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本編
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病院帰りの優太君を駅前のロータリーでピックアップする。
「お帰りなさい。……どうしました?」
助手席に乗り込むと、腕を掴んできた。泣きそうな顔。
「わかんない。はやく帰りたい」
「何かありましたか?具合悪い?」
ふるふると横に首を振る。疲れてしまったのだろうか。先日の引っ越しから3日ほど経つが、まだ疲労感が抜けていなかったのかもしれない。
「家まですぐですからね。楽にしていてください」
シートベルトを着けてやり、座席も軽く倒した。こんなに弱っている姿は最近見ていなかったから、こちらまで動揺しそうになる。
帰宅して、ソファに座らせる。
「お水飲みますか?お茶のほうがいいかな?」
「鹿賀さん」
キッチンに立とうとすると、裾を掴まれた。
思い詰めたような目は、私の膝あたりを彷徨っている。
「俺、ここ、いていい……?」
「当たり前じゃないですか」
しゃがんで目線を合わせる。この確認も何度目だろう。
「ここにいてくれないと困ります。帰ってきてくれてありがとう」
安心させるように笑いかけると、両手をおずおずと広げる。ハグの合図だ。
ソファの隣に腰を下ろして抱きしめる。
「医者から何か言われましたか?」
「ううん……電車の、中で」
「電車?」
「新入社員、みたいな人、いて」
腕を緩めて、頬に流れる涙を指で拭う。
今日は4月2日、月曜日だ。新卒の入社式が多くの会社で執り行われる日。通勤時間帯ではないにせよ、新入社員がたくさん電車に乗っていてもおかしくない。
「なんか、俺、わかんなくなっちゃって。羨ましいのか、気持ち悪いのか……」
「そうだったんですね」
「俺、また、働けるのかな、とか。今までやってきたこと、全部なくなって、またイチからなのかな、とか」
仕事のことをこんなに話してくれるのは初めてで、相槌を打ちながら続きを促す。
「せっかく、期待してもらって、リーダーになったのに。こんな、上司も、みんなのことも、う、裏切って。早く、戻りたいのに。戻ってこなくていいとか、思われてるんじゃないかって……」
不安で押しつぶされそうになりながら、ここまで帰ってきたのか。
私には、上司や同僚の考えていることはわからない。下手なことは言えず、ただ話を聴くことしかできない。ただ。
「……少なくとも鳩貝さんは、優太君が戻ってきてくれると嬉しいと思っているんじゃないですかね」
「鳩ちゃん……?」
「そうでなかったら、食事に誘ったりしないでしょう」
同じ部署ではないようだが、同じ会社の仲間であることには違いない。そして、あの雰囲気からしても、優太君に対して好意的に思っていることは確実だ。
「そ、か」
「そうですよ。僕が知らないだけで、優太君のことを心から気にかけている人はきっと他にもいると思いますけどね」
納得してくれたのか、涙は止まったようだ。
「お茶飲みますか?」
こくりと頷いた頭を、これでもかと撫で回した。
「お帰りなさい。……どうしました?」
助手席に乗り込むと、腕を掴んできた。泣きそうな顔。
「わかんない。はやく帰りたい」
「何かありましたか?具合悪い?」
ふるふると横に首を振る。疲れてしまったのだろうか。先日の引っ越しから3日ほど経つが、まだ疲労感が抜けていなかったのかもしれない。
「家まですぐですからね。楽にしていてください」
シートベルトを着けてやり、座席も軽く倒した。こんなに弱っている姿は最近見ていなかったから、こちらまで動揺しそうになる。
帰宅して、ソファに座らせる。
「お水飲みますか?お茶のほうがいいかな?」
「鹿賀さん」
キッチンに立とうとすると、裾を掴まれた。
思い詰めたような目は、私の膝あたりを彷徨っている。
「俺、ここ、いていい……?」
「当たり前じゃないですか」
しゃがんで目線を合わせる。この確認も何度目だろう。
「ここにいてくれないと困ります。帰ってきてくれてありがとう」
安心させるように笑いかけると、両手をおずおずと広げる。ハグの合図だ。
ソファの隣に腰を下ろして抱きしめる。
「医者から何か言われましたか?」
「ううん……電車の、中で」
「電車?」
「新入社員、みたいな人、いて」
腕を緩めて、頬に流れる涙を指で拭う。
今日は4月2日、月曜日だ。新卒の入社式が多くの会社で執り行われる日。通勤時間帯ではないにせよ、新入社員がたくさん電車に乗っていてもおかしくない。
「なんか、俺、わかんなくなっちゃって。羨ましいのか、気持ち悪いのか……」
「そうだったんですね」
「俺、また、働けるのかな、とか。今までやってきたこと、全部なくなって、またイチからなのかな、とか」
仕事のことをこんなに話してくれるのは初めてで、相槌を打ちながら続きを促す。
「せっかく、期待してもらって、リーダーになったのに。こんな、上司も、みんなのことも、う、裏切って。早く、戻りたいのに。戻ってこなくていいとか、思われてるんじゃないかって……」
不安で押しつぶされそうになりながら、ここまで帰ってきたのか。
私には、上司や同僚の考えていることはわからない。下手なことは言えず、ただ話を聴くことしかできない。ただ。
「……少なくとも鳩貝さんは、優太君が戻ってきてくれると嬉しいと思っているんじゃないですかね」
「鳩ちゃん……?」
「そうでなかったら、食事に誘ったりしないでしょう」
同じ部署ではないようだが、同じ会社の仲間であることには違いない。そして、あの雰囲気からしても、優太君に対して好意的に思っていることは確実だ。
「そ、か」
「そうですよ。僕が知らないだけで、優太君のことを心から気にかけている人はきっと他にもいると思いますけどね」
納得してくれたのか、涙は止まったようだ。
「お茶飲みますか?」
こくりと頷いた頭を、これでもかと撫で回した。
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