思惑交錯チョコレート

秋野小窓

文字の大きさ
上 下
35 / 36

7-2

しおりを挟む
 ポップコーンと飲み物を肘掛けのホルダーにセットして、座席に腰掛ける。俺が通路側の端、右隣にケイだ。

「さっき丼食べたのに、そんなに入る?」
「映画にはポップコーンだろ」
「いや、量がさ」

 そんなにおかしいだろうか。ケイが笑う。

「食べてみ?ほとんど空気だぜ?」

 2~3個つまんで口の中に放り込むと、あっという間に消えてなくなってしまう。こんな儚い食べ物、バケツいっぱいあったって楽勝だ。
 俺は本気で言っているのだが、何が面白いのかケイは笑いっぱなしだ。

「ほら、お前も食えって」
「待って、今手拭くから。ゆーじも使う?」

 ショルダーバッグからウェットティッシュを取り出し、蓋シールを開けて差し出してくる。ああ、そうだよ。感染症対策、マスクだけじゃないもんな。

「すまん。俺、思いっきり手突っ込んじゃった」
「大丈夫。よかったら使って」

 こういうところだよな。俺の雑さ。ケイが受験生たちのために人一倍神経使ってるの知ってたのに。

「食べたくなかったら、無理にとは言わないから」
「もらうよ。いただきます」

 マスクを外して、躊躇う様子もなく白い粒を口に運んだ。

「おいしい。ポップコーンなんていつぶりだろう」

 そう言って微笑む姿にホッとする。同時に、胸が不自然に脈打った。

 あれ、と思ったが、館内の照明が落とされたことに、すぐに意識が持っていかれた。上映時間だ。

「好きなだけ食べてな」

 ひそめた声で伝え、背もたれに体を預ける。同じようにシートに沈み込んだケイが、首だけでこちらを向く。
 「ありがと」と言った顔に、再び胸が高鳴る。なんだ、これ?

 マスクも眼鏡も外した、ケイの笑顔。長い睫毛で縁取られた瞳は、こんなにも綺麗だっただろうか。

 すぐに前の方を向いてしまった横顔。スクリーンから放たれる光で、色とりどりに照らされる。
 もう一度、こっちを向いてほしい。俺の念が届いたのか、ちらりと目が動いて、追いかけるように顔もこちらを向いた。

 今度は何も言わず、照れたように笑う。その瞳の温度。薄く開いた唇から、少しだけ見えた歯。
 一瞬の表情が目に焼き付いてしまって、映画本編が始まっても、しばらく何も入ってこなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

火傷の跡と見えない孤独

リコ井
BL
顔に火傷の跡があるユナは人目を避けて、山奥でひとり暮らしていた。ある日、崖下で遭難者のヤナギを見つける。ヤナギは怪我のショックで一時的に目が見なくなっていた。ユナはヤナギを献身的に看病するが、二人の距離が近づくにつれ、もしヤナギが目が見えるようになり顔の火傷の跡を忌み嫌われたらどうしようとユナは怯えていた。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...