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第二章 荒野の隠れ家と魔族の女
④勇者と魔将
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イブナは床にあぐらをかき、語りはじめた。
俺も同じ姿勢で聞く。
「お前も知っているとおり、わたしは暁の魔将などと言う二つ名で呼ばれ、八魔将の中でも最も激しい最前線で常に戦ってきた。お前たちヒト族にとっては憎らしいことだろうがな」
「それはお互い様だ。俺も魔族のあいだでは、さぞ憎まれているだろうな」
互いに最前線で身を削って戦った者同士。
もっとも相手の同胞を殺した存在と言っても間違いない。
それなのに、イブナに対して憎悪の念はまったく湧かなかった。
“魔将イブナ”が人間たちのあいだでささやかれているような、好戦的な戦闘狂とはかけ離れた印象の女だったからかもしれない。
イブナは述懐を続ける。
「イクソス湖畔の戦役では、お前の率いる部隊にしてやられたな」
「いくら俺たちが攪乱に成功しても、結局、各国の本隊がお前の指揮した軍に押されっぱなしだった。あの戦いはよくて引き分けだろ」
「アハティスの街に夜襲をしかけようとしたときは、妖魔たちを殲滅され、かろうじて逃げ帰った。改めて、お前たちは少数ながら、我ら魔族にとって脅威となる部隊だった」
「そのときはこっちも三人犠牲を出してる。あの奇襲に気づけたのも偶然に近いしな。俺たちも”暁の魔将”の大胆さを肌で感じ、恐怖を覚えた。率いていたのが下級の妖魔ばかりでなかったら、本当にあやうかった」
「魔族の兵は危険な夜襲への参戦を、なんだかんだと理由を付けて拒んだのだ。奴らはプライドばかり高く、いざというときには臆病な者ばかりだ」
「そういう事情は人間側の騎士も似たようなもんだな」
敵側の将軍と戦の話をしているのに、まるで軍議盤の試合を語らっているみたいな感覚だった。
ただ、二人の共通の話題が戦のことだから、話している、という感じだ。
こころなしか、イブナの口の端もかすかに笑みの形を作っているように見えた。
勇者隊から死者も出たのに、胸をうずかせるような痛みはやってこない。
あのハディードの街での一件から、俺の中の何かが変わってしまった。
そんな気がした。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からなかった。
「信じられないかもしれないが、わたしが魔王軍の最前線で戦い続けたのは、おまえたち人間に憎しみを抱いていたわけでも、戦いを楽しんでいたわけでもない。魔王陛下とそう約束を交わしたからだ」
「どういうことだ?」
「わたしが戦果を挙げ続けるかぎり、わたしの妹――シャンナを戦場には駆り出さない、という約束だった……」
イブナはそう言ったきり、しばし口をつぐんだ。
憤りが胸にあふれて、うまく言葉を紡げない、というふうに見えた。
「魔王がそう望むほど、おまえの妹も優れた戦士だったのか?」
暁の魔将が二人に増えて、姉妹で勇者隊に襲ってくる。
想像するだけでゾッとするような光景だった。
だが、イブナは首を横に振り、再び口を開いた。
「シャンナが戦士としての修練を積んだことはない。それどころか、生まれてからずっと、激しい運動もできず、床にふせりがちな子だった」
病弱な魔族、というのは想像しがたかった。
だが、俺たちも彼らのことをよく知っているわけじゃない。
人間側が思っている以上に、ヒトと魔族はさほど変わりない生き物なのかもしれない。
「それじゃあ、いったい……?」
「ただ、妹は異様に高い魔力を持って生まれたのだ。我ら魔族にとっても信じがたいほどにな。おおっぴらには言えないが、こと魔力容量だけなら、シャンナのそれは魔王陛下をも上回るだろう、と思う」
「それは……」
絶句する。
もともと、魔族は人間よりもずっと、魔術の才に恵まれた種族だ。
その魔族のあいだですら、異様と言われるほどの魔力。
こんな形容をするのはイブナに悪いが、”怪物”と呼べる存在だった。
「その高過ぎる魔力はシャンナ本人でも制御できないものだった。それゆえ、幼い頃から自身の魔力にさいなまれ、あいつは寝込みがちだったのだ」
