受付嬢レベッカは落ちこぼれ冒険者を成り上がらせたい

倉名まさ

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第九話 女戦士カメリア③

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 その日、冒険者ギルドでは、ちょっとしたざわめきが起こっていた。

「なんだぁ、このクエストは?」

 冒険者たちが習慣として毎日見る、掲示板に張り出されたクエスト一覧。
 その中に一件、奇妙な依頼があった。

『行商のため、コルドランド島に赴《おもむ》きます。道中、魔物に遭遇するおそれがあるため、護衛をつとめてくださる冒険者さまを募集しています』

 一見すると、普通の依頼に思える。
 コルドランド島はこの町から北方に位置する小さな島で、土壌が豊かとはいえず、少数の島民が暮らすだけの未発達な場所だ。
 そんなところに行商なんて珍しい、とは思えるがまったくありえないというほどでもない。
 何かしらの商売上の事情があるのだろうし、それを詮索《せんさく》するのは冒険者の仕事じゃない。

 問題なのはその先。クエスト報酬についてだった。

『当方、金銭に余裕がないため報酬金がご用意できません。代わりに、旅先で見つけた珍しい腕飾りを差し上げます。これは装備するとステータス“男らしさ”が五十もあがるアイテムです。四つありますので、すべて差し上げます』

 これを見た冒険者たちは、ステータス“男らしさ”? と首をひねった。
 見たことも聞いたこともない。
 隠しステータスだろうか、と想像してみてもどんな効果があるのか判然としない。
 
 コルドランド島に向かう道は険しい。
 おそれがあるどころか、ほぼ確実にモンスターに遭遇するだろう。
 それが、島が栄えない理由の一つでもあった。

 その報酬があやふやなアイテムでは、あまりに魅力に乏しい。
 ハッキリ言って、奇妙としか言いようのない依頼だった。
 本当に冒険者ギルドで扱っていいようなクエストなのだろうか。

 だが、そうは思わなかったパーティーが一組だけいた。

「おおお、男らしさが上昇だと!?」
「オレ達にぴったりではないか!」
「まさに男の中の男たる我らにふさわしきクエスト!」
「やるしかないぞ、リーダー!」

 全員一致で即断即決。
 つい先日、紅一点の女戦士カメリアが脱退を表明したパーティー“黄金の闘士団”たちだった。

 屈強な者の多い冒険者だが、彼らほどいかつい集団は他にない。
 全員が全員、はちきれんばかりの筋肉を誇示するような装備だった。
 裸の上半身に革の胸当てだけを身につけていたり、ショートパンツ姿だったりと、夏場に見れば暑苦しいことこの上ない集団だ。

 他の誰も見向きもしないクエストを前に、怪気炎をあげている。
 クエストの推奨冒険者クラスもちょうどCランクで、彼らにぴったりだった。
 迷うことなく張り紙を手に取り、受付へと持ってくる。

「この依頼を受けるぞ!」

 リーダーの魔法戦士、ブルストがそう言ってカウンターに依頼書を差し出した。
 一応クラスは魔法戦士だが、カメリアの話によると、戦闘中は攻撃力増強の魔法程度しか使わず、ほとんど戦士クラスと変わらない戦いをしているそうだ。

「はい。クエスト受注ありがとうございます、ブルストさん」

 受付嬢レベッカは、受諾の手続きを済まし、にこりと微笑んだ。

「あの、念のためお聞きしますが、コルドランド島の場所はご存知ですか?」

 そう問われ“黄金の闘士団”のメンバーは互いに顔を見合わせた。
 声をそろえてきっぱりと、

「「よく知らん!」」
「……一応、地図をギルドからお貸ししますが、くれぐれも依頼人から離れないよう気をつけてくださいね」
「「オスッ! 助かる!!」」

 深く考えることなく、意気揚々と依頼人の元に向かうパーティーメンバーたち。
 その背中を目で追いながら、レベッカはそっとため息をついた。
 普段のカメリアの苦労と心配の理由がよく分かる気がした。

(冒険者さんらしくて気のいい人達ではあるんですけどね。……カメリアさん、あとはうまくやってくださいね)

 レベッカはそっと心の中でうまくいくことを祈った。

 ◇◆◇

 コルドランド島に向かいたいという商人は、頭にターバンを巻きつけ、顔をヴェールで覆った、どこかエキゾチックな雰囲気の漂う女性だった。
 女性にしては長身だが、ゆったりとしたローブを身につけているため、体型は分からない。

「……皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 口数少なく、静かな声で頭を下げる。
 対照的に冒険者たちはにぎやかだった。

「おうともよ。大船に乗ったつもりで安心せい!」
「なんてったって、オレたち“黄金の闘士団”はCランク冒険者じゃからのう!」
「がはははは、男の中の男よ!」
「どんなモンスターだって相手してやろうぞ!」

