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第四話 弓使いクロス①
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昼下がりの商店街。
夕飯前の一番賑やかになる時間帯だった。
レベッカも例にもれず、晩の食材を買い出しに繰り出していた。
料理はワーカホリック気味な彼女の、数少ない純粋な趣味の一つだ。
終わりの見えない事務作業を放り出し、無理やり作り出した休日だった。
「ふんふんふふ~ん♪」
露店に並ぶ新鮮な野菜や果物を見ているだけで楽しい。
つい、鼻歌も口をついて出る。
まだ、どんな献立にするかは決めていない。
一通り露店を回って、自分の胃袋が反応した食材をもとにメニューを決める、というのが彼女のスタイルだった。
「おっ、レベッカちゃん、珍しい。ちょっと寄って新作の漬物味見してくれるか?」
「お久しぶりです。ちょっとここのところギルドの仕事が立て込んでて……。しばらくこない間に、ずいぶん品ぞろえ変わりましたね!」
漬物屋の主人に呼びかけられ、レベッカは笑顔で返す。
最後に彼女が商店街にやってきたのは、まだ肌寒さに襟をかき合わせるような頃だ。
季節がめぐれば、並ぶ品も変わるというもの。
目にも新鮮な光景に、はずむ足取りで店を見て回る。
すると――、
「あ、ズルいぜ、旦那。それよか、うちのオリーブの品評してくれよ」
「パンの小麦変えてみたんだ、どう思う?」
「仕入れたワインなんだけどさ、値付けに悩んでるんだよね」
「なあなあ、なんか旨そうだから漁師から仕入れちまったんだけど、この魚、どうやって料理するのが正解なんだ?」
彼女がぶらつき始めると、商店街の者たちが一斉にレベッカに目をつけ、相談ごとを持ち込んでくる。
冒険者ギルドの時と同様、ここでもレベッカは大人気だった。
買物客のはずなのに、むしろ相談するのは露店商人や料理人たちの方だった。
レベッカの料理の腕と舌のセンスはプロ顔負けだ、と界隈では有名だった。
「う~ん、悪くない味付けですけど酢を小さじ半くらい足した方が引き締まるかも。うん、このオリーブわたしは好きです。魚介類と相性良さそう。焼き加減がちょっとくどいですね、せっかく味の深みのあるパンなのでもう少しあっさりさせて……。あ~、これは少し玄人好みのワインですねえ。ルヴェワール地方産と見ましたが、希少価値も含めて銀貨八枚前後が妥当では? あー、これは東洋タラの亜種ですね。あっさりした味わいなのでわたしならキノコといっしょに和えるかムニエルにしても……」
今日はオフの日なのに――なんてことをレベッカは言わない。
腕まくりして、相談者一人一人に耳を傾け、アドバイスしていく。
結局、彼女のワーカホリックぶりはここでも変わりなかった……。
「ありがとう! 助かった。これはお礼だ」
と、ほうぼうから料理やら食材やらなかば押しつけられるように渡される。
試食だけでも十分お腹いっぱいになりそうだった。
「こちらこそ、ありがとうございます! おいしく頂きますね」
笑顔で受け取っているうち、なんにも買い物しないうちから、みるみる荷物は膨らんでいく。
正直、もらった食材を全部使いきったら、とても一人きりでは食べきれない量となるだろう。
職場に持っていくお弁当や保存食にするにしても、限度がある。
「ここは一つ、冒険者の皆さんにも、腕によりをかけて料理を振る舞いましょうか」
レベッカは膨らみ続ける背中の荷に話しかけるみたいに、一人つぶやく。
そこで同僚のダリアやギルドマスターのエドアルドではなく、冒険者たちの顔が思い浮かぶのがなんともレベッカらしかった。
底なしの胃袋を持つ冒険者は少なくない。
そうと決めたなら、もらった食材だけじゃ心もとないかもしれない。
「あの、これわたしの部屋に届けてもらっていいですか」
「おう、もちろん!」
レベッカは運送屋にもらった荷物を預けた。
そして、さらに食材を買い足していこうと張り切る。
「ふふふっ、日ごろがんばってくださっている冒険者さんへのお礼です。うんと精のつくもの食べてもらわないと……」