「……なるほどな」
いくら高い魔力の持ち主でも、それを使いこなせないのであれば、戦場に立っても無意味だ。
人類にとっては幸いなことだったと言える。
妹のことを語るときのイブナの声には、まぎれもない愛情の念が感じられた。
故郷も家族もなくした俺にとって、うらやましいかぎりだった。
暁の魔将が病弱な妹思いの戦士で、妹のためにだけ戦っていたなんて、どんな吟遊詩人でも思いつかないだろう。
改めて、魔族のことを何も知らなかったのだ、と思い知らされる。
知らない方が、敵として戦うには好都合だから、あえて知ろうとしなかったのも大きいだろう。
「わたしが前線で戦い続けるかぎり、妹は氷の大陸で安静にしている。……そのはずだった。わたしは妹のことだけを思い、ずっと戦い続けてきた。どんな危険な任務であろうと引き受けた。誰よりも多く戦場に赴き、約束どおり戦果を挙げ続けた。それなのに……」
だんだんとイブナの声音に昏い熱情が混ざり、再び言葉が途切れた。
そこまで言われれば、俺にもその先はなんとなく察しがついた。
「魔王が約束を守らなかったのか?」
イブナは複雑な表情だった。
かすかに動いた首は、肯定とも否定とも見えた。
「陛下自らの考えだとは思いたくない。……おそらくは邪神官グレモワあたりの発案だろう。ヤツが、わたしと魔王陛下の交わした盟約を反故にしたのだ!」
もし目の前にいるのが、そのグレモワとやらであれば、迷わず八つ裂きにしていただろう。
そんな殺気をほとばしらせていた。
その邪神官とやらの名は聞いたことがない。
前線では戦わず、裏で策謀を巡らせるタイプの手合いなのかもしれない。
そういう存在は、人間側の情報には引っかかりにくい。
……まあいい。
グレモワとやらより、イブナとその妹の事の方が関心を引く。
「おまえの妹を戦場に駆り立てたというのか? だが、魔力をコントロールできないものを無理矢理戦場に立たせたところで、役には立たないだろう?」
「ヤツらが選んだのはもっと酷い方法だ」
憎々しげにイブナは吐き捨てる。
口にするのもはばかるように、その声音は震えを帯びていた。
「ヤツらは……シャンナを……わたしの妹を……生け贄に捧げようとしたのだ」
俺も同じ姿勢で聞く。
「お前も知っているとおり、わたしは暁の魔将などと言う二つ名で呼ばれ、八魔将の中でも最も激しい最前線で常に戦ってきた。お前たちヒト族にとっては憎らしいことだろうがな」
「それはお互い様だ。俺も魔族のあいだでは、さぞ憎まれているだろうな」
互いに最前線で身を削って戦った者同士。
もっとも相手の同胞を殺した存在と言っても間違いない。
それなのに、イブナに対して憎悪の念はまったく湧かなかった。
“魔将イブナ”が人間たちのあいだでささやかれているような、好戦的な戦闘狂とはかけ離れた印象の女だったからかもしれない。
イブナは述懐を続ける。
「イクソス湖畔の戦役では、お前の率いる部隊にしてやられたな」
「いくら俺たちが攪乱に成功しても、結局、各国の本隊がお前の指揮した軍に押されっぱなしだった。あの戦いはよくて引き分けだろ」
「アハティスの街に夜襲をしかけようとしたときは、妖魔たちを殲滅され、かろうじて逃げ帰った。改めて、お前たちは少数ながら、我ら魔族にとって脅威となる部隊だった」
「そのときはこっちも三人犠牲を出してる。あの奇襲に気づけたのも偶然に近いしな。俺たちも”暁の魔将”の大胆さを肌で感じ、恐怖を覚えた。率いていたのが下級の妖魔ばかりでなかったら、本当にあやうかった」
「魔族の兵は危険な夜襲への参戦を、なんだかんだと理由を付けて拒んだのだ。奴らはプライドばかり高く、いざというときには臆病な者ばかりだ」
「そういう事情は人間側の騎士も似たようなもんだな」
敵側の将軍と戦の話をしているのに、まるで軍議盤の試合を語らっているみたいな感覚だった。
ただ、二人の共通の話題が戦のことだから、話している、という感じだ。
こころなしか、イブナの口の端もかすかに笑みの形を作っているように見えた。
勇者隊から死者も出たのに、胸をうずかせるような痛みはやってこない。
あのハディードの街での一件から、俺の中の何かが変わってしまった。
