受付嬢レベッカは落ちこぼれ冒険者を成り上がらせたい

倉名まさ

文字の大きさ
上 下
1 / 15

第一話 受付嬢レベッカ

しおりを挟む
 せまく、うす暗い一室だった。
 外は春まっさかりの陽気だというのに、この部屋ではその気配が微塵《みじん》も感じられない。
 換気のために設けられている窓も、背の高い書棚にさえぎられ、日が差さない。

 冒険者ギルドの一室だ。
 冒険者たちが出入りする表側は、木造の安酒場のような造りだが、カウンターの奥にこのような殺風景な一室があることを知る者はほとんどいない。
 
 通称、事務処理部屋。
 ギルド関係者以外は立ち入り禁止区域なうえに、使用しているのは職員の中でもほとんど、一名だけだった。

「んぎゃあぁぁ~!!!」

 そのほぼ唯一の使用者が奇声をあげた。

 冒険者ギルドの受付嬢レベッカだ。
 背が低く、全体的に子どものような体型の少女だった。
 銀の髪を肩まで伸ばし精一杯大人っぽく見せようとしているものの、トレードマークになっている右目の片眼鏡《モノクル》が、丸い顔立ちと大きな目をかえって強調して見えた。

 見る人が見れば、彼女の体型の特徴がドワーフ族の女性のものであることに気づくだろう。
 ヒトよりも長命な種族で、彼女が見た目通りの子どもとは限らないとも、思い当たるはずだ。

 長机とセットの椅子に座り、書類の山と格闘している最中だった。
 先ほどから、淡々と事務作業をしているかと思えば、時おり「ふぎゃああ~!」だの「むぎいぃぃ~!」だの、発情期のネコのような奇声を上げていた。
 そうでもしないと、本気で発狂しかねなかった。

「これ! 半年前に発行されたギルド本部からの要請じゃないですか!? ああもう、急いでクエストを立てないと。ああ! 『天狼の牙』さんたちのAランク昇格の報酬まだ支払ってなかったの!? クレームもんですよ!? って、紅魔石の採集クエストいつまで募集かけてるんですか!? とっくにもうこれ終わったヤツ!?」

 声をあらげているが全部ひとり言だ。
 聞く者は他にいない。
 それでも文句は止まらず、時には謎の絶叫に変わる。

「はぁ。早く冒険者さんたちの顔が見たい……」

 そっとため息をついた。
 本来であれば、いまごろはギルドのカウンターに座り受付嬢の仕事をしているはずだったのだ。 
 手にした書類は恐ろしいほどのスピードと正確さで処理されていくが、それでも書類の山はまだまだ大量にあった。

「あ~、もう。こうなる前になんで手を付けとかないかな~、マスターは~?」

 レベッカのぼやきは止まない。
 ウワサをすればなんとやら。
 彼女が口に出した“マスター”が、部屋のドアを開けて、背後から呼びかけた。

「調子はどうだい、レベッカくん。差し入れにプリン買ってきたけど……」

 レベッカはまなじりを吊り上げて、彼を振り返った。

「な~んでマスターがのんきにおやつ買いに行ってるんですか!? これ、マスターの仕事ですよね?」

 マスターと呼ばれた男は「いやいやまあまあ」とあいまいな笑みを浮かべて、頭をぼりぼりかいている。
 冒険者ギルドマスター、エドアルド。
 立派な黒いあごひげに、オールバックになでつけられた髪。
 長身にカーキ色のチョッキがよく似合っていて、見た目だけならギルドマスターという呼び名がしっくりくる、ダンディな渋さを醸しだす男だった。

 だが、レベッカから叱られて困り笑いを浮かべているいまの彼に、威厳なんてものはどこにもない。

「だって、君がやった方が僕より十倍くらい早いし正確なもんだから……」

 マスターの返答にレベッカは頭を抱えてうなった。

「あーもう! せめて人雇いましょうよ、マスター! ギルドに事務処理できる人間が一人だけとか、おかしいですよ!?」
「う~ん。そうは言っても、君ほど優秀な人間がそう見つかるとも思えないしなぁ。ダリアくんは元々受付係志望で入ってきた子だし……」
「わたしだって受付ですよ!」

 よもや忘れられてはいないだろうな。
 そんな思いを込めて、レベッカは叫んだ。
 マスターの口にしたダリアというのは、レベッカの同僚の名前だった。

 ギルドの表看板を担い、冒険者たちと接するのが二人の役目だった。
 シフト制で、レベッカが非番の際はダリアが受付を担う。
 そういう仕組みになっていた。

 それがいつの間にか、レベッカ一人、ギルドの受付と事務作業の両方を担うようになっている。
 ある時、山と抱えた書類を抱えたエドアルドの姿を見かねて、「手伝いましょうか?」と声をかけたのが運の尽きだった。

 本人も無自覚だったが、レベッカの事務処理能力の腕は、王宮の秘書官にも劣らないレベルだった。
 仮に高級秘書の試験を受けたとしても、彼女なら合格するだろう。
 けれど、そんな貴重な人材をギルドから流出させるのを惜しんだマスターは、そのことをレベッカには教えていなかった。
 レベッカ自身、冒険者ギルドの受付を天職と考えていたから、王宮で働こうなんて気持ちは微塵もない。

 いちおう、エドアルドも自分の仕事をレベッカに押しつけるのは申し訳ないという意識はあるのか、ギリギリまで自分でやろうとして溜めこむ。
 溜めこんで溜めこんで、けっきょく「ムリ!」と諦め、最終的にはレベッカに全部放り投げる。
 ギルド本部への報告期日と、決算日がすぐ間近にせまっていた。
 彼女にとっては、最初から任されていたほうがまだマシだった。

 表で活躍している冒険者たちが気にかけることはないが、実際のところ、冒険者ギルドの業務処理は楽ではない。
 ギルドから発行されるクエストは冒険者の命がかかわることでもあり、市民の生活を守る大事な案件が少なくない。
 冒険者ギルド本部から提出を求められるレポートだけでも、ひどく煩雑なものだった。
 その上、冒険者ギルドというのは、町の議会からも予算を頂戴している、半官半民の組織でもある。
 ヘタな仕事をしては、予算の半減や本部からの監査につながりかねない。

「まあまあ。ほら、ボーナスはずむからさ」

 エドアルドはそんなレベッカの苦悩などどこ吹く風で、へらへらしていた。
 レベッカはトゲを含んだ声で返す。

「まあ、職員の給与明細作ってるのもわたしですし……。やろうと思えば自分のボーナス、桁二つ分くらい上乗せできますけどね」
「やめて! それ僕気づけないから」

 情けないことこのうえない懇願をするエドアルド。
 レベッカははぁ、と大仰にため息をつき、

「プリン、机の端に置いといてください」

 諦めきった声でそう告げた。
 もうそれきりで、マスターのことは頭の中から追いやり、再び書類の山と格闘する。
 エドアルドも、これ以上何か話しかけても彼女の怒りを買うだけだと分かっている様子で、そうっとプリンを置き、部屋を後にした。

「せめて、冒険者さんのリストをもう少し整理してくれませんかね。名前もランクもバラバラで……。って、あれ、この方……もしかして」

 レベッカは冒険者リストをパラパラとめくりながらため息をついていたが、ふと、一人の冒険者のステータスに目を止め、じっくりと見入った。

「……クラスは盗賊純特化《シーフ・スペシャル》。……間違いない。こんなスゴイ人がうちのギルドに所属してたのに、気づかなかったなんて。……ああ、もったいない」

 真剣な顔つきになって、一人そうつぶやいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...