22 / 22
日焼けあと
4:育海side
しおりを挟む
「10月から、こっちに住むから。そしたら育、またいっぱい会えるよ」
「わざわざ転職してまで子守りしてくれなくていいよ」
「子守り?」
手首を掴んで、ぐっと引かれる。バランスを崩して、正くんの胸に飛び込むみたいな格好になってしまった。
「これが、子守り?」
顎に手をかけて上を向かせられる。正くんの顔が近くて、反射的に目をギュッと閉じた。再びのキス。
逃げようにも、腰に腕を回されていて叶わない。
「育はもう子どもじゃないでしょ?」
「んっ……」
「俺ももう、ただの幼馴染じゃ我慢できないんだけど」
腰にあったはずの手が、いつの間にか太ももに移動している。下から上に撫でられた拍子に、短パンの裾から正くんの手が侵入してきた。
「待っ!」
「こんなの見せられたらムラムラするよ」
「!?」
ビクッと体が跳ねる。嘘だ。
「しょ、正くんはそんなこと言わない!」
「俺だって男だよ。普通にそういう欲だってあるんだけど」
「それは……だって、女の人に、だろ!」
喫茶店で会った元カノ。おとなしそうな、いかにもっていう感じの女の子だった。
「育より好きになれる人なんていなかったよ」
落ち着いたトーンで正くんが言う。
俺のことが好きって、それ、本気で言ってる……?
「結婚するはずだった人は」
「そんな人いないんだよ」
「嘘」
「そう、嘘吐いたんだ、俺」
やっぱり。なんでこんなにすぐバレるような嘘吐くんだよ。
拳を正くんの胸に叩きつける。
「育、野村のおばさん知ってる?」
野村のおばちゃんといえば、近所で有名な噂好きだ。野村のおばちゃんに見られた、聞かれたことは、翌日には町中の人が知ってる、なんて誇張されるくらいに。
「あの人と上司が知り合いだったから、職場であれこれ言われるのを躱したくて言ったんだよね。結婚考えてる相手がいるって」
「は……?」
「そうすれば見合い話も来なくなるし、結婚しなくても『いろいろあってそういうのはもう』みたいに言えばその後も逃げられると思ったんだよ。なのに上司がすぐ異動になっちゃって、あっという間に元通り。全然意味なかった」
じゃあ、3年前のあの話は、本人が流した偽情報ってこと……?
「まあそれも、もう辞めるからやっと解放されるよ」
胸に置いたままの握り拳を正くんの手が包み込む。まっすぐ視線を合わせられて、逃げられない。
「俺が好きなのは育だよ」
「……」
「育は?」
そんなこと、急に言われても飲み込めない。
何も言えずに、ただ呼吸が早くなる。
「ねえ、キスしていい?」
「むっ無理っ!」
「なんで?気持ち悪い?」
好きな人のキスが気持ち悪いわけない。
こんな、起こるはずのないことが起こって。憧れの人の顔がすぐ目の前にあって。もう、なんか、それだけで無理だ。
「き……気持ち悪くは、ない」
顔だけ横に向けて、やっとのことで返事をする。
「俺、育が思ってるほどかっこいい大人じゃないと思うけど」
「うん」
嘘吐くし。思ったより……なんか、スケベだし。
「幻滅されちゃったかな?」
「……別に」
「好きじゃなくなった?」
「なわけねーだろっ」
何年片想いしてきたと思ってるんだ!
嬉しそうにこっちを見る顔がムカつく。視線を外したくて、肩口に顔を伏せる。
「……好きに決まってんだろ、馬鹿」
「あはは。また馬鹿って言った」
背中に腕が回されて、ぎゅっと密着させられる。
馬鹿だよ。正くんも、俺も。
3年前の影は、俺の胸から消えてしまった。
真っ黒な日焼けあとも、きっと秋のうちに元通りに消えてしまうだろう。残るのは、いつまでも燻る恋心と、大好きな人との思い出だけだ。
「ねえ、今夜泊まっていいよね?」
気の早い秋の虫が鳴きはじめた頃。朝晩はようやく涼しくなってきたはずなのに。
ここは、二人だけの熱帯夜。
~~ 日焼けあと おしまい ~~
+++++++++++++++++++
最後までお読みいただきありがとうございました!
『あの夏の影』完結です。
お休みしていた長編の更新も再開できるよう頑張ります……!