もう、今日がオフ日であることなんてすっかり頭から消え去っているレベッカだった。
早く買い物を終えて、仕込みを始めたくてウズウズしだすレベッカ。
そういえば、表通りの商店街がちょっと外れた、裏路地に品揃えの良い八百屋があったはずだ。そう思って細路地に入った。
「あ、あれって――」
と、一人の人間に目が止まる。
普段着姿だが、レベッカが見間違えることはない。
彼女が担当する女性冒険者だ。
その名前をクロスという。
弓使いクラスのソロ冒険者で、ランクはまだEのルーキーと言っていいキャリアだが、父親が猟師だったということで、弓の腕は目を見張るものがある。
レベッカの目から見ても順当にクエストを成功させていて、この先が楽しみな冒険者の一人だった。
ただ、欠点と言えるのは、ひどく口下手というかはっきり言ってコミュ障気味なところがあり、他の冒険者と交流ができず、いまだパーティーを組めないでいる点だ。
見かねたレベッカが声をかけた時も、その悩みを打ち明けるまでずいぶん時間がかかった。
けれど、ソロでも着実に成果をあげているのだ。
あまり深刻に悩む必要はない、とレベッカは伝えていた。
彼女の実力に気づいてどこかのパーティーから誘いがかかるのも時間の問題だ、と彼女は睨んでいる。
せっかくなら、クロス自身納得がいってなじめるパーティーに入れるといいのだが……。
それはともかく。
彼女はいま、とある店の軒先にいた。
「うぅぅ……」
中に入るのをためらっているみたいで、何度も足踏みしたり引き返しかけたりしては、まだ店の前に戻る。そんなことを繰りかえしていた。
す~は~と、遠目で見ていても息が聞こえるくらいたっぷり深呼吸して、とうとう意を決して店のドアを開けた。
「あの店って……」
レベッカも知っている店だった。
剣と盾の意匠の看板が軒先にかかっている。
武器屋だ。
品揃えは悪くないのだが、初心者が通うには、少々注意しなければならない店だった。
「……ちょっと心配ですね」
レベッカはつぶやき、クロスの入った店を眺めた。
外からでは店の中の様子は分からない。
夕飯の買い出しはいったん中断して、レベッカも店に入ることにした。
夕飯前の一番賑やかになる時間帯だった。
レベッカも例にもれず、晩の食材を買い出しに繰り出していた。
料理はワーカホリック気味な彼女の、数少ない純粋な趣味の一つだ。
終わりの見えない事務作業を放り出し、無理やり作り出した休日だった。
「ふんふんふふ~ん♪」
露店に並ぶ新鮮な野菜や果物を見ているだけで楽しい。
つい、鼻歌も口をついて出る。
まだ、どんな献立にするかは決めていない。
一通り露店を回って、自分の胃袋が反応した食材をもとにメニューを決める、というのが彼女のスタイルだった。
「おっ、レベッカちゃん、珍しい。ちょっと寄って新作の漬物味見してくれるか?」
「お久しぶりです。ちょっとここのところギルドの仕事が立て込んでて……。しばらくこない間に、ずいぶん品ぞろえ変わりましたね!」
漬物屋の主人に呼びかけられ、レベッカは笑顔で返す。
最後に彼女が商店街にやってきたのは、まだ肌寒さに襟をかき合わせるような頃だ。
季節がめぐれば、並ぶ品も変わるというもの。
目にも新鮮な光景に、はずむ足取りで店を見て回る。
すると――、
「あ、ズルいぜ、旦那。それよか、うちのオリーブの品評してくれよ」
「パンの小麦変えてみたんだ、どう思う?」
「仕入れたワインなんだけどさ、値付けに悩んでるんだよね」
「なあなあ、なんか旨そうだから漁師から仕入れちまったんだけど、この魚、どうやって料理するのが正解なんだ?」
彼女がぶらつき始めると、商店街の者たちが一斉にレベッカに目をつけ、相談ごとを持ち込んでくる。
冒険者ギルドの時と同様、ここでもレベッカは大人気だった。
買物客のはずなのに、むしろ相談するのは露店商人や料理人たちの方だった。
レベッカの料理の腕と舌のセンスはプロ顔負けだ、と界隈では有名だった。
