反逆勇者の放浪記 ~人類から追放されて勇者を辞めた俺は、魔族の美人姉妹と手を取り合い、争いのない新しい世界を創る~

倉名まさ

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第三章 魔獣の住まう山脈

④魔獣との戦い

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 空気を切り裂くような鳴き声が、山脈に響きわたる。
 グリフォンのものに違いない、と直感する。
 頭上を見上げた。
 生い茂る木々が邪魔で、空はよく見えなかった。

「落ち着け、目に頼るな。おまえにも気配が感じられるはずだ」

 イブナが横からささやきかけてきた。

「向こうは俺たちに気づいたのか?」
「ああ、おそらくな。遠くからこちらに近づいてきている」

 イブナの助言に従い、俺は耳を澄まし、気配を探る。
 遠くにあってさえ、空気が震えるほどの鳴き声だった。
 いかに相手が大きな生物であるか、想像するに余りある。
 
 イブナはすでに山猫の死骸からは遠ざかり、地に伏せるようにして気配を殺しはじめた。

「手筈どおりにいくぞ」
「ああ、この林の中で戦えるのは、悪くない状況だな」

 木々に紛れての奇襲は、勇者隊の得意とするところだった。
 狩人のように素早く対象に近づき、一撃を加えてはまた木々に潜む。
 この戦い方は、魔族相手でも効果的だった。
 味方の騎士隊にすら気味悪がられていたものだ。

 グリフォンの巨体も、木々の乱立するこの場所ならかえって制約になりそうだ。
 だが、魔獣のほうもそれを承知でここに向かってきているのだ。
 鋭利な刃物で斬りつけられたような山猫の死骸を見れば、地の利だけで楽に戦えるような相手でないことは、容易に想像がつく。
 
 狩りの手順はここまでの道中、何度も聞いていた。
 グリフォンは猛虎よりなお鋭い鉤爪とくちばしの持ち主ではあるが、その皮ふは存外柔らかい。
 俺の剣でも十分刺し貫けるはずだ、という。
 
 考え方はいたってシンプルだ。
 やられる前にやる。
 鎧すらたやすく切り裂ける爪の一撃は絶対に喰らわないよう回避する。
 そして、俺が剣の届く間合いに潜りこむまでの隙は、イブナが作る。
 そういう算段だった。

 後方から必ずイブナの支援があると信じて、グリフォンの懐に潜りこむ。
 俺はただ、そのことだけを考えればいい。

 待つほどもなく、俺にもはっきりと感じられるほど、グリフォンの気配が近づいてきた。
 高峰こうほうにそびえる木々よりもなお天高い空の上に、相手はいる。
 それでもなお、その存在感は威圧的だった。

 全身の血が湧きたつ。
 思えば、人々から追われる身になって以来、久方ぶりの戦いらしい戦いだった。
 人類の平和のためにと戦ってきた戦とはまったく違うものだが、思うぞんぶん力を振るえることに、純粋に戦士としての喜びを覚える。
 魔獣グリフォンなら相手にとって不足ない。

 向こうは、こちらをどう捉えているだろう?
 取るに足らない獲物と感じているのか。
 それとも、強敵と思い警戒しているか……。

 遠くにあった気配が、上空を旋回しながらさらに近づいてくる。
 グリフォンの翼の音も聞こえてきた。
 そして、もう一度威嚇するように甲高く鳴く。
 今度は、空気が震えるのが肌に感じられるほどの近さだった。

「そこかっ」

 イブナの言うとおり、目で追う必要はなかった。
 巨大な魔獣の気配をたどり、俺は上空へと右手をかざした。
 電撃の魔術を放つ。
 俺のてのひらから生まれたいかずちが、木々のあいだを縫い、上空へと消えていった。

 高速で空を舞うグリフォンにいまのが当たるとは思っていない。
 相手の意識を俺に引きつけられれば十分だった。
 俺に警戒心を抱かせ――そして、イブナの存在を意識の外に追いやらせるために。

