あなたはミラ

秋野小窓

文字の大きさ
上 下
22 / 38

22

しおりを挟む
 事務所のトイレットペーパーが切れた。事務用品の通販で発注はかけてくれたようだが、いつも翌日に届くのが今回は品切れか何かで遅延していたらしい。
 時刻は19時半。事務さんたちにはもう上がってもらっている。

「俺買ってきますよ」
「いいよ、明日佐藤さんに頼むから」
「でも今日まだ残業しますよね?大丈夫だとは思いますけど、そんなことで心配したくないので。すぐですし」

 コンビニが一番近いが、少し歩けばドラッグストアがある。財布と携帯だけ持って事務所を出た。
 信号を渡り、銀杏並木を横目に通り過ぎようとしたところで、見慣れたシルエットが視界に飛び込んできた。

 ーー柳井さんだ。……ん?

 何か揉めているんだろうか。男が柳井さんの腕を掴むのが見え、思わず駆け寄る。

「柳井さん!」

 二人の間に割って入り、男の腕を取る。

「大丈夫ですか!?」

 スーツ姿の男をキッと睨んで威嚇する。
 男は一瞬驚いた顔をして、そのあとすぐにニヤニヤと笑いはじめた。なんだこいつ。気味が悪い。

「へえ……?京、男の趣味変わった?」
「違う。泰歩、大丈夫だから。行っていいよ」

 大丈夫?本当に?
 苦虫を噛み潰したような柳井さんの表情からは、決して歓迎できる相手じゃないことがすぐに分かった。

 男は柳井さんの腕を離したが、俺の肩に手を置いて耳打ちしてくる。

「          」

 聞いた瞬間、頭が真っ白になる。

「泰歩。この人の言うこと気にしなくていいから。早く行け」

 呆然とする俺を男から引き剥がし、背中を押される。

 ーー今、あいつ、なんて言った……?

 そこからはよく覚えていない。とぼとぼとトイレットペーパーをぶら下げて事務所に帰り、先輩に声を掛けられて初めて我に帰った。

「おい、重谷、大丈夫か?」
「え……?」
「顔、真っ青だぞ」

 呆けている場合ではない。明日は柳井さんと出掛ける日だから、早く仕事を切り上げなければならないんだ。今日のうちに明日の分も進めておかないと。
 明日……。約束どおり、柳井さんは俺と出掛けてくれるんだろうか。
 その前に、今日、きちんと家に帰ってきてくれるだろうか。

 考えれば考えるほど不安になってくる。
 俺は邪念を振り払うように、仕事に没頭した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

柔道部

むちむちボディ
BL
とある高校の柔道部で起こる秘め事について書いてみます。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...