こまど
「わざわざ転職してまで子守りしてくれなくていいよ」
「子守り?」
手首を掴んで、ぐっと引かれる。バランスを崩して、正くんの胸に飛び込むみたいな格好になってしまった。
「これが、子守り?」
顎に手をかけて上を向かせられる。正くんの顔が近くて、反射的に目をギュッと閉じた。再びのキス。
逃げようにも、腰に腕を回されていて叶わない。
「育はもう子どもじゃないでしょ?」
「んっ……」
「俺ももう、ただの幼馴染じゃ我慢できないんだけど」
腰にあったはずの手が、いつの間にか太ももに移動している。下から上に撫でられた拍子に、短パンの裾から正くんの手が侵入してきた。
「待っ!」
「こんなの見せられたらムラムラするよ」
「!?」
ビクッと体が跳ねる。嘘だ。
「しょ、正くんはそんなこと言わない!」
「俺だって男だよ。普通にそういう欲だってあるんだけど」
「それは……だって、女の人に、だろ!」
喫茶店で会った元カノ。おとなしそうな、いかにもっていう感じの女の子だった。
「育より好きになれる人なんていなかったよ」
落ち着いたトーンで正くんが言う。
俺のことが好きって、それ、本気で言ってる……?
「結婚するはずだった人は」
「そんな人いないんだよ」
「嘘」
「そう、嘘吐いたんだ、俺」
やっぱり。なんでこんなにすぐバレるような嘘吐くんだよ。
拳を正くんの胸に叩きつける。
「育、野村のおばさん知ってる?」
野村のおばちゃんといえば、近所で有名な噂好きだ。野村のおばちゃんに見られた、聞かれたことは、翌日には町中の人が知ってる、なんて誇張されるくらいに。
「あの人と上司が知り合いだったから、職場であれこれ言われるのを躱したくて言ったんだよね。結婚考えてる相手がいるって」
「は……?」
「そうすれば見合い話も来なくなるし、結婚しなくても『いろいろあってそういうのはもう』みたいに言えばその後も逃げられると思ったんだよ。なのに上司がすぐ異動になっちゃって、あっという間に元通り。全然意味なかった」
じゃあ、3年前のあの話は、本人が流した偽情報ってこと……?
「まあそれも、もう辞めるからやっと解放されるよ」
胸に置いたままの握り拳を正くんの手が包み込む。まっすぐ視線を合わせられて、逃げられない。
「俺が好きなのは育だよ」
「……」
「育は?」
そんなこと、急に言われても飲み込めない。
何も言えずに、ただ呼吸が早くなる。
「ねえ、キスしていい?」
「むっ無理っ!」
「なんで?気持ち悪い?」
好きな人のキスが気持ち悪いわけない。
こんな、起こるはずのないことが起こって。憧れの人の顔がすぐ目の前にあって。もう、なんか、それだけで無理だ。
「き……気持ち悪くは、ない」
顔だけ横に向けて、やっとのことで返事をする。
「俺、育が思ってるほどかっこいい大人じゃないと思うけど」
「うん」
嘘吐くし。思ったより……なんか、スケベだし。
「幻滅されちゃったかな?」
「……別に」
「好きじゃなくなった?」
「なわけねーだろっ」
何年片想いしてきたと思ってるんだ!
嬉しそうにこっちを見る顔がムカつく。視線を外したくて、肩口に顔を伏せる。
「……好きに決まってんだろ、馬鹿」
「あはは。また馬鹿って言った」
背中に腕が回されて、ぎゅっと密着させられる。
馬鹿だよ。正くんも、俺も。
3年前の影は、俺の胸から消えてしまった。
真っ黒な日焼けあとも、きっと秋のうちに元通りに消えてしまうだろう。残るのは、いつまでも燻る恋心と、大好きな人との思い出だけだ。
「ねえ、今夜泊まっていいよね?」
気の早い秋の虫が鳴きはじめた頃。朝晩はようやく涼しくなってきたはずなのに。
ここは、二人だけの熱帯夜。
~~ 日焼けあと おしまい ~~
+++++++++++++++++++
最後までお読みいただきありがとうございました!
『あの夏の影』完結です。
お休みしていた長編の更新も再開できるよう頑張ります……!
こまど
0
お気に入りに追加
14
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

馬鹿な先輩と後輩くん
ぽぽ
BL
美形新人×平凡上司
新人の教育係を任された主人公。しかし彼は自分が教える事も必要が無いほど完璧だった。だけど愛想は悪い。一方、主人公は愛想は良いがミスばかりをする。そんな凸凹な二人の話。
━━━━━━━━━━━━━━━
作者は飲み会を経験した事ないので誤った物を書いているかもしれませんがご了承ください。
本来は二次創作にて登場させたモブでしたが余りにもタイプだったのでモブルートを書いた所ただの創作BLになってました。

寡黙な剣道部の幼馴染
Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる