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第26話 トーマ、ハチ退治をする
しおりを挟む『おかしい。トラックに轢かれたと思ったら訳の分からない土地にいた』
『記念すべき20人目の獲物を逃してしまった』
『日本じゃない。化け物や奇妙な人間もいる』
『コイツはいい。どうせ元の世界じゃ指名手配されてるだろう』
『便利な力も手に入れたし、ここなら殺り放題だ』
物騒だなおい!
ミノタウロス退治の報酬にもらった不思議な本を読んでみた。
俺と同じく、異世界に飛ばされたらしき人間の日記だった。
が、俺と違ってかなりの危険人物のようだ。指名手配とか書いてるし。
こっちの世界で何かやらかしてるんじゃないだろうな。
どうやらこの本、日記みたいなもので、他人に読ませたり出版したりが目的じゃなかったみたいだ。
署名がないから、書いた人物は不明。日付がないから書かれた時期も不明。アリスやミーティアに訊ねてみたが、心当たりはなさそうだった。
「そんな悪党なら、始末されたんじゃないの?」
とはアリスの推測。
まあそうかもな。まずは警告、続いて威嚇発砲、なんて悠長なことしないから、日本の感覚を引きずってて、あっさり返り討ちにあった可能性はある。
それにしたって、ちょっとぐらいやらかした評判は残っててもよさそうなもんだが。
そして俺は、殺人鬼っぽい異世界転生者よりもよほど切実な問題に直面していた。
「どうしてそんなになるまで放っといたワケ?」
まるで8月29日に夏休みの宿題をまるで片付けてないことがバレた子どもの気分だ。
ただいまの全財産銀貨1枚也。
「いやー、フィールフリードの図書館で本が借りれるようになったから、ここぞとばかりに借り倒してたら……」
「検問所で毎回払う通行料で全財産溶かした、と」
通行料も払えなくなってやっと金策に焦る当たり、我ながら泥縄だ。
いままでも行き当たりばったりで、運よく不定期収入にありついてただけだからな。
「斡旋所覗いてみる?」
「ありがたい申し出だけど、今回はミーティアがマジックギルドの仕事を紹介してくれるってさ」
偶然財布の中身を覗いてしまったミーティアが、気の毒がってくれたわけだ。
「生活力ないのかよコイツ」みたいな表情はちょっと心に痛かったが。
「なにやるの?」
「ギルドが管理してる薬草園の手伝い」
マジックギルドは、魔法具のほかに霊薬という特殊な薬を販売している。
「秘密主義のマジックギルドが、よく紹介してくれたわね」
「いちおう俺も、客分扱いだからな」
ほとんど名前だけだけど。
「ふーん」
なんだか複雑な表情をしているアリス。
「どした?」
「あんまりギルドに深入りすると、足抜けできなくなるわよ?」
どこの反社会勢力だ。
目の前に、掘り返した土地が広がっている。
「マナ・イース」
一面が氷に覆われた。掘り返された土がびっしりと凍り付く。
「おおー!」とギルド員から歓声が上がった。
「こ、これで土地が豊かになるんですか?」
後ろで見守っていたミーティアが訊ねる。
「本で読んだだけの知識だけどな」
いまの作業は、薬草園の一角が「植物が育ちにくい」と聞いて、俺が提案してみたことだ。
「寒おこし」といって、土地を凍らせて地中の病害虫や病原菌を死滅させるやり方だ。
他にも新鮮な空気や水分が供給されるとかで土壌が豊かになるらしいから、まあ悪いことにはならないだろう。
「生育が良くなったら、定期的に頼むよ」
薬草園の監督を任されてる導師に両手を合わせて拝まれる。
「いや別に、やり方が分かってるなら他の人が魔法使えば……」
……うわ、すっごい白けた空気が流れた。舌打ちしたギルド員もいる。
ミーティアが俺の腕を掴み、ぐいぐいとすみっこに引っ張って行った。
