反逆勇者の放浪記 ~人類から追放されて勇者を辞めた俺は、魔族の美人姉妹と手を取り合い、争いのない新しい世界を創る~

倉名まさ

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第三章 魔獣の住まう山脈

⑤つづく死闘

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 その一体のたてがみは純白で、先に対峙していたグリフォンよりも一回り小さく、全体的に四肢も細く見える。
 おそらく、最初に相手をしていたのがオスで、あとから現れたほうがメスだろう。
 とはいえ、人からすれば巨大な姿であることには変わりない。
 もしかしたら、つがいなのかもしれない。
 何より脅威なのは、メスの一体には飛び道具――真空の刃を生み出す能力があることだった。

「……どうする?」

 イブナに短く問う。
 緊迫感に、固い声が出た。

「見逃してはくれないだろう。腹をくくるしかない」

 イブナの返答にうなずくしかなかった。
 手が汗ばむ。
 遠くにいた一体は寄り添うように、先の一体の側に寄る。
 並んでみると、その威容は圧倒されそうなほどだった。

「こうなったら、わたしも後方支援だと言っていられない。共に戦おう」

 宣言とともに、イブナは腰の細剣を抜いた。
 しかし、それを構えるのもつらそうだった。

 グリフォンも自分を傷つけたのが、イブナの放った短剣だと気づいているだろう。
 今はこちらを警戒するように距離を取っているが、均衡きんこうが破られる瞬間は、そう遠くないはずだ。
 俺がイブナを止めたところで、二体のグリフォンが彼女を見逃すことはもうない。

 ――なら、俺にできることはただ一つ。

 力強く地を蹴る。
 そして、まだ動かないグリフォンたちの中央へと駆けた。

「マハトッ!?」

 イブナが驚きの声を上げた。
 心なしか、二体のグリフォンすら困惑しているように見えた。
 彼らの目にも自殺行為と映ったのかもしれない。

 超接近戦を仕掛け、イブナに向かうひまをグリフォンたちに与えない。
 彼女をかばいながら戦うには、それしか手がなかった。

 イブナに言われたとおり、腹ならくくっていた。
 作戦遂行中、思わぬ伏兵に遭遇し、挟撃きょうげきを受けたことなど何度もあった。
 絶体絶命としか思えない場面にも幾度となく遭遇したが、それでもなんとか生きている。
 結局のところ、それは運が良かっただけだ。
 今この時も、最後は必死で運をたぐりよせるしかない。

「おおおおッ!」

 己を鼓舞するため雄叫びを上げ、オスのグリフォンに迫る。
 当然、相手は前脚を振るい、迎撃してくる。
 紙一重でかわした。もう一歩踏み込み薙ぎ払う。相手も寸前で飛びすさった。

 横からメスの一体が迫る。爪ではなく、頭部を低くして体当たりを仕掛けてきた。
 地に転がり、やり過ごす。跳ね起き、再びオスの一体に迫り、突きを放つ。うるさげに相手は宙へと逃れ去った。俺は魔力を集中し、かざした手のひらから火球を生む。
 先ほどまでは深追いせず、回避に専念していたが、可能な限り追撃も試みる。
 やはり、かわされた。
 極限まで研ぎ澄ました意識に、大気のうねる音が聞こえる。振り向くことなく、跳んだ。次の瞬間、真空の刃が地を薙ぐ。今度も完全にはさけきれなかった。跳ぶ際に左脚を、鋭利な刃物で斬りつけられたような痛みが襲う。

 だが、致命傷ではない。
 一瞬、二体のグリフォンと俺のあいだに間が生まれた。

「マハト!」
「来るな、イブナ! また奴らに隙を作るのに専念してくれ」

 俺は戦いに集中しながらも、イブナに向けて叫ぶ。了承したかどうかは、確認しようもなかった。
 今度はメスのグリフォンを狙って斬りつける。
 相手もイブナを警戒はしているだろうが、性懲りなく迫る俺を無視できない形だった。
 俺も全身の痛みを無視する。
 何度も懐に潜りこもうと駆けまわり、相手の巨体から繰り出される攻撃をかわす。
 完全には避けきれないが、それでも致命打は受けずに済んでいた。
 
 しかし、宙を舞うまでもなくグリフォンの動きは素早く、俺の剣はまったく届かない。
 二体の連携も取れていた。
 膠着こうちゃく状態と呼ぶには、明らかに俺の方が劣勢だった。
 少しずつ、二体のグリフォンにすりつぶされていく感覚を抱く。
 これ以上、超接近の間合いで粘るのは限界だった。
 この状況を打破するためには――、

「伏せろ、マハト!」

 息が上がりかけていた俺の頭に、イブナの声が鋭く響く。
 伏せる、というよりも無様に地につまずくように、俺の身体はその指示に従っていた。
 その俺の頭上を飛び――、

 魔力の網が二体のグリフォンをとらえた。
 俺の目には、紫に輝く無数の光線が檻のごとく、巨大な体を覆っているように見えた。

「イブナ……!」

 振り向くと、魔力の網はイブナのかざした十指から伸びていた。
 彼女の魔術がグリフォンを拘束する。

 乱魔の病に冒された状態で、魔術を放つ。
 それは、どれほどの激痛を伴うものであろう。

「早くしろ、マハト!」

 おそらく、グリフォンが拘束されていたのは、一呼吸にも満たないあいだだっただろう。
 けれど、それはイブナが命懸けで作ってくれた”一瞬“だった。
 俺はすべての気力を込めるつもりで、大上段に剣を振りかぶった。

「はあああッ!」

 重い――だが、たしかな手応え。
 手にした一刀が、数多の戦場を共にした“終焉をもたらす者エンド・ブリンガー”でなければ、おそらく衝撃に耐えきれなかっただろう。

 稀代の名刀は、魔獣の首をも両断していた。
 血しぶきをあげ、オスのグリフォンの首が飛ぶ。

 だが、次の瞬間には魔力の網は消滅していた。

「イブナ!」

 振り返ると、イブナは地に倒れていた。
 駆け寄る間もなく、

 ――ウオオォォン。

 グリフォンのあげた、慟哭にも似た鳴き声が響いた。
 そして、真空の刃が至近距離から襲いくる。

 今度は直撃に等しかった。
 かろうじて地に伏せたものの、回避効果は無かったようなものだ。

「ぐあああっ」
 
 全身を見えざる刃に刻まれ、俺は地面を転がった。
 意識が飛びかける。
 かろうじて見開いた視界の端に、メスのグリフォンの迫りくる姿が見えた。
 俺は迎え撃とうと地を踏みしめたが、身体に力が入らず、立ち上がれなかった。
 全身から血が流れる。

 巨体が、目の前に迫った――。
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