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第五章 魔道研究所襲撃
⑧魔核挿入
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カーインという魔族については、ハイカルも聞き覚えがないという。
だが、特に反対することも代案もなかった。
もともと、この男は俺たちに自由に行動させ、それを観察すると宣言しているくらいだから、請われないかぎり積極的な干渉は避けるつもりなのだろう。
『私も危険な賭けだとは思うがね。革新的な研究にはリスクが付きものだ。君たちの大胆な選択を見守るとしよう』
「……おまえの研究のために動くわけじゃない」
言っても無駄だとは分かっているが、言い返さずにはいられなかった。
鴉の瞳の向こうで、ハイカルがくつくつと笑う気配が感じられた。
『話に聞くとおり、古くから大陸に住まう魔族であれば、シャンナくんの力の正体にも心当たりがあるかもしれない。面白そうじゃないか』
ハイカルの言葉に、シャンナの瞳がかすかに揺れたのが、視界の端に映る。
ひとまず、この男との協力関係は継続することになりそうだ。
正直なところ、ヒトや魔王軍の目をかいくぐって旅を続けなければいけない俺たちにとって、ハイカルのもたらす情報は有益なものだ。
カーインという魔族に会う目的の一つは、ハイカルとの同盟関係を断ち切る手立てを探すことだが、この男はそれくらい見抜いているだろう。
互いの利益となるうちは、せいぜい利用しあう。
俺もそう割り切っておいたほうがよさそうだった。
『……ところで、君たちは研究所から持ち出した魔核をまだ身につけていないのかね? せっかく私が進呈したのだから早くしたまえ。私も魔族が自らの意志であれを挿入する場面というのはあまり見たことがない。今後の研究のために、ぜひじっくりと――』
言葉の途中、突如、イブナが使い魔の鴉に麻の荷袋を覆いかぶせた。
手早くその口を縛る。
「……イブナ?」
『……これは、なんという仕打ちだ。君たちの逃亡に誠心誠意協力した返礼が、この扱いだとでも言うのかね?』
「黙れ。見世物じゃない」
袋の中でわめくハイカルに、イブナが冷たく返す。
使い魔は袋の中でしばらく羽根をばたつかせていたが、どうあっても脱出不可能だと悟るとおとなしくなった。それでも、口は減らない。
袋の中から以前ヤツの声が聞こえてくる。
『言っておくが、私は君たちの肢体にメスとしての興味はない。純粋に研究対象として観察させてもらいたいのだがね』
ハイカルが何を言っているのか、俺にはよく分からなかった。
しかし、イブナが青筋を立てんばかりの険しい顔つきをしているところを見ると、ろくなことではないのだろう。
シャンナも不快げに眉を潜めている。
『くくくっ、魔核の挿入には激痛がともなう。そこの青年は初めてなのだろう? 私が協力したほうがスムーズにいくと思うがな』
「黙れと言ったのが聞こえなかったか? 川に放り捨てるぞ」
「そうです! マハトさんは、その……誠実な方なので、初めてでもたぶん大丈夫です!」
シャンナまでが強い口調で言う。
俺以上にこの同盟関係を割り切ったものととらえ、ハイカルを利用しつくすくらいのつもりでいるシャンナが、ここまで強い拒絶反応を示すとは……。
川まではいかなかったが、イブナが宣言どおり麻袋を声の届かない辺りまで放っていた。
正直、俺には何がなんだか分からない。
「マハト、さっさと始めるぞ」
「始めるって言っても……俺は何をすればいいんだ?」
魔族が魔核をどのように用いているのか、正確なところは俺も知らなかった。
なんとなく、肌身に持っていればいいものとばかり思っていたが……。
「……わたしたち大陸に渡った魔族は、特殊な呪法で魔核を埋め込むための……その……穴を体内に開けられています」
シャンナの口調は、どこか言いよどむようだった。
その理由までは分からない。
魔核の存在は魔王軍の生命線とも言える代物だ。
それゆえ、ヒトである俺には伝えづらいのかもしれない。
「……そうなのか?」
「シャンナ。時間が惜しい。口で説明するよりも実行したほうが早い」
イブナの様子はいつもより、どこか気が立っているような気がした。
