受付嬢レベッカは落ちこぼれ冒険者を成り上がらせたい

倉名まさ

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第五話 弓使いクロス②

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「ようこそ、当店へ! 冒険者様とお見受けしましたが、何をお求めでしょうか?」
「あ、は、はい……。あの……」
「いや、それにしても風格あるお姿ですな! ワタクシ不覚にもあなた様のお顔をいままで存じ上げませんでしたが、さぞ名のある冒険者様とお見受けしましたぞ。さだめし、クラスAランク……いや、Sランク冒険者様でありましょうか。いや、この町でSランク冒険者は勇者パーティー御一行のみでしたな。これは失敬。はっはっはっは。しかし、冒険者様でありながら、宮殿の貴婦人方にも負けず劣らずのその見目麗しさ。ワタクシめ、感服致しました。まさに、天は二物を与えたまうというものですなー」

 レベッカが中に入ると、クロスと武器屋の店主がカウンターを挟んで会話しているのが見て取れた。
 レベッカは棚の武具を物色するフリをして、話が聞こえる程度までそちらに近づいていく。
 武器屋の店主が新しい客のレベッカに気づいた様子はなかった。
 こちらに背を向ける格好になっているクロスは言うまでもない。

「なんと、弓使いアーチャー様でありましたか!? それはなんたる幸運! なんたる奇跡! まさにちょうど、弓使いアーチャークラスの方にぜひお勧めしたい、よそではちょっとお目にかかれないレアな品々を入荷したばかりでございます。ぜひご覧いただきたい。いやあ、それにしても、お嬢さんは幸運の女神アウラーナ様に愛されておりますなあ。ワタクシもあやかりたいものでございます」
「は、はぁ……」

 饒舌な店主の勢いに気おされて、クロスは相づちを打つのが精いっぱいの様子だった。
 それをいいことに、店主は大小様々な弓や肩当て、グローブ、ブーツなどの品々を棚から取り出しクロスに押しつけている。
 とても落ち着いて物色できる様子ではなかった。

(やっぱり)

 レベッカは内心つぶやく。
 この店主の調子の良さは、有名だった。
 セールストークと言えばそれまでだが、金を持っている相手だとみるや、とにかく客が考える間も与えずまくしたてるように喋りつづけ、あれこれ不要なものまで買わせようとする。

 武器屋ギルドから注意を受けることもしばしばだったが、改まる様子もない。
 ましてや、普段から人とコミュニケーションを取るのが苦手なクロスとの相性は最悪だった。

 このままでは、クエストで得たなけなしの報酬すべてを巻き上げられ、不要なものまであれこれ買わされかねない。
 そろそろ助け舟を出そうか、とレベッカが思ったその時だった。

「あ、あの……」
「ん、どうしましたお嬢さん?」

 クロスが口をぱくぱくさせて、何事か伝えようとしていた。

「な……ナイフ……」
「ナイフ?」
「わ、わたし……その……弓……使うから……モンスターが近づいてきた時……戦う用に……」
「ああ! 近接戦闘用のナイフをお求めでしたか! 弓の補助のために!!」
「ひゃ、ひゃいッ」

 大仰すぎる店主のうなずきに気圧されながらも、クロスはこくこくこくと必死にうなずいていた。

「こ~れは失礼! ございます、もちろんございますとも! 弓使いアーチャークラスでもぴったりの近接戦用ナイフが。ちょうど良かった。素晴らしい一品がありましてな。こちらでございます!」

 店主は一度店の奥に引っ込み、カウンターの上に、ふんだんに装飾が施された派手な箱を置き、その蓋を開けた。
 レベッカも、ちらりとそれを盗み見る。

 はっきりとは見えなかったが、中身は一振りのナイフのようだ。
 柄の部分まで含めて、成人男性の手首から肘のあたりくらいまでのサイズで小振りな代物だが、銀の刃は遠目にも鋭利なものと見えた。

「遥か北方、ヴァハリア族の職人が手がけた逸品でございます」
「ん?」

 と、思わず口の中で声をあげたのはレベッカだった。
 商人の売り文句に引っかかりを覚えてのことだった。

「まず、原材料からしてそんじょそこいらのナマクラ刀とはワケが違います。正真正銘、刃はスカイドラゴンの牙、柄は同じくスカイドラゴンの鱗を加工したもの。さらにさらに、柄の内側にはルーン文字による魔術付与も施されており、装備主の状態異常耐性も高めてくれるという、おまけというにはあまりにも豪勢なおまけつき。無論のこと、それを納める鞘もただの入れ物ではございません。これがなんと――」