 豪快に笑う冒険者たちに対し、依頼人は淡々としていた。
 ただそっと頭を下げただけだ。

「……頼もしいことですね」

 あまり熱のこもらない声で言う。
 けれど、冒険者たちはその態度を気にも止めていなかった。

 ◇◆◇

 道中、馬車での旅は順調に過ぎていった。
 “黄金の闘士団”の実力は口だけではなかった。

 出くわしたモンスターは決して弱くない。
 狼型のモンスター、シャドウ・ハウンドや樹木型のモンスター、ヴァイン・トレントなど、地上を徘徊するモンスターの中では上位に数えられる種族にも何度か遭遇した。

 並のCランククラス冒険でも苦戦するような相手だ。
 しかし、“黄金の闘士団”のメンバーたちは、大きなケガを負うこともなく、それらを真正面から撃退していた。
 作戦も何もない。
 ほとんど腕力一辺倒で大型のモンスターも粉砕する。

「ふはははは、無敵無敵ー」
「うむっ、やはりオレたちだけでもやれるぞ!」
「ああ。あいつにも見てもらいたかったのう。ワシらの戦いぶりを!」

 こと戦闘においては、彼らはBクラスの冒険者にも引けを取らないほどの実力者たちだった。
 彼らにとっても、モンスターとの戦いは自信につながったようだった。

 そして、一行はコルドランド島に向かうため、帆船での移動に切り替えた。
 天候は穏やかで、船酔いする者もなく、船旅も順調だった。
 途中までは。
 
 目的の島までちょうど半分くらいに差しかかったころ。
 不意に、辺りに濃い霧が立ち込めはじめた。

 大気中にぶ厚いかけ布団がおろされたような、不思議と眠気を誘うような霧だった。
 あまりに唐突な変化に、熟練の冒険者たちなら魔術による天候操作や、モンスターが起こした怪異を疑うだろう。
 けど、単純思考の”黄金の闘士団“たちにそんな発想はない。

「むう。視界が悪いな」
「船長、気をつけてくれよ。座礁《ざしょう》なんかしたらシャレにならん」
「方角も見失わないよう頼むぞ」

 せいぜいが、航路を心配するくらいだった。
 これでも彼らは一流の冒険者らしく振る舞っているつもりでいた。
 
 と、霧の中をたゆたうように何かが聞こえてきた。
 歌声だった。
 甘く愛をささやくようでもあり、物悲しく悲恋をかこつようでもある。
 いくつもの歌声が旋律を形づくり、交響楽のような響きを生んでいた。
 高く低く、聞く者に誘いかけるように歌声は耳に届く。

「む、なんだ……?」
「頭がぼうっと……」
「うむ、良い心地じゃ……」
「うっとりするのう……」

 それを聞くうちに、冒険者たちは一様にまぶたがとろんとなり、フラフラと頭が揺れはじめた。
 ごつい見た目の“黄金の闘士団”のメンバーたちが、満腹後の赤ン坊みたいに目をとろんとさせているのは、一種異様な光景だった。

 船も、見えない糸に操られるように航路をはずれ、歌声のする方に向かいはじめた。
 冒険者たちも船頭を咎めなかった。
 早く歌のする方に行きたい。
 なぜか、そんな衝動が湧きあがって止まなかった。

 やがて船は、岩ばかりの群島が浮かぶ海域にさしかかった。
 風や波により削り取られた、険しい岩壁ばかりが連なる、島とも呼べないような小さな島々が波間に浮かんでいた。
 その岩の間に船は接舷した。

 岩壁の端には、歌声の主たちがいた。
 美しい女性の上半身に、鳥の翼と下半身という姿だった。
 海のモンスター、セイレーンだ。

 正気であれば、おぞましさに恐れおののくような姿だ。
 だが、セイレーンの発する歌声に魅了された冒険者たちは一様に、催眠にかかったみたいに目をぼんやりさせ、口をだらしなく半開きにするばかりだった。

「ん、むう……?」

 何か危機が迫っている気がしたが、思考がまとまらない。
 船がやってくると、罠にかかった獲物に歓喜する猟師のごとく、セイレーンの歌声はひときわ甲高いものに変わった。
 それで、ようやく冒険者たちにも恐怖感が湧きおこった。

「むっ、なんだこれは!?」
「身体が動かぬぞ!?」
「うおおー、どうしちまったんだ。オレの最強の肉体は!?」
「動け、動けー!?」

 セイレーンがわざわざ意識だけ魅了を解き、身体の麻痺を残したのは、彼らの恐怖心をも喰らうためだ。
 ゆっくりと恐怖心をあおるように、獲物へと近づいていく。

「むう、よ、寄るな!?」
「クソッ、身体さえ動けばこんな細っこいモンスターなど……」

 身をよじろうとするが、麻痺は解けそうもない。
 鳥が虫をついばむようにして、セイレーンが牙の生えた口を大きく開けた。

 なまじ美しい女の姿をしているだけに、その光景は凄惨《せいさん》な迫力があった。
 冒険者たちは、自分でも無意識のうちに叫んでいた。

「うおおー、か、カメリアー! 助けてくれー!!」

 ――と、その時、影がモンスターと冒険者たちの間に素早くよぎった!