乱魔の病に伏せるシャンナを救うため、がむしゃらにバルモア山脈に挑もうとしていたときのことをほうふつとさせる気配だった。
言葉と同時、彼女はおもむろに上衣を脱ぎ捨てる。
突如、彼女の半身があらわとなり、俺は慌てて目を逸らした。
「なっ……!」
「姉様! 突然過ぎます。もっと情緒というか、ムードというか……そういうものを大切にしてください!」
「こんなものにムードも何もあるか。早く終わらせるのに越したことはない」
イブナは俺に向けて、呆れたように言う。
「おい、マハト、こっちを見ろ」
「しかし……」
「おまえは仲間が負傷したとき、目を逸らしながら治療するのか? 戦場では男も女もないだろう?」
「それは……たしかにそのとおりだ」
「わたしは意味もなく肌をさらしているわけじゃない。おまえの協力が必要だから頼んでいるんだ、マハト」
そこまで言われては、いつまでも目を逸らし続けるわけにはいかなかった。
俺はまっすぐイブナの目を見つめる。
俺を信頼してくれていることが、その視線から感じられる。
「……分かった。どうすればいいか指示してくれ」
「恩に着る」
「いまさらだろ」
イブナが小さく笑い、俺も笑みを返した。
「わたしの胸の中央部分に、小さな穴が見えるはずだ。……ただ、魔核を縦にしてゆっくり差し入れてくれればいい」
「……それだけか?」
ただ胸に差し入れるだけなら、イブナ一人でやるかシャンナでもできそうな気がした。
俺の疑問を表情から読み取ったのだろう。
イブナは小さく首を横に振った。
「挿れるときは魔核を両手で持ってくれ」
「そんなに力がいるのか?」
「……力よりも技だな。ヒトの首を斬るのに、力を込め過ぎてはかえって刃が滑るだろう?」
「姉様、もう少しマシなたとえはないのですか?」
シャンナは呆れて言うが――、
「なるほど、分かる気がする」
「分かるんですか!?」
俺には、不思議とイブナの言うことが腑に落ちる気がした。
なぜ、俺の協力が必要なのかも……。
「マハトさんと姉様の絆は、ちょっとわたしには理解が及ばないレベルみたいですね……」
シャンナが、なんだかよく分からないことをつぶやいている。
「初めてこの身に魔核を挿れたときよりも、楽だと信じたいがな」
「おまえほどの戦士が、そこまで言うほどなのか?」
「ああ。白状するが、戦場で受けたどんな傷よりも痛い。焼けた刃で肩を斬り落とされるようなものだ。……経験はないがな」
「それほどか……」
「マハト。わたしの身体がどれだけ拒否反応を起こしても、どれだけ苦悶の声を上げても、魔核を挿れる手を止めないでくれ。死にはしないはずだ」
「……分かった。おまえを信じる」
イブナが、負傷した仲間の手当にたとえた理由が分かる気がした。
魔核の挿入は、魔族たちにとって命懸けに等しい行為のようだ。
半裸のイブナの姿に、動揺している場合ではない。
ただ、わずかに心が動き“美しい”と感じることだけは、避けられなかった。
できる限り、その思いも意識の外に追いやる。
イブナは俺にそっと魔核を手渡した。
俺は言われたとおり、重い剣をかまえるようなつもりで、両手で魔核を構え持つ。
イブナが「そうだ」と言うようにうなずいた。
「……ここか?」
「ああ、頼む」
胸の谷間、ちょうどみぞおちのあたりに、そうと言われなければ気づけないような小さな影があった。
硬質な魔核を差し入れるには、その穴はあまりにも小さく見えた。
「いくぞ、イブナ」
「ああ、ひと思いに頼む」
てのひらの中で、魔核がまるで生き物のように脈打って感じられた。
イブナの静かな呼吸が聞こえる。
心臓の鼓動の音まで伝わるようだった。
穴のふちに魔核の先端を触れさせる。
「……っ」
イブナの体内をめぐる魔力が、拒否反応を起こしたのが手に伝わってくる。
すでに彼女は痛みを覚えていることだろう。
だが、彼女はぴくりとも動かなかった。
静かに、再び呼吸を整える。
――まだだ。
俺はイブナと呼吸を同調させる。
イブナの血流の内をかけめぐる魔力すら見えるようだった。
立ち合いのときとよく似ていた。
意識が絡まり合う。
なぜか、イブナと出会ってからこれまでのことが、脳裏に駆けめぐる。
一瞬――道筋が光となって開けた。
――いまッ!
