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vérité enfouie
【教区牧師の娘デルフィアの独白】
しおりを挟む本当になんて馬鹿な女!
あの女と初めて会ったのは幼い頃、ロクシーの屋敷だった。
領主館での近隣の有力者達を招いての舞踏会。
教区の牧師の娘であるデルフィアも、父親に連れられておまけのように参加した。
見る物全てが煌びやかで特別な世界に、幼い私が夢中になるのも無理はなかった。
そこで出会った、まるで生き別れの双子のように、自分にそっくりな伯爵令嬢ヴィオレットに驚いた。
少女達が憧れるようなドレスを当たり前のように着て、お人形のように大事にされている彼女。
それに比べて、私が着ている服は清潔とはいえど質素で、冴えない牧師の娘。
同じ年頃、だけならよかった。
ただ生きる世界が違う人間なのだと割り切れた。
よりにもよって同じ顔なのに、私の望む全てを持っている。
なんでそこに居るのは、私じゃないの?
私と同じ姿をしているのに。
ただただ憎らしい少女。
無垢とは、愚かさだ。
嫉妬を隠して近づくと、持てる者の寛容さか、小さいからこその無知なのか。あちらの態度は対等な友達ができたかのように、無邪気に喜び仲良くなった。
それこそ、自分のドレスを貸してくれるほどに。
彼女付きの侍女から、着せてもらい、同じように髪型も整えてもらう。
二人で立つと、まるであわせ鏡のようだった。
彼女の両親は、子供のやることだと鷹揚な態度で双子のようにそっくりな子供達を見ていた。
ロクシーはヴィオレットに淡い恋心をいだいた。
しかし、人づきあいが苦手なロクシーはその思い出を、借りたドレスを着た私と体験したのだと勘違いした。
まぁ、そう仕向けたのは私だけど、本当に馬鹿で可愛い男。
私からすると拍子抜けするぐらい簡単に、思い出の中のヴィオレットに成り代わる。
彼の思い描く理想の女を演じるのは簡単だった、お手本がいたし、手に取るようにわかるから。
自分が欲しかったモノを持っているあの子になれる感覚は、とても心地良い。
その夢を実感させてくれるロクシー。
無垢で純真で、馬鹿な女が好きなんでしょ?
貴族の彼とただの牧師の娘ではあまり会えなかったけれど。
短い時間で、狭い世界で生きている彼は面白いほど簡単に、私にのめり込んでいく。
両親に連れられて、街屋敷、学校に行くためにこの領地を長い間不在にすることがあっても、私にはロクシーの人付き合いの悪さで、他の女に心変わりする事はないと安心し切っていた。
たった一人、あの女を除いて。
でもあのシーズン以来、ヴィオレットの家族はこの地に来るのはやめていた。
それはノースウェリフ伯爵が、付き合いを辞めたのか、はてまたその逆か。
口さがない使用人達の噂で知る。
鷹揚に見えていたヴィオレットの両親達は、他の宿泊客の手前平静を装っていたが実際は違ったらしい。そりゃあそうね、見間違える程自分の子供にそっくりなのだもの、婦人は夫の火遊びを疑っていたのだ。
使用人達は夫婦の諍いを断片的に聞いていた。
その欠けたピースをはめるように、自分たちの下衆な想像で埋めていく。清貧で地域に溶け込む、面白みもない牧師のスキャンダルに、娯楽の少ない田舎の人間達は沸いた。私の母はもっと幼いときに亡くなってしまっていたから尚更だ。死人に口無し。何気ない悪意に蹂躙される。
私はその噂に、侮辱されていると激怒するどころか、冷静だった。
いいえ、むしろ大醜聞をむしろ期待していたぐらい。
こんな片田舎で満足するような面白みもない父ではなく、ヴィオレットの父親が本当に私の父親だったら……。
しかし、私の望みとは逆に、本当にヴィオレットと私には直接の血のつながりはないらしい。
噂では限度がある、真相なんてわからない。
我慢しきれなくなった私は、父に直接聞いて見る事にした。
直接と言っても、村の人間達の立てる悪意のある噂に傷ついたふりをする。
すると安心させたい父の心とは裏腹に、ヴィオレットと双子のように似ているのは全くの偶然で、完璧なぐらいなまでに私の血筋の正当性は証明されたのだ。
つまらない。
神は意地悪だ。
面白いことは、体の関係もないのに、ロクシーはあいも変わらず私に夢中だ。
手を繋ぐ、頬にキスをする、抱擁をする。
コツは思い出のヴィオレットがやりそうに、遠慮がちに恥じらうことだ。