そんな気がした。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からなかった。
「信じられないかもしれないが、わたしが魔王軍の最前線で戦い続けたのは、おまえたち人間に憎しみを抱いていたわけでも、戦いを楽しんでいたわけでもない。魔王陛下とそう約束を交わしたからだ」
「どういうことだ?」
「わたしが戦果を挙げ続けるかぎり、わたしの妹――シャンナを戦場には駆り出さない、という約束だった……」
イブナはそう言ったきり、しばし口をつぐんだ。
憤りが胸にあふれて、うまく言葉を紡げない、というふうに見えた。
「魔王がそう望むほど、おまえの妹も優れた戦士だったのか?」
暁の魔将が二人に増えて、姉妹で勇者隊に襲ってくる。
想像するだけでゾッとするような光景だった。
だが、イブナは首を横に振り、再び口を開いた。
「シャンナが戦士としての修練を積んだことはない。それどころか、生まれてからずっと、激しい運動もできず、床にふせりがちな子だった」
病弱な魔族、というのは想像しがたかった。
だが、俺たちも彼らのことをよく知っているわけじゃない。
人間側が思っている以上に、ヒトと魔族はさほど変わりない生き物なのかもしれない。
「それじゃあ、いったい……?」
「ただ、妹は異様に高い魔力を持って生まれたのだ。我ら魔族にとっても信じがたいほどにな。おおっぴらには言えないが、こと魔力容量だけなら、シャンナのそれは魔王陛下をも上回るだろう、と思う」
「それは……」
絶句する。
もともと、魔族は人間よりもずっと、魔術の才に恵まれた種族だ。
その魔族のあいだですら、異様と言われるほどの魔力。
こんな形容をするのはイブナに悪いが、”怪物”と呼べる存在だった。
「その高過ぎる魔力はシャンナ本人でも制御できないものだった。それゆえ、幼い頃から自身の魔力にさいなまれ、あいつは寝込みがちだったのだ」
「……なるほどな」
いくら高い魔力の持ち主でも、それを使いこなせないのであれば、戦場に立っても無意味だ。
人類にとっては幸いなことだったと言える。
妹のことを語るときのイブナの声には、まぎれもない愛情の念が感じられた。
故郷も家族もなくした俺にとって、うらやましいかぎりだった。
暁の魔将が病弱な妹思いの戦士で、妹のためにだけ戦っていたなんて、どんな吟遊詩人でも思いつかないだろう。
改めて、魔族のことを何も知らなかったのだ、と思い知らされる。
知らない方が、敵として戦うには好都合だから、あえて知ろうとしなかったのも大きいだろう。
「わたしが前線で戦い続けるかぎり、妹は氷の大陸で安静にしている。……そのはずだった。わたしは妹のことだけを思い、ずっと戦い続けてきた。どんな危険な任務であろうと引き受けた。誰よりも多く戦場に赴き、約束どおり戦果を挙げ続けた。それなのに……」
だんだんとイブナの声音に昏い熱情が混ざり、再び言葉が途切れた。
そこまで言われれば、俺にもその先はなんとなく察しがついた。
「魔王が約束を守らなかったのか?」
イブナは複雑な表情だった。
かすかに動いた首は、肯定とも否定とも見えた。
「陛下自らの考えだとは思いたくない。……おそらくは邪神官グレモワあたりの発案だろう。ヤツが、わたしと魔王陛下の交わした盟約を反故にしたのだ!」
もし目の前にいるのが、そのグレモワとやらであれば、迷わず八つ裂きにしていただろう。
そんな殺気をほとばしらせていた。
その邪神官とやらの名は聞いたことがない。
前線では戦わず、裏で策謀を巡らせるタイプの手合いなのかもしれない。
そういう存在は、人間側の情報には引っかかりにくい。
……まあいい。
グレモワとやらより、イブナとその妹の事の方が関心を引く。
「おまえの妹を戦場に駆り立てたというのか? だが、魔力をコントロールできないものを無理矢理戦場に立たせたところで、役には立たないだろう?」
「ヤツらが選んだのはもっと酷い方法だ」
憎々しげにイブナは吐き捨てる。
口にするのもはばかるように、その声音は震えを帯びていた。
「ヤツらは……シャンナを……わたしの妹を……生け贄に捧げようとしたのだ」
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