受付嬢レベッカは落ちこぼれ冒険者を成り上がらせたい

倉名まさ

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第七話 女戦士カメリア①

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「んああぁぁ~、いぎがえるぅぅ~」

 湯船の中で思いっきり手足を伸ばし、奇声を上げるレベッカ。
 町の大浴場でのことだ。
 ここは、深夜帯にもやっている、彼女にとって貴重なお風呂屋だった。
 古代魔法帝国時代の浴場をイメージして作られ、白亜の大理石で周囲の覆われた品《ひん》の良い湯屋だった。
 
 ここ七日ばかり、冒険者ギルドでは予期せぬトラブルや書類仕事が重なり、寮に帰るヒマもなく、職場で仮眠の日々だった。
 少しばかりの残業でそそくさと帰宅してしまう同僚のダリアを恨めしく思う気持ちも湧かないではなかったが、彼女は元々そういう契約で雇われているのだ。(レベッカも同じはずだったが)
 ダリアに当たるのはスジ違いだろう。

 それもなんとかかんとか山場を越えて、せめてお風呂くらいはと、こうして浴場に繰り出したのだ。
 時間が遅いせいか、レベッカの他に女湯の利用客は他になかった。
 やろうと思えば泳ぎ回れてしまうくらい広い浴場を独り占めというのも、なかなか贅沢なものだ。

 ちなみに、ドワーフ族は特に男性に風呂嫌いの者も多いが、彼女はまったくそんなことはなかった。
 故郷の里にいた時から、炭鉱での採掘や鍛冶で真っ黒になっても風呂はおろか水浴びもろくにしたがらない同族達を奇妙に思ったものだった。

「はあぁ~、アルベリウス・グランドのお墓には、足を向けて寝れませんね~」

 彼女が口にしたアルベリウスというのは、熱魔石を発見したとされる、いにしえの冒険者だった。
 彼の発見のおかげで、薪がなくとも火が起こせ、温かいお茶がいつでも飲め、こうして温かな湯に庶民の手に届く値段で浸かることも可能なのだ。
 もちろん、熱魔石を魔道具として利用できるよう研究を重ねたのは魔導士達の功績だが、それも最初に彼の発見があったからこそできたことだ。

「”冒険者の不屈の努力なしに人類の平和と発展なし“ですね。うんうん」

 一人で標語らしきものを作って、うんうんうなずいている。
 ハードな仕事明けで、睡眠時間も足りておらず、ちょっとテンションのおかしくなってるレベッカだった。

「ご予約のレベッカさ~ん。お時間ですよぉ~」

 と、浴室の向こうから呼びかける声があった。
 ちょっと鼻にかかった、妙に甘ったるい大人の女性の声だった。

「は~い。いまいきます~」

 呼びかけにこたえてから、ざばんと音を立て、勢いよく浴槽から立ち上がった。
 周りに誰もいないから、すっぽんぽんでも恥じらう必要もない。

 ほかほかと上気した肌をふき、大きなタオルを身体に巻いて浴室の隣の小部屋へ向かう。
 その部屋のドアの上には「マッサージ室」と表札が掲げてあった。

 大浴場とマッサージ。
 無駄遣いをめったにすることのない彼女の、ささやかなぜいたくだった。

 冒険者ギルドの受付嬢は彼女の生き甲斐のようなものだ。
 書類仕事も、そこまでイヤということもない。
 まさしく天職といえる職場だが、唯一の彼女の大敵が、肩こりだ。
 バキバキの肩と背中は職業病といえるだろう。
 
 ドアを開けた先に待ちかまえていたのは、簡易のベッドと当然のことながらマッサージ師のお姉さんの姿。

「うふふ、いらっしゃ~い。さあ、そこにうつぶせで横になって」
「よ、よろしくお願いします」

 それはいいのだが……。
 ゆったりとした施術者の服装でもハッキリわかる豊かな胸にきゅっとくびれた腰、長くほっそりとした脚。
 後ろで縛ったアッシュブロンドのロングヘア。長いまつげに、紅い唇。泣きぼくろのある艶やかな顔立ち。

 やけに色気がダダ洩れているお姉さんだった。
 同性のレベッカでも思わず見とれてしまうほどだ。
 こっちは裸にタオル一枚の湯上り姿だというのに、無地の仕事着姿の相手の方がよっぽど色っぽく見える。
 この湯屋はちょくちょく利用しているレベッカだが、こんなセクシーなお姉さんを見るのは初めてのことだった。

「は、初めましてですよね?」
「ええ、エレガンテと申します。わたしは夜のマッサージの担当なの。よろしくね~」 

 語尾にハートマークがついてるような蠱惑的《こわくてき》な声にウィンク一つ。

「よ、夜の……」

 この人の甘い声音で言われると、妙に意味深な言葉に聞こえてしまう。
 男性浴場の方のマッサージも担当しているのだろうか、とついつい下世話な想像が浮かんだ。

 ちょっと緊張気味にうつぶせに横たわるレベッカ。
 その背に、エレガンテのほっそりと長い指がなぞるように添えられた。
 湯船でほてった身体にはひんやりと感じられて、思わず「ひゃっ」と声が出てしまう。

