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第四章 幻魔の少女
④軍師の才覚
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シャンナは俺の目を見据えたまま、問いかける。
「マハトさんは、ご自分の命をどのようなものとお考えですか?」
「俺の命、か……」
まるで教父のような問いかけだが、抽象的なことを聞きたいわけじゃない、というのは分かる。
「シャンナは、まるで自分の生き死にをどうでもいいと思っているふうに聞こえるな」
「……以前まで。姉様に神殿から助け出されるまではそうだったかもしれません」
シャンナはためらうことなく、そう答えた。
「姉様はじめ、みなが未来のために戦うなか、何もできないわたしに、このまま生きる価値などないものと、と虚しく感じていました」
「今はそうじゃない?」
「はい。姉様とマハトさんにわたしは命を救われてしまいました。自分の命はそれまでより、ずっと重たいものとなってしまった、とそう感じています」
「命の重さ、か……」
「ええ。姉様は、わたしを戦場に立たせないため、自ら戦線に立ち多くのヒトの命を奪いました。それに、わたしを神殿から救い出すため、同族にも手をかけています」
自身のことを語りながらも、シャンナは俺の目を見つめ続けていた。
その目に「おまえもそうだろう?」と問いかけられているような気がした。
「もう、わたしには簡単に死ぬことは許されません。安易に生きることも」
「死んでいった者たちのためにも?」
「はい。わたしたちは、多くの屍の上を積みあげたうえで、生きています。もうこの命はわたしだけのものではありません。わたしを生かすために散ってしまった命のために、わたしは生きなければならない」
わたしたち、シャンナははっきりとそう言った。
俺の脳裏にも、様々な人々の死がよぎった。
魔族の襲撃を受けた、故郷の町。
自ら手に掛けた、かつての勇者隊の同胞たち。
炎に巻かれ、虐殺されたハディードの街の人々。
グリフォンの死骸すら、心によみがえる。
彼らの死によって、俺は生かされた。
シャンナの言葉は、胸の内に、重くしみこんでいくようだった。
「あえて言います。マハトさん、ハディードの街の人たちが成すすべなく殺されたのは、あなたが弱かったからです」
「…………ッ!」
自覚はもちろんあった。
しかし、それを彼女の口から告げられると、短剣を胸に突き立てられたような心地がした。
「もし、マハトさんが事前に計画を察知していたなら……。あらかじめ、もっと自分と道を同じくする同志を作っていたなら……。結果は違っていたかもしれません」
「それは……そのとおりだろうな」
シャンナの口調は責めるようなものではなかった。
そもそも、人間の街での出来事を、魔族である彼女が責めるいわれがない。
ただ、微笑みながら淡々と事実を述べている。
それが余計にこたえた。
「街の人たちの死も、俺は背負って生きなければいけないと言うんだな」
「わたしはそう考えます」
「そうか……」
俺は大きく息をついた。
「シャンナ。やっぱりおまえも、優しいやつだな」
「はっ? 今の話をどう聞けば、そんな感想が?」
「それを俺に言うために、わざわざイブナを遠ざけたんだろ? そこまでしてもらって、おまえの言葉を受け入れられないほど、器の小さい男ではないつもりだ」
シャンナは声に出して、忍び笑った。
「俺もイブナもかつては、指揮官だった。何かあったときに責めを負う立場で、常に部隊の命を背に負っている」
「出過ぎたことを申し上げたでしょうか?」
「いや。だからこそ、おまえのようにはっきりと告げてくれる人間が、いかにありがたい存在かよく知っている。放浪の身になったからこそ、なおさらだ。ありがとう」
俺は座ったまま、シャンナに向けて頭を下げた。
「そうまっすぐに言われては面映ゆいものがありますが……。姉様もいつもこんな気持ちだったのでしょうね」
初めて、シャンナが軽く目線を逸らした。
わずかなりとも、彼女が動揺する姿を見たのは、これが初めてだと思う。
「とはいえ、事実を突きつけられて、こたえたのもほんとだけどな」
俺の言葉に、シャンナは軽く笑った。
「そうでなくては、勇気を振り絞ってお伝えした甲斐がありません」
「勇気を奮っていたのか? 俺には平然と告げているように感じられたが……」
「まあ、お姉様みたいなことを。まあ、マハトさんが、逆上して襲ってくるような方ではないとは思っていましたが……」
シャンナの微笑にいたずらっぽさが混じる。
表情を大きく変えることはないのに、感情の豊かさが伝わってくる。
つくづく、不思議な魔族だった。
「全部おまえの言うとおりだと思う。俺は、無為のときを過ごすために生かされたんじゃない」
俺もイブナも、同族から追われる身だ。
こうして森の中で隠れ潜んでいるのが、賢い生き方なのかもしれない。
けど、それではなんのために、生き延び、イブナたちに出会ったのかわからない。
「おまえはヒトと魔族が争いを止め、共に生きることがどれほど困難か俺に示してくれた。けれど、それが不可能だとは言わなかったな」
