あなたはミラ

秋野小窓

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「ただいま~……」

 鍵を開けて玄関を開けると、明るい部屋。いつもと違う風景。

「泰歩、おかえり。アイロンどこ?」
「え、あ、アイロン……?」

 出迎えてくれた柳井さんに問われるが、残念ながら我が家にアイロンはない。

「は?」
「えっと、ないんですよ。ノーアイロンで着られるワイシャツがほとんどですし、必要なときはクリーニングに出しちゃうんで」
「は?」
「えっと、だから、ないんです」

 ごめんなさいっ、と顔の前で手を合わせる。

「アイロン持ってないとか社会人としてどうなの?ハンカチどうしてるの?」
「ハンカチはタオルハンカチばかりですね……」
「家で洗濯できるものクリーニングに出すの?ブルジョワジーなの?」
「違います、労働者階級です」

 柳井さん、自炊もしてるし洗濯もきちんとしてるし、俺と違って丁寧に暮らしてきたんだな。

「今すぐ必要ですか?柳井さん家に取りに行きます?」
「今日はもういい。明日車借りる」
「すみません」

 がっかりさせてしまった。大抵のものは家にあるから大丈夫だと思っていたんだが、住む人が変われば使う物も変わるものだな。

「柳井さん」
「何」
「他にも何か不便感じてることありますか?」

 無表情のまま、少しの間。

「いや、ない」
「よかったです」

 考えて返答するとき、柳井さんは無言になるタイプだ。俺はすぐ「えーと」とか言ってしまうから、間があるとドキドキしてしまうが、何となく柳井さんの癖も分かってきた。

「何かあったら教えてください」
「うん」
「夕飯食べました?」
「まだ。作ってあるけど」

 待っていてくれたんだろうか。

「ありがとうございます。食べましょう」
「手洗ってきて」
「はい!あ、お弁当もおいしかったです」

 おにぎりに添えて、玉子焼きやほうれん草のおかずが入っていた。外食やコンビニ弁当ばかりで味の濃い食事に慣れてしまっていたが、柳井さんのごはんはほっこりする味わいで心が潤う。
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