心のなかで声を上げ、俺は一息に魔核をイブナの胸の内に差し入れた。
鉄に杭を打ちこもうとするかのような、強烈な反動が伝わってくる。
かまわずに、奥まで差し込み切る。
「……かはっ」
イブナが声を上げたのは、ほんの一瞬だった。
ごくかすかに身じろぎしただけだ。
耐えがたいほどの激痛であったことは、差し入れた側の俺にも伝わった。
彼女の精神力がそれを凌駕した。
言葉にすればそれだけのことだが、果たして俺に同じことができるか……。
改めて、畏敬の念すら抱く。
「大丈夫か、イブナ?」
「姉様……」
全身にびっしりと汗をかき、荒い息をつくイブナ。
だが、顔は力強く笑っていた。
「わたしの命は何度もマハトに救われた。いまさら痛み程度で、どうなるものじゃない」
「しかし……」
「……さすがだな、マハト。同族の魔術師たちよりずっとうまかったぞ」
苦しげに胸を抑える様子は、乱魔の病に冒されていたときによく似ている。
だが、これ以上彼女の身を案じるのは、かえって非礼な気すらする。
「見苦しいと思うが、これが身体になじむまで、しばらくこの格好のままでいさせてくれ」
言われて、改めてイブナが半裸姿であることを意識してしまう。
内心の動揺が表に出ないよう、うなずき返した。
「それはかまわんが……」
シャンナが敏く俺の心中を察し、笑った気がした。
だが、その笑みもすぐにこわばる。
「さあ、次はおまえの番だ」
「う、うぅ……。やっぱりやらないとダメですか、姉様?」
「当然だ。乱魔の病でふせっていたとき、おまえは死にかけていたんだぞ」
シャンナは心底嫌そうに、しぶしぶとうなずく。
魔核の激痛を思えばこんなたとえは彼女に悪いかもしれないが、その姿は苦い薬を嫌がる幼子に似ていた。
「なあ、シャンナの魔核はイブナが挿れてやったほうがいいんじゃないか。俺よりもうまく……」
「いや、こいつには二人がかりで挑む」
イブナの声音が固くなる。
戦いを指揮するときの声音だった。
だが、特に反対することも代案もなかった。
もともと、この男は俺たちに自由に行動させ、それを観察すると宣言しているくらいだから、請われないかぎり積極的な干渉は避けるつもりなのだろう。
『私も危険な賭けだとは思うがね。革新的な研究にはリスクが付きものだ。君たちの大胆な選択を見守るとしよう』
「……おまえの研究のために動くわけじゃない」
言っても無駄だとは分かっているが、言い返さずにはいられなかった。
鴉の瞳の向こうで、ハイカルがくつくつと笑う気配が感じられた。
『話に聞くとおり、古くから大陸に住まう魔族であれば、シャンナくんの力の正体にも心当たりがあるかもしれない。面白そうじゃないか』
ハイカルの言葉に、シャンナの瞳がかすかに揺れたのが、視界の端に映る。
ひとまず、この男との協力関係は継続することになりそうだ。
正直なところ、ヒトや魔王軍の目をかいくぐって旅を続けなければいけない俺たちにとって、ハイカルのもたらす情報は有益なものだ。
カーインという魔族に会う目的の一つは、ハイカルとの同盟関係を断ち切る手立てを探すことだが、この男はそれくらい見抜いているだろう。
互いの利益となるうちは、せいぜい利用しあう。
俺もそう割り切っておいたほうがよさそうだった。
『……ところで、君たちは研究所から持ち出した魔核をまだ身につけていないのかね? せっかく私が進呈したのだから早くしたまえ。私も魔族が自らの意志であれを挿入する場面というのはあまり見たことがない。今後の研究のために、ぜひじっくりと――』
言葉の途中、突如、イブナが使い魔の鴉に麻の荷袋を覆いかぶせた。
手早くその口を縛る。
「……イブナ?」
『……これは、なんという仕打ちだ。君たちの逃亡に誠心誠意協力した返礼が、この扱いだとでも言うのかね?』
「黙れ。見世物じゃない」
袋の中でわめくハイカルに、イブナが冷たく返す。
使い魔は袋の中でしばらく羽根をばたつかせていたが、どうあっても脱出不可能だと悟るとおとなしくなった。それでも、口は減らない。
袋の中から以前ヤツの声が聞こえてくる。
