反逆勇者の放浪記 ~人類から追放されて勇者を辞めた俺は、魔族の美人姉妹と手を取り合い、争いのない新しい世界を創る~

倉名まさ

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第一章 誰がための戦い

④一騎打ち

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 同時に地を蹴る。剣閃が交錯。すれ違い。振り向いた直後、ジュエドの放った火球が飛来する。
 とっさに俺も同じく炎の魔術をぶつけ迎撃するが、相殺しきれない。マントで防ぎきれない熱波が襲い掛かる。
 直後、ジュエドの鋭い突きが俺の胸めがけて迫る。かろうじて避けた。
 反撃に、剣を横なぎに振るったときには、ジュエドの姿はすでに間合いのそと。剣先が虚空をすべる。

 魔法戦士。
 ジュエドがもし人間であったなら、そう呼べるだろうか。
 もともと、魔族のほとんどが高度な魔術師であり、同時に戦士でもある。
 だが、この男ほどその両方を鮮やかに組み合わせて戦う相手には、いままで出会ったことがなかった。
 紫苑しおんのジュエド。
 間違いなく、生涯、一番の強敵だった。

 俺もいちおう、初等から中級程度の魔術はある程度使いこなせる。
 けれど、戦いにおいてはあくまで剣技が主体で、魔術は補助的に用いる程度だ。
 対して、ジュエドは剣術と魔術を巧みに組み合わせ、連続攻撃をしかけてくる。


 業火が、真空の刃が、氷のつぶてが、ジュエドのかざした手のひらから放たれ、全身に襲い掛かる。
 俺は自身の魔力でそれを迎撃するが、反応速度も威力もこちらの方がずっと劣る。迎え撃てず、避けることもかなわなかった術が、容赦なく襲い掛かる。
 剣の腕は互角と見たが、魔術の撃ち合いでは明らかに劣勢だった。

 体感からすれば、この奇襲戦すべてより、一騎打ちの戦いの方が肉体的にも精神的にもきつかった。けれど同時に、これほどの好敵手と対峙できることに、戦士としての喜びも感じていた。

 その戦いぶりは、魔族ながら堂々たるものだった。
 これがもし、武術試合であれば、観客の間から拍手喝采が湧きおこったかもしれない。

 だが、これは命がけの死闘。
 少しでも隙を見せた方が、命を落とすせめぎ合いだった。

 幾十度に渡るのかも数えきれない剣戟の交錯が、澄んだ音を響かせた。
 拮抗きっこうした実力の持ち主同士でなければ、これほど戦いが長引くこともなかっただろう。


 結果的に――俺は勝利した。


 なぜ、俺の剣がジュエドのそれよりも先に、相手の身体を刺し貫いたのか。
 あとから思い返してみても、理由はよく分からなかった。
 十回立ち合えば八、九は負けるだろう。それほどの実力差があった。

 ジュエドはすでに、死を受け入れていた。
 生に執着することなく、たとえ俺との戦いで勝とうと負けようと、自身の命に先はない、そう悟っているのが、戦いを通して感じられた。

 ――あるいは、その差なのだろうか。
 もし、彼の後ろにも俺と同じように仲間たちが控え、勝利を願っていたなら……。
 結果は逆だったかもしれない。

 いずれにせよ、俺はかろうじて勝利を収めた。その事実だけは変わりなかった。

「が……はっ……」

 口から緑の血を大量に吐き、ジュエドは膝を着いた。
 荒い息をつくことすら、ままならない様子だった。
 致命傷だ。
 こうなってしまっては、いかに強靭きょうじんな生命力を誇る魔族といえど、助かる余地はなかった。
 これ以上苦しませまいと、俺はジュエドに歩み寄る。

「……満足のいく戦いだった。もはや……悔いはない……」

 この誇り高い魔族は、吐息をあえがせながらも、口の端をあげて笑っていた。
 半ば無意識にだろうか。人のそれよりも細く長い手を俺に向けて差し出す。
 俺も剣を収め、彼の手を握ろうと、右手を伸ばした。
 だが、その直後――、