 同時、持ち主の身の丈ほどもある大剣がひるがえる。
 それは“黄金の闘士団”達にとって、見慣れた剣だった。

「おおおおーっ!」

 雄叫びとともに、剣閃がきらめく。
 複数のセイレーン達が同時に斬りつけられ、おぞましい悲鳴を上げた。
 大剣の持ち主は赤い長髪を振り乱し、次々にセイレーン達に斬りかかっていく。

「あ、あれはカメリア!?」
「なぜここに!?」
「オレ達は夢でも見ているのか?」
「なんでもいい。カメリアが来てくれたんじゃ。ワシらも加勢するぞ!」

 カメリアの乱入によって、セイレーンによる麻痺の呪いも解けていた。
 彼女にならって雄叫びを上げ、先陣を切って戦う赤髪の女戦士に続く。
 それが“黄金の闘士団“本来の姿だった。

 こうなっては、セイレーンは彼らの敵ではなかった。
 ほとんど息を乱す間もないうちに、彼らはモンスターを全滅させていた。

「ったく、情けないな、お前ら」

 腰に手を当てて呆れかえった表情のカメリア。
 そんな姿も、他の冒険者たちにとってはおなじみの光景だった。

 コルドランド島への護衛を依頼した商人、その正体がカメリアだったのだ。
 いまはヴェールもターバンも脱ぎ捨てて、なじみの女戦士然とした軽鎧を身につけた姿だ。

「この海にはセイレーンどもが待ち受けている。魅了の効かない女冒険者でパーティー組むのが常識だぞ?」

 偉そうにため息をつくカメリアだったが、なんのことはない。
 この島へのクエストを作りあげたのがカメリア自身とレベッカだった。
 考えようによっては、自分の存在価値をアピールするため、仲間達をあえて危機におとしいれた自作自演とも言える。

 ……が、”黄金の闘士団“の面々はそんな細かなことを気にする性格ではなかった。
 ピンチの自分達をかつての仲間が救ってくれた。
 それだけ分かれば十分だった。

「おおー、そうだったのかー!」
「ぜっんぜん知らんかった!」
「やっぱりオレ達カメリアがいないとだめだなぁ」
「うむ。やはり安心してしまうのぉ」

 そして、四人は互いに顔を見合わせ一斉に頭を下げた。

「「カメリア、すまなかった! パーティーに戻ってきてくれ」」

 カメリアは気恥ずかしげに、頬をポリポリとかいて、一瞬目を逸らした。
 自分で企んだことではあるが、こうも素直に狙い通りの反応が帰ってくると多少の罪悪感が湧いてくる 。
 けど、もちろん拒むつもりはない。
 すぐに視線を彼らへと戻し、カラッととした笑顔とともにうなずいた。

「顔上げなよ。……ほんとに仕方ない奴らだな、お前ら。とりあえずまだクエストの途中だ。気合い入れていくぞ!」

 女商人はカメリアの変装だが、コルドランド島に物資を届けたい、という町からの要請があったのは本当だった。
 レベッカも、ちょうど近々クエストを立てようとしていたのだが、それに便乗した形だった。
 カメリアがハッパをかけると、他のメンバー達は無邪気に笑って応じた。

 そして、無事コルドランド島に到着したのち……。

「ほら、約束通り“男らしさ”が上がるブレスレットだ。つけてみな」

 と、カメリアは手にした荷の中からおそろいの腕輪を四つ取り出した。
 二匹の大蛇が絡み合うようなデザインで、彼女が出身の部族ではこれと同じ装飾品を成人の証として若者に贈る風習があった。

 同じデザインのものをカメリア自身も身につけている。
 合金をメッキして造った黄金色の腕輪で、カメリアとレベッカが二人で作ったものだ。
 手作りとはいえ、さすがドワーフ族のレベッカが作ったものだけあって、なかなかにかっこいい出来栄えだった。

「うおおおお、かっこいい。男らしいぞ!」

 “黄金の闘士団”のメンバー達は、おおげさなくらい喜んだ。
 防具としての効果はない装飾品に過ぎないが、涙を流さんばかりの感激ぶりだった。
 そして、円陣を組むようにして、腕輪をはめた右腕を突き出し合う。

 もちろん、カメリアも一緒だった――。

 ◇◆◇

 カメリアからの報告を聞いたレベッカはそっと苦笑をもらした。
 うまくいって良かったと思うが、冷静に考えてみればツッコミどころだらけの作戦だった。

 改めて、”黄金の闘士団“にはまとめ役のカメリアの存在が必要不可欠だと悟る。
 個々のメンバーの戦闘能力は高いが、冒険者パーティとしては、それを率いる彼女の存在があってはじめて活きる。
 彼らはそういうパーティーだった。

「しかし、お嬢も見かけによらずあくどいねえ。あの筋肉ダルマどもの性格を全部知ってあんな作戦思いつくんだもんな」
「ちょっ、全部わたしのせいにしないでくださいよ! カメリアさんだってノリノリだったじゃないですか!?」
「んー、怖い怖い。あたしもお嬢に騙されないよう気をつけないとな」
「もう、やめてくださいってば。今回のことは他の冒険者さんには秘密にしておいてくださいよ」
「あっははは、冗談だって。感謝してるよ、お嬢」

 レベッカとカメリアは、ヒミツを共有している者同士の笑顔を浮かべ、互いの顔を見合った。
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