それだけで天にも昇るような表情をし、私がねだらないからこそ、花束やこの田舎では手に入らない女性用の上質な小物やお菓子を贈ってくれる。単純な男。
でも身分の差に私を妻にする覚悟は出来ていないようだった。
愛人なんてまっぴら。
かと言って、ロクシーを見限ったとしても村の男達なんて、遊ぶぐらいならいいけど問題外だ。
つかず離れず、思わせぶりに彼をじらして時期を待つ。
ロクシーの両親が死んだ時も、公にはできないがその心を支えた。
わたしの内心は、死んでくれて障害の一つが無くなったと思ったぐらいの気持ちだったが。
私はすっかり油断していた。
ロクシーの行動は、私の手のひらの上、全て知っていると思い込んでいた。
何を狂ったのか私に手を出せないロクシーは、再開したヴィオレットと結婚した。
初めは彼が求める、本物に気が付いたのかと思ったけれど。
誤算だった、伯爵位を継ぐ者として結婚は必須。
どうやら私の身代わりだという、私への気持ちは揺るがないと。
後継さえ作ってしまえば、用無しだと。
最初はその言い訳を信じた。
でも時と共に、焦りが募る。
私のことを恋する目で見ながらも。
でも本物に揺らいでいる、女の勘が告げていた。
このまま、失ってたまるものですか。
私はロクシーに初めてを捧げた。
最後の切り札だ。
優しくしてくれたけど、下手くそすぎる、独りよがりな行為。
痛くてたまらなかったけれど、仕方がなかった。
私はもっと楽しみたいけれど、それはロクシーが求める彼女じゃない。
ヴィオレットとの夫婦生活は上手くいってないと確信が持てる。
ロクシーの方に釘を刺しながらも、彼女の方をどうにかした方が早いと、彼女に毒を流し込む。
館の使用人達は私が何もしなくても、館の主人の態度を読んで彼女を女主人とは認めていない。
そして何より、ヴィオレットの態度。
普通なら、愛人のような幼馴染がいれば心中は穏やかじゃないだろう。
それなのに、二人の間に入ってしまった、と悲しみを滲ませるだけで、こちらへの敵意はない。本当に善良で、愚かなこと!
だから、私はどれだけ彼と愛し合ってるか、身分の差で引き裂かれたのか語ってやる。
でも、ふたりの仲を邪魔する気はないの、と。
馬鹿なヴィオレットは私に痛く同情する。
そして本当にかわいそうで愚かな彼女は私に言った。
――自分が愛されていないのは十分にわかっている
――入れ替わりましょう、と。
どうやって?
そんな大層なことなどできないと表面上は滅相もないと言う顔をして、内心その提案は魅力の塊でしかなかった。
馬車の操作を失敗したふりをして、事故を装う。
その時は二人の衣装を交換すれば、発見者にはそれぞれに見えるだろうと。
その時を迎えるために、二人で話し合う。
入れ替わるためにそれぞれの思い出を話し合ったけれど、難しいと思った私は、記憶喪失になることを提案する。今までの自分に未練はなかった、父親でさえも、これからの生活を思うと、全く持って未練なんかない。
そして迎えた馬車事故偽装の日。
私は欲を出した。
魔が差したと言ってもいい。
本当にここで、ヴィオレッタが死ねば、完璧に私は望んだモノになれる。
そう人気も人目もない箇所に来た時に、揺れそうな道の石に車輪を乗り上げようとして、失敗した。思ったより大きく揺れた時に、ヴィオレットを突き落とそうとしてバランスを崩し、二人で馬車から落ちる。
あまりの痛みに、本当に死ぬの?
気がつけば私は屋敷でも豪華な部屋に運ばれていた。
ああ入れ替わりは成功したのだと思った。
この状況はヴィオレットへ向けての対応だろう。
洋服だけでもなく髪型も香水も、身につけているもの何もかも交換した、私たちをやはり誰も見分けられない。
身体を動かそうとして、着ているのは上質な寝衣だと気がついた。
体の痛みを忘れて、嬉しさが込み上げてくる。
ノックの音がして、私は寝ているふりをした。
もし医者だったら、うまくやらなければ、と思ったけれど、ロクシーがこわばった顔をして入ってきたのが薄目でわかる。疎ましい妻が、事故ったと知って面倒だと思っているのだろう。
実は私だと言って驚かしてあげよう。
それとも少しは、寝たふりをして反応を見てみようか?
柔らかい絨毯の上、さすがに妻を起さないように気を遣ってるのだろうか? ロクシーの足音は静かに近づいてくる。
さあ、早く、早く。
私は、今日からあの女になって、望んだ生活を手に入れるのだから。
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