『言っておくが、私は君たちの肢体にメスとしての興味はない。純粋に研究対象として観察させてもらいたいのだがね』
ハイカルが何を言っているのか、俺にはよく分からなかった。
しかし、イブナが青筋を立てんばかりの険しい顔つきをしているところを見ると、ろくなことではないのだろう。
シャンナも不快げに眉を潜めている。
『くくくっ、魔核の挿入には激痛がともなう。そこの青年は初めてなのだろう? 私が協力したほうがスムーズにいくと思うがな』
「黙れと言ったのが聞こえなかったか? 川に放り捨てるぞ」
「そうです! マハトさんは、その……誠実な方なので、初めてでもたぶん大丈夫です!」
シャンナまでが強い口調で言う。
俺以上にこの同盟関係を割り切ったものととらえ、ハイカルを利用しつくすくらいのつもりでいるシャンナが、ここまで強い拒絶反応を示すとは……。
川まではいかなかったが、イブナが宣言どおり麻袋を声の届かない辺りまで放っていた。
正直、俺には何がなんだか分からない。
「マハト、さっさと始めるぞ」
「始めるって言っても……俺は何をすればいいんだ?」
魔族が魔核をどのように用いているのか、正確なところは俺も知らなかった。
なんとなく、肌身に持っていればいいものとばかり思っていたが……。
「……わたしたち大陸に渡った魔族は、特殊な呪法で魔核を埋め込むための……その……穴を体内に開けられています」
シャンナの口調は、どこか言いよどむようだった。
その理由までは分からない。
魔核の存在は魔王軍の生命線とも言える代物だ。
それゆえ、ヒトである俺には伝えづらいのかもしれない。
「……そうなのか?」
「シャンナ。時間が惜しい。口で説明するよりも実行したほうが早い」
イブナの様子はいつもより、どこか気が立っているような気がした。
乱魔の病に伏せるシャンナを救うため、がむしゃらにバルモア山脈に挑もうとしていたときのことをほうふつとさせる気配だった。
言葉と同時、彼女はおもむろに上衣を脱ぎ捨てる。
突如、彼女の半身があらわとなり、俺は慌てて目を逸らした。
「なっ……!」
「姉様! 突然過ぎます。もっと情緒というか、ムードというか……そういうものを大切にしてください!」
「こんなものにムードも何もあるか。早く終わらせるのに越したことはない」
イブナは俺に向けて、呆れたように言う。
「おい、マハト、こっちを見ろ」
「しかし……」
「おまえは仲間が負傷したとき、目を逸らしながら治療するのか? 戦場では男も女もないだろう?」
「それは……たしかにそのとおりだ」
「わたしは意味もなく肌をさらしているわけじゃない。おまえの協力が必要だから頼んでいるんだ、マハト」
そこまで言われては、いつまでも目を逸らし続けるわけにはいかなかった。
俺はまっすぐイブナの目を見つめる。
俺を信頼してくれていることが、その視線から感じられる。
「……分かった。どうすればいいか指示してくれ」
「恩に着る」
「いまさらだろ」
イブナが小さく笑い、俺も笑みを返した。
「わたしの胸の中央部分に、小さな穴が見えるはずだ。……ただ、魔核を縦にしてゆっくり差し入れてくれればいい」
「……それだけか?」
ただ胸に差し入れるだけなら、イブナ一人でやるかシャンナでもできそうな気がした。
俺の疑問を表情から読み取ったのだろう。
イブナは小さく首を横に振った。
「挿れるときは魔核を両手で持ってくれ」
「そんなに力がいるのか?」
「……力よりも技だな。ヒトの首を斬るのに、力を込め過ぎてはかえって刃が滑るだろう?」
「姉様、もう少しマシなたとえはないのですか?」
シャンナは呆れて言うが――、
「なるほど、分かる気がする」
「分かるんですか!?」
俺には、不思議とイブナの言うことが腑に落ちる気がした。
なぜ、俺の協力が必要なのかも……。
「マハトさんと姉様の絆は、ちょっとわたしには理解が及ばないレベルみたいですね……」
シャンナが、なんだかよく分からないことをつぶやいている。
「初めてこの身に魔核を挿れたときよりも、楽だと信じたいがな」