「勝負あり、だ。やれ!」

 俺の脇を抜け、電撃が飛来し、ジュエドの身体に直撃した。
 声から、ヴェルクが命じ、放たれた魔術だと悟る。
 撃ったのは、魔術師レンマツィオだろうか。

 雷に打たれたジュエドの身体は大きくびくりと震え、全身から生気が抜け落ちる。
 ――絶命、した。

「ヴェルク!」

 思わず、俺は怒りの声を上げていた。
 一騎打ちを汚された。そんな思いに頭が熱くなる。

 その直後――。
 がっ、と鈍い音とともに頬に衝撃を受けた。
 ヴェルクに殴られたのだ、と一瞬遅れて脳が認識する。
 よろけた俺の胸倉をつかみ、ヴェルクが吠えた。

「マハト! だからてめえは甘ぇんだよ。ヤツは自爆魔法を使うんだろうが!?」

 至近距離で俺を睨みつける。
 俺も睨み返した。
 奴はそんな男ではなかった。一騎打ちの勝負がついた以上、武人として死を受け入れようとしていた。

 だが、そう言ったところでヴェルクが納得するはずがない。
 魔族の狡猾こうかつさは、これまでの戦いで嫌というほど思い知らされてきたのだ。
 一騎打ちを戦いあった者同士にしか通じあえない想いもある。
 そう主張したところで、もう一度こいつの鉄拳を招くだけだ。

 殴られた頬の痛みが、頭を冷ます。
 客観的に考えて、正しいのはヴェルクのほうだった。

「……嫌な役目を負わせたな。すまん」

 ヴェルクの手を振りほどき、俺は力なく言った。

「はっ。魔族を殺すのが嫌になるかよ」

 ヴェルクはまだ収まりがつかないという様子だったが、俺は目を逸らした。
 思いがけず、口中に苦みを感じる。
 ジュエドの遺骸が目に入ると、やり場のないやるせなさが込みあげるが、これ以上こいつと口論するつもりはなかった。
 いずれにせよ、俺たちは勝利を収めたのだ。


 誰も彼もが満身創痍まんしんそうい、全身に魔族たちの返り血を浴びている。
 中でも、一番ひどいのは俺の状態だろう。
 しかし、勇者隊の戦いは常に死と隣り合わせ。
 二つの足で立てているだけでも、誇るべきことだった。

 視界にはもう、動く敵の姿はなかった。
 早く負傷者の手当てをしてやりたい。特に、重傷を負った仲間に。

「クラシア、皆の手当を」

 俺は、仲間たちの一人、神聖術士のクラシアに呼びかけた。
 応急処置くらいしかできない戦場にあって、彼女のかける癒しの術ヒールは俺たちにとっての生命線だった。その彼女も、戦いの最中は魔族や妖魔の放つ攻撃術を防ぐのに手いっぱいで、とても回復までは手が回らずにいた。

「ええ、もちろん。けど、マハト。あなたは?」
「俺は最後でいい」

「重い傷を負った者を優先してくれ」と俺は重ねて指示し、「それならあなたよ」というクラシアの言葉は無視した。
 魔族が五人もいた戦場で、戦死者五名に対し、敵は壊滅。
 圧勝と言っていい戦果だった。

 だが、それを誇る気にはとてもなれない。
 戦死した者たちのことを思えば、胸がいたむばかりだった。

「……動ける者は、町の人間を集めてくれ」

 見たところ、中央にある教会が一番大きな建物のようだ。
 そこに町の者全員を集めるよう、俺はみなに命じた。

 街に駐在する敵は全員倒した。
 もう、俺たちの任務はほとんど終わったも同然だ。

 そう、俺は楽観視していた。
 それが間違いだと知るのは、すぐ後のことだった――。
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