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俺たちの職場では税理士先生が絶対の権力を持つ。事務所の看板でもあるし、彼らがいなければ成り立たない商売だから、ある程度のパワ……的な何かがあっても目をつぶりながら耐える理由がある。どうしても我慢できなければ、出て行くだけだ。実際に、先生と合わなくて事務所間を転々とする人も多い。
それが例えば、税務も会計も何も分からないような人間がトップに君臨して組織を運営していたらどうだろうか。考えただけでもゾッとする。仕事のことも何も相談できないし、何も学ぶことがない。それどころか、業務の中身も分からずに理不尽な指示を出されそうじゃないか。
「学芸員になるには、最低でも修士を出て、資格も取って、その年採用があるかどうかも分からない中必死で探さないといけない。それまでの労力とまったく釣り合わないんだよ。立場も報酬も」
子どもたちからすると憧れの職業だろうに。
「お給料って……」
「その辺の大卒初任給くらい」
「えっ」
「残業しても給与には反映されないし、上になんか上がれないから昇給もしない」
柳井さん、俺より年上だよな。
「34」
「それは……なんかすみません」
「自分が恵まれてるって分かった?」
「……はい」
多分年収で言ったら俺の方が倍近くある計算だろう。
「もう、あの、いくらでもウチにいてください」
「助かる」
「この車も、必要なら乗ってくれていいんで」
「保険は?」
「第三者までフル適用にしてあります」
「金持ちめ」
うう……俺だって金持ちなんかじゃないんだけど。さっきの話を聞いてしまったら何と返せばいいのか分からない。
「そこ右入って」
「あ、はい!」
ナビとは異なるルートだが、こういうのは詳しい人に従った方が間違いない。
「泰歩は何で俺のこと助けてくれたの」
「え……あー、まあ、柳井さんの解説のファンなんで」
「寝てるのに?」
「えーっと、あの……すみません………」
この人に何か取り繕っても仕方ない。今日一緒に過ごしてそう悟った。向こうも俺に気を使う様子はないし、俺ばかり媚び売っても意味ないだろう。
「そこ、左」
「はい」
「2番に停めて」
到着したらしい。言われたとおりに駐車する。
「待ってて」
「俺も運ぶの手伝いますよ」
申し出ると、少し間を置いてから
「お願い」
と返ってきた。この人はコミュニケーションがあまり得意じゃないだけなのかもしれない。
野良猫が顔見知り程度には慣れてくれたような気がして、ふふっと笑ってしまった。
「何?」
「なんでもないです」
車に施錠し、黒猫の背中を追いかける。
それが例えば、税務も会計も何も分からないような人間がトップに君臨して組織を運営していたらどうだろうか。考えただけでもゾッとする。仕事のことも何も相談できないし、何も学ぶことがない。それどころか、業務の中身も分からずに理不尽な指示を出されそうじゃないか。
「学芸員になるには、最低でも修士を出て、資格も取って、その年採用があるかどうかも分からない中必死で探さないといけない。それまでの労力とまったく釣り合わないんだよ。立場も報酬も」
子どもたちからすると憧れの職業だろうに。
「お給料って……」
「その辺の大卒初任給くらい」
「えっ」
「残業しても給与には反映されないし、上になんか上がれないから昇給もしない」
柳井さん、俺より年上だよな。
「34」
「それは……なんかすみません」
「自分が恵まれてるって分かった?」
「……はい」
多分年収で言ったら俺の方が倍近くある計算だろう。
「もう、あの、いくらでもウチにいてください」
「助かる」
「この車も、必要なら乗ってくれていいんで」
「保険は?」
「第三者までフル適用にしてあります」
「金持ちめ」
うう……俺だって金持ちなんかじゃないんだけど。さっきの話を聞いてしまったら何と返せばいいのか分からない。
「そこ右入って」
「あ、はい!」
ナビとは異なるルートだが、こういうのは詳しい人に従った方が間違いない。
「泰歩は何で俺のこと助けてくれたの」
「え……あー、まあ、柳井さんの解説のファンなんで」
「寝てるのに?」
「えーっと、あの……すみません………」
この人に何か取り繕っても仕方ない。今日一緒に過ごしてそう悟った。向こうも俺に気を使う様子はないし、俺ばかり媚び売っても意味ないだろう。
「そこ、左」
「はい」
「2番に停めて」
到着したらしい。言われたとおりに駐車する。
「待ってて」
「俺も運ぶの手伝いますよ」
申し出ると、少し間を置いてから
「お願い」
と返ってきた。この人はコミュニケーションがあまり得意じゃないだけなのかもしれない。
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