「おまえほどの戦士が、そこまで言うほどなのか?」
「ああ。白状するが、戦場で受けたどんな傷よりも痛い。焼けた刃で肩を斬り落とされるようなものだ。……経験はないがな」
「それほどか……」
「マハト。わたしの身体がどれだけ拒否反応を起こしても、どれだけ苦悶の声を上げても、魔核を挿れる手を止めないでくれ。死にはしないはずだ」
「……分かった。おまえを信じる」
イブナが、負傷した仲間の手当にたとえた理由が分かる気がした。
魔核の挿入は、魔族たちにとって命懸けに等しい行為のようだ。
半裸のイブナの姿に、動揺している場合ではない。
ただ、わずかに心が動き“美しい”と感じることだけは、避けられなかった。
できる限り、その思いも意識の外に追いやる。
イブナは俺にそっと魔核を手渡した。
俺は言われたとおり、重い剣をかまえるようなつもりで、両手で魔核を構え持つ。
イブナが「そうだ」と言うようにうなずいた。
「……ここか?」
「ああ、頼む」
胸の谷間、ちょうどみぞおちのあたりに、そうと言われなければ気づけないような小さな影があった。
硬質な魔核を差し入れるには、その穴はあまりにも小さく見えた。
「いくぞ、イブナ」
「ああ、ひと思いに頼む」
てのひらの中で、魔核がまるで生き物のように脈打って感じられた。
イブナの静かな呼吸が聞こえる。
心臓の鼓動の音まで伝わるようだった。
穴のふちに魔核の先端を触れさせる。
「……っ」
イブナの体内をめぐる魔力が、拒否反応を起こしたのが手に伝わってくる。
すでに彼女は痛みを覚えていることだろう。
だが、彼女はぴくりとも動かなかった。
静かに、再び呼吸を整える。
――まだだ。
俺はイブナと呼吸を同調させる。
イブナの血流の内をかけめぐる魔力すら見えるようだった。
立ち合いのときとよく似ていた。
意識が絡まり合う。
なぜか、イブナと出会ってからこれまでのことが、脳裏に駆けめぐる。
一瞬――道筋が光となって開けた。
――いまッ!
心のなかで声を上げ、俺は一息に魔核をイブナの胸の内に差し入れた。
鉄に杭を打ちこもうとするかのような、強烈な反動が伝わってくる。
かまわずに、奥まで差し込み切る。
「……かはっ」
イブナが声を上げたのは、ほんの一瞬だった。
ごくかすかに身じろぎしただけだ。
耐えがたいほどの激痛であったことは、差し入れた側の俺にも伝わった。
彼女の精神力がそれを凌駕した。
言葉にすればそれだけのことだが、果たして俺に同じことができるか……。
改めて、畏敬の念すら抱く。
「大丈夫か、イブナ?」
「姉様……」
全身にびっしりと汗をかき、荒い息をつくイブナ。
だが、顔は力強く笑っていた。
「わたしの命は何度もマハトに救われた。いまさら痛み程度で、どうなるものじゃない」
「しかし……」
「……さすがだな、マハト。同族の魔術師たちよりずっとうまかったぞ」
苦しげに胸を抑える様子は、乱魔の病に冒されていたときによく似ている。
だが、これ以上彼女の身を案じるのは、かえって非礼な気すらする。
「見苦しいと思うが、これが身体になじむまで、しばらくこの格好のままでいさせてくれ」
言われて、改めてイブナが半裸姿であることを意識してしまう。
内心の動揺が表に出ないよう、うなずき返した。
「それはかまわんが……」
シャンナが敏く俺の心中を察し、笑った気がした。
だが、その笑みもすぐにこわばる。
「さあ、次はおまえの番だ」
「う、うぅ……。やっぱりやらないとダメですか、姉様?」
「当然だ。乱魔の病でふせっていたとき、おまえは死にかけていたんだぞ」
シャンナは心底嫌そうに、しぶしぶとうなずく。
魔核の激痛を思えばこんなたとえは彼女に悪いかもしれないが、その姿は苦い薬を嫌がる幼子に似ていた。
「なあ、シャンナの魔核はイブナが挿れてやったほうがいいんじゃないか。俺よりもうまく……」
「いや、こいつには二人がかりで挑む」
イブナの声音が固くなる。
戦いを指揮するときの声音だった。
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