反逆勇者の放浪記 ~人類から追放されて勇者を辞めた俺は、魔族の美人姉妹と手を取り合い、争いのない新しい世界を創る~

倉名まさ

文字の大きさ
上 下
31 / 39
第五章 魔道研究所襲撃

①侵入

しおりを挟む
 それは、研究所という名におよそ似つかわしくない外観だった。
 石造りで、半ば山と同化して見えるその建物は、砦か山塞さんさいと呼ぶほうがふさわしい。
 石垣の隙間にある細い道を塞ぐように、頑強な門が建てられている。
 魔導研究所を落とそうと思ったら、まずこの門を突破しなくてはならない。

「止まれ」

 俺たちは門の手前で、見張りの兵に呼び止められた。
 砦の隙間から、弓兵が俺たちに狙いを定めている気配がする。

 二名の兵が威圧的な気配でこちらに近づいてきた。
 しかし、俺の姿を目にするなり、顔をこわばらせる。

「そこをどけ」

 俺は、彼ら以上に威圧的な声で返した。
 兵たちの顔に、困惑の色が浮かんだ。
 門を通していいか迷う内心が、手に取るように伝わる。

 魔族の生態を研究する魔導研究所は、その存在自体が公には秘匿ひとくされている。
 たとえ諸国の重鎮じゅうちんであっても、事前の通告もなしに立ち入ることは不可能だ。
 ただ、唯一の例外となる人物がいた。

「しょ、所長……。いつ外出を?」

 兵の一人が、おそるおそる問いかける。
 魔導研究所所長、魔導士ハイカル。
 彼らの目には俺の姿は、そう映っているはずだ。

 シャンナの幻術の成果だ。
 化ける相手を明確にイメージさえできれば、短時間、その人物そのものの姿を取れるとシャンナは請け負った。
 彼女の術の精度は疑っていない。
 あとは、俺の演技力次第だった。

「見て分からんのか!? 魔族の女を二人生け捕りにしたと聞いたからな。検分に行っていたのだよ」
「所長御自らですか?」
「無傷の女魔族二人だぞ! これがどれだけ稀少なものかキサマに分かるのか!? 人任せになどできるはずがなかろう!?」

 俺は口角泡を飛ばす勢いで、見張りの兵に食ってかかった。
 片手には、イブナとシャンナを縛り上げた縄を握っている。
 この縄も重要な役を果たしていた。
 後ろ手に縛られたシャンナは、縄の端を手の中に握り、魔力を送り続けていた。
 この縄を通じた接触がなければ、幻術は途切れてしまう。

「で、では合言葉を……」
「そんなもの一々私が覚えるわけなかろう!?」

 ハイカルは、ほとんど地下の研究室にこもりきっている。
 魔族の研究以外に一切関心を持たない男だ。
 軍の規則に従うこともない。

 俺は一瞬考える素振りを見せ、さも今思い出したかのように合言葉を口にした。
 俺が勇者隊の隊長だった頃、もう数か月も前のものだ。
 定期的に合い言葉は変えられており、本来であれば通用しないはずだが……。

「どうだ、これで満足か! 通るぞ」

 俺は一方的にまくしたて、イブナたちを引きずるように門の内側へと強引に足を踏み入れた。
 どれが最新の合言葉であるかなど忘れてしまった、というていを貫く。

「……せめて、身体検査を」
「ええい、汚れた手で貴重なサンプルに触るな! 公国の連中に言って、キサマらの首を全員実験材料にしてもいいんだぞ!?」
「し、しかし……」

 なおも押しとどめようとする男の手を、もう一人の兵が制し、肩をすくめてみせる。
 身なりからして、最初に詰問してきた兵より階級は一つ上だろう。
 “これ以上狂人の相手をしてもムダだ”と、その表情が語っていた。

 俺は、もう見張りの兵の存在など忘れてしまったかのような態度で、砦の坂を上っていく。
 ところどころに石垣がそびえ、侵入者を迷わせる造りになっているが、俺は記憶を頼りに、足をとどめることなく進む。
 その自信たっぷりな挙動が、俺がハイカルである信憑性しんぴょうせいを高めるのに一役買っていた。
 少なくとも、初めて足を踏み入れる者ができる動きではない。