「ちょっと、レベッカちゃ~ん?」
「な、なんでしょう?」

 初対面でいきなり”ちゃん“付けなのはどうなのだろう、と思ったけれどとりあえず置く。
 外見から子ども扱いされることには慣れっこだった。

「ガチガチ過ぎるわよぉ。あたしは石工じゃなくてよ」
「その……ドワーフ族ですから」
「関係ないでしょ~う? わたしぃ、これまでドワーフ族の殿方も何人かお相手したことあるけどぉ、こんなカチカチにお固くなかったわぁ~」

 殿方のお相手。
 たったそれだけのワードで、レベッカの頭の中にはめくるめくピンク色の想像が膨らんでいく。
 あわてて妄想を打ち消した。

「バレましたか……」
「も~う、若い娘《こ》の背中じゃないわよぉ、これ。ちょっとは運動しないと~」
「たはははは、善処します」

 思わぬ場所でお説教を喰うハメになってしまったが、エレガンテの物言いは決して高圧的ではなく、母親が「めっ」と幼子を𠮟りつけるような響きがあって、かえって心地よくすらあった。
 これは男性人気出そうだなぁ、ウチの男冒険者さん達ならイチコロかも……、なんてレベッカはぼんやり思っていたが――、

「よしっ、ここはお姉さんが一肌脱いじゃうわぁ!」
「えっ?」
「ほんとは別料金を頂くとこなんだけどぉ~。と・く・べ・つに、秘伝のエレガンテ・スペシャルをプレゼントしてあげちゃうわぁ」
「えっと、それなに……ぐげッ!?」

 レベッカの口からつぶれたカエルのような声が漏れた。
 肩にエレガンテの体重と、なんだか訳のわからない激痛が走ったためだ。

 それも始まりに過ぎなかった。
 エレガンテの細腕のどこにそれだけの力があるのか、彼女はレベッカの小さな背中をこね、叩き、もみほぐし、縦横無尽に蹂躙する。さながら、まんじゅうをこねる熟練の職人のごとく。
 まな板の上の魚よろしく、レベッカはされるがままだった。

「ぎゃふっ、ちょ、お、お姉さん、ギブ、ギブアップ! いだだだだッ、ムリ、ムリですって!?」
「も~う、これを痛いと感じるのは凝りがたまってる証拠よぉ~。うんしょ、っと。さっ、もう少しがまんしましょうねぇ~」
「ひぎいいいッ」

 エレガンテの猫なで声と対照的に、激痛はさらに増していく。
 涙目になってレベッカは抵抗しようとするが、どこをどう極められているのか、腕一つ動かせなかった。
 そうするあいだにも、エレガンテのマッサージはさらに威力を増していく。

「はいっ、これでフィニッシュ!」
「うぎゃあぁぁ」

 まるっきり、勇者に倒された魔王みたいな断末魔の悲鳴をあげ、レベッカは寝台にがっくりと力なく突っ伏した。
 施術じたいはそう長い時間ではなかったはずだが、レベッカの体感では一生分の拷問を受けたような気分だった。

「は~い、よくがんばったわねぇ~。いい子いい子」
「あ、ありがとうございました……」

 どうにか声を絞り出し、よろよろと立ち上がるレベッカ。
 対照的にエレガンテお姉さんの笑顔は妙にツヤツヤと輝いて見えた。
 なんかどさくさに紛れてけっこうきわどいところもほぐされたような気がするが、もうそれどころじゃなかった。
 嵐のようなマッサージが終わり、かえってどっと疲れていた。

「待っててねぇ~。もうあと少しよぉ。五、四、三、二、一……」

 と、エレガンテが謎のカウントダウンを始めた。
 カウントがゼロになった時、レベッカの全身が淡い光に包まれた……ような気がした。
 それは気のせいだとしても、まるで高位の回復魔法《ヒーリング》を受けたような心地良さを覚える。

「あ、あれ、身体が軽い……!?」

 一生お付き合いすることになるだろうと思っていた肩の重みがどこかに消えていた。
 背中や腰が軽い。
 ぴょんぴょんと飛び跳ねてみた。
 いまなら空も飛べそうな気分だ。
 調子に乗って動いていたら、バスタオルがばさりと落ちて、慌てて巻きつけなおす。

「うふふ、どうかしらぁ、エレガンテ・スペシャルの効き具合は?」
「しゅ、しゅごい! ……です」

 感動のあまりヘンな声が出た。

「気に入ってもらえて何よりだわぁ。で~もぉ、もっと自分の身体は大事にしてあげなきゃメっよ。でないとぉ、も~っとキツイやつをお見舞いしちゃうんだからねぇ~」
「き、肝に銘じておきます」

 最後まで色っぽく手を振るエレガンテに見送られながら、レベッカはマッサージ室を後にした。
 キツくはあったが、過ぎてしまうとまたやって欲しくなってしまう。
 次、このお風呂屋を利用する時も、可能ならあのエレガンテお姉さんを指名したかった。

 なんだかハマってしまいそうな気がして、ちょっと怖くなるレベッカだった。
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