反逆勇者の放浪記 ~人類から追放されて勇者を辞めた俺は、魔族の美人姉妹と手を取り合い、争いのない新しい世界を創る~

倉名まさ

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第五章 魔道研究所襲撃

④魔導キメラ

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 覆面ふくめんをした大男。
 その姿を一言で表すなら、そう言えるだろうか。
 だが、それだけではこの者たちの異様は伝えきれない。
 ざっと十体ほどはいた。

 背丈は俺を見下ろせるほど大きく、横幅はそれ以上に巨体だった。
 骨格は、ヒトのそれとは微妙に異なっている。
 腕も脚も木の枝のように節くれだち、幾つも関節があるようだった。
 胴体は基本的にずんぐりとした曲線を描いているが、個体によって微妙にフォルムが異なり、まるでヒトの身体をいくつも継ぎはぎしたような、不格好さがあった。
 顔は黒い面紗めんさで覆われ、全身も黒ずくめだ。

 魔王軍と戦っていたときは、醜悪しゅうあくな姿の妖魔を数多く相手取ったが、それとは異なる不気味さがあった。
 妖魔は露骨な邪悪さを感じる存在だったが、この者たちと対峙すると、底知れない闇を見ているような不安が湧く。
 何より異様なのは、彼らからなんの感情も、殺気も闘気も感じられないことだった。
 人を模そうとして失敗した人形、とでも評すればいいだろうか。

 どこか滑稽こっけいとも思える姿だが、その動きは巨体に似合わない素早さだった。
 そして、ただの人形と表現するには、あまりにいびつで禍々しい何かがあった。

 この部屋に踏み込む前から感じていた不穏な予兆は、こいつらが原因だろう。
 それをもっとも強く感じていたはずのシャンナは、呆然と彼らを見つめている。
 先ほどハイカルが発した謎めいた言葉も、彼女を混乱させているようだった。

「シャンナ、下がっていてくれ」
「しっかりしろ。あんな男の言葉に惑わされるな」

 俺とイブナはほとんど同時に彼女に声をかけ、かばうように立つ。
 呆然自失としながらも、シャンナはよろけながら扉の手前まで下がった。

 さいわい、ハイカルはシャンナの存在に執着している。
 こう言っては悪いが、彼女をかばうことを考えず、全力で戦えるのはありがたかった。

「……マハトさん、姉様。どうか気をつけて」

 シャンナはか細い声で、そう告げるのが精いっぱいの様子だった。
 俺は口の端を上げてうなずいた。
 ちらりと横を向けば、イブナも同じ表情だ。

「安心しろ。おまえの姉が横にいてくれるなら、負ける気がしない」
「ああ。少々不気味なやからだが、あんな魂もないような者たち、すぐに片付けてやる」

 言葉ほど油断はない。
 相手には殺気もない代わり、隙も見出せない。
 何より、どんな動きをしてくるのか予測がつかなかった。

「……イブナ。二人で各個撃破するぞ」
「ああ。まずは正面のヤツでいいな?」

 イブナとささやきかわす。
 言葉はそれだけで十分だった。

 二人同時、地を蹴る。
 彼らの動きは見かけよりも素早いが、俺たち二人のほうがなお速い。
 周囲を異形たちに囲まれる形になるが、ただ一体のみを目標に定め、間を詰めた。

 彼らが俺たちに向け、一斉に手をかざすのが視界の端に映った。
 それとほぼ同時、あらゆる攻撃魔術が繰り出される。
 業火が唸り、風の刃が空気を切り裂いた。

 ――速い!?

 術の詠唱も予備動作もない、異常な速さだった。
 高位の魔族でも、こんな速度で魔術を行使できるものはいないはずだ。

 だが、狙いはやや単調だった。
 フェイントは存在せず、すべての術がまっすぐ俺たちのいる場に向かって飛来する。

 俺とイブナは息をそろえ、繰り出された術をすべて避け、かわした。
 先ほど一度この身に受けたのでなければ、すべて見切るのは不可能だっただろう。

 息をつく間もなく、さらに相手に迫る。
 と、相手はその巨体の身の丈ほどもある、鉄製らしき無骨な棍を両手にかまえた。
 懐から、というより体内から取り出したように見えた。
 腕が突如伸びたような錯覚を抱く。
 まだこちらの剣が届くはるか間合いの外から、相手はふしくれだった腕を振り上げた。