「はい」
シャンナは小さく首を縦に振り、続けた。
「姉様は魔王軍の中でも最強の戦士です。それと、ヒト族の英雄マハトさんが出会ったのは奇跡にほかならないと思います」
「それにおまえもだろ、シャンナ」
「ええ。この身に余る魔力は、使いようによってはこの世界の理すら変えてしまうもののはずです。マハトさんと姉様が手を組み、わたしの力を使えれば、きっと今まで見たこともないような世界を築き上げることもできる。わたしはそう思います」
凍れる大陸の話をし、命の意味を問い、ハディードの町での虐殺を止められなかった俺を責めたのも、すべてこの言葉を伝えたかったからなのだろう。
シャンナの声は静かだが、たしかな熱を帯びて聞こえた。
その熱は、俺の胸を打つのに十分なものだった。
けれど、一つだけ、どうしても言いたいことがあった。
「おまえの武器は、その魔力だけじゃない」
「えっ?」
「話していて思った。シャンナ、君は軍師としての才能があるんじゃないか?」
「軍師……」
シャンナは俺の話を一度聞いただけで状況を理解し、もっとも俺の心に響く言葉を的確に投げていた。
どうすれば、ハディードの街の虐殺を防げたか、短いが的確な言葉だった。
彼女の頭の中には、さらに細部に渡った考えもある、と感じられた。
ただ、過ぎた話をしても仕方ないから、口にしなかったのだろう。
彼女の視点は感情や自分の立場を入れない公平なもので、物事を巨視的に俯瞰する傾向があるようだった。
俺やイブナのような、戦線の指揮官より、大きな流れをつかむ才能に長けている。
個人的な心情としては嫌な例えではあるが、近衛騎士隊長マルキーズにその能力はもっとも近い気がする。
「わたしは身体が思うように動かせない分、いつも空想にふけっていました。もし、マハトさんがそう感じられたなら、そのせいかもしれません」
「戦場に立たないほうが、かえって大きな流れで物事を見るのに、いいこともある。きっと、シャンナなら、俺やイブナが為すべき道を見定めてくれる。そう思う」
「そうでしょうか……。姉様には妄想癖がひどい、とよく言われますが……」
シャンナは俺の言葉に困惑している様子だった。
けれど、聡明で、自分のことすらどこか突き放したように見ている彼女のことだ。
きっと、自身の才に薄々気づいてはいるだろう。
「なら、例えばでいい。俺がこの先、人と魔族の争いを止めるため、何が必要だと思う?」
「そうですね……」
シャンナは考えるそぶりを見せた。
けれど、彼女の中にすでに答えはある程度固まっていたのだろう。
すぐに、きっぱりとした声でいう。
「わたしが挙げられることは次の三つです」
「聞かせてくれ」
シャンナは言い淀むこともなく、自身の考えを俺に語って聞かせた。
「マハトさんは、ご自分の命をどのようなものとお考えですか?」
「俺の命、か……」
まるで教父のような問いかけだが、抽象的なことを聞きたいわけじゃない、というのは分かる。
「シャンナは、まるで自分の生き死にをどうでもいいと思っているふうに聞こえるな」
「……以前まで。姉様に神殿から助け出されるまではそうだったかもしれません」
シャンナはためらうことなく、そう答えた。
「姉様はじめ、みなが未来のために戦うなか、何もできないわたしに、このまま生きる価値などないものと、と虚しく感じていました」
「今はそうじゃない?」
「はい。姉様とマハトさんにわたしは命を救われてしまいました。自分の命はそれまでより、ずっと重たいものとなってしまった、とそう感じています」
「命の重さ、か……」
「ええ。姉様は、わたしを戦場に立たせないため、自ら戦線に立ち多くのヒトの命を奪いました。それに、わたしを神殿から救い出すため、同族にも手をかけています」
自身のことを語りながらも、シャンナは俺の目を見つめ続けていた。
その目に「おまえもそうだろう?」と問いかけられているような気がした。
「もう、わたしには簡単に死ぬことは許されません。安易に生きることも」
「死んでいった者たちのためにも?」
「はい。わたしたちは、多くの屍の上を積みあげたうえで、生きています。もうこの命はわたしだけのものではありません。わたしを生かすために散ってしまった命のために、わたしは生きなければならない」
わたしたち、シャンナははっきりとそう言った。
俺の脳裏にも、様々な人々の死がよぎった。
魔族の襲撃を受けた、故郷の町。
自ら手に掛けた、かつての勇者隊の同胞たち。
炎に巻かれ、虐殺されたハディードの街の人々。
グリフォンの死骸すら、心によみがえる。
彼らの死によって、俺は生かされた。
シャンナの言葉は、胸の内に、重くしみこんでいくようだった。
「あえて言います。マハトさん、ハディードの街の人たちが成すすべなく殺されたのは、あなたが弱かったからです」
「…………ッ!」
自覚はもちろんあった。
しかし、それを彼女の口から告げられると、短剣を胸に突き立てられたような心地がした。
「もし、マハトさんが事前に計画を察知していたなら……。あらかじめ、もっと自分と道を同じくする同志を作っていたなら……。結果は違っていたかもしれません」
「それは……そのとおりだろうな」
シャンナの口調は責めるようなものではなかった。
