い階層で捕まっててくれて助かったな」

 レヴィンに続き、総勢十人もの冒険者達がやってくる。
 まるで、レヴィンが中隊のリーダーでもあるかのように彼らの目には映った。

 レヴィンはゼルフ達が捕らえられている檻の状態をつぶさに調べる。

「錠《じょう》の部分が弱い……。ギルドでもらったアダマンタイト・ピックなら開けられそうです」

 それは今回の探索のため、冒険者が寄付したマジック・アイテムだった。
 レヴィンはさほど手間取ることもなく開錠を果たし、檻の扉を開けた。

「動けますか、ゼルフさん?」
「……てめえ、誰にモノ言ってやがる」

 檻の中から返ってきた声に、レヴィンは苦笑を返した。

「それだけ憎まれ口を叩けるようなら大丈夫ですね。さあ、脱出しましょう」

 ゼルフにとって、レヴィンに救助されたうえ仕切られるというのは屈辱でしかなかったが、反抗できるほどの余力はなかった。

「言われるまでもねえ。こんなとこはもう、まっぴらだ。行くぞ、お前ら」

 まるで自力でそこから抜け出たような態度で、ゼルフは仲間を伴い、檻の中からはい出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

暁にもう一度

伊簑木サイ
ファンタジー
成り上がり貧乏辺境領主の後継者ソランは、金策のため、「第二王子を王太子になるよう説得できた者に望みの褒美をとらす」という王の頼みごとを引き受けた。 ところが、王子は女嫌いということで、女とばれないよう、性別を隠して仕えることになる。 ソランと、国のために死に場所を探している王子の、「死なせない」と「巻き込みたくない」から始まった主従愛は、いつしか絶対に失いたくない相手へと変わっていく。 けれど、絆を深めるほどに、古に世界に掛けられた呪いに、前世の二人が関わっていたと判明していき……。 『暁に、もう一度、あなたと』。数千年を越えて果たされる、愛と祈りの物語。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました

言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。 貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。 「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」 それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。 だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。 それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。 それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。 気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。 「これは……一体どういうことだ?」 「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」 いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。 ――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

処理中です...