「う~ん、悪くない味付けですけど酢を小さじ半くらい足した方が引き締まるかも。うん、このオリーブわたしは好きです。魚介類と相性良さそう。焼き加減がちょっとくどいですね、せっかく味の深みのあるパンなのでもう少しあっさりさせて……。あ~、これは少し玄人好みのワインですねえ。ルヴェワール地方産と見ましたが、希少価値も含めて銀貨八枚前後が妥当では? あー、これは東洋タラの亜種ですね。あっさりした味わいなのでわたしならキノコといっしょに和えるかムニエルにしても……」
今日はオフの日なのに――なんてことをレベッカは言わない。
腕まくりして、相談者一人一人に耳を傾け、アドバイスしていく。
結局、彼女のワーカホリックぶりはここでも変わりなかった……。
「ありがとう! 助かった。これはお礼だ」
と、ほうぼうから料理やら食材やらなかば押しつけられるように渡される。
試食だけでも十分お腹いっぱいになりそうだった。
「こちらこそ、ありがとうございます! おいしく頂きますね」
笑顔で受け取っているうち、なんにも買い物しないうちから、みるみる荷物は膨らんでいく。
正直、もらった食材を全部使いきったら、とても一人きりでは食べきれない量となるだろう。
職場に持っていくお弁当や保存食にするにしても、限度がある。
「ここは一つ、冒険者の皆さんにも、腕によりをかけて料理を振る舞いましょうか」
レベッカは膨らみ続ける背中の荷に話しかけるみたいに、一人つぶやく。
そこで同僚のダリアやギルドマスターのエドアルドではなく、冒険者たちの顔が思い浮かぶのがなんともレベッカらしかった。
底なしの胃袋を持つ冒険者は少なくない。
そうと決めたなら、もらった食材だけじゃ心もとないかもしれない。
「あの、これわたしの部屋に届けてもらっていいですか」
「おう、もちろん!」
レベッカは運送屋にもらった荷物を預けた。
そして、さらに食材を買い足していこうと張り切る。
「ふふふっ、日ごろがんばってくださっている冒険者さんへのお礼です。うんと精のつくもの食べてもらわないと……」
もう、今日がオフ日であることなんてすっかり頭から消え去っているレベッカだった。
早く買い物を終えて、仕込みを始めたくてウズウズしだすレベッカ。
そういえば、表通りの商店街がちょっと外れた、裏路地に品揃えの良い八百屋があったはずだ。そう思って細路地に入った。
「あ、あれって――」
と、一人の人間に目が止まる。
普段着姿だが、レベッカが見間違えることはない。
彼女が担当する女性冒険者だ。
その名前をクロスという。
弓使いクラスのソロ冒険者で、ランクはまだEのルーキーと言っていいキャリアだが、父親が猟師だったということで、弓の腕は目を見張るものがある。
レベッカの目から見ても順当にクエストを成功させていて、この先が楽しみな冒険者の一人だった。
ただ、欠点と言えるのは、ひどく口下手というかはっきり言ってコミュ障気味なところがあり、他の冒険者と交流ができず、いまだパーティーを組めないでいる点だ。
見かねたレベッカが声をかけた時も、その悩みを打ち明けるまでずいぶん時間がかかった。
けれど、ソロでも着実に成果をあげているのだ。
あまり深刻に悩む必要はない、とレベッカは伝えていた。
彼女の実力に気づいてどこかのパーティーから誘いがかかるのも時間の問題だ、と彼女は睨んでいる。
せっかくなら、クロス自身納得がいってなじめるパーティーに入れるといいのだが……。
それはともかく。
彼女はいま、とある店の軒先にいた。
「うぅぅ……」
中に入るのをためらっているみたいで、何度も足踏みしたり引き返しかけたりしては、まだ店の前に戻る。そんなことを繰りかえしていた。
す~は~と、遠目で見ていても息が聞こえるくらいたっぷり深呼吸して、とうとう意を決して店のドアを開けた。
「あの店って……」
レベッカも知っている店だった。
剣と盾の意匠の看板が軒先にかかっている。
武器屋だ。
品揃えは悪くないのだが、初心者が通うには、少々注意しなければならない店だった。
「……ちょっと心配ですね」
レベッカはつぶやき、クロスの入った店を眺めた。
外からでは店の中の様子は分からない。
夕飯の買い出しはいったん中断して、レベッカも店に入ることにした。
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