 内心、胸をなでおろす。
 魔道研究所の秘密主義的な性質と、ハイカルの奇矯な性格が幸いした。
 無論、失敗した場合、次善の行動も取り決めてはいたが、そちらはかなり強行突破に近い。

 魔族を引き連れている以上、当然兵たちの警戒の目はあったが、露骨に弓槍を向ける者はいない。
 とうとう、俺たちは建物の内へと足を踏み入れた。
 目指すは地下の実験場だ。
 そこに保管した魔核もあり、本物の魔導士ハイカルもいるはずだった。

 砦の通路や部屋にも、兵の姿は少なくない。
 その中の一人が、すれ違いざま俺たちを呼び止めた。
 将校格とおぼしき身なりだった。

「待て。所長は今研究室にいるはずだ。キサマ、何者――」

 彼の首は、言葉の途中で胴と別れを告げた。
 振り向きざまに、俺は彼を一刀のもとに斬り伏せる。

「イブナ、シャンナ!」

 手を放すと、縄はぱらりとほどけた。
 一見きつく縛り上げたように見えるが、俺とイブナ、シャンナが手を放せばすぐにほどける結び方をしていた。
 俺も元の姿に戻ったはずだ。

 俺とイブナは同時に動き、相手が反応する前に周囲の兵を斬り伏せていく。
 ハイカルの姿で、屋内まで侵入できれば上々だった。
 どのみち、シャンナが幻術を維持するのも、そろそろ限界のはずだ。

「侵入者だ!」

 誰かが声を上げ、次々と武装した兵たちが姿を現す。
 一挙に騒然となった。

「あれは反逆者マハトだ!」
「魔族の戦士もいるぞ!」

 そんな声も飛び交っていた。

「こっちだ!」

 俺は相手を斬り伏せながら、イブナたちを導く。

「シャンナ、大丈夫か?」
「え、ええ、なんとか……。もう、戦力とはなれませんが……」
「ああ、よくやってくれた」

 イブナが、半ば抱えるようにしてシャンナを引っ張っていた。
 もう片方の手では、細剣を振るい続けている。

 矢が射かけられてきた。
 斬り伏せた遺体を盾に、剣で払いながらそれを防ぐ。
 階下に進むと、奥の兵は表の者たちより精強だった。

 数合斬り結んだ後、俺は距離を置き、炎の魔術を彼らへと放った。

「バカな、こんな場所で!?」

 爆風とともに炎が燃え広がり、彼らは浮足立つ。
 狭い屋内で使えば当然、炎はこちらにも返ってくる。
 だが、俺たちに届く直前、イブナの張った結界がそれをはばんだ。
 これも、あらかじめ決めていた戦い方だった。

 爆炎が止みきらないままに、俺たちは敵陣へと突っこんだ。
 我知らず雄叫びを上げていた。イブナの声も聞こえる。
 さすがに、すべての槍や矢を交わしきるのは不可能だ。
 腿や肩に傷を負うが、かまわずに進んだ。
 二人で、シャンナのことだけは守りきる。

「もう少しだ。あの奥に研究所に続く階段がある!」
「ああ。シャンナ、わずかのあいだ手を放す。ついてきてくれ」
「はい!」

 俺たちは、前後から押し寄せる兵たちを斬り伏せ進む。
 死骸の果て、奥への道が抜けた。

 そう思った瞬間――、

 殺気を感じ、俺は後ろに跳んだ。
 紙一重の先を銀の閃きが薙いだ。
 明らかに、これまでの相手とは一撃の鋭さが違っていた。
 態勢を整え、俺は相手の姿を見た。

「……ジジン。何故ここに!?」
「その言葉、そのままお返しする。マハト殿、よもやこのような場所で再会するなどとは思いも至りませんでしたぞ」

 その姿を忘れるはずもない。
 研究室へと続く階段の手前にいたのは、勇者隊の一員。

 影のジジンと呼ばれる男だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...