「と、トーマさん、“五大元素系魔法”は、言わば“世界に干渉する魔法”です」
「はい」
たしかに、自然界の法則を捻じ曲げてるもんな。
「広範囲の氷結魔法なんて、ギルドの誰も使えないんですっ」
ああうん、俺が悪かった。ついつい、ルーン魔法を基準に考えるクセがついてた。
俺がマジックギルドにカタチばかり在籍することになったとき、研究員たちはルーン魔法に興味を持ち、仕組みを解明したがった。
が、結論から言うと、ルーン魔法は俺にしか使えない代物で、かつ、彼らの魔法に転用も利かないものだった。
どうやらこの世界の体系と全く異なるブラックボックスらしい。
考えてみれば、ルーンの指輪をくれたのはフギンだからな。人の手には余るってことか。
これには研究員たちもかなりガッカリ気味だったなあ。
「ま、まあ、コンゴトモヨロシクオネガイシマス」
監督官が貼り付いた笑顔を浮かべて言う。正直すまんかった。
「しかし、農作業に俺って必要か? 商売敵が襲撃にでも来るのか?」
霊薬はマジックギルドの独占商売だ。ファンタジー世界に独占禁止法なんてないから、値段は思いのまま。
それを南区が良く思ってないとはミーティアから聞いたが。
「いえ、やってくるのは人間でなくて」
続きを遮るように、耳障りな羽音が聞こえてきた。しかも複数だ。
森の一角から、1mぐらいの巨大ハチが大量に飛び出してきた。
おいおい、30匹ぐらいいるぞ。
「アドバンス・ホーネットですっ!」
ミーティアが鋭く叫んだ。
「名前だけじゃさっぱりだから、特徴を説明してほしい」
「毒を持ったおっきなハチです!」
そのまんまか。黄色と黒のプリン的な色合いは、スズメバチに似てるな。
ミツバチ系のハナバチは、胸のあたりが毛でモフッとしてた気がする。
ハチたちは、次々にギルド員を獲物に見定めて襲い掛かってきた。
派手な魔法を使おうものなら、ギルド員を巻き込んでしまう。すでハチに抱えられて、運び去られそうになって者もいる。
スズメバチに似てるってことは、やっぱり肉食か。
マズい、マズいぞ。相手の頭数が多すぎる。こっちは非戦闘員が11名。全員を守れるか?
「と、マさん、あそこを見てください!」
ミーティアの指した方向には、ひときわ大きなハチが。
女王バチか。周囲を他のハチが、がっちりガードしてる。
「どうにかみんなの安全を確保しないと」
そのためには、人間には無害で、ハチにのみ有効な攻撃手段を……そうだ!
「アンスール・イーラ!」
叫ぶと、ハチが一斉に混乱し始めた。地面に落ちるもの、フラフラ飛んで他のハチに衝突するもの。
まるで統率を失った酔っ払いの集団だ。
「今のうちに逃げろ!」
ギルド員たちは簡単にハチから逃げることができた。
よーしよし。うまくいった。
アンスールは「声」を表す名詞。イーラは「創造する」を表わす動詞だ。
「音を創造する」。人間には無害な音でも、ハチにはそうはいかない。
蜂は音でコミュニケーションをとる。
触角の先に、ションストン器官というものを備えていて、それで音(空気の振動)を識別しているんだと、前世に図鑑で読んだことがあった。
そいつを、デタラメな音で引っ掻き回してやったわけだ。
期待通り、ハチどもは一時的な混乱状態に陥った。女王バチの護衛もいまならデクノボーだ。
いまなら、巻き添えを気にせずに仕留められる。
「ウィン・ラド!」
柵を作るために切り出されていた丸太を飛ばした。2M以上もあった女王バチを串刺しにして殺す。
兵隊バチたちは我に返ったが時すでに遅し。女王失った残りは、ハチなのに蜘蛛の子を散らすように森へと逃げ帰った。
俺たちも薬草園から無事脱出できた。やれやれ。
しかしあの女王バチ、なんで巣を作ってなかったんだ?
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