反逆勇者の放浪記 ~人類から追放されて勇者を辞めた俺は、魔族の美人姉妹と手を取り合い、争いのない新しい世界を創る~

倉名まさ

文字の大きさ
上 下
37 / 39
第五章 魔道研究所襲撃

⑦脱出

しおりを挟む
 魔導研究所から脱出して、三日。
 シャンナの体力を気遣いながらも、俺たちは逃亡を続け、昼夜兼行で駆けてきた。
 エバンヘリオ公国の国境を抜け、ようやく一息つく。

 今は再び、人里離れた森の中に身を潜めている。
 認めたくはないが、ハイカルがあやつる鴉の存在が、追手の目をくらませるのに大きく役立った。
 ハイカルのもたらす情報によって軍の動きは筒抜けとなり、ところどころでこの使い魔が空中から偵察したお陰で、危険な道はすべて避けられた。
 正直、ここまで献身的にあの男が立ち働くとは思っていなかった。

『くくくっ、感謝したまえ。私がいなければ、五、六回は戦闘を避けられなかっただろう』
「……だとしてもすべて斬り捨てていたさ」
『かもしれんが、グズグズ戦えば大軍に捕捉ほそくされる。無用なリスクを負わないに越したことはなかろう?』

 正論ではあった。
 それに俺だって、できれば同じ人間に対し、むやみに刃を向けたくはない。
 兵の多くはただ、命令どおり俺たちを追っているのであって、彼らと敵対するのは俺たちの本意ではない。

「それがお前の思惑にも叶うからやってるんだろう?」
『当然だ。利害が一致している限りは、協力しようじゃないか』

 利害が一致している限り……か。
 この男の行動に対して素直に感謝する気になれないのは、まさにその一点だ。

 今は、特にシャンナを中心に俺たちの動向に関心を持っているようだが、自分たちに高値をつけ過ぎるのは危険だ。
 もし、自分の研究活動の妨げになる――例えば軍の人間に俺たちとのつながりを疑われる――ようなことがあったとき、この男はためらいなく俺たちの情報を売るだろう。

 そんな人間に、いつまでも自分たちの居場所を握られているというのは、リスクが大き過ぎる。
 できる限り早急に、対抗手段を見つけるべきだった。

『さて、私もこれでなかなかに多忙な身でね。君たちの動向を四六時中見守っているわけにはいかない』
「おまえのほうから話しかけてきたんだろうが!?」

 俺たちの声は相手にも届いているはずだが、ハイカルは完全に無視して一方的に宣言する。

『ここでなら、多少目を離したところで安全だろう。私もしばし、本来の研究に戻らせてもらう。では、失礼するよ』

 そう言ったきり、鴉からハイカルの声は聞こえなくなっていた。
 使い魔はそれ自体自我を持っているらしく、ハイカルの意志がなくても自力で動く。
 俺たちを見下ろす高い木の枝まで羽ばたき、そこで羽をやすめた。

「これからどうするつもりだ、マハト?」

 その様子を見届けてから、イブナが声を潜めて聞く。
 もうハイカルに声は届いていないはずだが、油断はできない。
 常に相手に見張られているような、嫌な気分は抜けなかった。

「とりあえず……今のうちに、ハイカルさんから引き出せる情報はすべて聞いておきましょう」

 俺の代わりに、シャンナが先に答える。
 シャンナは、まったく声を抑えようとしなかった。
 ハイカルに聞かれてもかまわないと思っている、あるいはあえて聞かせているのかもしれない。

 俺も首を縦に振り、その言葉に同意した。
 “今のうちに”という前置きが、すべてを物語っている。
 彼女も、あの男との協力関係が長くは続かない、と見切っているのだろう。

「魔核を動力源とした魔導キメラの精製など、魔王軍でも思い至らない発想です。思想や信条はどうあれ、彼がヒトの中でも飛びぬけて天才的な才能を持った魔導士であることは、疑いえないでしょう」

 シャンナはあくまで冷静に言う。

「そうだな。元々奇行の多い男だが、それでも許されているのは、軍にとって手放せない人間だからだろうな」
「……とはいえ、わたしたちがあの男に依存するのは、危険すぎるぞ」
「ああ。何か対抗できる手があればいいんだが……」

 イブナの言葉にうなずき、俺はしばし黙考する。
 二人も、それぞれに考えを巡らせているのだろう。
 しばし、沈黙だけがあたりに満ちる。
 そうなると、頭上の鴉の瞳がやけに気になった。