 果たして――、
 いままで様子を伺っているようだったグリフォンが、はっきりと俺に敵意を向けてきた。
 威嚇の鳴き声とともに、急降下してくるのが分かる。
 恐怖心から反射的に動こうとする身体を抑え、意識を研ぎ澄ます。
 グリフォンが軌道を変えようがないであろう、ギリギリのタイミングで横に大きく跳ぶ。
 直後、俺のいた地面を鋭い鉤爪がえぐった。
 攻撃は避けられたものの、風圧で地面を転げるのを、こらえきれなかった。

「くっ……」

 地面を転がりながらも、俺は木々のあいだに身を隠す。
 素早く立ち上がり、相手の死角になるよう、木々を縫って回り込む。
 グリフォンの姿を、はっきりと視認する間もなかった。
 
 思い切って林の中から飛び出し、気配を頼りに剣を振るう。
 だが、相手も巨体に似合わない素早さで飛び退り、再び上空へと舞いあがった。
 魔術で追撃する手もあったが、回避に専念するべきだ、と判断した。

 グリフォンは先ほどよりも低空から降下し、再び鉤爪を振るった。
 今度も俺は地面に転がりながら、その一撃を避けた。先ほどよりも、危うい間合いだった。
 俺のすぐ鼻先を、空気を切り裂く刃のような爪がよぎる。

 もつれそうになる足を叱咤し、木々に紛れ、反撃の剣を振るう。
 それも、グリフォンには当たらない。
 そんな攻防を三度、四度と繰り返した。

 いつ互いの攻撃が直撃してもおかしくない。
 そんなギリギリの攻防に焦れたのか、グリフォンの攻撃が、少しずつ単調になってきた。
 そのときを、俺は待っていた。

「はぁっ!」

 グリフォンの放つ前脚の一撃を俺は避けずに、剣を両手にかまえて受けとめた。
 まっすぐには受けず、相手の爪を刃先に滑らせるような受けだった。
 俺の得意とする回避技の一つだ。

 それでも重圧はすさまじく、俺の身体は剣ごと弾き飛ばされた。
 剣を手放すのは、かろうじてこらえる。

 俺の身体は大きく飛び、木の幹にしたたかに背を打ちつけた。
 衝撃に息が詰まる。

 だが、俺の予想外の行動に、グリフォンの方も態勢を崩していた。
 束の間、上空へ飛ぶべきか追撃するか迷うように、その巨体が硬直する。
 その瞬間を、”暁の魔将”イブナが決して見逃すはずがないと、俺は確信していた。

「いまだ、イブナ!」

 叫ぶと同時、俺はグリフォンに向けて駆けだした。
 俺の声よりも一瞬早く、銀の閃きが飛来した。
 味方の俺ですら、どこから飛んできたのか分からなかった。
 直後、イブナがどこからか放った短剣がグリフォンの前脚に突き刺さっていた。
 その全身が硬直する。

 決定打を放てるタイミングは、今しかなかった。

 そのときはじめて、グリフォンの全身を視認した。
 鈍い橙色の全身に、獅子のごときたてがみ。鷲の翼に、丸太のような前脚。
 見上げるほどの巨躯。
 深い黒色の瞳は、妖魔のそれとは明らかに違う、理知的な輝きがあった。
 確かに信仰の対象となってもおかしくないような、神々しさを感じる姿だった。

 俺は渾身の突きを放とうと、剣をまっすぐかまえ、一息に間合いを詰め――、

「避けろ、マハトッ!」

 切迫したイブナの声に、考えるよりも先に俺は後ろにとんでいた。
 直後、まったく予期していなかった衝撃が、横からやってきた。
 真空の刃が俺のいた場所を薙ぎ、さらにその向こうの木々を切り裂いていく。
 俺も完全には避けきれず、手足が切り裂かれる鋭い痛みを感じる。
 鮮血が、宙を舞うのが他人事のように感じられた。

「マハト!」

 気配を殺して潜んでいたイブナが、俺に駆け寄ってくる。

「かすり傷だ。それより……」

 俺は真空の刃が飛び来たった方を見やった。
 そこには目の前にいる魔獣とそっくりの姿――、

 もう一体のグリフォンがたたずんでいた。
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