「……くっ」

 風がうなる。人間ではあり得ない動きで、棍が俺の頭上に迫った。
 紙一重。よけるともなくかわしていた。軌道をそれた棍が固いタイルの地面をえぐった。
 床の破片が飛び散り、衝撃が一瞬、俺の足を止めた。

 空振りになった棍がすかさず、横なぎの一撃に変わる。
 来る――と思ったが一撃はこちらをそれ、イブナへと伸びた。
 イブナは身をかがめ、それを避ける。
 不意の一撃だったが、即座に反応したのはさすがだった。

 再び棍は空中で軌道を変えた。斜め上から振り下ろされる。
 俺とイブナは同時に跳んで避けた。
 鉄の棍が、まるで鞭のようにしなり、縦横から襲い掛かる。
 直撃すれば、骨が砕けるのは避けられないだろう。
 間断のない連続攻撃に、俺たちはなかなか相手の間合いに踏み込めずにいた。
 そうするあいだに、ほかの相手も同様に棍を手にし、こちらに迫ってきた。

「無理に踏み込むな。相手の動きを見極めるのに集中しろ」

 イブナが俺にささやきかけた。
 これだけの攻撃を繰り出しながら、相手からは気負いも殺気も感じられない。

 だが、となりにいるイブナの呼吸は伝わる。
 彼女の鼓動が、吐息が、体躯の動きが手に取るように分かった。
 言葉をかわさずとも、意志が通じ合う。
 自然、心身を出し尽くし、組み打った記憶がよみがえった。

 気が澄んでいく。不思議と、俺たちの周囲から繰り出される攻撃がゆっくりと感じられた。
 俺たちは互いの死角を補い合い、動きを補う。
 迫りくる棍が、恐ろしいものではなくなかった。
 すべての攻撃の二手、三手先が読める気がする。
 一人で戦っていたなら、こんなふうに心気が研ぎ澄まされることもなかっただろう。

 ――一歩、下がれ。

 イブナは目線だけで、俺にそう伝えた。
 俺は微かにうなずき、それに従う。
 すべての攻撃がイブナに集中し、彼女はそれを避けた。

 ほんの一刹那、俺は相手の間合いから遠ざかった。
 一手だけ、イブナがおとりになる格好だった。
 その瞬間を逃さず、一息で距離を詰めた。

 すれ違いざま、一体の胴を薙ぎ払う。
 腐肉を斬ったような、嫌な感触がした。

 相手は膝から崩れ落ちた……かに見えた。
 俺が与えた切り口から、奇怪な黒い霧のようなものが飛び散る。
 その直後、相手は何事もなかったかのように立ち上がった。
 傷口は、ふさがっていた。

「……バカな」

 信じがたい光景に、目を疑った。
 だが、ぼんやりとしている間はない。
 巨体が、再び棍を手に迫ってきた。

『素晴らしい動きだ。個々の力量もさることながら、連携が見事だ』

 そのとき、どこからかハイカルの声が聞こえた。
 声はくぐもり、部屋全体が喋っているかのような、奇妙な聞こえ方だった。

「……ハイカル!」
『君たちのお陰で、実に良いデータが取れそうだ。簡単には倒れないでくれたまえよ。軍の連中が相手では、兵を殺してはいけない、大きな怪我も負わせるな、とうるさくてロクな実験にならないからな』

 声は饒舌じょうぜつに喋りつづけた。
 余裕たっぷりな、あの男の表情が見えるようだった。

「……こいつらはいったいなんだ?」

 イブナが問う。その声はハイカルにも届いているらしい。

『魔導キメラ、と仮に私は名付けた』
「……魔導、キメラ」
『そうとも。まだ試作品だがな』

 キメラというのは、獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尾を持つ魔獣の一種だ。
 魔獣の中でも特に複雑怪奇な生命体と言える存在だ。
 複数の生物を掛け合わせたような魔獣……。

 ――まさか、こいつらの正体は……。

 イブナも俺と同時に思い至っていた。
 瞳に、憤怒ふんぬの炎が宿る。

「……キサマ、許さん!」

 ちらりとシャンナのほうを振り向く。
 彼女は、俺たちよりも早く気づいていたのだろう。
 呆然としながらも、表情を大きく変えてはいなかった。
 ハイカルは、俺たちの怒りなど意に介さずに続けた。

『我が研究室を無茶苦茶にしてくれた代償は、きっちり払いたまえ。君たちの戦いはすべて記録を取らせてもらうとしよう』

 その言葉に応じるように、魔導キメラと呼ばれた者たちは、俺たちへの攻撃を再開した。
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