 ――ままならないもんだな。

 内心つぶやく。
 守るべき人々を救えず、殺そうとした相手と手を組んでいる。
 人類にも魔王軍にも属さない俺たちに、この先何が待ち受けているのか想像もつかない。
 こんな調子で俺たちが生き延びることに、なんの意味があるのだろうか。
 暗闇の中を手探りで進むような思いが、きっとこの先も続くのだろう。
 それでも、生きている限りはできることを考え続けるよりほかに、取るべき道はなかった。

「……一つだけ、アテがある」

 ややあって、ぽつりとつぶやくように漏らしたのはイブナだった。

「というと?」
「マハトは、スマラクト島という地名を聞いたことはあるか?」
「……一応、地図の上でならな。ここよりずっと北西、雲母海うんもかいに浮かぶ島だったはずだ」
「ああ、そのとおりだ」

 イブナが言ったのは、大陸の辺境、ほとんど地図上の最西端に位置する大きな離島だった。
 おぼろげな記憶だが、たしか島の面積はエバンヘリオ公国の領地にも匹敵するくらいあったはずだ。

 それにしても、あまりに遠い場所だ。
 ここから目指すなら、馬を用いても数ヵ月はかかるだろうか。
 島の特徴はおろか、人が住んでいる島なのかどうかすら知らない。
 もし向かおうと思えば、位置的に、魔王軍の占領地を避けて通れないだろう。

「その島がどうかしたのか?」
「そこにカーインという名の魔族が住んでいる。魔王陛下が復活される以前からな」
「……もしかして、氷の大陸から追放された魔族というヤツか?」
「そうだ。よく覚えていたな」

 イブナと幻獣について話していたとき、聞いた話だ。
 そのときは話の本筋と関係ないからと、軽く流された話題だったが……。

「カーインはこの大陸に住まう魔族を集め、スマラクト島で独自の勢力を持っている。数十、あるいは数百という魔族が島に隠れ住んでいるはずだ。正確なところは分からないが……」
「そんな場所があったのか……」
「ああ。魔王陛下も大陸に侵略した際、カーインには何度も使者を送っている。だが、彼らの返答はいつも同じだ。人類との戦いには関与しない、我々はこの島で密かに生きるのみだ、とな」
「そうか……。この戦いで中立の立場にあるなら、俺たちをかくまってくれる可能性もあるな」

 イブナは俺の言葉にうなずいたが、表情は複雑だった。
 そこまで楽観視はできない、と言いたげだ。

「それは……危険な賭けですね、姉様」

 シャンナもためらいがちに言う。

「ああ。カーインが腹の中で何を考えているのか、正直なところ分からない。余計なもめごとを持ち込むな、と問答無用で殺される可能性も……低くはないだろうな」
「イブナたちは通されても、人である俺だけ殺される可能性もあるな」

 俺の言葉に、イブナが眉を寄せた。

「そんなことはさせない! もしマハトの命を奪うというなら、わたしも徹底的に交戦しよう」
「そう言ってもらえるのはありがたいが……。ここで仮定の話ばかりしていてもしかたないな」

 俺は肩をすくめて答える。

「まずは会って話をしてみよう。そのカーインという魔族に」
「いいのか? そんなあっさりと決めて……」
「ああ。もしその場で奪われるようなら、それだけの命だったということだ」

 魔王軍侵略以前からこの地に住まう魔族。
 興味の湧く存在だった。
 もとより、人のあいだにも魔族のあいだにも居場所のない俺たちだ。
 むやみな逃亡生活を続けるよりも、彼らの考えを聞くほうがずっと、未来へ向けて前進できる気がする。

 シャンナからも異論は出なかった。
 あとは、ただ、ここまで生き延びてきた自分たちの強運を信じるだけだ。

「長い旅になりそうだな。可能なら、追手のない人里で色々と準備できればいいんだが……」
「待ってくれ、マハト。その前にすべきことがある」
「ん?」

 イブナの言葉に、シャンナが嫌そうに顔をしかめた。
 俺にはなんだか分からないが、シャンナにも、イブナの言う「すべきこと」が分かっている様子だった。

「……どうしてもやらなくちゃいけませんか、姉様?」
「当たり前だ! なんのためにあれだけの危険を冒したと思っているんだ」
「……なんの話だ?」

 俺が問いかけると、イブナは呆れたようにため息をついた。
 本気で聞いているのか、とでも言いたげな目を向けてくる。

「決まっているだろう? 魔核の挿入だ」
「……挿入?」
「ああ。おまえの手も借りるぞ、マハト」

 イブナの言葉に、シャンナが深々とため息をついていた。
 そう言われても、俺にはまだ、イブナが言っているのがなんのことだか、よく分からずにいた……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

処理中です...