そもそも、人間の街での出来事を、魔族である彼女が責めるいわれがない。
ただ、微笑みながら淡々と事実を述べている。
それが余計にこたえた。
「街の人たちの死も、俺は背負って生きなければいけないと言うんだな」
「わたしはそう考えます」
「そうか……」
俺は大きく息をついた。
「シャンナ。やっぱりおまえも、優しいやつだな」
「はっ? 今の話をどう聞けば、そんな感想が?」
「それを俺に言うために、わざわざイブナを遠ざけたんだろ? そこまでしてもらって、おまえの言葉を受け入れられないほど、器の小さい男ではないつもりだ」
シャンナは声に出して、忍び笑った。
「俺もイブナもかつては、指揮官だった。何かあったときに責めを負う立場で、常に部隊の命を背に負っている」
「出過ぎたことを申し上げたでしょうか?」
「いや。だからこそ、おまえのようにはっきりと告げてくれる人間が、いかにありがたい存在かよく知っている。放浪の身になったからこそ、なおさらだ。ありがとう」
俺は座ったまま、シャンナに向けて頭を下げた。
「そうまっすぐに言われては面映ゆいものがありますが……。姉様もいつもこんな気持ちだったのでしょうね」
初めて、シャンナが軽く目線を逸らした。
わずかなりとも、彼女が動揺する姿を見たのは、これが初めてだと思う。
「とはいえ、事実を突きつけられて、こたえたのもほんとだけどな」
俺の言葉に、シャンナは軽く笑った。
「そうでなくては、勇気を振り絞ってお伝えした甲斐がありません」
「勇気を奮っていたのか? 俺には平然と告げているように感じられたが……」
「まあ、お姉様みたいなことを。まあ、マハトさんが、逆上して襲ってくるような方ではないとは思っていましたが……」
シャンナの微笑にいたずらっぽさが混じる。
表情を大きく変えることはないのに、感情の豊かさが伝わってくる。
つくづく、不思議な魔族だった。
「全部おまえの言うとおりだと思う。俺は、無為のときを過ごすために生かされたんじゃない」
俺もイブナも、同族から追われる身だ。
こうして森の中で隠れ潜んでいるのが、賢い生き方なのかもしれない。
けど、それではなんのために、生き延び、イブナたちに出会ったのかわからない。
「おまえはヒトと魔族が争いを止め、共に生きることがどれほど困難か俺に示してくれた。けれど、それが不可能だとは言わなかったな」
「はい」
シャンナは小さく首を縦に振り、続けた。
「姉様は魔王軍の中でも最強の戦士です。それと、ヒト族の英雄マハトさんが出会ったのは奇跡にほかならないと思います」
「それにおまえもだろ、シャンナ」
「ええ。この身に余る魔力は、使いようによってはこの世界の理すら変えてしまうもののはずです。マハトさんと姉様が手を組み、わたしの力を使えれば、きっと今まで見たこともないような世界を築き上げることもできる。わたしはそう思います」
凍れる大陸の話をし、命の意味を問い、ハディードの町での虐殺を止められなかった俺を責めたのも、すべてこの言葉を伝えたかったからなのだろう。
シャンナの声は静かだが、たしかな熱を帯びて聞こえた。
その熱は、俺の胸を打つのに十分なものだった。
けれど、一つだけ、どうしても言いたいことがあった。
「おまえの武器は、その魔力だけじゃない」
「えっ?」
「話していて思った。シャンナ、君は軍師としての才能があるんじゃないか?」
「軍師……」
シャンナは俺の話を一度聞いただけで状況を理解し、もっとも俺の心に響く言葉を的確に投げていた。
どうすれば、ハディードの街の虐殺を防げたか、短いが的確な言葉だった。
彼女の頭の中には、さらに細部に渡った考えもある、と感じられた。
ただ、過ぎた話をしても仕方ないから、口にしなかったのだろう。
彼女の視点は感情や自分の立場を入れない公平なもので、物事を巨視的に俯瞰する傾向があるようだった。
俺やイブナのような、戦線の指揮官より、大きな流れをつかむ才能に長けている。
個人的な心情としては嫌な例えではあるが、近衛騎士隊長マルキーズにその能力はもっとも近い気がする。
「わたしは身体が思うように動かせない分、いつも空想にふけっていました。もし、マハトさんがそう感じられたなら、そのせいかもしれません」
「戦場に立たないほうが、かえって大きな流れで物事を見るのに、いいこともある。きっと、シャンナなら、俺やイブナが為すべき道を見定めてくれる。そう思う」
「そうでしょうか……。姉様には妄想癖がひどい、とよく言われますが……」
シャンナは俺の言葉に困惑している様子だった。
けれど、聡明で、自分のことすらどこか突き放したように見ている彼女のことだ。
きっと、自身の才に薄々気づいてはいるだろう。
「なら、例えばでいい。俺がこの先、人と魔族の争いを止めるため、何が必要だと思う?」
「そうですね……」
シャンナは考えるそぶりを見せた。
けれど、彼女の中にすでに答えはある程度固まっていたのだろう。
すぐに、きっぱりとした声でいう。
「わたしが挙げられることは次の三つです」
「聞かせてくれ」
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