 続く商人の口上に疑念がさらに疑念が深まる。

「ちょっと、それよく見せてもらっていいですか?」

 とうとう、レベッカは棚から離れ、カウンターへ近づき声をかけた。
 クロスへの営業に夢中になっていた武器屋の店主は初めて、レベッカの存在に気づいた。

「あ、あなた様はたしか冒険者ギルドの……?」
「はい。受付のレベッカです」

 そう答え、クロスの横に並び、店主と対峙する。

「……れ、レベッカさん?」

 クロスも突如現れた顔見知りの存在に、困惑していた。
 と、同時にどこかほっとしているようにも見えた。

「これ、ほんとに北方地域の品ですか? ヴァハリア族の刻印もないようですけど?」
「な、何をおっしゃる!? ワタクシめはこれでも先祖代々続く本職の武器屋ですぞ。いったい何を根拠にそのようなお言葉を!?」

 武器屋の物言いは相変わらず調子よかったが、声音に動揺が入り混じっているのを隠しきれていなかった。

「あの、皆さんよく忘れ気味ですけど、わたしドワーフ族なんで。確かに本職ではありませんけれど、武器の鑑定はこれでもけっこう得意なんですよ?」

 レベッカはそう言いながら、カウンターに置かれたナイフを手に取る。
 柄の造り、刃の紋、剣先の鍛造具合などつぶさに見やった。

「で、シロウト質問で恐縮ですが、もう少しいいですか?」
「う、あ、はい……」

 誰もが恐れるその前置きに、店主の声音から調子よさがとうとうしぼみはじめた。

「まず、刃ですがたしかにモンスター素材の品物であるとお見受けします。けれど、スカイドラゴンの牙に特徴的な、俗に竜紋と呼ばれる波形がないのはなぜでしょう。見たところこれ、クレイター・ボアかシャドー・ボア、イノシシ型のモンスターの牙じゃないですか?」
「…………」

 的確かつ細部に渡ったレベッカの問いかけに、店主は何も言えずにいた。
 額に脂汗が浮かんでいる。
 クロスも事態に気づき始めたようだ。

「で、柄ですがこちらは明らかに人工物ですよね。それこそ、北方のヴァハリア族が愛用している黒鉄杉《くろがねすぎ》っぽく見えますけど? 中途半端に設定ごちゃまぜにしていませんか? 最後に、ルーン文字による魔力付与。これについてはぱっと見では確認しようもありませんが、この手の造りのナイフでしたら、刀身の内側を確認するのも、比較的簡単なはず。分解してみても?」
「そ、それは、困ります。万が一、その……」
「万が一なんですか?」

 レベッカの冷たい視線を受け、とうとう店主の舌も回らなくなってしまった。
 ヘタな口上を述べたところで、容赦なく叩き潰されるのは目に見えていた。

「強引な営業もあまり褒められたものではありませんが、商品の虚偽は明らかに武器屋ギルドの規約違反です。ことによっては町役場に通報しないといけませんけど?」
「あ、ああ~! 大変おみそれしました!!」

 突如、店主は大声を張り上げた。

「これはこれは大変助かりました!! ワタクシめも危うくだまされるところでした。いや、危機一髪、九死に一生を得るとはまさにこのこと! レベッカ様のような真贋を見抜かれる卓抜たるご慧眼の持ち主が現れたことはワタクシにとっても願ってもない幸運。武具を司る軍神アーリス様の思し召しでありましょう!」

 何を思ったのかレベッカのことを大仰に褒めちぎる。
 調子良さもここまできわまると滑稽だった。

「……どういうことですか?」
「いやなに、実はこの品、とある冒険者からクエストで手に入れたものと売り込まれましてな。どうやら、ワタクシ目もすっかりかの者に騙された模様。いや、もしかすると冒険者殿も本物と思いこんでいたのかもしれませんなあ。いあや、お恥ずかしい!」
「持ち込みの武器の鑑定は、武器屋ギルドで義務付けられていたはずですけど?」
「まあ、そうなんですがね。何せ、買い取ったばかりで。たまたまそれも間に合わず。それもこれも、こちらの冒険者殿のお役に立ちたい一心が先走ってしまいましてな。どうぞ、この通り、お許し願いたい!」

 どうやら、ごまかしきれないと見て、自分も知らなかったことというシナリオで押し切ることにしたらしい。
 レベッカの目がすわっていく。

「その冒険者さん、どなたですか?」
「いや、お名前は伺っておらず……」
「特徴をおっしゃってください。冒険者ギルドのメンバーならわたしが分かります」
「いや、それがどうもよその町からやってきた旅人のようで……」
「ふざけないでください!!」

 ばん、と音を立てレベッカは机を叩いた。
 普段にこやかな彼女の意外なほどの剣幕に、店主はおろかクロスもびくりと肩を震わせていた。
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